96話 こうちゃん、デートする
僕と、イラストレーターのみさやま こうちゃんは、出版社での打ち合わせを終えた。
二人で用事を済ませた後、電車で帰ることにする。
「こうちゃん、大丈夫?」
電車の中で、終始こうちゃんが震えている。
子リスのようであった。
『へ、平気やでっ。電車くらいよゆーですよ!』
ロシア語でこうちゃんが震えながら言う。
どうやら人混みが苦手のようだ。
『陰キャに外出はきついっす……』
こうちゃんがぎゅーっ、と僕の体に抱きつく。
幼い子供が、初めて電車に乗って、怖がって居るみたいだ。
僕が、守らないと。
「大丈夫だよ、こうちゃん」
きゅっ、と僕はこうちゃんの腰に手を回す。
『うひゃー! かみにーさまってばぁ。んもぉ~。こうちゃんの魅力にメロメロになっちまったかい? んー? 人前でいちゃつきたいなんて、あんたも好きねぇ~!』
にこにこ、とこうちゃんが笑う。
良かった、元気になってくれたみたい。
ハグされると元気になれるもんね。
【つぎはー、秋葉原~。秋葉原~】
電車がちょうど、秋葉原に停車した。
ぴくっ、とこうちゃんが電車の外を見やる。
じーっ、とあんまりにも熱心に見つめている物だから……。
「ちょっと秋葉原、よってかない?」
「いくー!」
僕たちは電車を降りる。
こうちゃんが後ろからついてきた。
「何で前歩かないの?」
『敵に備えている……しんがりは任せろ』
ぐっ、とこうちゃんが親指を立てる。
なるほど、前を歩きたくないらしい。
僕たちは自動改札をくぐる。
そこに広がっていたのは、高層ビルの群れだ。
『秋葉原! 我が聖地! こうちゃんのホームタウン!』
こうちゃんが両手を挙げて叫ぶ。
「秋葉原好きなの?」
『もちろん! アニメ、ゲーム、フィギュア! そしてゲーセン! なんでもある! こうちゃんここ大好き!』
ロシア語で何を言ってるのかはわからない。
けれどその晴れやかな表情を見れば、この街を気に入っていることは明らかだ。
「どこからいく?」
『とりあえず同人誌巡りかなー。メロブいってー、とら行ってー、その後にゲーセン!』
メロブ、とら、という単語が聞こえた。
多分、同人ショップのことだろう。
…………あれ?
「こうちゃん、君、18歳以下の女の子だよね? 同人誌なんて……買えるの?」
さっ……とこうちゃんが目線をそらす。
「こうちゃん? 非合法なことしてませんか?」
『し、してない! お姉ちゃん達にえっちぃやつ買ってもらってるとか、贄川兄貴に買ってきてもらってるとか、してません!』
ロシア語で、なおかつ早口のこうちゃん。
これは多分買ってるな……。
「もう、だめでしょ。18歳未満は買っちゃだめなんだから」
『えー? でもそんなの律儀に守ってるひと、おる? ねえ、読者の皆さん。高校生の時とか、エッチな本、普通に買ってましたよねえ?』
こうちゃんがまたあさっての方向を向いて何かを言ってる。
多分そんなに意味はない。
「ほら、えっちぃ本以外見て回ろうね」
「へーい……」
僕たちは一緒に秋葉原の街を見て回る。
観光客でいっぱいだった。
『うひょー! デジマスのちょびのエッチなフィギュアあるやーん! 買う-!』
こうちゃんがフィギュア売ってる店に突撃していく。
ディスプレイに張り付いて、熱心に人形を見ていた。
「ちょびの人形だね。欲しいの?」
「かなり!」
ふーん……いくらなんだろう……。
「な、7万円!?」
なんてこった。
「ただの人形が……7万円なんて……」
「ふっ……」
こうちゃんが、鼻で笑う。
『素人が』
「こうちゃん、ロシア語でもわかるよ、馬鹿にしてるのが」
むにっ、とこうちゃんのほっぺたを引っ張る。
おもちみたいに、のびのびとしていた。
おお、のびーる。
『たかが人形と侮るなかれ。みよ! このディティール! おっぱいの質感! 網タイツは塗装じゃなくて、フィギュアにがちのタイツをはかせてる! このリアリティ! この出来! 7万は安いもんよ……!』
ふがふが、とこうちゃんが興奮気味にフィギュアに対して熱弁を振るう。
ロシア語何言ってるのかさっぱりだったけど、それだけ入れ込んでるのがわかった。
「買うの?」
「もち!」
こうちゃんは財布とを取り出して……固まる。
「どうしたの?」
「のー、まにー」
まにー?
