15話 幼馴染みは彼を今更好きになった(手遅れ)
上松 勇太が、神作家カミマツであると、みちるは確信を得た。
その翌朝。
「ゆ、勇太。おはよう」
みちるは上松家の家の前で、勇太が出てくるのを待っていたのだ。
「あれ、みちる? どうしたの?」
勇太は幼馴染みに気づくと、真っ直ぐに見てきた。
みちるはかぁ……と頬が赤くなって、目をそらしてしまう。
「べ、別に……。同じ学校なんだし、たまには一緒に学校行きましょ」
「? 別に良いけど」
隣を勇太が歩いている。
みちるはその半歩後ろをついていた。
「一緒に学校いくのなんか、小学校以来だね」
「うぇ!? そ、そ、そうね……」
どうしてしまったのだ……相手は陰キャ高校生。
数日前まで眼中にない相手だった。
ハッキリ言って顔はタイプではない。
なのに、今日の彼は一段と輝いて見える。
「くわぁ……」
「な、なによあんた……寝不足?」
「うん。まあちょっと。遅くまで作業しててさ」
知っている。
カミマツは今日も神エピソードを投稿していた。
おそらく長い時間、必死になって小説を書いていたのだろう。
そう思うと、彼の眠たげな表情も、目の下のクマも、苦労の跡に見えて格好よかった。
……格好良い?
な、何を言っているのだ……? とみちるは動揺する。
「どうしたの? 顔赤いけど」
勇太が立ち止まり、顔をのぞき込んでくる。
一気に体温が上がってしまった。
「なっ!?」
ドンッ……! とみちるは彼を思わず突き飛ばしてしまった。
「痛っ」
勇太が尻餅をつく。
そこでみちるは正気に戻った。
「ち、近づくんじゃ無いわよ!」
「ご、ごめん。どうしたんだよいきなり?」
自分でもよくわからなかった。
ただ……勇太が近くに居たことで、体が過剰に反応してしまったのだ。
「熱? 大丈夫? 学校休んだ方が良いんじゃない?」
気を使われるとさらに体温があがる。
「よ、よ、余計なお世話よぉおおお!」
みちるは叫びながらその場を去って行ったのだった。
★
ホームルーム前の、学校の教室にて。
みちるは離れた席から、上松 勇太のことをジッと見ていた。
彼は腕枕をして、突っ伏して寝ている。
普段なら気にもとめないその仕草。
だが彼を神作家だと知った後では、なぜか輝いて見えていた。
「おっすー。なにしてるの?」
女友達がみちるに声をかけてきた。
「な、なんでもないわよ……」
「あーん? どうしたー、好きな男子でもできたのかー?」
「ばッ……!? す、す、好きじゃないわよあんなやつ……!」
向こうとしては、からかうつもりで言ったはずだった。
しかしこうも過剰に反応してしまえば、好きな人が居ますと白状しているようなものである。
「ほー、だれだれ?」
みちるが向いていた方を、友人が見やる。
まずい、視線の先には勇太が……!
「あー、ふーん。なるほど……みちるはああいうのがタイプなんだ……」
ニヤニヤと友人が笑う。
「あ、ち、違うから……!」
「否定しなくていいよ。【中津川】くんかっこいーからね」
「へ……?」
友人が指さす先にいたのは、クラスで一番のイケメン【中津川】だ。
本当はその向こうにいる勇太を見ていたのだが、手前の彼を見ていたと勘違いされたらしい。
ホッ……と内心で安堵の吐息をつく。
「イケメンでクラスの人気者だし、あんたと中津川とならお似合いのカップルになれるんじゃないの?」
「ああ……そう」
みちるはまるで気のない返事をする。
中津川など眼中になかった。
「……みちるさー、もしかしてだけど……上松のこと見てたの?」
ドキッ……! と心臓が体に悪い跳ね方をする。
「は、はぁ!? な、なんでそうなるのよ!」
「いやだって……中津川じゃあないみたいだし……」
リアクションが薄すぎたので、彼に興味がないことがバレてしまったらしい。
「あんな陰キャ好きなの? みちる?」
「そ、そんなわけないじゃない! だ、誰があんなキモいヤツ……!」
それはとっさに口をついた言葉だった。
弾み、というやつだ。
勇太を見やる。
だが……彼は腕を枕にして眠っていた。
聞かれていないことに、ホッとしていた……。
……ホッとしていた?
