3話 貸し切り高級焼肉店で励まされる
僕と編集の芽依さんがやってきたのは、新宿にある高級焼き肉店JOJO苑。
「突然予約できたのJOJO苑くらいしかなくて、ごめんね先生」
「あ、いや……別に。て、てゆーか人いなくないっすか?」
「そりゃいないわ。貸し切りだもの」
「JOJO苑貸し切りって! な、なんでまた……」
「だって、落ち着いて話したかったし。なら貸し切りのほうがいいかなって」
「で、でも……お高いんでしょう?」
「ご安心を! 会社が喜んでお金出してくれたから!」
「マジっすか……」
芽依さんと父さんが務めているのは、結構大きな出版社だ。
だから、経費で出してくれるのかも知れない。
「普通のひとにそんなことしないよ絶対。カミマツ先生にだけ」
「どうして?」
「そりゃー、天下の【デジマス】の作者だからよ。書籍、コミックス、映画、すべて大ヒット! 出版社としてはもうボロもうけのうっはうはだものね。そりゃお金も惜しみなく出すってモノよ」
「うわぁ……すっごいあけすけ」
「隠したところで意味ないでしょ? さっ、座った座った!」
座敷に通される。
となりにステージがあって、そこではチェロとかピアノとかの、生演奏が披露されていた。
着物を着た女性スタッフが、注文を取りに来る。
「とりあえずコースで」
頭を下げてスタッフの人が去って行く。
ほどなくして前菜をはじめとした、料理がドバッと出された。
「ささ、ドンドン食べてね! 遠慮せずに」
ささっ、と肉を焼いていく。
「あ、あの……芽衣さん?」
「なぁに?」
「なんで焼き肉?」
「落ち込んでいるときはとりあえず肉! ってのがうちの家訓だから。はい焼けたよ」
じゅうじゅうに焼けたお肉が僕の前に出される。
サシが入っていてめっちゃ美味しそう。
「ん~~~~♡ うまい肉はタレつけなくってもめっちゃうまいわね!」
「そ、そうっすね……」
芽衣さんはバクバクと肉を食べていく。
一方で僕はあんまり食欲がわかなかった。
「どうしたの先生? 彼女にでも振られたの?」
「ぶっ……! な、なんで……?」
「あらら、当たりなんだ。でも先生って恋人いなかったよね?」
「まあ……片思いだったんで」
「なるほど……よければ話してみて」
テキパキと肉を焼いていく芽衣さん。
詮索されるのはあんまり好きじゃない……けど。
でも話して楽になれるかも、と思って、僕はあらましを説明する。
「なるほど……幼馴染みに振られちゃって、自暴自棄になって、引退宣言と」
「はい……」
食事を終えて、僕らはコーヒーを飲んでいる。
芽衣さんはしばし沈思黙考して、微笑んだ。
「良かった」
「え?」
「先生が、作品自体を……自分のキャラクターのことを嫌いになったんじゃなくて」
芽依さんは安堵の吐息をつく。
「そりゃ……嫌いなわけないですよ。でも……もう書きたくないんですよ」
「リョウたちの物語は、まだ完結してないよ? どうするの先生」
「……読者の想像に任せるってことじゃ……ダメ?」
「ダメ」
「それは……編集としての立場があるから、続きかけってこと?」
はぁ、と芽衣さんはため息をつく。
「違うわ。作者には責任があるの」
「責任?」
「そう。生み出した以上、被造物であるリョウたち……キャラクターの物語の結末を描くっていう責任がね」
芽衣さんはスマホを取り出す。
スマホケースはデジマスだった。それにストラップも。
「みて、先生。ヤフーニュースになってるわよ」
「な、なにが?」
「カミマツ先生、引退か!? って」
「はぁ!?」
芽依さんのスマホを手に取って見る。
確かに、ヤフーのニュースになっていた……!
「え、まだツイッターで宣言して何時間もたってませんよね……?」
「それだけ、あなたの物語には影響力があるのよ。先生、ツイッター開いてみて?」
僕は言われるがまま、SNSのマイページを開く。
「な、なにこれ!?」
引退宣言のツイートには、万単位のコメントが書いてあった。
『先生辞めないで!』『引退なんていやだ!』『もっとずっとしぬまでリョウの物語を読みたいです!』
「次は、なろうの感想ページも」
僕はうなずいてなろうの作者ページへ。
こっちも感想が……めちゃくちゃついていた。
「みんなあなたの生み出した子供のことが、大好きなのよ」
「僕の……子供?」
ハッ……! そうか……そうだよ……。
デジマスは、リョウは……僕の生み出した作品……子供のようなモノじゃないか。
「幼馴染みに振られて、ショックになって、やめたくなる気持ちはよくわかる。けど……可哀想じゃない。あなたの子供を好きになってくれた読者と……それになにより、キャラクター達が」
芽衣さんが愛おしそうに、自分のスマホストラップを撫でる。
主人公のリョウがデフォルメされたマスコット。
「そう……ですね……。軽率……でした」
そうだよ。リョウを、読んでくれるみんなを……彼らを放置するのは、あまりに無責任だ。
「引退するしないは、先生の自由よ。けど……せめてさ、裏切らないであげて。読者とキャラクターを」
芽依さんの言葉が、すっと胸に入ってきた。
おれかけた気持ちが、少し上向きになる。
「……わかり、ました。僕……続けます」
」
芽依さんはにこりと笑って言う。
「ん。良かった♡」