10話 幼馴染みが僕をめっちゃチラチラ見てくる
僕がデジマスの祝賀会に参加した、翌週。
月曜日。
僕は学校で普通に授業を受けていた。
「…………」ちらっ。
はぁ~……先週末は、すっごい濃密な3日間だったな。
「…………」ちらっ、ちらっ。
デジマスの祝賀会に参加して、そこでたくさんの人と知り合って……。
「…………」ちらちらっ、ちらちらっ。
由梨恵とアリッサと知り合いになって、なんか一緒に帰ることになって……なぜだかうちに泊まることになって。
でも……楽しかったな。
結局土日ともふたりは家に泊まった。
ゲームしたり、デジマスの話をしたりして……うん、普通に楽しかったぞ。
連絡先も交換したし、また会おうってことにもなった。
……2人の好意にどう答えて良いのかわからない。
けれど……あんな風に僕のことを、わかってくれて、褒めてくれて……。
一緒に居て、すっごく楽しい。
もっと2人のことを知りたい。
これから、2人のことをゆっくり知っていこう……。
「…………」チラチラチラチラチラチラチラチラ
……さて。
いい加減、無視できないね。うん。
僕はこっそりと、少し離れた席に座る【彼女】を見やる。
大桑みちる。
僕を振った女の子が、さっきから僕をすっごく見てくる。
あ。そういえば振られたんだっけ。
正直、告白からの大爆死のことはすっかり忘れてた。
告白する前は、みちるに振られて、世界の終わりかと思った。
けどそんなことはなかった。
世界にはまだたくさん、僕が知らなかった楽しいものであふれている。
僕を認めてくれるひと、応援してくれる人は、みちるだけじゃないんだ。
そう考えたらみちるへの思いはすっかり僕の中から消えていた。
端的に言えば、彼女への好意が完全に消えてしまっていたのだ。
僕にとって大桑みちるとは、ただの幼馴染み。
それ以上の思いを、すっかり抱かなくなっていたのである。
人とは変わる物だなぁ。
で……みちるだ。
彼女は、いったいどうしたんだろう。
今日、学校に来てから、みちるはずっと僕の方を見てくる。
最初は気のせいかなって思った。
けどあまりにもこっちの様子をずーっとちらちら、ちらちらと伺って来すぎている。
マジでなんなの?
……謎すぎる。
と、そのときだった。
ピコンッ♪
スマホに、ラインの通知が来たのだ。
相手はアリッサからだった。
『ユータ様。今日、お暇でしょうか?』
月曜日の朝にアリッサは帰っていった。
それから頻繁に連絡が来る。
ユータ様呼びは結局治らないみたい。
何度注意してもダメだったので、訂正は無理だと諦めている。
『うん、暇だよ』
即座に既読がついて、アリッサから返事が来る。
『でしたら、お茶でもしませんか? 2人きりでゆっくりお話ししたいです』
女子からのお誘いのライン。
編集の芽依さんからも、何度かこういうお誘いはあった。
でも僕は断っていた。
みちるに、好意を抱いてくれている幼馴染みに悪いと思ってたからだ。
でも、もうどうでもいい。
だって向こうは僕のこと嫌いだって振ってきたわけだし。
僕は僕で、もうみちるに対しての決別は済ませている。
『執筆で、お忙しいことは重々承知してますが、ワタシはあなたに会いたいです』
『はい、僕もあなたに会ってお茶したいです』
アリッサからスタンプが何個も送られてくる。
デフォルメされたデジマスのキャラが、喜んでいるスタンプだ。
大人びた外見に反して、子供みたいなリアクションに……。
「ふふ……」
僕は思わず笑ってしまう。
可愛らしい人だなぁ。
ああ、アリッサとお茶するの、すっごい楽しみだなぁ。
★
上松勇太がアリッサとのラインに浮かれている、その一方で。
「……何よ。誰とラインしてるのよっ」
大桑みちるは、勇太の挙動が気になって仕方なかった。
彼が愛しのカミマツ様と同一人物なのでは?
その疑念はこの週末で膨らむばかりだった。
この三日間、部屋に閉じこもってずっと思考を巡らせ続けた。
陰キャのクソダサ幼馴染みが、自分が愛してやまない神作の作者だなんて。
もしそれが本当だったら……告白されたのに、振ってしまった。
『ああなんて勿体ないことを……!』
みちるは頭を抱えて、ベッドの上で何度も何度も悶え続けた。
『でもあり得ない! ずぇええったいあり得ない! 勇太がカミマツ様なわけがない!』
自分に強く強く、言い聞かせ続ける。
それは一種の願望……祈りのようなものだった。
なぜなら、もし本当に勇太がカミマツならば、あの時自分の言葉で、大好きな作家を傷つけたことになる。
みちるの脳内には、先週の【カミマツ引退騒動】が思い起こされる。
たしかに、カミマツが引退しますと宣言したのは、みちるが彼を振ったその日と同じだった。
……神作家の心を、傷つけてしまった。
そして、引退まで追い込んでしまったかも知れない……。
そう思うと、背筋がぞっとする。
みちるは首を振る。
「……こうなったら、徹底的に調べてやる」
1人静かに、みちるは決意する。
現状、カミマツ=勇太という根拠はあまりに薄弱だ。
だから色々と悪い妄想をしてしまう。
ならばいっそ、隅から隅まで調べ上げて、【カミマツは勇太ではない】という確かな証拠をそろえようと思った。
「…………」
勇太がまた笑った。
みちるは舌打ちをする。
彼が楽しそうに笑っているのが妙にムカついた。
好きな女に振られたというのに、のんきに笑ってるんじゃないと。
もうちょっと落ち込めよと……そんなことを思っていた。
自分から振っておいて、なんとも身勝手な女だった。
「……そうよ、あんなキモい陰キャが、カミマツ様なわけないのよ」
……しかし残念ながら、みちるがバカにしてる相手こそが、愛しの神作家本人だった。
そのことを確信して激しく後悔する日は、そう遠く無い。




