三日目夕方の会議
夕飯を先に食べておこうと17時頃に下へと降りて行くと、キッチンではやはり、奏と神が並んで和食のメニューを食べていた。
夕飯は、刺身定食のようだった。
「司か。刺身ならまだあったぞ?」
神が言う。司は、頷いた。
「そうですね。オレも刺身と味噌汁とかにしようかな。」
司は、言いながらレンジで温めるタイプのご飯を電子レンジに放り込んで、ポットから味噌汁のカップを開いてお湯を注いだ。
冷蔵庫を開くと、スーパーで買って来た感じではなく、きちんと皿に乗っている刺身が並んでプラスティックの蓋をされて入れられてあった。
…食べ物は充実してるなあ。
司は思いながら、それとほうれん草のお浸しを手に、テーブルへと向かった。
「他に、誰か来てました?」
司が言うと、奏が答えた。
「うん、お弁当がそっちの冷蔵庫の上に入ってて、それをチンして持って行く人が多かったよ。」
弁当まであるんだ。
司は、思って業務用冷蔵庫を開いた。
確かに、いろいろな種類の弁当が、綺麗に整列して置いてあった。半分凍った感じなので、多分日持ちはするのだろう。
「ほんとだ。すごいな、食べ物は充実してるなあ。困る事はなさそうだ。」
神は、もぐもぐと口を動かしていたが、それを飲み込んでから、言った。
「…ゲーム以外の所でストレスをかけずにおこうということだろうな。人は、過度のストレスを掛けられたらゲームなど出来ないようになる。なぜだか分からないが、主催者はこのゲームを絶対に完遂させたいのだろう。見世物にでもされているのではないかと、あちこち気にしていたのだが…。」
神は、そこで黙る。
司は、急に不安になって、チンと音がしたご飯を持って来て、言った。
「え…?どこかで見てるのは…確かにそうかもしれませんけど、あの、リビングですよね?」
神は、険しい顔で司を見た。
「…いいや。君は、秘密を守れるか。」
司は、ドキとした。秘密って…?
「いったい、何を?」
神は、箸を置いた。
「我々は、全て見られているのだ。もちろん部屋も、廊下も、そしてリビングもこのキッチンもな。」
司は、手に持っていた割りばしを落とした。見られている…?!
「え…どこから?!」
奏が、フッと息をついて、天井を指した。
天井には、スポットのような白い電球が幾つもついていたが、特に変わった様子はなかった。
「電球ですか?」
奏は、首を振った。
「その、電球が入っている丸いカップみたいな天井に埋め込まれているヤツがあるだろう。そこに、一見黒い丸にしか見えないレンズが付いているんだ。神さんが気付いて、それから一緒にあちこち調べて回った。そうしたら、天井の隅や、電灯の端なんかに、これが無数にあるんだよ。もちろん、今みんなが入ってる居室にもある。バスルームには無かったけどね。オレ達は、みんな常に見張られているんだ。」
神は、息をついた。
「言わずにおこうと思っていた。誰も気付いていないからな。今も言ったように、いつも見張られて気の休まる時が無いとなると、ストレスでゲームが崩壊して、皆殺しになるかもしれない。だから、奏と話し合って黙っていたんだ。だが、君は共有者だし、話しておく。秘密だと言ったが、村に話すのも話さないのも君次第だ。が…私は、やめておいた方が良いと思う。」
司は、ゴクリと唾を飲み込んで、頷いた。
「はい…言わずにおきます。」
奏も、頷いた。
「昨日の最初のショックから立ち直ったばかりなのに、こんな事を知ったら夜もゆっくり眠れなくなるからね。それが賢明だ。」
だとしても、司はこの二人のように、普通ではいられなかった。
知ってしまったのだ…部屋に居ても、誰かが自分達を監視していて、人狼が襲撃を入力したら、非情にあっさりと、どうやるのか知らないが、自分を殺してしまう事を。そしてその後、何事も無かったかのように部屋を掃除して、サッサと消えて行くことを。
せっかくの刺身だったが、司には全く味が分からなかった。
夕方6時に近付くと、皆がパラパラと部屋から降りて来て、椅子へと向かった。
良樹がふと司に気付いて、言った。
「司?なんか顔色悪いな。大丈夫か?飯は食ったか。弁当あっただろ?」
司は、良樹に頷いた。
「知ってる。でもオレは刺身を食べたよ。ちょっと、今日の吊りはしっかり考えないとなって思ってね。緊張してるだけだ。」
良樹は、司の肩を叩いた。
