二日目朝
突然、部屋の扉の方からバシンという音が聞こえた。
いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていた司は、ハッと我に返って、机の上の金時計を見ると、針は6時を指していた。
…もう外は明るい。
司は、時間になって、部屋の鍵が解錠されたのだと悟り、慌てて涎を拭うと扉へとすっ飛んで行った。
扉を開くと、目の前には神が立っていて、廊下の向こう側を見つめていた。
司は、涎は残っていないかとさり気なく頬を確認しながら、言った。
「神さん、おはようございます。あの、朝ですね?」
神は、視線を廊下の先へと向けたまま、頷いた。
「朝の6時だ。見た所、全員居る…皆、眠れなかったのか。」
司は、バツが悪かった。自分はルールブックを読みながら寝てしまい、ついさっきまで机に突っ伏していたのだ。
だが、神は廊下の向こう側へと歩き出した。
「皆、居るか。点呼を取ろう。番号!1!」
すぐ近くの、奏が言った。
「2!」
「3!」
順番に声が上がって行く。
無事に10まで声が返って来たところで、神は頷いた。
「後は三階だな。離れるのはまだ不安なので、皆で行こう。階段へ。」
全員が、寝起きのままの顔付きで、階段へと向かって歩き出した。
神は、クローゼットの中にあった紺色のジャージ姿で、他にも同じようにジャージを着ている者達もいたが、司のように、昨日着ていた服装のままの者も居た。
昨日のまま、風呂にも入っていなかった自分が恥ずかしかったが、司は何も言わないまま、階段を上がって三階を目指した。
踊り場を過ぎて三階へと上がっていると、上の廊下も人が出ているようで、何やら話し声が聴こえて来た。
すぐ傍に立っていた男が振り返ると、ジャージの胸に13良樹と14克己の名札がついているのが見えた。
「ええっと、良樹さんと克己さん?三階はどうですか、みんな出てきましたか。」
司が後ろから言うと、良樹が振り返って言った。
「ああ、面倒だから良樹でいいよ。今、光一が確認してるんだ。まだ寝てる人も居るみたいで、あちこちドアを叩いて起こして回ったんだよ。」と、指さした。「ほら、そこ。ドアが開きっぱなしの部屋に、今光一が、女子の一人と一緒に起こしに入ってるんだ。」
見ると、そこはどうやら12の部屋のようだった。
…12って、誰だったっけ。
司が思っていると、神が言った。
「あれは、12号室か。希という子の部屋だな。」
司は、驚いて神を見る。よく分かったな。
それは、良樹も思ったようで、苦笑した。
「なんだ、よく覚えてるな。光一だって、ルールブックの名簿見て点呼してたのに。知ってる子か?」
神は、首を振った。
「いいや。ここに居る人達は誰も知らない。知っていたとしても覚えていない。昨夜ルールブックは皆読んだし、頭に入っているんだ、良樹。」
良樹は、顔をしかめた。もしかして、頭が良い種類の人間か。
後ろに居た、8渚という名札を着けた女性が言った。
「凄いですね。私はまだ覚えられていないんです。あの、みんな出て来たら話をしますか?」
神は、答えた。
「いいや。まずは一度部屋へ帰ってそれぞれ顔を洗ったりしたいことがあるだろうからそれをして、時間を決めて下に集まろう。朝食も取らねばならないだろうしな。話し合いが始まると、長引くだろうし。」
渚が頷くと、12号室から光一が飛び出して来た。
「みんな!こっちへ来てくれ、何回揺すっても起きないんだよ!それどころか、息をしてないみたいに見える!」
全員が、顔を見合わせた。
「…行こう。」
神が言い、心持ち青い顔になった、渚がそれに続く。
司は、まさか人狼の襲撃が本当に起こったのかと、自然に足が震えて来るのを止められなかった。
神の背を追って12号室へと入って行くと、そこは司の部屋とは反対向きの仕様になっていて、しかし、同じものが同じように置いてあった。
ベッドの上には、全く乱れた様子もなく、希らしい女性が本当に寝ているような様子で横たわっていた。
神が、まるで医者のようにその希に寄って行くと、スッと腕を取って、手首に触れた。
その後、首筋にも手を当てて、瞼に手を触れたかと思うと、グイと開いて、そうして手を放すと、言った。
「…死んでいるな。まだあまり時間は経っていないようだ。」
それを聞いた、皆が息を飲んだ。
「そんな…そんな、何かルール違反だったんですか?!」
10里美と書いてある名札を着けた女子が叫ぶ。それには、司が言った。
「…人狼の襲撃だ。」
神も、それには頷いた。
「恐らくは。これで、本当に死ぬ事が分かった。この希さんが役職持ちで無かったことを祈ろう。」と、皆を部屋の外へと追い立てた。「さあ、長くこんな所で居ては、皆の精神が参ってしまう。とにかく気力を奮い立たせて、食事を済ませて…7時30分に、リビングの椅子の所に集合しよう。一度、しっかり話し合った方が良い。このゲームを、このまま続けるのかどうかもな。」
まだ信じられない顔付きの、光一が言った。
「どうしてそんなに冷静でいられるんです?!人が死んだんですよ?!」
神は、眉を寄せたまま光一を見た。
「取り乱したところで状況は変わらないと判断したからだ。何度読んでもルールブックには、勝利陣営なら帰って来ると書いてあったし、それを信じるなら勝てば良いだけだからな。それに、どうやら私は人の死に対して鈍感なようだ。君達のようにショックは受けなかったし、体が勝手に動いてどこをどう見たら人の生死が確認できるのかも、頭に出て来た。私はもしかしたら、医者か何かなのかもしれないな。覚えがないのだが。」
18征由の名札の男が、フンと鼻を鳴らした。
「そのお偉いお医者様が、なんだってこんなゲームに参加しようと思ったんだよ。一千万なんか、あんたにならはした金なんじゃねぇのか?必要ねぇだろう。」
神は、明らかに反感を向けてくる征由に、向き合って平然と答えた。
「では、君は?どうしてこんなゲームに参加しようと思ったのだ?医者の私が参加するとなると、私に勝てないと訴えたのはもしかしたら君なんじゃないのか。だから私は、こんな風に何もかも忘れていて、他の皆も訳が分からず参加させられているのは、もしかして君のせいなのではないか?」
征由は、グッと黙って神を睨みつけた。
そうではないと言いたいが、そうではないと言える記憶がない。
なので、征由が返答出来ずにいると、神は何でもないようにクルリと踵を返した。
「では、7時半に下で。せめて体だけは万全に整えて、思考の邪魔にならないようにしたい。食事は君達も取るようにな。」
そうして、二階へと降りて行った。
司がどうしたものかと顔をしかめていると、永二が言った。
「なあ、行こうか。よくあんな元気があるなって思う。人が死んだんだぞ?光一だって征由だって、ちょっとは慎めっての。それよりオレは、早いとこ終えて楽になりたい。例え生き返るとしても、死にたかない。」
司は、そんな永二を見て、顔をしかめて笑うふりをした。
「ま…生き返るなんて夢みたいなことが起こるんならってオレも思うよ。」
そうして、司は他の10番までの者達と共に、二階へと降りた。
敵陣営でなければ、こんな風に争っていても無意味なのだと思うのだが、如何せん今はまだ、誰の白も見えていなくて、ただ一人分かっている共有者の相方の由佳は、希の死にフラフラしていて、まるで頼りになりそうになかった。
司は、村の勝利が自分の肩に掛かっているような気がして、とても重かった。