13話 人気声優とデート
土曜日、僕は電車に乗って川崎までやってきていた。
「おーい! 勇太くーん! おまたせー!」
改札前の時計の下で待っていると、改札を抜けて、美少女がこちらに駆け寄ってきたのだ。
「由梨恵。おはよ」
声優の駒ヶ根 由梨恵が、笑顔で近づいてくる。
薄手のカーディガンにホットパンツ。
ハンティング帽に眼鏡、とボーイッシュな格好だ。
「ごめんね、勇太くん。待った?」
「ううん。今来たこと」
午前10時。予定時刻ぴったりだ。
さてなんで由梨恵と僕がここにいるのか?
先日のことだ。
『勇太くん。この間アリッサさんとデートしたって本当?』
ラインで由梨恵が、そんなことを聞いてきたのだ。
連絡先を交換してから、由梨恵とは頻繁に会話している。
暇を見つけてはどうでも良い話をしてるのだが。
『……いや、アリッサの家に遊びに行っただけだけど……』
『それを世間一般でデートというのです! やっぱり本当だったんだっ』
どこで仕入れたんだろう、その情報?
『勇太くん……私ともお出かけしましょう!』
で、今に至る次第だ。
僕らは川崎にある大きなショッピングモールへとやってきた。
彼女が神奈川県在住らしいので、その近辺で遊べる場所をふたりで捜して決めたのだ。
「さぁ、いこっかっ♡」
由梨恵は凄いナチュラルに僕の手をとって、一緒に歩き出す。
きょ、距離感が……! 近い!
「? どうしたの?」
「あ、い、いやその……慣れてなくてこういうの?」
逆に由梨恵はごく自然に男の手を取ってきたな。
も、もしかして……慣れてるのかな?
「あ、安心して。男の子とデートするのは、勇太くんが初めてだから♡」
「そ、そうなの……?」
僕らはショッピングモールへ向かう。
「慣れてるのはほら、弟たちと出かけるからね」
「へぇ、兄妹いるんだ」
「うんっ。5人兄妹。私はお姉ちゃんなんだ」
そんな風に他愛ない話をしながら、僕たちは映画館へとやってきた。
正直デートなんて生まれて初めてで、どうすればいいのかわからなかった。
ネット検索したら【とりあえず映画館おすすめ。会話が続かなくてもいいから】というアドバイスが出てきたので、従うことにしたのだ。
「どの映画見よっか?」
由梨恵ってどんなのが好きなんだろう……?
お姉さんだし、大人な恋の物語的なものだろうか。
「私……これ見たいんだ!」
「どれどれ……って、え?」
僕は目を丸くする。
「これ?」
「うん、それ」
「でも……これって……」
由梨恵が指さす先には、大きなポスターが貼ってあった。
町中に、そして僕の家にも張ってあるポスターだ。
「デジマス……だよね? いいの?」
「もちろん! デジマスの映画は何度見ても面白いから!」
今上映されているデジマスの映画は、天空無限闘技場編、というエピソードを映像化した物だ。
由梨恵は主人公のリョウの声を当ててるんだから、もう内容なんて把握済みだろう。
それでも見たいって……。
「ダメかな?」
「いや、由梨恵がいいなら」
「ほんとっ? やった♡ じゃあチケット買ってくるね~」
「あ、僕が……! って、行っちゃった」
由梨恵はテキパキとチケットと飲み物とポップコーンを買って、僕の元へやってきた。
「はい飲み物とポップコーン!」
「あ、ありがとう……あ、お金」
「いいよ! 見たい映画に付き合わせちゃったし。ほら行こう!」
由梨恵とともに僕らは劇場に入る。
真ん中の席に僕らは座る。
「由梨恵、そんな大きなポップコーン……食べきれるの?」
由梨恵が膝に載せているのは、バケツと見まがうサイズの巨大ポップコーンだ。
お盆にはチュロスとホットドッグが一緒に乗っている。
「うん。よゆー!」
そんなこんなしてると映画が始まる。
デジマス劇場版・天空無限闘技場編。
主人公リョウが仲間達と一緒に天空にある無限闘技場にいった際のエピソードだ。
そこで後に彼の心の支えとなる【氷室レイ】と出会う。
だがレイは敵との激闘の末に、主人公を庇って命を落とすのだ。
「ぐしゅ……ふぐ……ぐぅ……」
レイが死ぬシーンにさしかかると、劇場のあちこちからすすり泣く音がする。
僕はもう何度も見たし、なんだったら作ったの僕なので、あまりなんとも思わない。
「うぐうぅう……ふぐぅうう……うぅう~……」
しかし隣でヤケに泣いてる人居るな。
だれだろう……?
