二日目朝から昼
司が、慌てて部屋へと戻ってシステムバスへと飛び込むと、バスルームの戸棚には、真っ新の下着が何枚も揃えてあった。
それを見るまで、替えのパンツという考えが浮かばなかった司は、新しいパンツに感謝して、さっさとシャワー浴びると、それに換えた。
そして、今まで自分が履いていたパンツを風呂で洗うと、そのままバスルームに干しておいた。
こんな事をこれまでしていたのか記憶にないが、自分はどうやら、一人暮らしでもしていたのか、いろいろ一人ですることに抵抗がない。
司は、クローゼットから真新しいジャージを取り出して着ると、備え付けのスリッパを履いて、スッキリとした姿で階下へと、朝食を摂りに向かった。
司が階段を降りていると、背後から声を掛けられた。
「司さん!」
司は、振り返った。
そこには、由佳が同じようにジャージ姿で、髪を後ろにしぱった状態で、立っていた。
「あの、私5番の。」
司は、頷いた。
「ああ、うん。由佳さん。どうしたんだ?」
由佳は、左右を確認して、誰もいないのを見てから、小声で言った。
「ほら、共有者でしょう?どうする、今日。」
司は、階段を降りて行きながら、答えた。
「ああ、オレが出るよ。君は潜伏してて。すぐに出なきゃならなくなったら意味がないから、あんまり黒くならないでね。」
由佳は、頷いた。
「分かった。みんなをリードする自信ある?」
司は、その言い方に少しむっとした。自信はないけど、仕方がないじゃないか。
「オレ、特にそういうの得意じゃないけど、だったら君が出るか?自信なんか、まだ何も分かってないのにないけど。」
由佳は、失言だったと思ったのか、慌てて首を振った。
「ううん、違うの、私も不安だから。大丈夫かなって思っただけ。あなたの方が、上手くやると思う。よろしくね。」
由佳は、それだけ言うと、同じ方向へ行くのにさっさと先に階段を降り切って、走り去って行った。
司は、思ったより由佳がおとなしい性格ではなさそうだな、と思っていた。もし自分が襲撃されたりしたら、後を引き継いでもらわなけれなばならないのだから、あれぐらいの方がいいかもしれない。
いっそ、あの子に出てもらった方が良かったかもな。潜伏した方が、襲撃先にもならないだろうし。
司は、そんな事を思っていた。
何人かが窓際のソファで寛いでいるのを横目に見ながら、キッチンへ入って行くと、中ではダイニングテーブルに座って食事をしている良樹と、征由、克己が居た。
司が入って来たのを見て、良樹が言った。
「ああ、着替えて来たのか。何でもあるぞ?レンジでチンするご飯もあった。パンも、補充されてあったからいくらでも食べたら良いんじゃないか。」
補充されてるのか。
司は、誰だか分からないが、こんなことをさせている誰かは自分達を、兵糧攻めにはするつもりはないらしい、と思った。
頷いて冷蔵庫を開けてみるものの、希が死んでいた光景がフラッシュバックして来て、あまり食欲が湧かなかった。
なので、やっぱりパンを手にして、ダイニングテーブルに向かった。
「…なんかな、まだ実感が湧かないんだ。」克己が、言った。「今も話してたんだけど。眠ってるみたいだっただろ?死んでるって神さんは言ってたけど、仮死状態なのかなって。だって、戻って来ようと思ったら、死んでたら何日もそのままで大丈夫なはずないじゃないか。」
それには、司も頷いた。
「オレも。まだ実感は湧かないんだけど、死んでた姿が生々しくて。まだ食欲は湧かないな。」
良樹が、ため息をついた。
「ほんとにこのままゲームしなきゃならないのかな。神さんが、朝からいろいろ調べてるみたいだったけど、どうも逃げられないみたいな事を言ってた。窓を割るにも分厚いアクリル板で、無理だろうって。あの人はかなり頭が良いみたいで、窓の厚さとか見て溶かすのも無理だろうなと呟いてたよ。」
