異世界のデスゲームに召喚されたので、最弱職で復讐を果たしてみせます
連載作品を執筆中の私は、何か良い宣伝方法がないかと考えていた。
「そうだ!短編を別で書いて、それ読んだ人を連載の方に誘導するってのはどうだろう!」
「二兎を追う時は二刀流」「実際良い考え」と古事記にも書いてある。
執筆途中の連載を放り出し、私は作業に取り掛かった。
そうして書いたのがこれである。
作者は気が狂っていた。
――俺は、負けてしまった。
もう指一本さえ動かせない。
薄れていく意識の中、祈る。
――復讐を、復讐を果たしてくれ。
*****
「はい!というわけでね!
今から皆さんには殺し合いをしてもらいます!」
俺達は、学校の教室にいた。
一秒前までは。
今は、白い、どこまでも白い空間にいる。
「なっ、なんだこれ!」
誰かが叫ぶ。
軽いパニックが起きる。
「はいはい、黙って黙って~!
注目、ちゅうもーく!」
白い空間の上方に、半透明の人影が浮かび上がる。
「どうでもいいとこは手短に行きますね~。
僕は神様で~す。
君達を異世界に召喚しました~拍手~」
しん、と静まり返る。
「ノリ悪いな~。
ま、静かなのは良いことだよ~。
と、いうわけで、今からキミらには、殺し合いをしてもらいます」
「何言ってんだ!ここどこだよ!」
誰かが再び叫んだ。
「チッ、うるせぇなあああ。
今時こういうのは秒で飲み込めよ」
そう言って雰囲気が豹変した人影が、叫んだ誰かを指差すと、漫画みたいなビームが指先から生じて、指差されたソイツは真っ黒い塊になった。
数秒して、塊がボロボロと崩れ落ちたところで、別の誰かが悲鳴を上げる。
「おい、わかるまで続くぞ」
再び人影が指を指し、ビームが生じて塊が一個増えた。
次は、誰も悲鳴を上げなかった。
泣きそうな顔で必死に口を抑えてるやつもいる。
「お、二人以内で察せられるのは良くは無いけど悪くも無いよ~。
じゃあ説明を続けるからね~」
人影がそう言うと、俺達一人ひとりの前にタブレット端末が現れる。
端末は宙に浮いた状態で固定されている。
「まず、今からそれを使って【初期設定】をしてね~。
設定し終わった順に世界に送られま~す。
送られたら、他の人を探して殺してくださ~い。
二時間以上この空間に残ったままの人は死にま~す。
いじょ!」
人影は消えた。
「あっ、わっ、うわああああああ!」
「畜生!何だよこれ!」
「どうすんの?どうすんのこれ!?」
何人かがパニクって騒ぎ始める。
だが、殆どの奴は血走った目でタブレットを凝視している。
パニクってた奴らも、何かを感じ取り始めた。
「え……?
みんなマジですんの……?
