45話 ナマイキ後輩作家から嫉妬される
夏休みに入ったある日のこと。
僕は編集の芽依さんに呼び出され、デジマス等を出してる出版社へと足を運んだ。
芽依さんは父さんの立ち上げたレーベルに移籍することが決まってる。
けどまだ会社はできてないので、前の会社で働いているんだってさ。
僕は編集部の大会議室へと足を運ぶ。
「失礼します~……って、誰か居る?」
会議室の奥に、小柄な人物がいた。
その子はつば付きの野球帽を目深にかぶり、ぶかぶかの夏用袖なしパーカーを着てる。
ホットパンツから伸びる生足は、健康的な小麦色をしていた。
「子供?」
ぱっと見、中学生くらいに見えた。
けど外見と年齢が合わないことって往々にしてにあるから、実年齢はわからない(ソースはこうちゃん)。
「あんた、だれ?」
中学生は僕に気づくと声をかけてきた。
「見ない顔じゃん。新人の編集? なら【このボク】にアイサツしないとか、ないわー」
やれやれ、と中学生がため息をつく。
ボクってことは……男の子かな。
まあ体つきツルペタって感じだし、男の子か、うん。
まさか女の子じゃないよね。
「あ、えっと……一応ラノベ作家、だよ。芽依さん……編集に呼ばれて、新レーベルの打ち合わせに」
ここにきたのは、今度父さんが立ち上げる新レーベルの打ち合わせだ。
創刊ラインナップの内容について話したいんだって。
白馬先生も呼ばれてるらしい。昨日一緒にモン狩しているときに聞いた。
「なぁんだあんたもラノベ作家なんだ」
「も、ってことは君も?」
フッ……と中学生は鼻を鳴らす。
「悪いけど、ボクと君みたいな雑魚ラノベ作家を、一緒にしないで欲しいね」
中学生は机の上に乗って、僕の前まで歩いてくる。
「ど、土足で机を歩くのはよくないよ」
「うっさいなぁ。ボクに命令すんなよ」
中学生は僕の前までやってきて、机の縁に腰を下ろす。
「なにせこのボクは【黒姫エリオ】だからね」
「く、黒姫エリオだって!?」
「へへっ。さすがにボクのこと知ってるみたいだね。ふっふーん……♪」
当たり前だ。
だってこの子は……。
「【イタリア語でこっそりデレるフォルゴーレさん】の作者の、あの黒姫先生!?」
「そ。新人の中で歴史的大ヒット飛ばしたあの【いたデレ】の作者、それがボクだよ」
いたデレ。今年メチャクチャ売れた新人作の一つだ。
「いたデレの作者が……まさかこんなに若いなんて……」
「ははっ! すごいでしょ? ボクまだ中学2年、14才なのに大ヒット飛ばしちゃってさ。ほんと凄いよねぇボクって」
「ちゅ、中2!? すご……やばいね……」
「まぁね~♪」
エリオくん……すごいなぁ。
けど14才なんだ。まあだからちょっとナマイキなのかも。
「なぁあんた」
「あ、あの……いちおう上松勇太って名前なんだけど僕……」
「じゃあ上松」
呼び捨てかよ。
まあいいけど。
「ほら、サインしてやってやるよ?」
「え、いや……別に頼んでないけど」
「は? このボクが、いたデレの作者がサインしてやるって言ってるだけど?」
えっと……だからなんだろう?
「いたデレ作者のサインなんて、将来超プレミアになるよ? もらってて損はないと思うけど?」
たぶん単にサインしたいだけなんだろうなぁ。
僕も駆け出しの頃は読者にサインすることに憧れてたっけ。
懐かしい……。
「じゃ、お願い」
「はぁ~? お願いしますでしょ? 礼儀がないってないなぁ」
「いや……まあ。君もなかなか礼儀知らずだけどね。いちおう先輩なんだけど」
「上松がボクより売り上げ上なら、先輩って呼んでやっても良いよ」
……あれ?
「ねえエリオくん」
「なに?」
「カミマツって知ってる?」
するとエリオくんは、くしゃりと顔をしかめる。
「ああよぉく知ってるさ。……ボクの敵だよ」
「て、敵……?」
ぎりっ! とエリオくんが敵意まるだしでにらんでくる。
「あいつの僕心のせいで……いたデレの歴史的快挙が、影に隠れちゃったんだからね!」
いたデレは確かに、異例の大ヒットを繰り出した。
けどその二ヶ月後に、僕の出したシリーズ二作目の僕心が、その歴史を塗り替えたのである。
「あいつの僕心が現れなきゃ……最短で最も売れた作品ってことで歴史に名を残せたんだ! それをあのカミマツのせいで……くそっ! くそっ! くそっ!」
だんだん! と悔しそうにエリオくんが地団駄を踏む。
「カミマツの野郎、ずるしやがって!」
「や、別にずるはしてないでしょ……?」
「ズルだよ! なんだよあの超手の込んだ宣伝!? 新作でアニメPV作ってもらえるなんてずるすぎるだろ!」
ま、まあ確かに……新作の宣伝にアニメってやり過ぎな気がしたけど……。
「確かに超人気作デジマスの作者の新作だよ。だから期待値が高くなるのはわかる……けど! ズルいじゃん! アニメで宣伝とか! じゃあボクのいたデレもアニメ作れよって話じゃん!」
「で、でもいたデレもほら……人気声優さんが声を吹き込んだ、凄い手の込んだPV作ってもらったでしょ?」
「カミマツより金かかってなかった! アニメじゃなかったし! くっそ! むかつくー! カミマツめぇ!」
……ど、どうしよう。
この雰囲気の中で、自分がカミマツだなんて明かせないや……。
「だいたいカミマツってさぁ、ほんとズルいよね。デジマスの作者の新作ってだけで【面白いかも】って思われてさ!」
エリオくんは歯ぎしりしながら言う。
「こっちがいたデレ、めっちゃ頑張って売れるように努力して書いたのにさ! 楽々と売り上げで追い抜きやがってー! 腹立つー!」
「で、でもカミマツも頑張って書いてたと思うよ? それにほんとに面白くなきゃお客さんは買わないだろうし」
「うっさい! ああそうさ、僕心おもしろいさ! だからなおのことムカつくんだよ!」
「一応面白いって思っててくれてるんだ」
「うっさい! あーもうムカつく! ボクより売れてる作家は、【ししょー】を除いて全員爆死しろくそ!」
「ししょー?」
何のことだろう?