言いなりにゲームをしようと思っていたわけではないのか。
司は、驚いた。神は、一応逃走経路も考えていたのだ。
「…あの人が味方だったら心強いよな。任せっぱなしになってしまう。敵でないことを祈るよ。」
克己が、苦笑した。
「あの人が人狼なんてないだろう。分からないけど…オレが占い師だったら、真っ先に占うけどね。だから黒でも吊れるだろう。問題ないって。」
司は、頷いた。そうだ、明日からの占い先に、神を指定したらいい。早めに白を出してもらっていたら、安心して村を任せられるのだ。
司は、パンをかじりながら、そんなことを考えていた。
すると、征由が言った。
「神さんもそうだが、奏ってやつも相当だぞ。オレは朝から話したが、名前どころかもう、顔と名前が一致してるようだった。オレなんかまだ、みんなの名札をいちいち見てるってのによ。多分あいつも、頭が良いやつだ。気を付けないとな。」
奏は、二十代後半ぐらいの人当たりの良さそうな男だ。
こちらが構えるほど危ない人物でもないように思うが、そもそも詐欺師とかは人を騙すようには見えない人が多いらしいし、神のような人物より、奏のような人物を警戒した方が良いのかもしれない。
なので、司は頷いた。
「なら、気を付けよう。」
すると、そこへ19早苗と名札に書いてある、可愛らしい女子が顔を出した。
「ねえ、もうそろそろ話し合いをするかって、神さんが。」皆がそちらを向くと、少し躊躇って、頬を赤くした。「あの…みんな降りて来てるからって。」
司は、頷いて立ち上がった。
「じゃあ、行くよ。」と、良樹たちを見た。「行こうか。役職とかも出して、ゲームをするなら議論を始めないと。今じゃ何の情報もないし、人柄だけじゃ役職まで分からないから。」
征由も、頷いて立ち上がった。
「よし。じゃあ行こう。」
そうして、四人はキッチンを出て、リビングの方へと出て行った。
そこには、もうみんな居て、自分の番号の場所へと座っていた。
早苗が、急いで自分の席へと走って行く後ろを、司は待たせてしまったのかと慌てて椅子へと向かった。
だが、暖炉の上の金時計は、まだ7時を過ぎて少しのところで、30分までは時間があった。
四人が座るのを待って、神が言った。
「始めに、話しておくことがある。」皆が、何事かと神を見る。神は続けた。「私は、今朝からあちこち調べて回って来たのだ。玄関扉、リビングの窓、自室の窓、自室のバスルームの上から行ける天井裏の中、思いつく場所は、全てな。」
司も驚いたが、皆も驚いたようで、息を飲む。
神は、続けた。
「玄関扉は、表面に見えている鍵の他に、恐らく大きな閂が扉の中にあって、それが閉じられているから開かないのだと思われる。リビングの窓は、厚さが10センチ、縦250センチ横360センチ…まあ、私の目算なので正確ではないかもしれないが、そのアクリル板の重量は、約1071キログラム。1トンを超えるのだ。その重量を、あの窓枠は支えているという事になり、それだけの強度があるのだ。そんな窓枠を壊せるとは思えないし、壊して倒れて来て下敷きにでもなったら大変な事になる。もちろん、割るのは無理だ。つまりは、窓からの脱出は出来ない。自室の窓も、小さいがやはりアクリル板がはまっていた。キッチンの着火するライターを持って行ってあぶってみたが、溶ける様子もない。それから、天井裏も出口はなかった。つまり、ここから我々を閉じ込めている誰かの意思以外で、出るのは無理だという事だ。」
皆が目を丸くした。アクリル板の重さ?大きさが何だって?