「みんなで考えるんだ。そんなに気負うことないって。」
司は、良樹の気持ちが有難くて、何とか笑った。
「そうだな。オレだけが決める事じゃないもんな。」
まだ10分前だったが、皆が椅子に揃ったのが見えた。見回すと、神は無表情で相変わらず落ち着いている様子で、奏もどう思っているのか読めない無の顔だったが、他は軒並み緊張しているようだった。
特に亜子は、青い顔をして体を硬くし、今にも倒れそうな様子だった。
だが、今回は絶対に話をしてもらわねばならない。
もしも亜子が白ならば、どうあってもその情報を村に落として欲しいのだ。
なので、司は容赦なく言った。
「じゃあ、朝の議論からグレーには結構話してもらってるよね。あれから考えが変わった人や、話したいと思う人には後で話してもらうとして、奏は亜子さんに話して欲しいんだよね?」
奏は、頷いた。
「それは村全員が思ってることじゃないかな。それに、渚さんの意見も聞きたいよね。グレーの話は、朝から聞いてるから、その上でみんなどこが怪しいか考えて来たわけだろう?もちろん、投票対象なんだから優先的に発言時間を取るから、言ってね。では、亜子さんから。」
亜子は、絶対に自分振られると分かっていたので、頑張って顔を上げると、言った。
「…私は、朝からのみんなの発言を聞いていて、グレーの中ではやっぱり、征由さんが怪しいと思います。だって、神さんは誰が見ても村のために考えてるように思うのに、ずっと突っかかっていて。それから、昴さんがやたらとグレーからって推すのも、霊能者の中に仲間が出ているから庇ってるのかなって思うし…。でも、どちらかと言えば、征由さんが怪しい。他のグレーの人の話は、ごめんなさい、みんな同じような事を言っていたように思えて、あまり記憶に残っていなくて。だから私が吊って欲しいと思うのは、征由さんです。」
征由は、顔をしかめた。
「他が分からないのにオレだけ怪しいってなんだよ?オレのどこが怪しいんだ?具体的に言ってくれないか。」
亜子は、ビクと身を縮めたが、征由を睨んだ。
「あなたも、昨日私を怪しいとか言ったじゃない!最初は白いのかなって思ってたけど、私を黒塗りして来るなんて、絶対人外だと思った!だからよ!」
司は、顔をしかめた。自分を怪しいと言ったから黒いって。
それは皆が思ったのか、克己が言った。
「あのさあ、そんな事を言ってたら、奏だって神さんだって君を怪しんでるし、それに昨日君に入れた人はみんな怪しいって事になるよな。」
奏が、頷く。
「昨日亜子さんに入れたのは、由佳さん、弘、光一、征由の四人だ。由佳さんは共有者、征由、弘はグレー、光一は吊られてる。亜子さんの論理なら、弘も黒いって事になるね。」
弘が、口を開いた。
「まあグレーだから怪しまれても良いが、なんかおかしな論理だな。感情的にはそりゃ怪しまれたら怪しみたい気持ちは分かるが、しっかり考える時間はあったのによ。理由が理由になってねぇ。」
確かに、その通りだった。
司が、息をついた。
「じゃあ、次はさっき発言できなかったと言っていた渚さんの意見を聞きましょうか。どうぞ。」
渚は、待っていたのか矢継ぎ早に言った。
「私が怪しいと思う位置は、亜子さんじゃないわ。みんなが怪しんでるんだもの。それより、征由さんの方が怪しい。なぜなら、神さんが最初は攻撃していたのに、昼の議論の最後の方で吊らなくても良いって擁護するようなことを言ったからよ。狼同士でも議論を対立させて演出するとか初日に言ってたんじゃなかった?私はこの二人が人狼同士でもおかしくないと思ってるわ。それとも、途中で狼に気付いた狂人かどっちかね。」
あくまでも、神さんを偽と見るつもりか。
司は思ったが、言った。
「他は?君の言い方だと、征由は黒だと思ってるんだよね。狐はどこだと思う?」
渚は、顔をしかめた。
「狐は…私が占っていない所よ!」
グレーか。広いな。
「…それじゃあ広過ぎだよ。狐らしいところはどこだと思ってる?」
昴が言う。渚は、皆の顔を見回して、そうして、はたと視線を里美に留めて、言った。
「…里美さんかな。占ってなくて、潜伏してそうな位置。」
里美は、びっくりしたように手を振った。
「私は村人よ!亨さんに占われてるのに溶けてないでしょ?」
渚は、ブンブンと首を振った。
「私はどっちも信じてないの。だから、あなたが怪しい。」
司は、首を傾げた。
「じゃあ、もう一人の狐は?」
