夜
キッチンは思った通りかなり広く、大型の業務用冷蔵庫が幾つも並び、戸棚にはカップ麺やパンなどが所狭しと詰め込まれていて、この人数の食糧は充分に賄えるだけの物が備えられていた。
とにかく、手近の冷蔵庫を開けてみると、それは飲料専用だったらしく、ペットボトル飲料や、缶のアルコール飲料まで、幅広く並んでいた。
とりあえずお茶を掴んで、戸棚からパンを引っ張り出していると、皆同じように考えたのか、戸棚の前は人でいっぱいになった。
なので、司は側の大きなダイニングテーブルの上に次々にパンを出して置いて行くと、皆そこから選んでパンを掴み取り、皆の両手は飲料とパンで埋まって行った。
神が、もう手にサンドイッチらしいものを持って、キッチンの入り口で皆を待っていた。
「あれ、それどこにありましたか?」
司が言うと、神は答えた。
「あちらの冷蔵庫の中に。まだたくさんあったから、明日の朝にでも食べてはどうだ?」と、皆が揃うのを待った。「揃ったか。じゃあ行くぞ。二階は私、1番から10番までの者が入る部屋があると言っていた。そこから上三階は、11番は誰だ?」
若い社会人風の男が手を上げた。
「オレです、光一です。」
神は、頷いた。
「では君が20番までの人達を連れて上がれ。皆が無事に部屋に入るのを確認するんだ。それから自分の部屋に入るんだ。人数が多いから、皆を守るためにも統率する人が要る。君が三階の責任を持て。二階は私が見る。」
光一は、いきなり言われて戸惑った顔をしたが、すぐにしっかりした顔つきになって、頷いた。
「さあ、じゃあ11番から20番の人、オレについて来て!」
光一は言って、先に出て行く。
神は、残るもの達を見た。
「君たちが二階組だな。では、行くぞ。明日まで、無事で居るのが目的だ。まだ何も分からないのだから、間違えても外へ出ようとせずに、おとなしく従って役職者が居たら行使を忘れるな。」
皆が頷くのを見てから、神は早足に歩き出した。
まるで先生だな。
司は、思いながらそれを見ていた。だが、従っていたら間違いがないような気がするから不思議だ。
そうして1番から10番までの十人は、三階組を追ってキッチンからリビングへと出て、廊下へと向かった。
玄関ホールへとたどり着くと、そこから階段を上がった。
広い階段で、先に行く三階組が左に折れて上がって行くのが見える。
同じように上がって行くと、二階に到着して、そこには左右に長い廊下が有り、左に二室、右に三室あるのが分かった。
そして、それぞれの部屋の向かいには同じように部屋があり、全部できっちり十室あるのが分かった。
神が、すぐに手近な扉へ歩み寄って、言った。
「3号室。」と、廊下の右側を見た。「あちらが2号室、1号室だ。ということは左側に4号室、5号室となっているな。それぞれの番号の部屋に向かえ。この番号の並びだと、1号室の向かい側が6号室だ。行け。」
皆が言われた通りに廊下を小走りに自分の番号の部屋へと向かって行く。
司は6番なので、必然的に奥まで歩かねばならなかった。
…由佳は5号室だから1番遠くなるな。
司は、チラと由佳を見た。
由佳は、不安そうな目で司を見たが、そのまま何も言わずに、左の端の部屋へと向かって行った。
神と向かい側の部屋なので、同じ場所まで歩いた二人は、そこで皆が自分の番号の部屋に入って行くのを一緒に見守った。
司は、神に言った。
「今夜から、役職行使があるって言っていましたよね?人狼の襲撃も…まさか、明日出て来られない人が居るんじゃないですよね。」
神は、険しい顔で言った。
「恐らく、それはあり得ることだ。」司がショックを受けた顔をすると、神は言った。「だが、勝利陣営は返されると言っていた。村が勝てば、皆戻って来るだろう。つまり、あれは脅しなだけで、殺されるのではないと私は思う。確信はないが…とにかくは、部屋へ入ってルールブックとやらをよく読んで確認しよう。」
司は、どうしたら良いのか分からなかったが、ただ頷いた。
皆が無事に部屋の中へと収まったのを見て、神は言った。
「さあ、中へ。ここで変な事をして脱落するのだけは避けたいのだ。それだけ村に不利になるからな。君は村人なのだろう?」
司は、ハッとしたような顔で神を見た。
神は、探るような目で司を見ている。言われてみれば、神からすると司の役職など分からないので、敵陣営かも知れないのだ。もちろん、司から見ても神は、味方とは限らなかった。
だが、その射るような目に神は本当に司が人狼なのではと、本気で値踏みする色を感じ取った。
なので、頷いた。
「オレは、村陣営です。どうしてもゲームを止められないなら、お互い、頑張りましょう。」
神は黙って司を観察していたが、頷いて、司が部屋へと入るのを見守った。
司は、もうゲームは始まっているんだ、と気を引き締めて部屋の中へと足を踏み入れた。
扉を閉じて振り返ると、入ってすぐ右に、バスルームが有るのが目に入った。
反対側の壁にはクローゼットがあり、中には紺色のジャージが幾つか入っていた。
奥へと進むと、正面には窓が有って、右にはセミダブルのベットが一台、置いてあった。
左側には、大きな鏡と机があり、その下には小さな冷蔵庫が備え付けてある。そして椅子がひとつ置かれてあった。
窓際には小さなテーブルがあって、そこには小さな一人掛けのソファがある。
ホテルのシングルルームといった設備だったが、広さはもっとあった。
手に持っていたお茶とパンを机の上に置くと、そこにはルールブックと書かれた冊子が置かれてあった。
…これをよく読んでおかなきゃ。
思った司がそれを開くと、1ページ目には、ずらりと番号順に、皆の名前が名簿のように書かれてあるのが目に入って来た。
1.神(じん)
2.奏
3.永二
4.玲史
5.由佳
6.司
7.弘
8.渚
9.帆波
10.里美
11.光一
12.希
13.良樹
14.克己
15.亜子
16.美奈子
17.亨
18.征由
19.早苗
20.昴
この中に人狼が四人…狂人が二人、狐が二匹。
司は、気が遠くなった。
占い師が二人居るのは心強いが、人外が多すぎる。
狐が二匹も居るのが、ネックだった。
真占い師が居なくなって生き残られたら、とてもじゃないが探し出すのは難しいだろう。
だが、占い師に何人出て来ようとも、狐を呪殺することで、真占い師が一人でも確定したなら、その一人に片っ端から占わせていけば、残りの狐を呪殺することも出来るはず。
何より今から、悲観的に考えてはいけない。何しろ自分は、もう、一人確定村人を知っているのだ。
共有者の相方の、由佳だった。
由佳だけは守り切って、何とか逃げ切りたいと、司は自分が明日からの進行を任される未来が見えて来て、俄かに緊張して来て、必死にルールブックを読み始めた。
何しろ、あの神すら導いて行けと言われるかもしれないのだ。
そこまで人狼ゲームが得意という記憶もない司だったが、何とかして良い戦術はないものかと、そのヒントだけでも探したいと、ルールブックを遅くまで読みふけっていたのだった。