だが、奏が深刻な顔をした。
「では、ゲームをしないと出られないということですね。」
神は、奏に頷いた。
「そういう事だ。つまり、我々はここから出るためには、ゲームを続行するより他、ないのだ。」
司は、混乱しながら言った。
「え、え、つまり、ええっと、神さんはいろいろ調べてくださって、無理だと思われたって事ですね?オレ達には、アクリル板と言われても、ピンと来ないんですけど…。」
神は、驚いた顔をした。
「そうなのか?皆計算できることではないのか。」と、奏を見た。「奏は、同じように計算して同じ数字を出していたので、間違いないなと皆に報告しているのだが。」
出来るものなのだろうか。
いや、多分記憶があっても難しいんじゃないだろうか。
司がそう思っていると、良樹が言った。
「とにかく、無理だって事ですね。じゃあ、仕方ない。何も覚えてないけど、自分達で選んだことなら、最後までやるしかないんじゃないですか。勝てば帰れるんでしょう。」
それには、美奈子が眉を寄せて言った。
「じゃあ、負けたらどうなるの…?村人が多いから、確かにみんなの力を合わせたら帰れるかもしれないけど、人狼陣営と、妖狐陣営の8人は帰れないってこと?それについて、ルールブックに何か書いてあったかしら。」
それには、神が答えた。
「いいや。負けた陣営の事については、何も書いていなかった。つまり、負けたらそのままなのかもしれないし、こんなにあっさり我々の記憶を奪えるのだから、また記憶を奪ってどこかへ放り出されるのかもしれない。判断する材料がない。」
奏は、言った。
「じゃあ、悠長にしていられませんよ。話し合いをしましょう。あっちにホワイトボードがあったし、みんながみんな、全部覚えられるわけでもないと思うので、そこに書き出して行きましょうか。可視化出来た方が、理解が進みやすい。」
神は、頷いた。
「そう思うなら、そうしてくれたらいい。」
奏は、隣りの永二に頷き掛けて、一緒に窓際の方へと歩いて行った。
そこには、確かに壁にくっつけて立てられてある、ホワイトボードがあった。
それを、永二と二人でこちらへ引っ張って来た奏は、暖炉の前にそれを置いて、言った。
「じゃあ、ええっと、オレの提案ですけど。共有者が居たでしょう。確定村人なので、良かったら出て来てもらって、ここでホワイトボードに記入しながら司会をしてもらえませんか。オレも神さんも、永二もみんな、ここでは色が分からないグレー陣営でしょうし。」
来た、と司は、ゴクリと唾を飲み込んでから、手を上げた。
「オレが、共有者です。相方には、潜伏してもらいます。」
奏は、頷いた。
「対抗したい人は居る?」誰も、手を上げない。奏はペンを差し出した。「じゃあ、君がここに。オレは席に戻るよ。」
司は、緊張しながら立ち上がった。皆の視線が痛いが、気にしないように必死に歩いて、奏からペンを受け取る。
そして、言った。
「あの、じゃあ役職を出しますか?」
つい、神の方を見てしまう。神は、頷いた。
「その方が良いだろうな。何から出す?」
司は、答えた。
「では、占い師、二人居るはずです。昨夜お告げもあったと思うので、占い師から出て来てください。」
すると、サッと神が手を上げた。
「私が占い師だ。」
マジで?!
司は思って思わず驚いた顔をしてしまったが、他にも手が上がっている。
「あの、私も。9番の、帆波です。」
隣りの髪が長い女性が言った。
「8番渚も占い師です。」
40代ぐらいの、落ち着いた雰囲気の男性も手を上げた。
「私が占い師だ。17番の亨。」
司は、順番にホワイトボードに書いて行った。
「では、お告げ先をお願いします。」
「私からでいいか?」神は司に確認して、頷くのを見てから、言った。「私は4番玲史が白だと出た。」
渚が、続けて言った。
「私は…残念ながら、今日襲撃された12番の希さんがお告げ先でした。」
帆波が、隣りで言う。
「私は、2番奏さんが白です。」
亨が、言った。
「3番、永二が白。」
司は、せっせとそれを記入して行った。
神→玲史〇
渚→希〇
帆波→奏〇
亨→永二〇
書き終わって、それを見て司は言った。
「四人の占い師が出ましたが、本物はこの中で二人だけで、後は狼陣営という事になります。つまり半分は間違いない結果ですが、半分は信じられない結果という事になりますね。」
奏は、頷いた。
「狐も居るから、狐が出ている可能性もあるよね。つまり、占われないために占い師に出て生き残りを図ってる狐も居る可能性があるってことだ。」
司は、頷いた。
「確かに可能性は高い。今日はどうします?グレーから吊りますか。」
永二が、言った。
「セオリー通りならそうだが、まだ村役職が居るしなあ。霊能はどうする?出すか?」
そう言うと、玲史が手を上げた。
「オレが霊能者。オレに白も出てるし、もう出ておくよ。噛まれても怖いし、COしてたら護衛が入るかもしれないしな。」
すると、慌てたように美奈子が手を上げた。