……殺し合い」
もう誰も答えない。
今時、この手のデスゲーム、ってやつに、そういうジャンルに触れていないやつの方が少ない。
こういうのは大体お決まりのパターンがある。
大抵共通してるのは「序盤に戸惑ったり狼狽えてるやつはすぐ死ぬ」ってとこだ。
みんなどうにかして勝ち組っぽい流れに乗ろうと、必死にタブレットの説明を読み込んだりしている。
恐怖で震える指を抑えながら。
一時間後、空間に残っているのは俺だけになった。
「おいお~い、何もしないで死んじゃっていいの~?」
再び人影が現れて話しかけてきた。
が、無視だ。
俺は今それどころじゃなかった。
「へ、へへ……。
くふはは……」
震える指でタブレットを操作する。
「何だ~、もう壊れちゃったのか~。
まあ仕方ないか~」
人影は興味を失ったようでそのまま消えてしまった。
俺は、その後も二時間になるギリギリまでその部屋で粘り、タブレットの操作を続けた。
*****
オレとタカフミとカツヤは、とりあえず同盟を結んだ、って事になってる。
勿論、お互い隙がありゃ出し抜いてやろう、と思っているのは承知の上で、だ。
俺達は、元の世界の学校ではヤンキーって程じゃないけどまあまあガラが悪い、でもクラスの輪からはみ出て浮くほどじゃない、みたいな感じの『上手くやってるちょいワル』みたいなグループだった。
テキトーに授業サボったり、テキトーに浮いてて弱そうな奴を弄ったり……割と楽しくやってた。
だから、鉢合わせた時もいきなり殺し合うのは気が引けたし、話し合って、三人でやれそーな奴をやってから、もっかい考えようって事になった。
それで、三日目の今日はいよいよ誰か的にかける奴を探そうって事になって、クラスの連中を探すことにして、その最中だ。
タカフミが言うには、この世界は多分VRMMOっていうゲームの世界が元になってるらしい。
なんか最近流行り始めたゲームらしいけど、本体?の機械が高いから、俺達みたいな学生でやってる奴はまだ少ない。
タカフミは、兄貴の知り合いにちょっとだけやらせてもらった事がある、って言ってた。
その時やらせてもらったゲームとは違うゲームみたいだけど、仕組みとかが似てるから同じジャンルだと思う、ってことらしい。
大事なのは最初にタブレットで選んだ【ジョブ】と【スキル】の組み合わせらしい。
オレは、見た目が強そうな【ヘビーファイター】と【ソードラッシュ】っていう威力がありそうなやつを選んだ。
タカフミは【ネクロマンサー】で【リアニメイト】を、カツヤは【アーチャー】で【イーグルアイ】を選んでた。
オレのが一番強そうじゃね?
三人で戦うことになっても勝てそうだな。
