二日目
突然、部屋の扉の方からバシンという音が聞こえた。
奏は、スッと目を開くと、閂が抜けたのだ、と慌てて起き上がって、扉へと向かい、開いた。
扉を開くと、隣りには神が立っていて、廊下の向こう側を見つめていた。
司が前の扉から出て来て、神に言った。
「神さん、おはようございます。あの、朝ですね?」
神は、視線を廊下の先へと向けたまま、頷いた。
「朝の6時だ。見た所、全員居る…皆、眠れなかったのか。」
奏は、めっちゃ眠ったのはとても言えなかったが、司もバツが悪そうな顔をしているので、恐らくよく眠ったのだろうなと思っていた。
神は廊下の向こう側へと歩き出した。
「皆、居るか。点呼を取ろう。番号!1!」
点呼取るのか。
奏は、慌てて言った。
「2!」
「3!」
順番に声が上がって行く。
無事に10まで声が返って来たところで、神は頷いた。
「後は三階だな。離れるのはまだ不安なので、皆で行こう。階段へ。」
全員が、寝起きのままの顔付きで、階段へと向かって歩き出した。
奏は、備え付けのジャージを着たまま、階段を上がって三階を目指した。
踊り場を過ぎて三階へと上がっていると、上の廊下も人が出ているようで、何やら話し声が聴こえて来た。
すぐ傍に立っていた男が振り返ると、良樹と克己が立っているのが見えた。
「ええっと、良樹さんと克己さん?三階はどうですか、みんな出てきましたか。」
司が言うと、良樹が振り返って言った。
「ああ、面倒だから良樹でいいよ。今、光一が確認してるんだ。まだ寝てる人も居るみたいで、あちこちドアを叩いて起こして回ったんだよ。」と、指さした。「ほら、そこ。ドアが開きっぱなしの部屋に、今光一が、女子の一人と一緒に起こしに入ってるんだ。」
見ると、そこはどうやら12の部屋のようだった。
…希さんが追放になったな。
奏が思っていると、神が言った。
「あれは、12号室か。希という子の部屋だな。」
司は、驚いて神を見る。良樹もよく分かるなと思ったようで、苦笑した。
「なんだ、よく覚えてるな。光一だって、ルールブックの名簿見て点呼してたのに。知ってる子か?」
神は、首を振った。
「いいや。ここに居る人達は誰も知らない。知っていたとしても覚えていない。昨夜ルールブックは皆読んだし、頭に入っているんだ、良樹。」
良樹は、顔をしかめた。もしかして、頭が良い種類の人間か。
後ろに居た、8渚という名札を着けた女性が言った。
「凄いですね。私はまだ覚えられていないんです。あの、みんな出て来たら話をしますか?」
神は、答えた。
「いいや。まずは一度部屋へ帰ってそれぞれ顔を洗ったりしたいことがあるだろうからそれをして、時間を決めて下に集まろう。朝食も取らねばならないだろうしな。話し合いが始まると、長引くだろうし。」
渚が頷くと、12号室から光一が飛び出して来た。
「みんな!こっちへ来てくれ、何回揺すっても起きないんだよ!それどころか、息をしてないみたいに見える!」
全員が、顔を見合わせた。
もしかしたら、本当に死ぬのか。
奏が思っていると、神が険しい顔で言った。
「…行こう。」
渚がそれに続く。
司は、足が震えて前に進みづらそうにしていた。
ベッドの上には、全く乱れた様子もなく、希らしい女性が本当に寝ているような様子で横たわっていた。
神が、まるで医者のようにその希に寄って行くと、スッと腕を取って、手首に触れた。
その後、首筋にも手を当てて、瞼に手を触れたかと思うと、グイと開いて、そうして手を放すと、言った。
「…死んでいるな。まだあまり時間は経っていないようだ。」
それを聞いた、皆が息を飲んだ。
だが、奏それを見て思った…神は、恐らく医者だ。そうでなくても医療に従事していたのは間違いない。
奏自身も同じ事をしたように思うので、恐らく自分もそっちの仕事をしていたのだろう。
「そんな…そんな、何かルール違反だったんですか?!」
10里美と書いてある名札を着けた女子が叫ぶ。それには、司が言った。
「…人狼の襲撃だ。」
神も、それには頷いた。
「恐らくは。これで、本当に死ぬ事が分かった。この希さんが役職持ちで無かったことを祈ろう。」と、皆を部屋の外へと追い立てた。「さあ、長くこんな所で居ては、皆の精神が参ってしまう。とにかく気力を奮い立たせて、食事を済ませて…7時30分に、リビングの椅子の所に集合しよう。一度、しっかり話し合った方が良い。このゲームを、このまま続けるのかどうかもな。」
まだ信じられない顔付きの、光一が言った。
「どうしてそんなに冷静でいられるんです?!人が死んだんですよ?!」
昨日襲撃の様子を見てみたいと言った本人だからな。
奏は思ったが、黙っていた。
神は、眉を寄せたまま光一を見た。
「取り乱したところで状況は変わらないと判断したからだ。何度読んでもルールブックには、勝利陣営なら帰って来ると書いてあったし、それを信じるなら勝てば良いだけだからな。それに、どうやら私は人の死に対して鈍感なようだ。君達のようにショックは受けなかったし、体が勝手に動いてどこをどう見たら人の生死が確認できるのかも、頭に出て来た。私はもしかしたら、医者か何かなのかもしれないな。覚えがないのだが。」
