42話 幼馴染みの家で勉強を教える
テスト休みが終わって、期末テストの結果が帰ってきた。
その日の夕方、僕は幼馴染みである、みちるの家にいた。
僕は彼女の部屋にて、座って勉強道具を広げる。
「お、お待たせ」
私服に着替えたみちるが部屋に帰ってきた。
キャミソールに薄手のパーカー、ミニスカートという出で立ちだ。
背が低く、童顔な彼女。
薄着をしているので、その大きな胸と、むちっとした白い太ももが、なんとも言えない色気を放っている。
「じゃ、早速やろうかテスト勉強」
「……ねえ、勇太」
「え、なに?」
「……別に、いいのよ。アタシに付き合わなくっても。赤点取ったのアタシだけだし」
期末テストの結果、みちるは結構赤点を取ってしまったのだ。
「勇太……仕事あるでしょ? いいわよ、帰っても」
「でも、じゃあどうするの追試」
「なんとかするわ」
僕はテーブルの上に置いてある、答案用紙を持ち上げる。
【数学B 2点】
「なる? なんとか?」
「う゛……」
テーブルの上に広がる赤点の山。
みちるは言っちゃアレだけどあまり勉強が得意ではない。
「もう直近の仕事は終わってるし。それよりみちるの赤点回避のほうが大事だよ」
「ばか……アタシなんかより、読者を大事にしなさいよ」
「みちるだって僕の大事な読者じゃないか」
みちるはキュッ、と唇をかみしめる。
ぐいっ、と目元を拭う。
「……ありがとう、勇太」
「どういたしまして。じゃ、やろっか勉強」
みちるは筆記用具を広げる。
「じゃあ数学Bから。教科書だして」
勉強を始めようとすると、みちるが真顔で首をかしげる。
「え、ないわよ」
「え? な、無いって……どういうこと?」
「全部机の中だもん」
あっけらかんとみちるが言い放つ。
「そ、そっか……」
赤点取ったのに置き勉するなんて……ま、まあそういえばこういう子だったね、うん。
「じゃあ僕の教科書使おうか」
鞄の中から教科書を取りだして広げる。
「…………」
みちるはもじもじし出す。
「どうしたの?」
「……ん」
彼女は立ち上がると、僕の隣に、すとんと座る。
「え?」
「む、向かい側じゃ……見えにくいでしょ。見せなさいよ」
「う、うん……」
彼女の果実のような、甘酸っぱい香が鼻腔をくすぐる。
ぱっちりとした大きな瞳に、綺麗に整った美しい顔が、すぐ目の前にあって、ドギマギしてしまう。
「な、何恥ずかしがってるのよ……」
「みちるだって……耳真っ赤だけど?」
バッ! とみちるが耳を隠す。
「照れてるの?」
「う、うるさいなぁ! もうっ! さっさとやるわよ!」
顔を真っ赤にしながらみちるが叫ぶ。
確かに追試まで日がないので、急いでやらないとね。
「ベクトルはできる?」
「べ、べく、べくと……る?」
「……最初っからやろっか」
「……うん、ごめん」
僕は基礎の基礎から、みちるに勉強を教えていく。
「そうそう。そこでこの方程式使って解くの」
「なるほど……さすが勇太。すっごく分かりやすいわ」
彼女が笑顔で言う。
「さすが学年一位は違うわね」
ちら、とみちるが僕のテスト用紙を見やる。
ほぼ全部100点だった。
「……てゆーか。あんたズルいわよ」
「カンニングなんてしてないよ?」
「そうじゃなくって! なによ、神作家で、頭まで良いなんて……! 不平等だわ」
「高校の勉強は、別に頭の善し悪し関係ないと思うよ。予習復習して、ちゃんと授業聞いてれば良い点数とれるようになってるから」
「ぐっ……」
「みちるも授業中に小説あんまり読んでちゃダメだよ?」
「しょ、しょうがないじゃない……勇太のお話、大好きなんだもん。特に僕心! 面白すぎて読むのがやめられないわ。どうしてくれるのよっ。もうっ」
ぷくっとみちるが頬を膨らませて言う。
そこまでハマってくれてるなんて、作者として嬉しい限りだ。
「2巻が待ち遠しいわ」
「来月には出るよ。でもその前にテストクリアしないとね」
「うう……おのれテストめ。忌々しい」
カリカリ……とみちるが問題を解いていく。
そのとき、コロッ……とみちるがシャープペンを落とす。
「「あ……」」
僕が拾おうとすると、みちるの手と僕の手が触れあう。
「ひゃ……!」
みちるが過剰に反応し僕から距離を取る。
ごっ……! と背後の壁に頭をぶつけた。
「いったぁ……い」
「だ、だいじょ……ぶっ!?」
「え? ……あ」
みちるは、ちょうど後ろ手について、股を大きく開いているような体勢だ。
つまり……スカートが完全にめくれてしまっている。
青いストライプの可愛らしい下着がバッチリと見えてしまった。
「ご、ごめん……!」
僕は全力で目をそらす!