*****
「おい、あれ、ザコ田じゃね?」
カツヤが遠くを指差して言った。
「いや、見えねーし」
というか、人がいるのかさえわからない。
「【イーグルアイ】でカツヤの視力が上がってるんだ」
タカフミが解説を入れてきた。
「へー、便利なもんだな」
「……で、どうする?」
「……やるか?」
「ザコ田なら三人いりゃ余裕だろ。
なんか情報持ってないか聞いてからにしようぜ」
オレ達は、ザコ田に近づくことにした。
「おーい、ザコ田くーん♪」
オレがそう呼ぶと、ザコ田はびくっと体を竦ませて、恐る恐るこっちを見てきた。
ザコ田は、元の世界で俺達三人がよく弄ってた奴だ。
いわゆる陰キャってやつで、家でパソコンとかばっかりしてるらしい。
「ザコ田くんさあ、もう誰かぶっ殺したー?」
カツヤがニヤニヤしながら尋ねる。
ザコ田は慌ててブルブルと首を振る。
そりゃそうだわな。
「ザコ田くん誰とも会ってないんだ?」
ザコ田はコクコクと頷く。
こういうオドオドしたとこが気色悪くて、つい強めに弄っちゃうんだよな。
「ザコ田ぁ、このまま誰も殺せないで一番に殺されちゃうんじゃねーの」
ザコ田がビクッと身を竦ませる。
「俺らさぁ、ザコ田が可哀想だからさぁ、手伝ってやろうか」
「おー、それいいんじゃね」
「ザコ田くんがさ、女子でも誰でも、殺しにいったらさ、俺らも助太刀するからさ、やってみてよ」
三人でニヤニヤと反応を伺う。
ザコ田は俯いてだんまりだ。
まあ、こいつが誰かに向かっていくなら囮にすりゃいいし、このままだんまりなら不意をついてぶっ殺し――。
「……だ」
ザコ田がぼそりと喋った。
「あ?なんて?」
「いやだ」
「ああ!?」
「い、いやだ、って言ったんだ、クソヤロー!」
ザコ田が叫んだ。
イラッと来て足を払うと、ザコ田がすっ転んだ。
「おいザコ田、何急にイキってんだよ」
腹に蹴りを入れる。
ザコ田がダンゴムシみたいに丸くなる。
「テメー殺すぞ」
初期装備のロングソードを構える。
「あ、ちょい待ち」
タカフミが止めた。
「んだよ」
「一応こいつの【ジョブ】と【スキル】調べさせて……ってマジか!」
「何」
「ウケるわ。こいつの【ジョブ】、【ノービス】だってよ」
【ノービス】は、一番最初に選ばれてる【ジョブ】で、【ジョブ】を選ぶ前の状態、みたいなもんらしい。
特技は何も無いし、ステータスが最弱なんだと。
「お前、どうしちゃったの。
死ぬ前の一発ギャグか何かなの。
ウケるんですけど」
三人で嘲笑うと、ザコ田が呻きながら言い放った。
「さ、さっさと、ころ、せ」
「……クソイラつくなぁ!ザコ田がよぉ!