18征由の名札の男が、フンと鼻を鳴らした。
「そのお偉いお医者様が、なんだってこんなゲームに参加しようと思ったんだよ。一千万なんか、あんたにならはした金なんじゃねぇのか?必要ねぇだろう。」
神は、明らかに反感を向けてくる征由に、向き合って平然と答えた。
「では、君は?どうしてこんなゲームに参加しようと思ったのだ?医者の私が参加するとなると、私に勝てないと訴えたのはもしかしたら君なんじゃないのか。だから私は、こんな風に何もかも忘れていて、他の皆も訳が分からず参加させられているのは、もしかして君のせいなのではないか?」
征由は、グッと黙って神を睨みつけた。
そうではないと言いたいが、そうではないと言える記憶がない。
なので、征由が返答出来ずにいると、神は何でもないようにクルリと踵を返した。
「では、7時半に下で。せめて体だけは万全に整えて、思考の邪魔にならないようにしたい。食事は君達も取るようにな。」
そうして、二階へと降りて行った。
奏は、急いでその後を追う。
話し合いに備えて自分も準備しなければならないからだ。
急いで神に部屋の前で追い付くと、神は言った。
「奏。死んでそう時間が経っていない状態だった。」
奏は、顔をしかめた。
「本当に死ぬということですね。」
神は、頷いた。
「私達は襲撃される心配はないが、四人も居るし最悪私も吊られる可能性がある。記憶を失ったまま死ぬつもりはないし、逃走出来ないか道を調べておくつもりだ。とはいえ、こんな大層な事をしでかす輩が簡単にボロを出すとは思えないので、最悪ゲームに勝つ事を考えて慎重にやろうと思っているがね。着替えてすぐに下へ降りよう。一緒に窓などを調べてくれないか。」
奏は、頷いた。
「はい。新しいジャージに着替えて来ます。」
そうして奏は、急いで部屋へと帰った。
そして、急いで戻って廊下で待っていると、神はまだ出て来ていなかった。
数分待たされて、やっと出て来た神は、奏に言った。
「部屋の窓はダメだ。ガラスではなくアクリル板なんだ。しかも窓枠を見たら厚さが半端ない。溶かせないか、一応調べてみるつもりだが恐らく無理だろう。」
奏は、部屋を調べていたのかと、頷いた。
「その様子だとリビングの窓も同じですね。」
神は頷いて、さっさと歩き出した。奏は慌ててそれについて行きながら、言った。
「一階の他の部屋も調べてみますか?」
神は、頷く。
「そのつもりだ。バスルームの天井から三階の床下に上がってもみたが、通風口などもないし、外へ出られそうにない。」
そんなことまでやってたのか。
奏は驚いたが、神ならやるだろうと妙に納得した。
階下へ降りると、玄関ホール脇の物置きやら、あちこち開いてみるものの、どこも逃げられるような所はない。
神は、チラチラと天井も見ながら歩いていたが、リビングへと向かう廊下で、息をついた。
「…見られているな。」
奏は、驚いた顔をした。
「え、どこから?」
神は、天井の隅へと視線を向けた。
「あそこ。玄関では照明の所に。小さなレンズがあちこちにあるのだ。パッと見たら全く分からないが、あれはカメラのレンズだ。最初玉でも埋め込まれているのかと思ったが、あれはレンズだ。装飾にしては不規則だし、おかしいと思っていた。」
奏は、神の視線の先を見た。
確かに、そこには小さなツルツルとした見た目の何かが埋め込まれていた。
「…見てるんですね。こちらの動きは、全て。」
神は、頷いた。
「部屋にもあった。ならば隙はないな…こんなものを手に巻かれているし、振ると微かに水音がするような気がするので、何か仕込まれているのだろう。逃げ出したら、恐らくみんな希という子の二の舞ではないか。あの子の腕には注射痕もなかったし、外傷もなくあっさり殺すなど…この不必要にぴったりした腕輪から、何か注入されるとしたら分かるしな。」
奏は、腕輪を見た。
ここから何かをリモートで注入されるのか…。
「…逃げられませんね。」
神は、頷いた。
「無理だな。とはいえリビングも調べておこう。何かの時に役に立つだろう。」
リビングへと入って行くと、まだ誰も居なかった。
神はサッと大きな窓へと寄って行き、その窓枠を見て、作り付けの窓をこんこんと叩いた。
「絶対に無理だな。破れたとしても、重すぎる。ざっと計算しても1トン超えの重さなのに、こちらへ倒れて来たら全員ぺしゃんこだ。」
奏は、窓枠を見た。
確かに厚さがだいたい10センチぐらい、幅250センチ高さ360センチとして計算すると重さは1071キログラム…。
「…1071キログラムですかね。」
神は、頷く。
「私もそのように。」と、足をキッチンへと向けた。「仕方ない、腹ごしらえでもするか。ゲームをするしかないということだ。」
奏は頷いて、キッチンへと神と共に向かった。




