46話 ライバル・後輩作家たちと親睦会
新レーベル立ち上げの会議に、僕、白馬先生、黒姫エリオちゃんは参加した。
その日の夕方。
僕は近くのカフェへとやってきていた。
『せっかくだから3人でお茶でもしていかないかい? これから一緒に仕事をしていく仲間だ、親睦を深めようじゃないか』
とのこと。
やってきたのは秋葉原の駅の近くにある大きなビル。
その最上階にあるオシャレな喫茶店。
端っこの席に、僕とエリオちゃんは座っている。
「チッ……。どうしてボクがこいつと仲良くお茶しなきゃいけないわけ? はぁあ、サイアク」
大人気新作【いたデレ】の作者、黒姫エリオちゃん。
最初は帽子かぶってて男の子かと思ったけど、実は中2の女子だった。
カミマツを露骨に敵対視している。
つまり、僕を毛嫌いしているわけで……。
「あ、あの……エリオちゃん」
「気安く名前呼ぶなよ」
「じゃあ……黒姫ちゃん」
「名字もやめて。ボク、この名字だいっきらいなんだ」
んべ、とエリオちゃんが舌を出す。
「なんで? 可愛い名字じゃん」
「それが嫌なんだよ。ボクに似合わないだろ、こんな姫だなんて……」
「そうかな? 良いじゃない。エリオちゃん可愛いし」
「………………」
エリオちゃんはうつむいてしまった。
「え、どうしたの?」
「うっさい! 金輪際、黒姫って呼ぶなよ!」
「わ、わかったよエリオちゃん」
「ちゃんはいらないよ!」
感情の起伏が激しいなこの子……。
「待たせてすまないね君たち」
白馬先生がお盆を持って僕らに近づいてきた。
「すみません、お茶買ってきてもらって」
「なに、後輩にお茶をおごるのは先輩としてのたしなみだ。気にしなくて良い」
ほんとこの人紳士だな……。
「さっすがししょー! おいカミマツ、お前も見習えよししょーを」
なんだ扱いの差は……!
「おや、エリオ。すっかり我がライバルを気に入ったようだね」
「は? 何言ってるです? ししょーといえど聞き捨てなりませんけど?」
ね。さっきから罵倒しかされてないんだけど僕……。
くつくつ、と白馬先生が苦笑する。
「後輩同士が仲いいことはとても良いことだ」
僕もエリオちゃんも首をかしげる。
先生の目には僕らが仲良しに見えるみたいだ……。
白馬先生が飲み物を配り、軽食まで頼んできてくれた。
お金を出そうとしたら笑って首を横に振られてしまった。大人……!
「では親睦会を始めようじゃないか」
僕らが未成年だから場所を喫茶店に選んでくれたみたいだ。
気遣いの鬼かよこの人……。
「ししょー。ボクは別にこいつと親睦を深めようなんて思ってません」
エリオちゃんは僕を睨みつけながら言う。
「おやそうなのかい?」
「はい、死ぬほど嫌いなのでこいつのこと」
「でも作品は好きなんだと言ってなかったかい?」
「むがっ……!」
かぁ~! とエリオちゃんが顔を真っ赤にする。
「え、そうなんですか?」
「そうとも。なにせこの子、ウェブ版のデジマスや僕心を毎日チェックしてコメントまで書いてるそうだよ」
「し、ししょー! 言わないでくださいよぉ!」
コメントまで……?
「えっと、エリオちゃんもなろうのアカウント持ってるの?」
「も、もももも、もってへんわ!」
へんわって。
関西人かな?