「レイさぁーん……ぐしゅん……」
由梨恵だった。
ボロボロに泣いていた。演技とかじゃなくて、がち泣きだった。
ちなみにポップコーン類は綺麗に食い終わっていた。
ややあって。
映画が終わり、電気が付く。
すると……。
ーーパチパチパチパチパチ!
「えっ? なになに?」
突如として、映画館にいた人たちが拍手しだしたのだ!
え、なんなのこれ!?
「ねえ由梨恵これなに……って、ええ!? 君まで!?」
涙を流しながら、笑顔で由梨恵が拍手をしている。
な、なんじゃこりゃあ!
ほどなくして拍手がやみ、みんな映画館を出て行く。
「最高だったねデジマス!」「やっぱ作者のカミマツ様は天才だ!」「こんな感動を生み出す最高のクリエイターだよね! さすがカミマツ様!」
みんな思い思いに感想を口にしながら出て行く。
「勇太くんごめんね。急でびっくりしたでしょ?」
僕と由梨恵も外に出る。
そのまま僕らはショッピングモール内の喫茶店に入った。
「さっきの拍手なんだったの?」
「ファンが拍手してたんだと思うよ。素晴らしい映画に」
「へ、へえ……」
急に拍手しだしたからなんだと思った。
「デジマス映画が最高だから、みんな知らずに賞賛の拍手しちゃうんだよねー」
「いや……僕だけの力じゃないよ。スタッフの人たちや、声を当ててくれるキャストさん達の演技もあってこそだよ」
「あはは! ありがとう!」
晴れやかな笑顔を浮かべながら、由梨恵がタピオカミルクティーを啜っている。
彼女は変装なのか、黒縁の大きなメガネにハンティング帽をかぶっている。
長い髪の毛をアップにして帽子の中に入れていた。
変装していたとしても、彼女の美しさは全くそこなわれない。
凄まじい美貌に、超絶演技力。
超人気JK声優はダテじゃあないんだなぁ。
……てゆーか、そんな有名人と陰キャな僕って、思い切り釣り合わないよね。
「どうしたの?」
「あ、いや……なんかごめん。僕なんかがデート相手で」
「勇太くん。そんな自分を卑下しちゃだめだよ」
「でも……由梨恵と比べたら僕なんてミジンコみたいなもんだし」
すると由梨恵が手を伸ばしてきて、僕の唇をキュッとつまむ。
「ふぁ、ふぁに……?」
「ネガティブ発言、禁止!」
ぱっ……と彼女がすぐに手を離す。
び、びっくりした……。
「そんなふうに自分をダメなヤツだーって言ってたら、本当にダメになっちゃうよ。知ってる? 口から出た言葉って、本当になるんだから」
「そう……なの?」
言霊ってヤツかな?
「そうだよ。だから笑って! 俺はカミマツ! 500億円を稼いだ、できるやつだ! くらい自信持って!」
急に自分を変える事なんてできない。
けど彼女の明るい笑顔を見ていると……さっきまで落ち込んでいた気分が上向きになる。
ガタッ……!
バシャッ……!
「ん? なんだろう……?」
「誰かが飲み物こぼしたみたいだね」
僕は背後を振り返る。
【マスクとサングラスをした女の子】と目が合った。
彼女は慌てて片付けて、どこかに去って行った。