ま、まさか縞パンはいてるとは……じゃなくって!
「…………」
みちるは顔を赤くして、うつむきながら、スカートの位置を直す。
「……別に、謝らなくていいわよ」
「え? 怒ってないの?」
「……怒るわけ無いでしょ。事故なんだから」
「そ、そう……ごめん……」
ど、どうしよう……この空気。
みちるは黙ってもじもじしてるし……。
ちょっと外の空気を吸って気分を変えようかな。
僕が立ち上がって、部屋を出て行こうとする。
「…………」
きゅっ、とみちるが僕の手を引いた。
「どこ……いくの?」
「え、ちょ、ちょっと外の空気を吸いに……」
でもみちるは僕の手を離してくれなかった。
「……ひとりに、しないで」
消え入りそうなくらい小さな声でみちるが言う。
「隣にいて。あんたがこの家にいるときくらいは」
「う、うん……」
すとんと僕が腰を下ろすと、みちるが体を寄せてくる。
彼女が密着してくる。
その大きな胸が、僕の肘に当たっていた。
「あ、あの……みちる? ち、近くない?」
「……ごめん。迷惑だってわかってる。でも……気持ちを抑えられないの」
みちるは寂しそうに言う。
「……あんたがそばにいるとね、とっても心が暖かくなるの。でもそれは劇薬。この温かさを知っちゃったら……もう離れられなくなる」
みちるにはお母さんがいない。
お父さんも外に出て、ほとんど帰ってこない。
だから寂しいのだろう。
「……ごめんね。アタシ、あんた振ったのに。図々しくって……ごめん」
「別に……いいんじゃない」
みちるが僕を見上げてくる。
「前にもいったけど、僕にとって君はずっと大事な幼馴染みだし。その関係は今も変わってないよ」
振られても関係性は変わらないのだ。
「みちるがワガママなの昔からだし。むしろ最近ちょっとしおらしすぎて……なんだかみちるじゃないみたいだった」
「あ、アタシなりに反省してたつもりなのっ。あんたに迷惑かけたしっ」
だからあんまり近づこうとしてこなかったんだ。
教室でも外でも。
「もう反省は十分じゃない? 今まで通り普通に接してよ」
「……今まで通りには、いかないわよ」
みちるは顔を、首筋まで真っ赤にして言う。
「だって……アタシ、あんたが好きだって……自分の気持ちに、気づいちゃったし。昔みたいには……いかないわ」
みちるは三角座りをして、自分の体をギュッと抱きしめる。
顔を膝の間にうずめているのは、自分の顔が赤いのを見られたくないのかな。
ぐにっ、と胸がつぶれて、腕の間からこぼれ落ちそうになる。
昔と違って、みちるの体は大人のものになっている。
僕は気まずくなって目をそらした。
「昔みたいにいかないならさ……少しずつ新しい関係を築いていこうよ」
僕も彼女との関係性については、まだ手探りの状態だ。
少し前までは好きで仕方なかった。
けど振られて気持ちが冷めて……でも、全部がリセットしたわけじゃない。
異性として意識している部分が少なからずある。
「……勇太は、アタシのこと嫌いじゃない?」
「嫌いじゃないよ」
それは本当だ。
「アタシ、あんたを振ったよ?」
「でも別に嫌いになったわけじゃないから」
みちるはそっ、とまた僕に近づいてくる。
彼女の肩と僕の肩が触れあう。
「……優しすぎるよ。振った女の勉強まで面倒見てさ。……アタシみたいな悪い女に引っかからないか心配だわ」
「みちるは悪い女なんかじゃないよ」
「……ばか。なに、彼女でもない女、喜ばせてるのよ」
みちるは顔を上げると、小さく苦笑する。
「アタシ、ほんとにバカだったわ。あんたを振るなんて……どうかしてた。すっごい後悔してる」
自嘲的なニュアンスを含む笑みだった。
「あのときあんたを拒んでなければ……今頃あんたと2人で、誰も居ない部屋でもっと別の……」
「もっと? 別の、なにするの?」
「~~~~~~~!」
一瞬でみちるの耳が真っ赤に染まる。
「じゅ、受験勉強とかできたのにね!」
「あ、ああ……勉強の事ね」
なんか艶っぽい雰囲気になってたけど……そっか勉強のことか。
「さ、さっさと追試クリアするわよ! ちゃんと勉強教えなさい!」
「う、うん……わかったよ」
その後、僕らは明け方まで勉強し続けた。
その甲斐あって追試はクリアしたのだった。




