6話 人気美少女声優は、僕の大ファン
夜、僕はスーツに着替えて、新宿某所のホテルの中にいた。
映画キャスト達との、祝賀会に参加するためにやってきたのだ。
けど……数分後。
「迷子になってるじゃん……」
僕はホテルの廊下で、呆然とつぶやく。
明らかにパーティ会場じゃない。
人も居ないし。
今日は付き添いの父さんと一緒に、ここへ来た。
父さんが会場まで案内する! と張り切っていたのに、結果迷子。
『人に道聞いてくる!』といって放置されて今に至る。
「「はぁ……困った……どうしよう」」
そのときだった。
近くから、女の子の声がした。
「…………」
びっくりするくらい美少女だ。
黒くて長い、艶やかな髪の毛。
すらりと長い手足に、大きな胸。
顔は……びっくりするくらい整ってるし、小さい。
なのに眼がぱっちりとしている。
「こんにちは」
「…………」
「どうしたの?」
「あ、あ、いや……その……ぼ、僕にはにゃ、話しかけてりゅ、の……?」
やばい噛み噛みだ……!
ああ、これ笑われるパターンだ……馬鹿にされる……!
「うん。私はあなたに話しかけてます」
あ、あれ?
この子、僕の陰キャムーブを見ても……嗤わないし、馬鹿にしてこないぞ?
「もしかして、デジマスのパーティに参加する人?」
「う、うん……あなたも、ですか?」
「そうなの。あ、敬語いいよ。たぶん同い年くらい……だよね? 高校生?」
「あ、はい……じゃなくって、うん。高2」
「へぇ……! 奇遇ね、私も高2! 同い年だ!」
見た目すっごい大人びてるのに、同い年なんだね、この子。
「君も迷子?」
「うん。父さんが迎えに来るはずなんだけど」
「じゃあここで一緒に待たせてもらってもいい? 私も迷っちゃってさ」
「う、うん……どうぞ」
僕らは並んで、壁際に背中を向けて立つ。
……近くで見ると、本当に美人だなぁこの人。
「君、名前は?」
「ぼ、僕は上松」
「じゃなくって、下の名前」
「ゆ、勇太」
「じゃあ勇太くんだ。私は由梨恵。由梨恵って呼んで♡」
「そ、そんな! いきなり下の名前なんて言えないよ! 恐れ多い!」
「あはは! 恐れ多いってなに~……も~……君おもしろいねー」
お世辞じゃなくて、彼女は普通に笑っていた。
ああ、笑うとなんて可愛いんだ……って、ん?
「由梨恵……?」
はて、どこかで聞いたことがあるような……。
「そうそう、そうやって下の名前で呼んでよ」
「あ! いや今のはちがくって……」
「遠慮しないでよ。同い年くらいだしさ」
すげえなコミュ力つよつよかよこの子……。
「勇太くん、今日ここに居るって事は……デジマスのパーティに参加しに来たんだよね。何の関係者?」
「なんのって……」
原作者ですけど、って答えて、信じてもらえるかな?