渚は、ウンウン唸って言った。
「分かるはずないけど…でも、克己さんかな。グレーだし。」
克己は、ため息をついた。
「だったら、オレを今夜占ったら良いじゃないか。でも、なんかいい加減なんだよなあ。なんだろ、理由がしっかりしてないんだ。真役職だったらそんな風じゃまずいんじゃないのか。偽者なら明日辺り黒を出しとかないとまずいってんで、オレに黒を出してきそうで怖いけどな。」
昴が、キャッキャと笑った。
「指定先になるなんて勇気あるよねえ!僕なら嫌だなあ~絶対、黒打っとけって思ってると思うし。」
克己は、声を立てて笑った。
「違いない。」
渚は、馬鹿にされていると思って、椅子から立ち上がった。
「何よ!あなた達揃ってグレーなんでしょ?どっちか吊って、どっちか占って結果を見るわ!」
そこに、奏が冷静な声で割り込んだ。
「君が怪しいと思っている先は征由と神さんなのに、克己と昴なの?それはなぜ?」
渚は、え、と動きを止めた。奏は、至って真面目な顔で渚を見つめた。
「だから、君が怪しいと言った位置は征由と神さんなんだろって。それなのに、克己と昴を投票対象に上げるの?で、残った方を占うの?それはなぜ?」
渚は、ぐ、と詰まった。
亜子が感情的だとか言われたばかりなのに、自分が腹が立つから吊ってやるとは、言えないのだ。
「それは…今の様子を見て、怪しいと思ったからよ。真占い師の私を疑うような事を言ったわ。」
奏は、容赦なかった。
「でも、村目線では君はまだ真が確定していないよね。疑うのは村人全員が、怪しければ疑うと思うよ。それなのに、そんな薄い理由で白かもしれない位置を吊るの?もしかしたら、もう吊り縄に余裕がないかもしれないのに?」
渚は、自分が美奈子と同じ所へ追い詰められていくのを感じた。村目線ではない…そう思われているのを感じたのだ。
吊り縄の事など、考えていなかった。
渚は、感情に任せてつい口に出してしまったことを後悔したが、もう遅かった。
「…まあ、いいんじゃないか?」神が言った。「自分が考えている事を皆の前で言えたわけだからな。ところで、弘の話を聞こうか。ここまで聞いてみて、どうだった?」
弘は、顔をしかめた。
「いや…朝からいろいろ見てたけどよお、なんだろ、胡散臭いなあと感じるのが、亨さんだった。占い先がどうのって前のめり過ぎて、村のためっていうより自分のためっぽくてな。そしたら、渚さんだ。やたら霊能ローラー押して来るし、今の話も支離滅裂だと感じたね。だから、困っちまってる。もしかしたら、本当にもう、神さんだけしか占い師は居ないのかもしれねぇなあ。」
神は、言った。
「グレーはどう思う?」
弘は、グレーの面々を見回してから、うーんと唸った。
「征由はなあ…みんなから疑われてるし違うかもって思い始めてる。亜子さんは相変わらず発言が伸びないしなあ…克己はちょいちょい話聞くけど考えてる感じだし、昴も自分が吊られるのに朝からグレー推ししてるしな。だからこうなって来ると、亜子さん、次が征由って感じかな。」
神は、次に昴を見た。
「昴は?」
昴は、答えた。
「僕はそうだなあ、克己も色が見えないから怖い位置だけど、考えてそうな発言だから占いで良いかなって思います。弘は初日から思ってるけど白い。でも、何か持ってそうな亜子さんと征由は、やっぱり気になりますね。僕はこの二人から選びたいなって思うかな。」
神は、それを聞いてうむ、と黙った。司が、脇から言った。
「今ので、何か分かりましたか?」
神は、頷いた。
「征由ではないな、と。朝から征由を庇う奴が役職者以外誰一人としていない。狐はあり得る。なぜなら、もう一人は庇いたくてもたった二人だし庇ったら共倒れすることになりそうだからだ。ちょっと考えを変えていくより無いな。」
司は、時計を見た。
「…あと一時間ですね。ちょっと休憩入れますか?」
奏が、頷いた。
「ここで休憩して、次はフリーで話そう。話したい人が話して、言いたい事を言い合うんだ。で、投票…って流れだな。」
司は、頷いてパチンとペンの蓋を締めた。
「じゃあ、15分休憩してまたここへ集まってください。」
神が、サッとキッチンへと向かって行く。
奏が、何か食べたりなかったか、と思ったようで、慌てて追いかけて行ったのを見て、司もそれを追って、コーヒーでも持って来ようとキッチンへと向かったのだった。