じゃあ今すぐ殺してやるよ!」
オレは手にしたロングソードを怒りに任せてザコ田に振り下ろした。
鈍いような鋭いような、不快な音と感触と共に、ザコ田の脇腹に金属の刀身が沈んだ。
「あっ、あギぃいぃぃッ!」
「あああ!うるっせえ!
死ね!死ね!死ねよオラ!死ねっ!」
ザコ田の叫び声に責め立てられるような感覚と、それを打ち消すような興奮と怒声が溢れ出し、無我夢中でロングソードを振り下ろした。
何度斬りつけたのか、それとも叩きつけたのだったか、とにかく、ザコ田は血まみれになって動かなくなった。
やった。やっちまった。
いや、やってやったぜ。畜生。
もう何でも出来る。
タカフミだってカツヤだってオレの敵じゃねぇ。
オレは、オレは――。
「う……あぁ……くそ……」
ザコ田が、起き上がった。
****
「あ、な、何起き上がってんだこの野郎!」
浅川が間抜けな台詞を吐きながら、俺に再びロングソードで斬りつけてきた。
少し身が竦んでしまうが、どちらにせよ避けようもなく直撃する。
甲高い金属音が鳴り、ロングソードが折れた。
「……あ?」
浅川が顔まで間抜けになり、呆然としている。
「そ、蘇生後の三分間は、む、無敵だ」
「ああ!?はあ!?」
浅川はもう何の意味もない虚勢を張り、威嚇するように怒鳴る。
それを無視して、俺はバックパックから一枚の羊皮紙を取り出した。
「《火球》」
そう唱えれば、羊皮紙が光を放って消滅するのと同時に、そこから浅川の足元辺りに向けてバレーボール大の赤熱した球体が撃ち込まれて、俺と浅川を巻き込むように爆発した。
「あ?あっ!?
あぎゃァァアアアア!
熱ッ!アヅ!アヅイィィ!イッヒィィヤァァァアアアア!」
当然のように火だるまになった浅川が、焼けた地面の上をのたうち回る。
一方の俺は全くの無傷だ。
爆風も熱風も何も感じなかった。
「ジュンペイ!
てめぇ、ザコ田ごときが何ふざけた事してんだ!ああ!?」
浅川の名前を叫んだ室井が、弓に矢を番えて構えながら激昂する。
「あ、頭悪いな……話、聞けよ」
俺が嘆息しながら首を振ると、ますます室井の神経を逆撫でしたようで、
「ボソボソくっちゃべってんじゃねぇッ!」
叫びながら、矢を放ってきた。
矢は恐るべき精度で俺の頭部目がけて飛来し、突き刺さる寸前でばちん、と弾かれて明後日の方向に飛んでいった。
俺は、淡々と別の羊皮紙を取り出し、呪文を唱える。
「《魔物召喚・第四位》」
先程と同様に羊皮紙が消滅すると、今度は俺の目の前の地面が淡く光り、そこからずぶずぶと巨大な犬が二匹生えてきた。
「で、《悪魔犬》とかいう奴かな」
俺は独りで呟きながら、目線で室井を示す。
すると、俺の意志を読み取ったかのように、犬の化け物二匹は室井に襲いかかった。
「おい止め……!あがっ!
