三日目の夕方まで
司は、そのままそこで考えに沈んでいたが、一度部屋へと帰って頭を冷やして来ようと二階へと上がって行った。
すると、神が帆波の9号室から出て来るのが目についた。
「あれ?」司は、神の方を向いた。「帆波さんの部屋ですか?」
神は、頷いた。
「念のためな。帆波さんの遺体がどんな様子なのか見て来たのだ。相変わらず、死にたてホヤホヤの状態だったよ。」
司は、希望の灯りが灯るのを感じた。
「じゃあ、やっぱり仮死状態…?」
神は、自分の部屋の方向へと歩き出しながら、首を振った。
「分からないな。希さんの部屋に入れないか試してみたが、そちらは鍵が掛かっていて入れなかった。なので、もっと時間が経ったらどうなるのかが分からない。昨日死んだ光一の部屋もだ。もう入れなくなっていたよ。」
確証はない、か…。
司は、息をついた。死んで逝った者達が、生き返ると思わなければ吊り先など安易に決められないのだ。そのまま、殺す先を考えているという事だからだ。
「じゃあ…はっきりとは分からないんですね。」
神は、自分の部屋の前まで来て、立ち止った。
「その通りだ。他に、昨夜の占いの結果が残されていないか調べたんだが…帆波さんは、メモを取っておくタイプではないようだな。何も残ってはいなかった。」
司は、そう言えば普通の人狼と違って、襲撃されても前の日の占い結果を残しておくことが出来るのだったと気が付いた。つまり、これからは占い結果を書き記しておいてもらえば、もし襲撃されてもその占い師の結果を知ることが出来る。
司は、神を見た。
「神さん、じゃあ今夜からメモを残しておくようにしましょう。そうしたら、何かあった時何とか出来るじゃないですか。」
神は、司を顔をしかめて見た。
「一応残しておくが、もしかしたらそういう事を排除されるのかもしれないぞ。帆波さんの部屋を見て思ったが、綺麗に整頓され過ぎているように思ったのだ。ルールブックは机の上にきっちり揃えて置いてあったし、メモも使われた様子もなく元の位置に置いてあった。ペンもそうだ。クローゼットの中の服も、新しいジャージしか無かったし、何一つ残っていない。明らかに、これを開催している首謀者は、死んだ彼女の部屋に一度入って全てを整理しているように見える。気になるのなら、君も一度見て来ておくといい。シャワールームも水滴一つ残っていない状態だったぞ?」
司は、そこまで言われて気になった。見て来たいと思うが、しかし帆波の遺体がある場所へ、たった一人で入って行くのも不安だ。
だが、神はついて来ようという気もないらしく、さっさと1号室へと入って行ってしまった。
司が、どうしようと思っていると、奏と玲史が階段を上がって廊下へと足を踏み入れて来た。
「あ!」司は、渡りに船とそっちへと走った。「奏!玲史!頼みがあるんだ。」
二人は、何事かと司を目を丸くして見た。
「どうしたんだ?なんかあったのか。」
玲史が言うと、司は背後の9号室を指さした。
「今、神さんが帆波さんの遺体を確かめたって言ってて。未だに死にたてホヤホヤの状態なんだって。ただ、希さんと光一の部屋にはもう入れなくなってたみたいで、そっちが確認出来てないから、仮死状態なのかどうかはまだ分からないと言って。」
奏が、言った。
「でも、オレ達は医者じゃないし分からないよね。神さんを疑ってるってこと?」
司は、首を振った。
「そうじゃなくて、神さんはね、帆波さんが昨日の占い結果をどこかに残してないかも調べてたみたいなんだ。でも、部屋の備品が全部元に戻っていたし、バスルームも水滴一つなかったって。気になるなら確認しておけばどうか、って言われたんだけど…。」
司は、下を向いた。遺体が怖い、とは言えないのだ。
玲史が、察して苦笑した。
「まあ、じゃあ一緒に見て来るか?部屋の様子を見るだけなんだろ?別にいいよ。行こう。」
司は、顔を上げた。
「ほんとか?ありがとう、心強いよ。」
奏も、肩をすくめた。
「立ち合う人数は多い方がいいでしょう。じゃ、行くよ。帆波さんは、ここだな。」
階段を上がってすぐ左側にあるので、奏は躊躇いもなく、そのドアのノブを掴んだ。
そこを開いて中へと先に入って行くのについて、司も玲史も入って行った。
ドアは、念のため開けたままにしておくことにした。
玲史も少し、気味が悪そうにしているのにも関わらず、奏は全く平気なようで、ずんずんと奥へと入って行く。