「だよねー、あんなチビで、覇気のないやつと、みちるが釣り合うわけないもん」
……気づいたら、みちるは立ち上がっていた。
「どしたん?」
「……トイレッ!」
肩を怒らせながら、みちるは出て行く。
振り返るとまだ、勇太はのんきに眠っていた。
ややあって。
みちるは女子トイレのなかにいた。
「……はぁ。まいった」
みちるは便座に座って、うつむいていた。
「なんなの。朝から、アタシ……変だわ」
思えば朝からおかしかった。
小学校以来となる勇太との登校。
彼を目で追っている自分。
見てるだけで、顔が赤くなる……。
「これじゃ……まるで本当に……」
と、そのときだった。
ピコンッ♪
「何……? メッセージ?」
勇太からラインが来ていた。
『大丈夫? 席にいなかったけど……お腹でも痛いの?』
気づけば一時間目の授業が始まっているところだった。
『体調悪いなら保健室行った方が良いよ?』
そのメッセージを見た瞬間……彼女はようやく、気づいた。
「アタシ……勇太のこと……好きなんだ……」
彼に優しい言葉をかけられて、喜んでいる自分がいて……遅まきながら気づいたのだ。
そうだ。
いつだって勇太は、自分に優しかった。
自分が辛そうにしていると体調を気遣ってきた。
これは今に始まったことではない、子供の時からずっとだ。
……思えば、彼はとてもいい男だった気がする。
それによく考えれば、彼が自分で正体を明かしたとき、嘘をつく理由が特になかった。
なぜもっと彼の話を真剣に聞いてあげなかったのか。
なぜ、自分は彼を振ってしまったのか。
「これからどうしよう……」
彼を振った後になってから、彼を好きになってしまった。
もう取り返しが付かない……。
「……待って。本当に取り返しが付かないの……?」
ふと、みちるは気づく。
「まだやり直せるんじゃない……?」
確かにここ数日、勇太はアリッサや由梨恵と言った美少女達となぜか交流を持っている。
だが、まだ数日の仲だ。
一方でみちると勇太には、10年間近い積み重ねがある。
家が近所で、幼い頃からずっと一緒に居た。
そうだ、ポっと出の女達と比べたら、自分の方が勇太により思ってもらっているはず。
「そうよ、まだあいつ、アタシのこと好きなんじゃない……? チャンスはあるんじゃないかしら?」
そんな都合のいい話があるわけがない。
だがみちるのなかでは、なぜか知らないが勝算があるらしい。
さっそくみちるは、こんなラインを送った。
『気が変わったわ。あんたと付き合ってあげてもいいわよ』
「よしっ……!」
……何がよしなのかさっぱりだが。
みちるはこれで、勇太が自分に振り向いてくれると思っていた。
神作家と彼氏が同時に手に入ると思うと、浮かれた気分になる。
「さぁさっさとオッケーの返事送ってきなさい! ふふっ……これであいつが手に入ったら、配信で自慢しまくっちゃおーっと!」
……そんな風に浮かれてると、こんな返事が来た。
『元気みたいだね。安心した』
以上。
……え?
「こ、これだけ? 告白の返事は? ねえ!」
だが、いくら待ってもメッセージが来なかった。
痺れを切らして返事を催促する。
ほどなくして通知が来た。
「ったく、遅いのよ。さっさとはいって言えばいいのに。どれどれ…………」
『ごめん、付き合うのは無理』
「…………え゛?」