「ボクに小説のイロハを教えてくれた師匠
(せんせい)のことだよ」
「へえ……ラノベ作家の師弟関係か。いいなぁ……」
僕ずっと1人で書いてたから、師匠って憧れる。
「どんな人なの?」
「めっちゃ売れてる凄い人。でもすごい謙虚で紳士的な人なんだ。このボクが唯一尊敬している人だよ」
「へえー僕の知ってる人かな?」
「知ってるに決まってるじゃん。知らないとか逆にモグリってレベル。あんたでも名前くらいは知ってるよ」
と、そのときだった。
「やぁやぁお待たせ皆の衆!」
会議室の扉が開いて、新しい人物が入ってくる。
白いスーツに甘いマスク。
胸に赤いバラを挿した彼は……。
「白馬先生!」「ししょー!」
……。
…………え?
エリオくん、今なんて……?
「ししょー! ししょー!」
エリオくんは机から降りると、白馬先生めがけて走っていく。
彼の細い腰にしがみついて、すりすりと頬ずりする。
「やぁ我が弟子よ。夏休みの宿題はちゃんとしてるかい?」
「うんっ! ししょーの言いつけ通り、初日でぜぇんぶ終わらせたよっ! ほめてほめてぇ~♪」
……えっと、誰?
エリオくん……さっきと態度ちがく無い……?
「学業をおろそかにするものに、商業作家を名乗る資格無し、ですよねー!」
「その通り。さすが我が自慢の弟子だ。私は君のような聡く素直な子を弟子にもてて幸せ者だよ」
「えっへへ~♪ ししょーにほめられちゃったぁ~♪」
……な、なるほど。
尊敬する作家って、白馬先生のことだったんだ。
「おお! 我がライバル! 昨日ぶりだね!」
白馬先生は僕に気づくと、満面の笑みを浮かべる。
「昨日……ぶり……? ライバル……? は……なにそれ……?」
エリオくんは僕をギリッとにらんできた。
こ、怖い……。
「昨日はありがとう。君のおかげで倒せなかった古竜を倒せたよ」
昨日僕は先生とモン狩をオンラインで遊んだ。
倒せない敵が居るらしかったので、一緒に狩りに行ったのである。
「ど、どうも……」
「ししょー!」
エリオくんは頬をパンパンに膨らませて、白馬先生の手を引っ張る。
「ボク以外と仲良くおしゃべりするの禁止ー! そんなやつと仲良くするのもだめ!」
すると白馬先生は微笑んだまま、スッ……としゃがみ込む。
「エリオ。君は自分が無視されたと思って腹を立てているのだね? すまない無視したつもりはなかった。それは謝罪しよう」
「う、うん……」
「しかし、我がライバルを……先輩作家を【そんなやつ】と馬鹿にしたように言うのはよくない」
真剣な表情で白馬先生が諭す。
「君は才能がある、いずれ必ず大成しよう。しかし他人に敬意を払わない作家は、多くの人から認めてもらえない。たとえ作品の出来がよかろうと。私の言いたいことがわかるかい?」
「……作者の言動で、作品の価値を下げちゃうって事ですか?」
「その通り」
微笑みながら、エリオくんの頭をなでる。
「さぁ、彼に謝ろう。私も一緒に頭を下げるから」
「うん……」
白馬先生は立ち上がると、僕に頭を下げる。
「すまなかったね我がライバルよ。我が不肖の弟子が君に迷惑をかけてしまって」
「いや、別に迷惑じゃないですよ」
まだ中学生だし、ナマイキなのはしかたがないしね。
「ありがとう我がライバルよ。さすが、神作家カミマツは器も懐も広いな」
「なっ!?」
驚愕の表情を浮かべるエリオくん。
「そして紹介が遅れてすまない。【彼女】は【黒姫エリオ】。いたデレの作者だよ」
「…………ん? んんっ!?」
なんか今、白馬先生……とんでもないこと言わなかった。
「あ、あの……いま、エリオくんのこと、彼女って言いませんでした?」
「ん? そうだよ」
白馬先生はぽん、とエリオくんの頭をなでる。
彼がかぶっている野球帽を取り上げる。
ふぁさ……と、長く艶やかな、紫がかった黒髪が垂れる。
「エリオは女の子だが?」
お、女の子ォ……! この……生意気な中学二年生後輩作家が!?
「し、ししょー! このひと、本当に、本当にあの神作家カミマツなんですかっ?」
一方でエリオくん……いや、エリオちゃんが白馬先生にくってかかる。
「そのとおり。正真正銘、上松勇太くんはカミマツ先生だよ。あれ、知らなかったのかい?」
僕と、そしてエリオちゃんは声をそろえて言う。
「「初耳なんですけどぉおおおおお!」」




