40話 ライバルの作家のお宅に雨宿り
期末テストが終わって、今はテスト休暇中。
僕こと上松 勇太は、出版社に足を運んでいた。
編集部の入り口まで到着。
「あー、きみきみ」
「え、僕ですか?」
年若そうな編集が、不機嫌そうな顔をしながら僕に近づいてくる。
「ダメだよ、部外者が勝手に入ってきたら」
「え? あ、いや……その……」
僕は呼ばれてここに来たんですけど……と言おうとする。
「見たところ高校生? 原稿の持ち込み? だめだめ、小説ってそういうのやってないからさー」
「いや、そうじゃなくって……」
「はいはい子供は帰ってお疲れさん」
どうしよう、人の言うことを聞いてくれない……。
と、困っていたそのときだ。
「どうした我がライバル? お困りかね?」
「あなたは! 白馬先生!」
白いスーツに身を包んだ、甘いマスクのイケメン。
彼こそは、大人気作品アーツ・マジック・オンライン(AMO)の作者。
「ふははは! この白馬 王子が来たからにはトラブルはたちどころに解決さ!」
きらんっ、と白馬先生が白い歯を輝かせる。
「す、すげえ……AMOの作者! おれ、生で初めて見た……」
白馬先生はモデルまでやっている、有名人なんだよね。
「そこのキミ! ここにいる彼を誰と心得る! 我が生涯の戦友にして強敵……カミマツ先生だぞ!」
「んなっ!? か、カミマツ先生だってぇ!?」
編集さんが驚愕の表情を浮かべる。
「あ、あの映画版600億円の大ヒット作……デジマスの作者!?」
あれ? 500億円じゃなかったっけ……。
「そう! 書籍爆売れ、アニメ第二期は放送決定し、もはや社会現象を起こした神作家ことカミマツ先生だぞ、彼は!」
そうか、500億だったの先月だし、一ヶ月で伸びたのか……。
「キミは見たところ入社間もない編集だろう。またカミマツ先生はどう見ても高校生の出で立ち。部外者と勘違いしてしまうのは致し方ない。しかしね!」
ビシッ、と白馬先生が指を突きつける。
「いくら相手が子供だからって、話を聞いてあげないのは大人として、社会人としてどうかと思うのだがね!」
「も、申し訳ありませんでしたぁ!」
若い編集が何度も頭を下げる。
青い顔をしてブルブルと震えていた。
「我がレーベルの大黒柱とは知らず、失礼なマネをして申し訳ございません! なにとぞ、お許しください!」
これなんて時代劇?
「大げさじゃないですか……?」
「ま、キミの機嫌を損ねたら、クビが飛ぶどころじゃないだろうからね。ただでさえこの間の移籍騒動があったわけだし」
なるほど……。
「安心したまえ。カミマツ先生は心の広い素晴らしい御仁だ。誠意を持って謝ったのだから許してくれるさ」
「ほ、本当ですか……?」
僕はこくり、とうなずく。
別に怒りもしないよね、僕を知らないからってさ。
「カミマツ先生の懐の深さに感謝するのだねキミ」
「ははー! ありがたき幸せ-!」
だからなんで時代劇?
ペコペコと頭を下げながら、編集さんが去って行った。
「助かりました、白馬先生」
「なに、気にしなくていい。主人公のピンチを救うのもまた、ライバルの役目だからねフーーーハッハッハッハァ!」
その後。
芽依さんは前の打ち合わせが伸びているらしく、待合室で待つことになった。
時間つぶしに白馬先生が付き合ってくれるそうだ。
「ところで僕心……おめでとう。発売2週で20万部突破だそうだね」
「え、どうして知ってるんですか?」
「あの垂れ幕を見てごらんよ」
くいっ、と白馬先生が背後を指さす。
編集部の壁には、でかでかと垂れ幕がかかっていた。
【僕心大ヒット御礼! 20万部突破!】
「なにあれ!? は、恥ずかしい……」
一方で先生は長い足を優雅に組み、パチパチと惜しみない拍手をする。
「コングラッチュレーション。やはり君は凄い。近年稀に見ぬ大ヒットじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「こんな大ヒット前代未聞だよ。発売1ヶ月で10万部いった【イタリア語でこっそりでれるフォルゴーレさん】も話題になったが……君の【僕心】はそれ以上さ。次元が違う売れ方だよ」
「先生にそう言ってもらえると、うれしいです!」
AMOの作者から褒められるなんて……!
「白馬先生の【絶対零度の孤独】も、発売1週間で重版、すごいです」
「ふふっ……ありがとう我がライバルよ。もっとも、発売2週で2万部の私と、20万部の君。今回の勝負は……君の圧勝だったわけだが」
白馬先生の新刊と、僕の本は同じ日に、同じレーベルから発売されたのだ。
以前先生から勝負だ! と挑まれてたんだよね。
「あ、いやその……別にそういうこと言いたいんじゃなくて……」
「フッ、わかっているさ。君が売れたからと言って自らの功績をひけらかすような輩でないことは、私はよく知ってる。さすが我が宿敵。強さと気高さを持ち合わせるなんて……」
ぎゅっ、と白馬先生が歯がみする。
だがすぐにニコッと笑う。
「私はとても嬉しいよ。君が、今もなお、高い壁として私の前に立ち塞がってくれていることが……!」
「ど、どうしてですか……?」
「簡単なこと! 壁が大きければ大きいほど、乗り越えたときの喜びが増す! 私は負けないよカミマツ先生。何度敗北しようと……最後に笑った者が勝者なのだからね」
か、カッコいい……!
