5話 家族に作家復帰を大喜びされる
幼なじみに手ひどく振られて、引退宣言をした……翌朝。
「おにーぢゃーん……おばよー……」
目を覚ますと、妹の詩子が僕を起こしに来ていた。
「う、詩子、どうしたの……? 朝っぱらからそんなに泣いて」
「うぐ……ぐすん……ごめん……おにーちゃんが深夜に更新した、【デジマス】の最新話読んで……朝から感動しちゃって……ぐしゅん……」
昨晩、僕は編集の芽依さんと別れた後。
家に帰ってから寝るまでの間に、デジタルマスターズ……通称【デジマス】の最新話を書いてwebにアップロードしたのだ。
たしか深夜の3時くらいにアップしたと思う。
なのに今スマホでPV数を見たら……やばい。
深夜帯ってPVが凄い低くなるのに、めちゃくちゃ見られている。
しかも感想が、いつも以上に書いてあった。
詩子は朝起きて読んだんだろうね。
「おにーちゃん……!」
詩子は僕の体に抱きついてくる。
妹は小柄だけど、結構胸がある。
ぐにゅりと制服の下で胸が変形する。
「ど、どうしたの?」
「辞めないでくれてありがとう! デジマスの続きが読めるの……ほんとに幸せ!」
泣きながら笑う、と言う器用なことをする詩子。
「こんなにも感動的な作品……他にないよ。もう朝からワンワン泣いちゃった……! 素晴らしい作品を作れるおにーちゃんはやっぱり天才だよ!」
「そんな大げさな……」
夜中に衝動的に書きたくなった内容を、パパッと書いただけなんだけど。
「片手間で書いたものでたくさんの人を泣かせるなんて、さすが! あたし、おにーちゃんの妹であることすっごい誇らしいもん!」
「あ、あはは……ありがと」
僕は着替えて、リビングへと行く。
「勇太ぁああああああああああああ!」
またしても、泣きながら僕に抱きついてくる人物がいた。
僕の父さんだ。
「勇太! ありがとう! 引退撤回してくれて、本当にありがとぉおおおお!」
うぉおん! と犬の遠吠えのように、朝から大声で泣き叫ぶ父さん。
「これでぼくもクビにならずにすむよ!」
父さんは出版社につとめている。
僕の小説はそこから出してもらっている。
仕組みはよくわからないけど、僕が書かなくなると父さんのクビが飛ぶらしい。
「ありがとう勇太! 君はぼくの……この上松家の救世主だ! さすが我が息子!」
「あなた。それくらいになさい」
台所から顔を出してきたのは、僕の母さん。
「ゆーちゃん、おはようございます」
「うん、おはよ母さん」
母さんは父さんをベリッと引き剥がす。
「あなたはもっとしっかりしてください。いつまでも自分の子供におんぶにだっこで……情けない」
「で、でもしょうがないだろ! 勇太は100年……いや、500年に一人の天才作家なんだ! 凡人のぼくと違って……!」
はぁ、と母さんがため息をつく。
「だからってゆーちゃんひとりに、家の命運を課すのはどうかと思います。あなたもしっかり仕事してください。たとえゆーちゃんが作家を辞めたとしても、家族を養えるように」
「うう……無理だよぉ~……勇太が作家を辞めたら、上松家はお終いだよぉう」
「現状はそうでしょうね。あなた仕事できないし情けないし、大人気作家の父親ってだけで会社においてもらってますものね」
「母さん!? 酷くない!?」
「「事実でしょ」」
「ぐぅ……」
母さんと詩子に突っ込まれて、父さんがしょんぼりと肩を落とす。
「ゆーちゃん」
「なに? わぷっ……」
母さんが静かに微笑みながら、ぼくを正面からハグしてくれる。
「元気になったみたいでよかったです」
大きな胸で包み込んで、僕をよしよしとなでてくれる。
「ゆーちゃん、お父さんのことは気にしなくて良いのですよ。辞めたくなったらいつでも辞めて良い」
「でも……家はどうなるの?」
「大丈夫。なんとかなります。それより……あなたが辛い思いをする方が、よっぽど母さん辛いわ」
「あたしもだよ! おにーちゃんが泣いてたらあたしも悲しい! だからめっちゃ昨日辛かったよー!」
詩子もやってきて、僕をハグしてくれる。
ああ、優しいなぁふたりとも……。
家族ってあったかい。
「ありがとう、僕大丈夫。まだ作家続けるよ」
「勇太ぁあああああああ! さんきゅぅうううううううううう!」
「「うるさいお父さん」」
ややあって。
僕ら家族はリビングで朝ご飯を食べる。
「うわー、おにーちゃん見てみてニュース」
テレビでは【大ベストセラー作家・カミマツ引退か!?】というニュースが報じられていた。
「どこのチャンネルも、早朝からずっとこの話題で持ちきりですね」
「ま、まじ……? みんな暇すぎない?」
もっと報じることってあると思うよ。
「いーや! 勇太、おまえはわかってない!」
ビシッ、と父さんが僕に指を指す。
「カミマツ先生の作品【デジマス】は、書籍爆売れ、アニメのブルーレイも飛ぶように売れて、極めつけは映画! 興行収入が500億円!」
「ご、ごひゃくおくー!」
いつの間にそんな数字になってたんだ!?