司と玲史が後から入って行くと、奏は机の上をざっと見渡して、そして引き出しをあちこち開いて見ながら、二人を振り返った。
「ああ、ほんとだね。ほら、全部元の位置にあるよ。帆波さんが触ってないか、それとも誰かが戻したかしかあり得ないよね。」
玲史も司も、寄って行って中を確認した。言われてみたら、確かに元の位置がここだったように思う。
「じゃあ、この主催者がやっぱり戻してるのか?」
玲史が言うと、奏は首を振った。
「まだ帆波さんが動かしてない可能性もあるじゃないか。」と、歩いて行って、クローゼットを開けた。「ふーん、ほんとだ。服がないね。ほら、着て来てたやつ。新しいジャージが袋に入ったまま残ってる。」
司は、恐る恐るベッドの帆波を見た。
帆波は、同じこのジャージを着て横たわっていた。
「着替えた服は洗濯でもしたのかな。」
玲史は、顔をしかめた。
「洗濯機もないのに?」
司は、頷いた。
「オレはパンツを毎日洗って干してるよ。バスルームに。」
言われてみたら下着も支給されているとはいえ、放って置いたらたまって来るだろう。
「オレは、ほったらかしだよ。だって新品があるから困らないし。」
奏は、それを聞きながらバスルームの扉を開いた。
そこは、綺麗にまとまっていた。
だが、司の部屋にはある備え付けのボディソープやシャンプーはない。
司がそれを言おうとすると、奏は言った。
「ああ、やっぱり片付けてあるな。シャンプーとかもないけど、ほら、トイレットペーパーが新しいやつだ。まだ使ってないよ。いくらなんでも帆波さんが、トイレを使わなかったなんてないと思うから、誰かが片付けてるんだ。」
司は、がっかりしたように言った。
「ってことは、死んだ占い師の占い結果は、やっぱり知る術がないってことか。」
玲史が、驚いたように司を見た。
「そんなことを考えてたのか?」
司は、頷いた。
「うん。だって、メモしておいてくれたら朝には分かるもんだと思ってたんだ。でも、片付けられちゃうんだよね。」
奏は、息をついた。
「そんなのゲームにならないもんね。多分、襲撃が通ったらどうやってるのか分からないけど処刑して、その後誰かがその部屋を片付けてしまうんだ。普通のゲームと、そこは変わらないわけだ。」
玲史は、もう部屋を出ながら言った。
「もういいだろ?もうこんな所出よう。遺体と一緒って落ち着かない。」
司も同感だと思いながら急いで玲史を追うと、奏は後ろからゆったりと出て来て、扉を閉じた。
「君達は落ち着かないのか。どうしてだろうな、オレは別に生きてる人と変わらないっていうか。いや、動かない分生きてる人よりずっと面倒がないなって思うから…物?みたいな。多分、オレはそういう体をしょっちゅう見てたんじゃないかな。葬儀屋とか?うーん、でも、オレも神さんが時々使う医学用語が分かるし、生死を確かめようとすると勝手に体が動くし、医者だったのかな。でも治療とかしてた感じじゃないんだよなあ…。」
奏は、本気で思い出そうとしているようだ。
眉根を寄せて、議論の時より必死に考えているように見える。
司が、言った。
「感覚がオレ達と違うし、神さんと話が合うなら奏も医者だったんじゃないか?そんなに悩まなくても、ゲームが終わったら思い出すって。」
奏は、眉を寄せたまま、真顔で司を見た。
「…オレは、思い出したいと思ってるよ。もしこのまま襲撃されて死んで、勝利出来なかったら自分を失ったまま死ぬ事になる。負けた陣営が、どうなるのかルールブックには書いていなかった。だからこそ、生きてるうちにどうしても思い出しておきたいんだよ。」
司は、自分が何者かも忘れたまま死ぬ恐怖を、その時知った。そうなのだ、このまま死んで、もし村が負けてしまったら、自分は死んだままなのかもしれない。
何しろ、一千万なんていう、破格の賞金が掛かっているゲームなのだ。
もしかしたら、命がけのゲームと知っていて、参加したのかもしれないのだ。
玲史が、険しい顔をして言った。
「負けるなんて縁起でもないぞ。大丈夫だ、勝てるって。信じる人を間違えなければな。」
司は、玲史の言葉を重く聞きながら、二人がそれぞれの部屋へと入って行くのを見てから、一番端の自分の部屋へと戻った。
一息つこうと思っていたが、どうしてもメモ帳を開いて、皆の発言を考えて、狼と狐を探さずにはいられなかった。




