60話 田舎に帰省
夏コミを終えて、お盆の時期になった。
夏の朝のある日。
僕たち家族は、車に乗って高速道路を走っていた。
「いやぁまさかアリッサ様が一緒に来るなんて! 夢のようだなぁ! がははは!」
運転席に座っている父さんが嬉しそうに言う。
そう……僕の隣には、清楚可憐な金髪美少女、アリッサ・洗馬が座っていた。
「……あの、本当にご同行してよろしかったのですか? ご家族水入らずでの旅行だというのに」
アリッサが申し訳なさそうに肩をすぼめる。
「いいのですよアリッサちゃん♡ 気にしなくて、あなたは将来ゆーちゃんのお嫁さんになるんですから♡」
母さんがニコニコしながら応える。
「か、母さん妙なこと言わないでよ……アリッサは田舎でライブがあるから、ついでに一緒に泊まるだけでしょ」
……さて、経緯を説明しよう。
僕らはお盆の期間、母さんの実家である長野県に帰省することになった。
その日の朝、アリッサが遊びにやってきたのだ。
明後日には長野県のさらにド田舎町で、野外ライブが行われるらしい。
そこで、父さんの提案で、ライブまでの間、僕らの実家で過ごすことになった次第だ。
「うひょひょ~! いつもは気が重い帰省だけど、超有名歌手のアリッサ様と一緒に旅行できるとなれば話は別じゃーい!」
今から行くのは母さんの実家なので、父さん的には肩身が狭いらしい。
ちなみに父さんの実家は東京にある。
「うへへ、ラッキースケベイベントとかあったらどうしよ~。お風呂でばったりとか~」
「うわーお父さん欲望丸出し……きもーい……」
妹の詩子が呆れたように言う。
「くれぐれもゆーちゃんのお友達であるアリッサちゃんに、迷惑をかけないように。かけたら……ちょん切ります」
「ちょん切る!? なにを!?」
「もちろん……ナニを、ですよ♡」
父さんが青ざめた顔で押し黙り運転に集中する。
「……ふふっ」
突如、アリッサが微笑んだのだ。
「どうしたの?」
「……いえ、楽しい家族だなと。羨ましいです」
「そう?」
「……ええ、とても」
そういえば……アリッサって家族関係どうなってるんだろう?
彼女と知り合って3ヶ月くらい、何度か彼女の家に遊びに行ったけど、一度も家族に会ったことがない。
由梨恵には兄である白馬先生がいるし、こうちゃんはお姉さんズが、みちるはそもそも父親だけだし……。
アリッサの家族がどうなってるのか本当に全く知らなかった。
どうなんだろう? でも、あんまり深く聞くのも……失礼かなって。
「……どうなさりました?」
ジッ、とアリッサの顔を見ていたら気づかれてしまった。
ニコニコと微笑んでいる。
「あ、えっと……」
「お兄ちゃん、ラブラブだねぇ。愛しの彼女に熱烈な視線を浴びせるんだから~ひゅーひゅー」
詩子がニヤニヤと笑いながら言う。
「ちゃ、茶化すなよ」
「ねえねえ! アリッサさん! お兄ちゃんとはどこまで行ってるのっ?」
「こ、こら! 変なこと聞くな!」
「べろちゅーした?」
「……べ、べろ……そんな……まだ、です」
かぁ……とアリッサは頬を赤く染めてうつむき、もじもじと身じろぎする。
彼女の大きな胸がたぷんたぷんと揺れていた。
薄着なので特に、彼女の柔らかな胸の動きが鮮明に見えて……ああいかん! 何を見ているんだ僕はぁ!
「ありゃ、そうなの? でもチューはしたんでしょ?」
「「ど、どうしてそれをっ」」
「へぇ~~~~チューはしたんだぁ」
しまった! 罠か!
かまをかけやがったな……!
