11話 人気歌手のお宅訪問
放課後、僕は歌手のアリッサ・洗馬さんと、お茶することになった。
……なったん、だけど。
「す、すごいな……このマンション」
僕は都内の白金高輪にある、高層マンションの最上階にいた。
窓から見下ろす港区の風景。
泉岳寺や近くの私立男子校、都内の風景がまるでミニチュアのように見えた。
「こんな凄いとこにすんでるんだ、アリッサ……」
さて僕がいるのはアリッサの自宅だ。
僕はここに来るまでの経緯を思い出す。
『ユータ様。お迎えに上がりました』
校門を出たところに、1台のリムジンが止まっていた。
出迎えてくれたのはアリッサ・洗馬。
僕は彼女に誘われるがままにリムジンに乗った。
……で、リムジンはこのマンションへと僕らを運んだ次第。
「ユータ様♡ コーヒーが入りました♡」
馬鹿でかいリビングに、お盆を持って現れたのはアリッサだ。
ふわふわとした長い金髪と、冬空のような青い瞳。
優しい目元に豊満なバスト。
これで僕の1個上なんだから驚く。
女優も裸足で逃げるレベルの美人だもん。
「あ、ありがとう……」
テーブルの上にアリッサがアイスコーヒーの入ったグラスを置く。
正面に彼女が座る。
僕は椅子に座ってそれを手に取って、一口飲む。
「……苦くない」
何も入ってないブラックコーヒーなのに、苦みをまるで感じさせなかった。
高い豆なのか、高い豆で作ったコーヒーは苦くないのかっ!
「お金持ちだねアリッサって……すごいなぁ。さすが紅白歌手」
こんな一等地にある、高層マンションの最上階に部屋を構えてるくらいだからね。
「……わたしなんて、ユータ様に比べたら大したことありません。ユータ様はあんなに稼いでいるのに、普通のご家庭でしたね」
先週アリッサは僕の家に遊びに来ている。
2階建ての普通の家だって事を知っているのだ。
「母さんがすっごいしっかりしててさ。印税とか、全部管理してくれてるの」
「……それは、羨ましいです」
ぽつり、とアリッサがつぶやく。
どこか寂しそうな感じがした。
「アリッサの両親は? 姿が見えないけど」
「……ここにはわたし一人で住んでいます。お手伝いさんが週に何回か来てくれますけど」
「一人?」
「……ええ」
なんだろう、複雑な家庭環境にあるのだろうか。
気にはなるけど、デリケートな部分だろうし。
あまり触れないでおこうかな。
「……ところで、ユータ様っ。折り入ってお願いがあるんです」
「お願い?」
アリッサは真面目な顔でこんなことを言う。
なんだろうお願いって……?
僕ごときでできることってあるかな?
「……さ、サインを……いただけないでしょうかっ」
「なんだ、いいよ」
「……ほんとですかっ!」
ぱぁ……! とアリッサは表情を明るくさせる。
急いで立ち上がって部屋を出て行き、また戻ってくる。
「……で、ではこれにサインをお願いします!」
書籍版デジマスの1巻だった。
僕はうなずいて、彼女から本とマジックペンを借りる。
しゃしゃっ、とサインを書く。
「……すごい、あっという間にサインが! サイン慣れしてますね!」
「まあ、これでも作家の端くれだから。サイン本を頼まれることも多い」
「……なるほど! すごい……さすが人気作家!」
「いやいや……はいどうぞ」
僕はサイン本をアリッサに手渡す。
「……ありがとうございます!」
彼女はサイン本を胸に抱いて、ふにゃふにゃと顔をとろかせる。
「……一生の宝物にします♡」
「いや大げさな……あ、そうだ。逆にサインもらえない?」
「……もちろんです!」
とは言えサイン色紙なんてもっていないので、授業で使っているルーズリーフを手渡す。
アリッサはペンをシュシュ……と走らせる。
「……あっ」
「どうしたの?」
「……すみません、失敗してしまって。もう一枚ください」
その後、何度も失敗して、ようやくサインを完成させた。
「……申し訳ございません。サイン、慣れてないので……」
「そうなの? サインねだられないの?」
「……そういうの、全部断ってます」
「え、意外。何か理由でも?」
「……人と接するのが、苦手で」
超人気歌手にあるまじきカミングアウトだ。
なんか凄い意外だ。
「でもそれじゃライブとかどうしてるの?」
「……お仕事ですから。それに、歌を歌っているときは、いいんです。歌うことに集中してるので、周りが気にならないので」
アリッサは結構内気な人らしい。
「家に呼んだのも、外だと人の目が合って気が散っちゃうとか?」
「……さすが、作家先生は人の心を読むのに長けてますね」
どうやらその通りらしい。
いや別に作家だからとか関係ないんだけど……。
「でも、じゃあ祝賀会のパーティによく参加したよね」
「……当然です。大事な作品の、大事な式典だったじゃないですか」
大事な作品……か。
僕はアリッサが持ってきた本を見やる。
初版帯がついていた。
けど……何度も読んだのか、だいぶくたびれていた。
「アリッサは……デジマス好きなの?」
「……ええ。大好きです♡」
静かに微笑みながら、アリッサがコーヒーカップを手にする。
「そっか……ありがとう。僕もアリッサの曲好きだよ」
デジマスはまずアニメ化してから、映画化された。
どちらも曲はアリッサが作ってくれた。
アニメ1期もエンディングも、どっちも大好きだ。
「ひゃぁ……!」
彼女が顔を真っ赤にして大げさに反応する。
そのときだ。
パシャッ、と彼女のセーターとスカートにコーヒーがかかったのだ。
「だっ、大丈夫?」
「……へ、へ、へいちゃらでしゅ!」
でしゅ?