痛っ!あっ!いっ!うぎっ!
やめっ!あが!ひっ!やだっ!」
二匹の化け物に噛み付かれ食い付かれるリズムに合わせて、室井がテンポ良く短い悲鳴を上げる。
やがて絶叫に近くなった悲鳴は、その後少しずつ小さなものになっていった。
「ううっ…ジュンペイ……カツヤ……!
何でだよ……ザコ田のくせに……【ノービス】のくせに……」
二匹は室井が動かなくなると、ぬぅっ、と首をこちらに向けてじっとしている。
次の獲物に向かう指示を待っている。
市谷は、恐怖からかその場にへたり込んでしまった。
俺は、悪意のある笑みを浮かべて、少し教えてやることにした。
「い、良い事教えてやるよ。
さっき俺が使ったのは、え、《霊薬》っていう【アイテム】。
死んでも一度だけ、ふ、復活できる。
一個10万GPで、ふ、普通は一人一個までしか、か、買えない」
先程の復活からは五分は経っているはずだ。
「ひっ、ヒヒッ、じゃあもう一辺、死ねやぁッ!」
そう叫ぶと、市谷が持っていたワンドが紫色に光った。
いつの間にか立ち上がっていた室井の亡骸が、生前のように弓を構え、俺に矢を放ってきた。
すこん、と引っ叩かれたような感触を受け、俺は斃れる。
頭部に矢が突き刺さっていた。
意識が遠のく。
「【リアニメイト】だよ!クソザコ田ぁ!」
市谷の狂気じみた哄笑が聴こえる。
そして俺は――。
――復活し、立ち上がった。
「……え、なん、何で……」
市谷はただ口を開けて立ち尽くしている。
「お、俺は《霊薬》を、あと、せ、千個持ってる」
市谷がワンドを力無く取り落とした。
「だ、だって、さっき、一人一個だ、って……」
「増やした。ば、バグで」
「な、何だよ、それ……クソ……畜生……」
先程よりも更に魂が抜けた感じで、再び市谷はへたり込んでしまった。
俺は、忠実に命令を待っていた二匹の下僕に指示を与えてやる。
絶叫に振り向く事なく、俺はその場を後にした。
*****
俺達が送り込まれた白い空間。
タブレットを見て、俺は「まさか」と思った。
見覚えが、ある。
VRMMOというものが世に出てこようとしているタイミングで、早速行われたパイの奪い合い。
幾つかの競合タイトルの中に、そのゲームはあった。
とある事情によって瞬く間に世から姿を消してしまい、一般には全く知られていない。
だが、ちょっとばかりその方面に興味のあるネットユーザーなら一度は耳にしたことがある、というタイトル。
その理由は『製作者がログイン者に対して致死性のトラップを仕掛けてデスゲーム化しようとしていた』という全く不名誉な内容だ。
しかもその目論見は、その壮大な目的に対してゲームの完成度が低く、杜撰ですらあり、程なく大量のバグが見つかって、意図しない状態でのクリア者が早々に現れた事で、余りにあっけなく潰えた。
製作者が大仰に準備していたゲーム内外の諸々の痛々しいメッセージと実際の顛末のギャップが、一部のネットユーザーに大いにウケてしまい、散々玩具にされてしまうという結果に終わっている。
ともかく、その不遇さとは裏腹にカルト的な人気を博した結果、トラップを解除したバージョンが出回っていたり、非常に充実した攻略サイトがある、など奇妙な支持を得ているゲームだった。
俺は、いわゆる"インターネットのオタク"だったので、一端のギーク気取りでそのゲームを嗜んでいた。
勿論、ネタとして外せない各種のバグについても。
俺は、震える手でタブレットを操作し、早速そのゲームでは出来た、あるバグを試してみた。
初期設定の【ジョブ】と【スキル】選択は、実は連動して初期装備が変わる仕組みになっている。
その仕組みに大きなバグがあるのだ。
【ジョブ】と【スキル】を変更する時、一部のアイテムは変更後も所持したままになる、つまり、アイテム増殖が可能なのである。
ネットの有志によれば「恐らく、所持アイテムを完全に空にすればよいところを、いちいち「初期装備として持たせたアイテムを同じ分だけ減らす」という処理になっていて、更に、一部の組み合わせで、持たせるアイテムにはあるのに、減らすアイテムにはない、となっているのだろう」だそうだ。
俺も詳しいところはプログラムなんてわからないのでよくわかっていないが、手順だけは分かっている。
果たして、そのバグは、起きた。
こみ上げる笑いを堪えながら、周りのやつに怪しまれないようにバグを繰り返し起こす。
《ヒールポーション》×10
成功だ!