「嘘はよくないね。【毒舌美姫エリオット】で登録してるだろう?」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
エリオちゃんは頭を抱えて妙な声を上げる。
僕が主にネット小説をアップしている、なろうのサイトには、読者が感想を書けるシステムがある。
僕の作品に毎回、すごい長文の感想を書くアカウントがあった。
それがさっき言った毒舌美姫エリオット。
毎回律儀に【良かった点】【気になった点】【ひとこと】にびっしりと熱い長文感想を送ってくれるんだ。
「なんで言っちゃうんですか!? もうボク感想書けないじゃないですかー!」
ぽかぽか、と隣に座る白馬先生の肩を叩くエリオちゃん。
「可愛いだろう、ちゃんと感想を書いてるんだからね。アンチコメントじゃなくて」
「そうですね。指摘事項もすごくもっともなもの多いですし」
僕とエリオちゃんの目が合う。
「な、なんだよ……」
「えっと……いつもコメントありがとう」
「う、うう、うっさい! ばーかばーか!」
耳を真っ赤にしてエリオちゃんが叫ぶ。
「我がライバルよ、弟子の暴言を許してくれたまえ。彼女は憧れの作者からありがとうと言われて喜んでいるのだよ」
「別にボクこいつ憧れの作家でもなんでもないですから! 嫌いだし、むしろ死ねとすら思ってますから!」
「本当に嫌いなら感想なんて書かないのではないかね?」
「そ、それは……」
もごもご、とエリオちゃんが口ごもってしまう。
「このように悪い子じゃないんだ。たまに口が悪いけど、照れ隠しだと理解して、仲良くしてくれるとうれしいな」
白馬先生がすかさずフォローを入れる。
「あ、はい。それはもちろん」
「フンッ……! 別になれ合うつもりはないけどねっ!」
ビシッ! とエリオちゃんが僕を指さす。
「そう邪険にするものじゃあない。ともに新レーベルの創刊ラインナップに選ばれた仲間じゃないか」
話は少し戻る。
父さんは新レーベルを立ち上げることになった。
そこで創刊ラインナップに、白馬王子、黒姫エリオ、そしてカミマツ(僕)が選ばれたのである。
「すっげえムカつきません、ししょー?」
「おや、どうしてだい?」
「どう見てもカミマツの咬ませ犬じゃないですか、ボクらって」
「いや別にそういうわけじゃ……」
「どーだか。あんたの小説がボクらのなかで群を抜いて売れてる。レーベル側もそれを理解してる。新レーベルの顔はカミマツの新作。黒姫、白馬はその売り上げを際立たせるためのかませでしょ、どう見ても」
僕をにらみつけながらエリオちゃんが言う。
「すっごいムカつくんですけど、ひいきだよひいき。平等に扱えってんだよ。編集長が親父ってのもズルだよほんと……ねえししょー?」
白馬先生は微笑みながら紅茶を啜る。
「君の気持ちはよくわかる。だがねエリオ、それの不満をカミマツ先生にぶつけて、いったい何になるんだい? 売り上げや待遇が少しでも変わるのかな?」
先生は、穏やかな口調を崩さない。
いつもの微笑みもまた、保ったまま。
けど……目が真剣だった。
「売れている物が前に押し出されるのはどの業界も一緒だろう?」
「そ、それは……そうですけど……」
白馬先生はカップを置く。
「エリオ。君も一流の書き手ならわかるだろう? カミマツ作品の凄さが。彼の桁外れの筆力が。彼がズルして売れてるわけじゃないと、そんなこともわからないほど……君は凡庸な作家なのかい?」
「うぐ……う……うぅ……」
じわ……とエリオが目に涙をためる。
「で、でも悔しいじゃないですか……!」
ボロボロ涙をながすエリオちゃん。
「なんでボクならともかく! ししょーまでカミマツの咬ませ犬やらなきゃいけないんだ! 納得できない……ししょーだって! ものすっごい人なのに! カミマツが化け物のせいで……! この間も負けて、神作家の引き立て役になっててさ……!」
ああ、そうか。
この子……白馬先生のこと、本当に尊敬してるんだ。
師匠が僕の咬ませ犬みたいにされるのが、嫌なんだ。そこが一番嫌なんだな。
「ししょーが……可哀想だよ」
「ふはは! 何を言ってるのだね我が弟子よ!」
ニッ、と白馬先生が白い歯を見せる。
「私は勝負を諦めたことなど一度もない! いつだって私は……最強のライバル、カミマツに勝つつもりで勝負に挑んでいるつもりだ……!」
「で、でも……この間の新作も、結局僕心にコテンパンに負けたじゃないですかぁ……」
ふふん、白馬先生は鼻を鳴らす。
「確かに私は売り上げでは負けた。僕心と10倍近い差をつけられてね……しかし! 私は決して負けを認めたわけじゃない……!」
力強い言葉でエリオちゃんを鼓舞する。
「いいかいエリオ。人間、負けることは恥ずかしいことじゃない。あっさり負けを認め、自分に言い訳をし、戦うことから逃げることこそ……一番恥ずかしいのだ」
ぽん、と白馬先生がエリオちゃんの肩を叩く。
「私は君にそんなくだらない作家になって欲しくない。偉大なる神作家、カミマツくんに肩を並べるほどの……凄い作家になって欲しい。それが私の切なる願いだ」
「ししょー……」
白馬先生はハンカチを取り出し、エリオちゃんの目を拭う。
「さぁ我が弟子よ! 君がするべき事はなにかね? 戦っても無駄と、始まる前から諦めることかな?」
ジッ、とエリオちゃんが僕をにらみつける。
「おいカミマツ」
「あ、うん。なに?」
「ボク……負けないから! ぜったいのぜったいの、ずぅぇえったいに、あんたの新作に負けないから!」
強く言い放つエリオちゃんを、後ろから見守っている白馬先生。
すごい……師弟関係だ!