「やっぱり白馬先生は……尊敬する大作家です!」
「ふははは! ありがとう! だが君も私にとってはライバルでもあり、偉大なる神作家だぞ!」
ビシッ! と先生が格好よくポーズを取る。
「勝負はまだまだ始まったばかり。メディアミックスが始まる……ここから本当の勝負だ! すぐに巻き返してみせる!」
「はい! お互い頑張りましょう!」
と、そのときだ。
「あ、先生! お待たせー!」
「おっと担当編集くんが来たようだね」
明るい笑顔で手を振りながら、美人編集・佐久平 芽依さんがやってきた。
「あ、先生! 大変大変! また緊急大重版決まったって! これで累計30万部! 発売2週でこれは歴史的快挙だよ!」
「ぶーーーーーーーーーーーーー!」
白馬先生は血を吐いてうつ伏せに倒れた。
「せ、先生! しっかり! もうっ、どうして芽依さんタイミング悪すぎですよ!」
「え、あたし何かしちゃいました?」
無自覚系主人公かっ!
「ぐ、くくく……見事だ。さらに差を広げるとは……それでこそ、我がライバル。だがしかし! 私は諦めぬ!」
「あ、第2巻初版きまったよ。1巻の初版の3倍だって。それとオリジナルアニメ同梱版が作られるってさ」
ドサッ……!
「せ、せんせーーーーーー! 起きて! 先生ぃいいいいいい!」
★
芽依さんとの打ち合わせを終えた後……。
僕と白馬先生は帰路についていた。
「なんかすみません……」
「なぜ謝る? 増刷が決まったんだ。嬉しい事じゃあないか」
真っ赤に染まったスーツを夕方にたなびかせる白馬先生。
「それだけ売れると言うことは、多くの人たちを幸せにしていると言うこと。君は素晴らしいことをしているのだ。胸を張りたまえ」
白馬先生は凄い。
AMOはメチャクチャ売れている。
アニメ化も何回もしているし、新シリーズを出せば全部大ヒット。
この人こそ増長してもいいはずなのに、とってもいい人だ。
「僕……先生みたいな一流の作家になりたいです」
「ありがとう。だが君も十分一流……いや、超一流作家だよ」
「いやいや僕なんて……」
と、そのときだった。
ぽた……と頭上から雨粒が振っていた。
「む! いかんな! 夕立だ!」
「わ! ほんとだっ!」
一気に土砂降りへと変わる。
僕らは雨に濡れながら、近くの店の軒下に移動した。
「やれやれ。夏場はこういう雨が多いから困る」
「やみそうにありませんね。くしゅっ……」
雨に濡れてしまったせいでちょっと冷えてしまった。
「大変だ。このままでは風邪を引いてしまう……我がライバルが寝込むなんて度し難い……む! そうだ!」
白馬先生が妙案思いついたみたいな顔で言う。
「我がライバルよ、よければうちに寄っていかないかい?」
「白馬先生のお家ですか?」
「ああ。すぐ近くなんだ」
「すぐ近くって……ここ、高級オフィス街なんですけど……」
デカいビルが乱立している。
この辺りにすんでいるなんて……お、お金持ち!
「何を隠そう、私は白馬製薬の御曹司だからねフハハハハッ!」
そういえばそうだった。
大作家で、イケメンで、モデルで、御曹司。
すごい……スーパー作家だ!
「このままタクシーを拾って帰ってもいいだろうけど、ぬれたまま冷房の効いた車内にいれば体調が悪化しかねない。どうだい? シャワーと着替えを用意しよう」
結局お言葉に甘えることになった。
先生の住んでいるタワーマンションは、出版社の目と鼻の先にあった。
もの凄い高級そうな建物の中へと入る。
「この時間なら我が妹がいるかもしれない。あとで紹介しよう」
「へぇ……白馬先生って妹さんいるんですか?」
「ああ。私に似てとても美しい妹だ。しかも声優をやっているのだよ」
「へぇ……! 声優! すごい……お兄さんが作家で、妹が声優なんて……スーパー兄妹ですね!」
「ははは! 君はお世辞まで上手だな! さすが神作家!」
そんなこんなあって、僕らはマンションの最上階までやってきた。
これまたド広い部屋に案内される。
「バスルームはここだ。私は着替えを取ってくるから、先に入っていたまえ」
「はい! ありがとうございます!」
笑顔で先生が去って行く。
本当にいい人だなぁ。
「けど、妹さんか。どんな人だろう? やっぱり白馬先生に似て、優しくてカッコいい人なんだろうなぁ」
僕はバスルームのドアを開けた……そのときだ。
「「え……?」」
そこに居たのは……よく知っている人だった。
「ゆ、由梨恵……?」
アイドル声優の駒ヶ根 由梨恵が、そこにいたのである。
「ゆ、勇太くん……? どうして……ここに……?」
極限までに無駄な肉をそがれた、見事なプロポーションの裸身がそこにある。
目が釘付けになってしまう……い、いかんー!
と、そのときだった。
「おや、なんだ先に風呂に入っていたのかい?」
イケメンの家主がひょこっと顔を出す。
「え? え? 白馬先生、由梨恵とは、どういう……ご関係?」
まさか彼氏彼女の関係か!?
白馬先生が首をかしげる。
「私の妹だが?」
「へ!? い、妹ぉ!」