とは言え、《ヒールポーション》は特段珍しいアイテムでも強力なアイテムでもない。
使えば多少の回復効果がある、それだけのありふれたアイテムだ。
『ポーション錬金』と呼ばれるこのバグ技の目的は、アイテムそのものではない。
俺は、更に黙々と手順を繰り返し、どんどん《ヒールポーション》の所持数を増やしていく。
タップを繰り返すだけの単純作業で指が痛くなってくるが、我慢して続ける。
何しろ、二時間後にはゲームを開始しなくてはならない。
つまり、本来のゲームには無かった時間制限が課せられてしまっているのだ。
目標の個数まで増やせなければ、かなり困ったことになってしまう。
そうやって二時間ギリギリまで指を酷使し続けた結果……。
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×999
《ヒールポーション》×956
「い、意外と余裕だったな……」
指がジンジンしていて肉体的な余裕は無い。
だが、目標個数だった七千個はクリアできた。
この状態で死ぬのは間抜けすぎるので、俺は急いで【ノービス】職と【マジック・ポーチ】スキルを選択し、ゲーム開始ボタンをタップした。
*****
「だ、誰も……いないよな……?」
俺の前にゲームを始めたやつから少なくとも一時間は経っており、初期スポーン地点に人影は見当たらない。
初期スポーン地点は、宇宙空間に浮かぶギリシャ風の神殿、という感じの場所で、幾つかの柱の間に扉だけが立っている。
扉はそれぞれ一方通行のポータルになっていて、ゲーム世界の主要な街に通じている。
ここを通れば本格的なゲームスタートだ。
俺が入る扉はもう決めてある。
木製の扉は、上部に書かれた行き先以外はどれも同じデザインだ。
しかし、たった一つだけ異なるデザインの扉がある。
他よりひと回り小さく、頑丈そうな鉄製の扉。
俺はその扉を開けようとしてみるが、施錠されており開かなかった。
「俺より、さ、先に入ったやつはいない、と」
万一に備えての確認を終えた俺は、解錠のためのキーワードを口にする。
「ま、魔女の集い、五つの月、七つの星、三つの太陽」
言い終えると、がこん、と重い金属音がして、扉が軋みながら開いていく。
ポータルに入る。
行き先は、《魔女の隠れ里、ウィッチウッド》の街だ。
*****
ウィッチウッドの街は、先程唱えたキーワードを入手しないと来ることが出来ない街だ。
キーワードは本来、ゲームのメインクエストを中盤から終盤あたりまで進めないと手に入らない。
そのため店舗の売り物は、序盤では売っていない高額かつ高レベルなラインナップになっている。
俺が必要としている物がお誂え向きに揃っているのだ。
隠れ里に降り立った俺は、少し周囲を確認した後、真っ直ぐにある建物に向かう。
ポータルを通ったやつが居ないことは確認したが、徒歩で訪れているやつがいる可能性は高くはないものの、ある。
当面の安全策が準備できるまでは警戒するに越したことはなかった。
結局その心配は杞憂に終わり、無事に目的の建物――薬屋へとやって来た。
「何のようだい。冷やかしなら帰んな」
嗄れた声の老婆がぶっきらぼうに声をかけてくる。
「あ、【アイテム】を売りたい」
「どれ、見せてご覧」
老婆がそう言うと、目の前に半透明のウィンドウが現れる。
俺の所持アイテムが表示されている。
ポーションを400個残して全て選択する。
「《ヒールポーション》を7549個だね。
一個15GP、113235GPで買い取るよ」
「ああ」
承諾すると、どこからともなく、じゃらじゃら、とお金が鳴る音がした。
「か、買い物がしたい」
「どれも最高級の品ばかりさ。ヒェッヒェッヒェ」
再びウィンドウが表示される。
俺の所持金は……よし、113735GPになっている。
500GPは初期の所持金だ。
今度のウィンドウには薬屋の販売アイテムがリストアップされている。
俺は、迷わず《霊薬》の欄を選択し、購入した。
「こいつは貴重な品でね。今はこれ一つきりだよ」
先程同様、じゃらじゃら、とお金が鳴る音がする。
バックパックの中に《霊薬》の小瓶が現れたのを確認し、店を出た。
*****
その後、二軒隣りにある宝石屋で《呪われた力の指輪》を10000GPで購入。
更に、向こう隣の魔導書店で《映し身》の巻物二枚を3000GPで購入した。
準備は整った。
《呪われた力の指輪》を指に嵌める。
すぅ、と力が抜けていくような感覚があり、少しふらついてしまうが、問題無さそうだ。
「ま、【マジック・ポーチ】」
ぽふ、と音を立てて、中空に革製のポーチが出現した。
【マジック・ポーチ】は、はっきり言ってゴミ【スキル】だ。
効果は『使用者のSTR分の積載量を持つ魔法のポーチを一時間召喚する』というもの。
戦闘の役には立たず、普段使いをしようにも、中に入れる物の重量や大きさを減少させたりもしない。
ポーチを使用者以外の者に渡したり、使わせたりすることも出来ない。
それでいて一時間しか保たないため、正真正銘の役立たず【スキル】である。
俺は、あるバグ、今から起こそうとしているバグのために、このゴミ【スキル】を取得した。
ポーチに、購入してきた《霊薬》と、《映し身》の巻物を入れる。
そしてもう一枚の《映し身》の呪文が書かれた羊皮紙を取り出し、呪文を唱える。
「《映し身》」
羊皮紙が消滅し、俺の目の前で、半透明の俺が徐々に姿を表す。
上手くいってくれよ……!
もう一人の俺が出現し終えると同時に、足元から、こつん、というガラスの音が響いた。
そこには、《霊薬》の小瓶と、《映し身》の巻物が転がっていた。
「や、やったっ……!」
成功だ!
