102話 由梨恵の過去
上松 勇太は、夜のお台場の公園で、声優の由梨恵と相対している。
白馬の親友である女性・一花から後押しされた彼は、由梨恵と対話しに来た。
「…………」
とはいえ急に本題を切り出すわけにはいかない。
「えと、その……今日の由梨恵、きれいだね」
「え?」
両親との食事会だったからか、彼女は清楚な白いドレスのようなものを着ている。
肩から薄いストールを纏っている姿は……。
「まるで女神のようであった、なんてね」
「……そ、そんな、ことないよ」
由梨恵が目線を落としながら言う。
響いていないだろうか。
いや、ちらちら、とこちらに目線を配ってきている。
効果ありと見えた。
「その黒髪ロングに白いお嬢様ワンピースとってもにあってる!」
「そ、そうかなぁ?」
「そうだよ! 可愛いよ!」
「そ、そうかなぁ~?」
意外とチョロいぞ! と勇太は思う。
もとより由梨恵は天真爛漫な子だ。
落ち込むことがあっても、すぐに精神力は回復するのだろう。
その後勇太はほめ殺し作戦に出た。
次第に由梨恵は元気を取り戻していった。
「勇太君、ごめんね。気を遣わせちゃって」
数分もすれば由梨恵は普段の表情に戻っていた。
心からの安堵の吐息を、勇太がつく。
「僕こそ、乱入してきてごめんね」
「ううん、いいの。うれしかったから」
心が落ち着いてはいるものの、しかしやはり、その笑顔にはどこか陰を落としている。
「由梨恵。言って。思ってること」
「…………」
「君の全部、僕が受け止めるから」
ね、と勇太が微笑む。
由梨恵はぐっ、と涙をこらえると、勇太にバッと抱き着く!
ぐりぐりとほおずりする。
「ゆ、由梨恵さん……?」
「ごめん、うれしすぎて、つい……」
由梨恵の大きな胸が当たって、ドギマギする勇太。
だが彼女を放すことも、離れようとすることもしない。
ほどなくして、彼女は口を開いた。
「ね、勇太君。今まで、君に言ってなかったことがあるんだ」
「言ってなかった、こと?」
「うん。私が……なんで声優になったのかって、こと」
★
駒ヶ根由梨恵にとって、勇太が作ったその作品は、自分の運命を変えた特別なものだ。
彼女はとある大企業の社長令嬢だった。
裕福な家庭に育ち、優しい兄を持ち、何一つ不自由のない生活を送っていた。
……だが、中学生になったとき、彼女は言われたのだ。
『こんやくしゃ……?』
父親が紹介したのは、三十代の、身なりの整った男だった。
『そうだ。由梨恵。お前はこの人と結婚するんだ。これは、決定事項だ』
由梨恵の父も、そして婚約者も、さも当然のように言ってきた。
母も、その男との結婚については賛成していた。
唯一兄である、白馬だけは反対してくれたが、両親の決定は覆せない。
『…………』
今まで、両親の言われるがままに生きてきた。
それが、自由ではなく、とてつもなく不自由なことに、由梨恵は初めて気づかされた。
父が築き上げてきたレールの上を、自分は走っているだけ。
自分の人生って、なんなんだろう。
『マイシスター。やりたいことはないのかい?』
年の離れた兄、白馬が、ある日自分に聞いてきた。
だがすぐに答えられなかった。
婚約者を紹介されてから今日まで、落ち込んで、由梨恵はふさぎ込んでいた。
白馬が心配して様子を見に来てくれたのだ。
『……わからない。お兄ちゃん、どうしよう……』
すると白馬はポケットからスマホを取り出す。
『小説を読んでみるのはどうかな? すごい小説が今、載ってるのだよ』
それがカミマツと、デジマスとの出会いだった。
由梨恵はその世界にどっぷりとハマった。
気づけばセリフを口に出して、暗唱するまでになっていた。
『由梨恵は声がきれいだね。声優に向いてるかも』
白馬は出版業界に携わっていたので、そういう知識に明るかった。
由梨恵は初めて、アニメのことを知り、そして……
『じゃあ私、声優になる!』
ラノベもアニメになると、兄から教わった。
なら早晩、このデジマスという作品は、アニメになるだろう。
そのとき、主人公に声を当てるのは、自分だ。
由梨恵は特に、主人公のリョウに感情移入していた。
彼に、魂を吹き込むんだ! そう決意した由梨恵は、家を飛び出した。
社長令嬢としての立場を捨て、裕福な生活よりも、夢を選んだのである。
こうして、声優・駒ヶ根由梨恵は誕生したのだった。
【★お知らせ】
先日の短編が好評だったので、連載版、はじめました!
「オタクはキモいから無理」と恋人に浮気され振られた夜、オタクに優しいギャルと付き合うことになった〜実は優良物件だったと今更気づいても遅い、清楚系美人となった趣味の合う元ギャルとラブラブなので」
【URL】
https://ncode.syosetu.com/n3918hk/
よろしければ是非!
広告下にも↓リンク貼ってあります!