「あらあらうふふ♡ 青春ねぇ~♡」
「いいなぁいいなぁー! 勇太ずるぅい! アリッサ様とちゅーなんて! くっそぉ! あとで僕とチューしろ勇太ァ! 間接キッスだ……ぐふぅ……!」
父さんがお腹を押さえて悶絶する。
「あなた♡ 高速道路でよそ見運転なんてしちゃダメでしょ?」
「……か、母さんも、運転手のミゾオチにパンチしちゃダメでしょ……」
「大丈夫ですよ♡ いざとなれば道路に放り出して、わたしが運転しますから」
「いや僕死ぬじゃんそれぇ!」
そんな風に和気藹々としながら、僕らは長野県へと向かうのだった。
★
僕らの住んでいる都会から長野まではだいたい高速で3時間くらい。
長野に着いたらさらにそこから下道で1時間くらい。
山奥のさらに奥へとやってきた。
「……ここが、勇太さんのお母様の、ご実家?」
アリッサが目を丸くして言う。
「……すごい、古風なお家ですね。武家屋敷みたい」
母さんの実家はめちゃくちゃ広い。
庭には池もあるし、平屋だしで、時代劇のセットですかってレベル。
「……ご実家は何をなさってるのですか?」
「陶芸家。なんか有名らしいよ。よく知らないけど~」
詩子が興味なさそうに言う。
「上松門左衛門って言うらしいんだけど」
アリッサが目を大きく剥く。
「……とても、有名な陶芸家ではありませんかっ。茶器が1個、億をくだらないですよっ」
「「「「え、そうなの……?」」」」
「……どうしてご家族全員知らないんですかっ!」
「「「「いやぁ……興味なくって」」」」
はぁ、とアリッサがため息をつく。
「……お母様のご実家が上松姓なのは?」
「父さん婿養子なんだ」
「そー、だからなおのこと肩身狭いのよぉ~。嫌だなぁ、僕だけ帰ってもいい?」
と、そのときだった。
「勇太ぁああああああああ!」
庭の倉のほうから、作務衣を着た老人が駆け足でやってきた。
びょんっ、と飛び上がって、僕に抱きつく。
「おお勇太! 大きくなったなぁ!」
「じいちゃん。ただいま」
作務衣に、頭にはタオルを巻いた老人が、すりすりと頬ずりしてくる。
「勇太に会えてじいちゃんちょー嬉しいぞぉ!」
困惑するアリッサに詩子が説明する。
「おにーちゃん初孫だからおじいちゃんに溺愛されてるの」
「おお! 詩子ぉ! ひさしぶりだなぁ!」
じいちゃんが離れると、今度は詩子に抱きつく。
「おっすおじいちゃん。元気?」
「もう元気も元気じゃー! わはは!」
次に母さんに抱きつく。
「雪ぅ! 久しぶりだなぁ! 息災じゃったか!」
「ええ、おかげさまで」
「うんうん、それはいいことじゃ……ん?」
じいちゃんがアリッサに気づく。
「そこのべっぴんさんはどなたじゃ?」
「あー……彼女はアリッサ。僕の友達」
ぺこり、とアリッサが頭を下げる。
「……アリッサ・洗馬です。ユータさんの……お嫁さんです♡」
「なっ!? なにぃいいいいいい!?」
じいちゃんが目を大きく剥いて叫ぶ。
「勇太ぁ! でかしたぞぉ!」
すんごい笑顔になると、バシバシとじいちゃんが僕の背中を叩く。
「もう結婚相手を見つけてくるとは! さすが勇太!」
「あ、いや……嫁って言うのは……」
「老い先短いわしに、ひ孫の顔を見せるためにもう結婚してくれるとは……くぅううううう! なんて祖父思いの良い孫なんじゃ! わしは勇太が大好きじゃぁあああ!」
うぉおんと大げさになくじいちゃん。
「……ひ孫」
ぽっ、とアリッサが顔を赤くして言う。
「じょ、冗談だから! だからねじいちゃん……友達、友達だからこの人」
「さぁさぁ勇太の嫁さん! こんな何にもないクソ田舎じゃが、歓迎するぞ! さぁみんな、中にお入り!」
じいちゃんはニコニコしながら、アリッサや僕たちに言う。
「お、お久しぶりです……お義父さん」
父さんがそうアイサツする。
「……なんじゃ、まだ生きとったのか貴様」
笑顔から一転、父さんを路傍の石を見つめるような目でじいちゃんが見やる。
「何しに来た? うちの敷居をまたぐなと言ったはずじゃが?」
「ひ、酷いなぁ……お義父さん」
「貴様にお義父さんなんぞと呼ばれるいわれはなぁあああああああい!」
声を荒らげるじいちゃん。
一方でアリッサが僕に聞いてくる。
「……お爺さまは、なぜお父様を嫌ってるのです?」
「じいちゃん、大事な娘(母さん)をとられたってすごい根に持ってるんだ」
婿養子になった今も、じいちゃんから嫌われてるのである。
「貴様は帰れ。勇太たちはわしが家まで送り届ける。1人で東京に帰ってろこの東京もんが」
「お、お義父さぁん」
「だからそう呼ぶなと言ってるだろうがこの泥棒猫!」
泥棒猫って……男に使う言葉だっけそれ。
「か、母さぁ……ん。なんとかしてぇ~……」
父さんが母さんに泣きつく。
ニコッ、と母さんが微笑む。
「パパ♡」
「なんだぁ雪ぅ~」
雪とは母さんの名前だ。
上松 雪。
「長野県警に電話しましょ♡ 不審者がいるって」
「おいぃいいいいいいい! 母さぁあああああああん!」
「よしわかった。すぐに電話するな」
じいちゃんが懐からスマホを取り出して、しゅしゅしゅ、と器用に操作する。
「じいちゃん、それに母さんも……それくらいにしてあげてよ」
「「勇太……」」
チッ、と母さんとじいちゃんが舌打ちする。
「今日は勇太に免じて仕方なく泊めてやる。勇太に深く感謝するんじゃな!」
「ゆーちゃんが慈悲深くて優しいひとで良かったわね、あなた」
「うう……ありがとうぉ勇太ぁ……」
そんな様子をアリッサは遠巻きに見ていた。
そして、ぽつりとつぶやく。
「……いいなぁ。明るくて、楽しい家族……」