俺は小瓶と巻物を拾い上げると、小瓶をポーチに入れる。
ポーチの中の小瓶は二つ。
俺は、拾った《映し身》を読み上げる。
先程の俺の分身が消え、再度目の前に出現する。
そして、同じように、小瓶の転がる音。
《霊薬》の小瓶二つと、《映し身》の巻物が転がっていた。
アイテム増殖バグは、成功した。
*****
《映し身》は、思いのままに動く自身の分身を作り出す呪文だ。
その時装備しているアイテムの効果なども持ったままの分身を生み出す。
しかし、そのステータスは本体の半分しかなく、装備や所持アイテムを使ったり手渡して増やす、なんてことも出来ない。
はずだった。
【ノービス】は、全【ジョブ】中最弱のステータスを持つ。
力強さ、攻撃の威力、荷物の積載量などを決める【STR】も例外じゃない。
【ノービス】の【STR】は唯一の『10』。
他の【ジョブ】は最低でも12だ。
そして次に、バグの手順の最初で身に付けた《呪われた力の指輪》。
これは『身に付けた者のSTRを5減少させる代わりに、魔法抵抗が上昇する』という効果を持つ魔法の指輪だ。
このバグで重要なのは、魔法抵抗が上昇する効果の方じゃなくて、STR減少効果の方だ。
【マジック・ポーチ】。
【マジック・ポーチ】の説明にある『使用者のSTR分の積載量』というのは厳密には誤りで、正確には『現在の所有者のSTR分の積載量』である。
【マジック・ポーチ】は使用者以外が所有することはないため、両者にさしたる違いはない。
だが、このバグではその些細な違いが大きな役割を果たす。
最後に、【アイテム】を収納できるタイプの【アイテム】の仕様。
収納タイプの【アイテム】の積載量が何らかの理由で変化した時、その中身が積載量をオーバーしている場合、中身が積載量以下になるように、ランダムに足元にばら撒かれる、という仕様。
積載量が変化する【アイテム】は、【マジック・ポーチ】以外には存在しないので、実質【マジック・ポーチ】専用の仕様である。
さて、これらを踏まえて、先程の手順によって何が起きるかを順に説明すると、こうだ。
《映し身》を使うと、俺のステータスの半分、つまり【STR】が『5』の状態で分身が出現する。
分身は本体の俺が身に着けている《呪われた力の指輪》を、同じように身に着けている。
《呪われた力の指輪》の効果で、分身の【STR】が5減って『0』になる。
分身は【マジック・ポーチ】を所持している。
【マジック・ポーチ】の積載量は『現在の所有者のSTR分の積載量』である。
分身の【STR】は『0』になっている。
【マジック・ポーチ】の積載量も『0』になる。
【マジック・ポーチ】の積載量が『0』なので、中身の積載量が『0』以下になるまで、つまり、中身が空になるまで、ポーチの中身が足元にばら撒かれる。
ばら撒かれたアイテムを拾い上げれば、アイテム増殖成功、である。
この時、《映し身》の巻物を増殖すれば、何度でも増殖の手順を行える。
そして、増殖したアイテムをポーチに追加すれば、指数的に増殖させることが出来る。
*****
こうして俺は、千を超える命の予備を手に入れた。
しかも本来は一プレイヤー一個限りの希少なアイテムなため、復活直後に三分間もの無敵時間がついてくるという超強力な効果とセットだ。
もっと増やしても良いが、当面はこれだけあれば十分だろう、と考えた。
何しろアイテムは増殖し放題、それを売る事で所持金も増やし放題だ。
俺はウィッチウッドの街を一通り巡って、高額で強力な装備や高レベルの巻物を買い漁り、使い出の良いものは増殖しておいた。
いよいよ最後の準備にかかるため、メインクエストを進めがてらクラスの連中を殺して回ろうと思い、ポータル屋に使用料を支払って、まずは王都へと移動した。
そこで、元の世界で俺をいじめていた三人組と遭遇したのだった。
*****
三人組を亡き者にした後、俺は順当にメインクエストを進めた。
その途中で何度かクラスメイトと遭遇し、その全員の命を奪った。
三人組に便乗して俺をいじめていた奴、関わらないようにしていた奴、偽善者ぶって庇おうとした奴、みんなみんな別け隔てなく殺して回った。
その間に、最後の準備も整った。
《神殺しの槍》
本来なら、この後も長い時間をかけて進めるメインクエストの最終キーアイテム。
これもバグで入手した。
メインクエストのキーアイテムの一つ、《火と水の鍵》。
これを入手するイベントに、バグがある。
ある洞窟の祭壇に《火と水の欠片》と《融合石》を置くと、《火と水の鍵》に変化する、というイベントだ。
そこで《火と水の鍵》を祭壇から動かさずに、アイテム増殖で増やした《融合石》を追加で置く。
すると《火と水の鍵》が《牢屋の鍵》になるのだ。
同様に繰り返していくと、祭壇上のアイテムは次々変化していき、そのうち《神殺し》に変化する。
これは、《融合石》を置いた祭壇の処理が、祭壇上のアイテムを《火と水の鍵》に固定で変化させる、という処理にすれば良いところを、祭壇上のアイテムを『次のアイテム番号のアイテム』に変化させる、としてしまっているために起きるようだ。
その祭壇には通常《火と水の欠片》と《融合石》しか置くことが出来ないので、適当なアイテムを置いて変化させる、という事は出来ない。
しかし、本来一プレイヤーにつき一つしか手に入らない《融合石》を増やした場合、二回目の処理は、本来置くことが出来ない《火と水の鍵》が祭壇上に置かれているのである。
後は同様に、本来祭壇に置けるはずがないアイテムを次々に変化させ、メインクエストを進めないと手に入らないようなアイテムを入手できるのである。
復讐の準備は整った。
*****
「おめでとう!