「私も!霊能者よ、出ないつもりだったのに。」
玲史が、ムッとしたように言った。
「だったら君は潜伏してたら良かったんじゃない?オレは出た方がいいと思ったから出たんだ。」
美奈子は、むっつりと黙った。
司は、それをホワイトボードに書き込んだ。
「ふーん霊能者も二人…でも、そういえば霊能者は二人居るから、これで確定かな?」
「希さんが霊能者じゃなければね。」奏が、言った。「まあ、初日にそんなに都合よく役職を抜かれるとは思えないし、考えてたらきりがないんだけど。」
「それでも、可能性は残して考えた方がいい。」神が言った。「初日の襲撃が通っているんだからな。役職欠けも念頭に入れておくべきだろう。」
すると、征由が怪訝な目で美奈子を見ながら言った。
「オレはちょっと怪しいと思うけどな。」
司が、眉を上げた征由を見た。
「何か分かったか?」
征由は、頷いた。
「さっきだよ。神さんが話してた時、勝利陣営が帰れるって話をしてたら、美奈子さんは負けた方はどうなるんだと言っていただろう。人狼とか狐はどうなるんだって。村ならそんな心配しなくていいんじゃないかって、オレは怪しいと思ってたんでぇ。そしたら、役職に出たから、オレは偽だなって思って見てた。」
そういえば、そんな事を言っていた。
征由は、どうやら疑い深い性格らしかった。なので、皆が聞き逃した事を、こうして拾って聞いているのだ。
「じゃあ、征由は希さんが霊能者だったと思う?」
司が言うと、征由は首を傾げた。
「分からねぇ。だが、美奈子さんが偽ならそうなるだろうな。」
司は、この上役欠けまで念頭に入れて考えなきゃならないのかと、気が遠くなりそうだった。
だが、これで村役職は狩人以外は出揃った。考え始めると、占い師だってもしかしたら欠けていて、三人が人外かもしれないのだ。
神が、言った。
「残り19名で吊り縄は9。人外は8。無駄な縄は使えないぞ。占いで狐を処理するとして、狂人を放って置いても4縄は絶対に必要だ。占えるのは最後まで生き残ればあと8回だが、それまで生き残れるとも思えない。一番良いのは、占い師の欠けが無い事に賭けて、二分の一で人外に当たる、占い師吊りにするのが正着かもしれないな。」
初日から占い師を?!
司は思ったが、亨が渋い顔をした。
「初日の結果だけで分かるのは、人外に当たっていた時の人外だけだろう。確かに二分の一かもしれないが、それで真占い師を吊ってしまったらどうするんだ。」
神は答えた。
「だが、グレーの中の狩人を吊ってしまうもの避けたいし、そもそもグレーこそ、何の要素も落ちていないので全く分からないぞ。では、占い先を司に指定させよう。そして、残った所を吊るという事でどうだ。」
亨は、渋々ながら頷いた。
「まあ…それなら良いが。本当は占い先は、自分で決めたかったんだがな。」
神は言った。
「それこそ、人外なら自分に都合の良い所を占おうとするだろうが。指定してもらった方が良いんだ。」と、司を見た。「司、狩人は誰か分からないが、このゲームは幸い、時間が余るほどある。狩人に、自分だけに明かしてくれるように言って、吊られないように自分が何とかしろ。占い先に入れるのも良し、吊られないように議論誘導するのも良し、君が守るんだ。それで行こう。」
司は、驚いたように神を見た。
「え、それって大丈夫なんですか?ルール違反じゃないの?」
神は、首を振った。
「ルールブックには、どこにもそんな事は書いていなかった。つまり、狩人が共有者に密かに正体を明かしても問題ないという事だ。そもそも、これだけ時間があるのだから、それを利用しない手は無いのだ。」
奏は、息をついた。
「では、占い師ではなく、共有者が指定した占い先以外のグレーを、今日吊るという事ですね?」と、皆に確認するように言った。「じゃあ、今はこれまでだ。だって、狩人が共有者に言いに行く時間を作らないといけないからね。で、司がそれを聞いて占い先と吊り先のグレーを決める。次は、夕方でいいんじゃないですか?人狼に見られてもいけないし、時間を長く取って話に行きやすいようにした方がいいし。」
どんどんと進んで行く。
司は、焦って言った。
「じゃあ、それで。20時に投票なので、18時までに夕ご飯を済ませてここに集まってください。そこで、オレが考えて来た占い先を皆に振り分けて、吊り先をみんなで決めましょう。話してない人も居るし、吊り先のグレーに残った人には、一人一人話してもらう事になると思う。」
全員が、顔を見合わせて戸惑う顔をした。
グレーに残ったら、吊られるかもしれないのだ。それは、希のように死ぬ事になるのだろう。仮死状態ではあっても、自分の陣営が負けてしまったら、そのまま戻って来れないかもしれない。
そんな皆の不安を感じるにつけ、司は自分がそんな事を決めてしまうのかと、暗い気持ちになった。
由佳にも、相談した方が良いのかと思ったが、それも役職を透かせそうで、出来そうになかった。