アリッサは耳の先まで赤く染めて、眼をきょどきょどさせる。
「……あ、ああのあのその、ふ、服を着替えてきますっ」
「え、あ、うん……」
たっ……とアリッサが駆け出す。
「……少し時間掛かりますので、お家の中自由に見てくださいっ」
そう言ってアリッサがリビングから出て行った。
「うーん……どうしたんだろう?」
急に顔を赤くして……?
「僕何か失礼なこと言っちゃったかな?」
純粋に曲を褒めたつもりだったんだけどな。
アリッサってアニメのオープニング曲を結構歌っている。
僕は妹や父さんほど熱心にじゃないけど、アニメも見る。
そのときアリッサ・洗馬の曲って結構耳にするしね。
どれも良い曲ばっかりで、本当に好きなんだけどなぁ。
お世辞って思われちゃったのかな。
「けど……どうしよう。暇だなぁ」
家の中を見て良いって言われたし、見て回る?
いやいや、でも相手は年頃の女の子だよ?
勝手に部屋の中あちこち詮索されたら嫌じゃない?
でも……歌手のお家なんて、もう今後入る機会なんてないだろうし……。
「ちょっとだけ、見させてもらおっかな」
リビングを出ると、長い廊下があった。
壁にはいくつも部屋が並んでいる。
「ん? なんだろ、ドアあいてるけど……」
気になって中を見て、言葉を失う。
「うわ……すごい……なんだこの部屋……」
防音室っていうのかな。
天井や壁は防音素材のパネルがひいてあった。
大きなピアノや各種楽器もある。
けれど、それ以上に目を引くのは、床一面に広がっている【譜面】だ。
どれも下書きらしく、鉛筆で書き殴ったものであった。
「曲作るのに、こんなたくさん書いてるんだ……すごい……」
と、そのときだった。
「だっ、だめーーーーーーー!」
ドタバタと足音を立てながら入っていたのは、やっぱりアリッサだった……。
って、えええ!?
「あ、アリッサ!? なにそのかっこ!」
彼女は……なんとバスタオル1枚だった!
え、風呂入ってたの!?
な、な、なぁ……!?
み、見えちゃう!
バスタオル越しに、その大きな胸が!
「ユータ様っ。こんな恥ずかしいもの見ないでくださいまし……」
「ご、ごめん! ぶしつけだったね! 女の子の裸みるなんて!」
「……はだ、か?」
ぽかん……とアリッサが口を開く。
あれ、裸見られたから怒ってたんじゃないの……?
「あ……」
ぱさり、とちょうどそのタイミングで、バスタオルが……ああ!?
「「え……?」」
……バスタオルが落ちて、目の前にはアリッサの、生の裸があった。
……僕は彼女の体に目線が釘付けになってしまう。
白く滑らかな肌が、みるみるうちに赤く染まっていく。
体から胸、そして首まで真っ赤になっていった……。
「…………………………」
ぺたん、と彼女がその場に尻餅をつく。
「……………………お見苦しいものを」
か細い声で、彼女がつぶやく。
そこで僕はやっと動けるようになった。
「ご、ごめん……! すぐ出てくから!」
僕は慌てて創作部屋を出る。
「はぁ~~~~………………びっくりした」
彼女の美の権化とも言える姿が、脳裏にこびりついて離れない。
いやまじ……めっちゃ綺麗だった……って、ああ! 僕は何を考えてるんだ!
しばし僕は悶々とする。
だがふと思う。
「……でも、見られていやだったのが裸じゃないなら、アリッサは、何を恥ずかしがってたんだろう?」