「勇太のおかげで出版社は大助かりだ! ほんと素晴らしい孝行息子だよ君は! わーっはっは!」
父さんめっちゃ機嫌良い。
きっとデジマス効果で父さんの評価も上がったのだろう。
「ほんと情けない人……」
「お父さんまじださーい」
「酷くない君ら!?」
しゅん……と父さんが肩を落とす。
「あ、そうだ。思い出した。勇太。君【祝賀会】どうする?」
「祝賀会? なんの?」
「あれ、佐久平くんから聞いてなかったのかい?」
佐久平とは担当編集の芽依さんのことだ。
「映画興行収入500億円を祝して、アニメ映画のキャストだけを集めて祝賀会を開くんだってさ。ほら、招待状」
父さんは鞄の中から招待状を取りだして、僕に渡す。
中身を取り出すと、会場案内が同封されていた。
「わ! すっごい……これ新宿の都庁の近くにある、めっちゃ高級ホテルじゃん! こんなとこでやるの!?」
詩子が手元をのぞき込んで、目を剥いて叫ぶ。
「ふふ、しかもその日はホテル貸し切りさ! それもこれも勇太の作品が売れまくったからだね!」
「あらあら、すごいわ。さすがゆーちゃん」
「当然だよ! デジマス神作品だし、神作を生み出したおにーちゃんは神作家だもん!」
うんうん、と家族みんながうなずく。
うう……暖かい家族……。
「話は戻るけど、祝賀会はどうする?」
「断って良いのではありませんか? もともとゆーちゃん、こういう行事に一切参加してきませんでしたし」
「さすがおにーちゃん、顔バレしないように控えてたんだね!」
「あ、いや……」
まあ詩子の言うとおりでもあるんだけど……本当のところは、違う。
こういう打ち上げやパーティに一切参加しなかった理由は単純。
……みちるに、幼なじみに悪いと思っていたからだ。
だってそういう集まりに行けば、かならず女性がいるでしょ?
なんというか、そういうところにいくのは……。
僕のことを好いてくれているみちるに悪い……って思ってたんだよね。
……今にして思えば、完全に自意識過剰だけどさ。
「じゃ、不参加ってことで、返事しておくよ」
「あ、待って父さん」
でも……でも、もうみちるに振られた。
もう彼女に気を遣う必要は一切ない。
「僕……ちょっとパーティに出てみたい」
ちょうどいい気晴らしになるかもだしね。
父さんは目を丸くするけど、すぐにうなずく。
「わかった、ぼくの方から返事しとくよ。きっと楽しいぞ! パーティーには監督とか、あとは超人気声優の【駒ヶ根 由梨恵】をはじめとした声優さんも来るしね!」
「駒ヶ根……由梨恵?」
「デジマスのアニメで主役のリョウを演じてる、いますっごい人気の美少女JK声優さんだよ」
そういえばアニメのオーディションのときに名前聞いたことある気がした。
声はわかるけど細かいプロフィールまでは知らない。
「うほほ、パーティー楽しみぃ〜。色紙いっぱい持ってこ〜」
「あなた。息子をダシに声優さんからサインねだるおつもりでしょう?」
父さんは大汗をかいて誤魔化すように笑ってた。
ともあれ、僕は初めて、大きなパーティーに参加することになった。