「あ、ごめんね。ふみこみすぎちゃったかな? 無理に言わなくていいから」
「あ、うん……由梨恵も……デジマス、知ってるの?」
関係者だろうけど、いちおう聞いとく。
「もっちろん! 私、デジマスの大大大大、大ファンなんだー!」
さっきの少し大人びた雰囲気から一転。
彼女が眼をきらっきらさせながら、大輪の花のような笑顔で言う。
「デジマスはね、私ウェブ第一話が投稿された時からのファンなの!」
「へ、へぇ~……そ、そうなんだ。ちなみにどんなところが好きなの?」
きらん、と由梨恵の目が怪しく光る。
「それ……私に聞いちゃう? 長いよ」
「う、うん。是非」
すぅ……と由梨恵は息を吸い込んで、言う。
「デジマスの良いところはなんと言っても主人公リョウをはじめとした魅力的なキャラクターよね。リョウ、ちょび、シロちゃん……もうみんなキャラが生き生きしてて困るの!」
以降、デジマスの好きなところを、由梨恵がべらべらとまくし立てる。
それを聞いた結果、一つの結論にたどり着く。
ガチの、ファンだった。
彼女の話す内容は、ウェブ版1話から、最新話までの話を、全部知ってなきゃできない。
僕は……嬉しかった。
編集の芽依さんや、父さんたち家族以外で。
ここまで熱心なファンに目の前で会えたのは……はじめてだったし、うれしかった。
「でね……あ、ごめんね! しゃべり過ぎちゃって! キモいよね……」
「そ、そんなことないよ! そこまで愛してくれてて、すっごい嬉しかったよ!」
「嬉しい?」
あ、いや………。
「君みたいな熱心なファンに会えたら、きっと原作者も、喜んでるだろうなって」
「そうだったら……嬉しいな♡ 勇太くんもデジマス好き?」
「そりゃ、もちろん」
「どの辺が?」
僕らはデジマスの話で盛り上がった。
夢中になって、あのキャラがよかった、あそこの展開がよかったと話し合う。
「すごいね勇太くん! 私も古参を気取ってたけど……君はそれ以上のデジマスのファンだ! そこまで深く作品を理解してるなんて……」
「あ、あはは……ありがとう」
そりゃ原作者ですからね。
「よかった~大ファンの人に出会えて。君みたいな人に喜んでもらえるように頑張って【声当て】したんだもの」
「声当て? もしかして……声優さん?」
「正解。ま、新人なんだけどね」
「すごいじゃん! ちなみにどのキャラの声当ててるの?」
「ん? リョウだよ」
へぇー……リョウかー……。
って、あれ?
「リョウって……主人公の?」
「そうだよ。私ね、デジマスのアニメ化が決まったとき、死ぬほど練習したの! カミマツ【様】の作り出した最高のキャラクターに、声を当てるのは私だって!」
「さ、様って……」
「いけない? だってあんな神作品を作るひとだよ? 様つけないと恐れ多いよ!」
「あ、そ、そう……」
あれ、ちょっと待てよ?
この子、リョウの声優なの?
それで……由梨恵って……。
「もしかして……駒ヶ根 由梨恵さん?」
「え、うん。そうだよ」
「す、すごい……たしか超人気の美少女JK声優だって、妹が言っていた!」
「あははっ。ありがとう。でもほんと、駆け出しだし、そんなたいそうな人じゃないよ私なんて」
人気者なのに……謙虚な人だなぁこの人。
けど……こんな超有名人と知らずに、僕は普通に会話してたのか。
う、うわぁ……恐れ多いよ!
「ね、勇太くん。もしよければ連絡先交換しない?」
「ふぁっ……!? ど、どうして?」
僕が原作者だから……?
あ、違うか。
向こうと違って、由梨恵は僕=原作者カミマツって知らないんだっけ。
「だって勇太くんと、もっとデジマスのことでおしゃべりしたいし。だめ?」
……原作者だからってすり寄ってくるなら、警戒した。
けど、単純に同好の士ってことで、話し合いたいから……って理由なら。
「う、うん! 是非!」
僕らはお互いのラインのIDを登録する。
と、そのときだった。
「あ! いたいた! おーい勇太ぁ!」
父さんがスタッフを連れて、僕らの元へとやってくる。
「遅いよ、何してたの」
「ごめんってば。さ、行こうか勇太。原作者が遅れたら大変だ…………」
父さんと、そして由梨恵がお互いに固まる。
「ゆ、勇太くん今……お父さん、原作者って……え?」
由梨恵が目を丸くして、呆然としている。
「う、うわぁあああ! ゆ、【ゆりたん】だ! 本物のゆりたんだぁ-!」
父さんは子供のように大はしゃぎしている。
そういえば声優オタクだった。
ぼくと違って、駒ヶ根 由梨恵を知ってて当然か。
「は、初めまして! 原作者カミマツの父、上松庄司でっす! 息子の作品がお世話になってますー! できればサインを……!」
「ちょ、ちょっとごめんなさい……あの、一つ、いいかな?」
由梨恵が目を大きく剥きながら、僕に尋ねてくる。
「勇太くんって……もしかして、原作者の……カミマツ……様?」
「あ、うん。カミマツです」
由梨恵は口を大きく開き、わなわなと震わせ……そして……。
「…………きゅう」
顔を真っ赤にして、その場にぶっ倒れた。
「ど、どうしたの!?」
「……カミマツ様と……話せて……嬉死ぬ……」