ああ、お金か。
『今月はガチャに課金しまくって金欠だったんや……』
「こうちゃんって稼いでるのに、何にそんなにお金使ってるの?」
こうちゃんはどうどうと、胸を張って言う。
「夢」
「あ、そう……」
夢を買ってるのか……。
『いいですか、みなさん。課金ガチャは決して無駄な消費じゃないんです。あれは夢を買ってるんです。いいキャラが出るかも、ってときの、あの興奮、わくわくを、買ってるんです。確かにあれは電子データです。データに何万何十万何百万と使うのは愚行? 否! 断じて否! 漢なら無課金を! 無理のない課金と書いて無課金を! こうちゃんは推奨します!』
こうちゃんが熱弁を振るっている間に、僕はレジで決済を済ませてきた。
「ただいま」
「? なに、買った……の?」
僕は紙袋を、こうちゃんに渡す。
「プレゼント」
「!」
こうちゃんは中身を見て、驚く。
「ちょび、の、フィギュア!」
さっき欲しいと言っていた、ちょびのフィギュアだ。
「いい、のっ?」
こうちゃんの白い肌に、赤みが差す。
喜んでくれてるみたいだ。
「うん、いいよ」
「……み、見返りは?」
「いいよ、そんなもの」
「そいな、ばかな……!」
こうちゃんが戦慄の表情を浮かべる。
『何の裏もなく、7万のフィギュアをプレゼントするだと!?』
彼女が疑っている。
「えーっと……自分の恋人に、喜んでもらうためのプレゼント買うのって、そんなに変かな……?」
ぽかーん……とこうちゃんが目と口を、見開く。
「こい……びと?」
「うん、恋人」
ぽんっ、とこうちゃんが手をたたく。
『そーいえば、そうだった! こうちゃん……かみにーさまのガールフレンドだった!』
こうちゃんがロシア語で何か言ってる。
『っぶね、最近ヒロインらしいムーヴしてないから、読者の人たちもこうちゃんすらも、自分がかみにーさまのすてでぃーな方の彼女だって忘れてたよー。なはなは』
こうちゃんが喜んでくれてるみたい。
よかったぁ~……。
「じゃ、こうちゃん行こっか」
「うんっ!」
るんるん気分で、こうちゃんが歩き出す。
だが……。
「あう……」
すぐに立ち止まってしまった。
ぜえぜえ……と肩で息をする。
「どうしたの?」
「……疲れた」
早い、早すぎるよ……!
『こうちゃんほら、薄幸の美少女系ヒロインだから、体力なくって』
普段引きこもりで、運動一切しない自堕落な彼女だから、仕方ないか。
「僕も持つよ。ほら、いっしょに」
紙袋の手提げの片方を、僕が持つ。
こうちゃんが、逆の方を持つ。
ふたりで、紙袋を持っているような形だ。
「か、かみにーさま……すごい……!」
こうちゃんが目を輝かせる。
『なんかこうちゃん、ラブコメのヒロインしてなーい? ねえ! そう思いません? 皆さん!?』
少しは恋人らしいこと、できたかな……
喜んでるから、良かった!