いいなぁ。
「よく言った! ということで我がライバルよ、今回の勝負も、私たちは全力で君に勝ちに行くつもりだから! 君も手を抜いてくれるなよ!」
「はい、もちろん……!」
ふんっ、とエリオちゃんが鼻を鳴らす。
「といってもカミマツ、今回の新作、かなり苦しいんじゃないのぉ?」
ふふん、とエリオちゃんが得意げに言う。
「お得意のハイファンタジーじゃないんだもんね、今回の新作」
そう、父さんの新レーベルで、出すことになった僕ら。
芽依さんから、こんな提案をされたのだ。
『どうせなら普段書かないジャンルを書いてみませんか?』
カミマツ(僕)は、主にハイファンタジーを書く。
白馬先生は、主にSF。
エリオちゃんはまだ1作しか書いてないけど、いたデレは現実恋愛ジャンルだった。
「創刊ラインナップのジャンルがかぶってしまうのを避けたいという意図もあるだろうし、同じジャンルで書いたら他レーベル作品と差別化が計れない、という考えもあるのだろうね」
白馬先生が冷静な分析を述べる。
協議の結果、創刊ラインナップで書くことになったジャンルは、こんな感じ。
・僕→現実恋愛
・白馬先生→ハイファンタジー
・エリオちゃん→SF
「カミマツ、あんた現実恋愛なんて書けるわけ? 童貞のくせに」
「ど、童貞は関係ないだろっ!」
「童貞が恋愛とか書けるわけ無いじゃん。こりゃ勝ったねボク」
ふふーん、とエリオちゃんが得意げに言う。
「ししょーもハイファンタジー書けなくないですよね? AMOの第二部ってファンタジーゲームモチーフでしたし」
ファンシー・ダンス編のこと言ってるのかな。
「うむ。まあゲームベースの異世界転生なら書けると思っているよ」
「はっはー! ほらみろカミマツぅ! 今回はあんただけが苦手ジャンル! ボクら師弟の完全勝利だねぇ!」
だが白馬先生はフッ……とどこか生暖かい目線を弟子に向ける。
「エリオ。君は何もわかってない。相手が理外の化け物だって事をね」
「え、なんですか……急に?」
「カミマツくん。ついさっき、きみツイートしたね」
急に話題がこっちに向いたぞ。
「あ、はい。こんな感じの現実恋愛書きますって」
「うむ。で、出版社から打診はいくつ来たかね?」
「はぁ~~~~? ししょー、なに言ってるんですかぁ?」
ぷぷ、とエリオちゃんが小馬鹿にしたように笑う。
「打診? いやいや、なろうで実際書いたわけじゃなくて、ツイッターで書こうかなってつぶやいただけですよぉ? そこからどうして出版社からの打診が来るって言うんですかぁ? 一行も書かれてないのに、ねえ?」
「それで、どうなんだい?」
白馬先生とエリオちゃんの目線が僕に向く。
「え、あ、はい。打診きました。ダイレクトメッセージで」
「はぁ~~~~~~~!?!?!?!?!?!?」
目玉が飛び出るんじゃないかってほど、エリオちゃんびっくりしてた。
「カミマツくんほどの人気作家はね、新しい作品を書くと匂わせるだけで打診が来るんだよ。さすが神作家」
パチパチと拍手する白馬先生。
「う、嘘つけぇ! 絶対嘘だ!」
「いや嘘じゃないよ。来たって」
「じゃ、じゃあ証拠見せてみろよぉ!」
僕はエリオちゃんにスマホを渡す。
ダイレクトメッセージの画面を見て……彼女は白目を剥いた。
「じゅ、10件も……打診、来てるんですけど……」
「え、打診って毎回10件以上くるよね普通?」
僕心のときも結局50近く来てたし……。
「…………」
悄然と肩を落とすエリオちゃんを、優しく頭をなでる。
「理解したかい、我が弟子よ。相手は我々の常識を遙かに凌駕する……正真正銘の怪物なのだよ」
ぶるぶる……とエリオちゃんが体を震わせる。
「こ」
「こ?」
「この、化け物がぁあああああああああ!」
エリオちゃんは涙を流しながら、ひとり走り去っていった。
「すまない、弟子を追い掛けるから、これで失礼するよ」
白馬先生は立ち上がって、頭を下げる。
「突然誘ったのに、勝手に終わりにしてすまないね。彼女はまだ中学生、こんな時間に1人で帰すわけにはいかないし」
「あ、ですよね! 行ってください」
「すまない。ではなライバルよ! 次こそ絶対かーつ! ふーーーーーーはっはっはぁ~~~~!」
白馬先生は不敵に笑うと、僕の元を去って行ったのだった。