キミが最後の生き残り、ゲームの勝者で~す!」
最初の白い空間の人影。
その後もクラスメイトを殺し続けて、最後の一人が息絶えた時、その人影の実体と対面した。
「勝者のキミには、何でも一つ願いを叶える権利をあげるよ~!
さあ、望みを言ってご覧!」
「じ、じゃあ、コイツを食らって、くれよ」
俺は《神殺しの槍》を取り出した。
「おっ!
何何何!?
『俺達は物じゃない!』ってやつ!?
ここは、『これも生き物のサガか』とか返した方がいいかな!?」
神様を名乗る人影は、俺の反抗など歯牙にもかけない、というふうに余裕を崩さない。
「あーあ。
そういうの萎えるんだよ。
大人しく望みを叶えりゃいいのによおおお」
指からビームが迸る。
俺が握る《神殺しの槍》が自ら動いて光線を裂き、弾き返した。
「……あ?
それ、は……。
おい待て、何だその武器」
このゲームのシナリオは、終盤になるともう目も当てられない悲惨な出来になっていく。
痛々しい企みが空振りに終わった事で大恥をかき、更にバグだらけのせいで作品を玩具にされてしまった製作者は、狂気を募らせてか、未完だった最終盤のシナリオを滅茶苦茶な内容で繋いでいった。
細かい文面などは常人の理解できる範囲を超えてしまっていたが、大筋としては、世界を支配する神や、世界を作った製作者自身などが敵として現われ、プレイヤーは世界そのものに反逆する立場になっていき、最後は世界の外に脱出していく、という内容だった。
その急展開の中で登場するのが《神殺しの槍》で、この武器は『世界の支配者や創造者の制御を突破して、その者達を滅ぼすことが出来る』という設定になっている。
神様を名乗るこいつが、その設定を無視できる存在だった場合は通用せず失敗に終わるところだったが、それは出来ないようだ。
俺は、《神殺しの槍》を肩に担ぐように構えると、自称神様に向けて、投擲した。
「くっ、くそったれっ!」
神様は、何やら色々な手段で抵抗を試みているようだが、《神殺しの槍》はその全てを無効化し、突破しながら神様に迫る。
結局のところ、俺が恨んで憎んだのは、三人組じゃない。
加担した奴全員でも、クラスの奴等全員でも、ましてや自分自身だ、とか言うつもりもない。
ネットでいじめられている人間に向けたメッセージでこんなのがある。
「逃げていいんだ」
そうすればいい、って両親も言っていた。
両親は普通に愛情を持って俺を育ててくれたと思う。
俺も、それに応えて、なんて大袈裟なもんじゃないけど、二人が悲しまない程度には真っ当に生きているつもりでいた。
なのに、俺に与えられた選択肢は何故か「逃げてもいい」というものだった。
どういうわけか、世界は俺に「どけ」と言い、俺はどんな形であれ、どける以外の選択が与えられなかった。
ふざけんな。
というのが、世界に対する俺の答えだ。ふざけんな。誰がどいてやるか。
だから、どくのは、俺じゃない。
世界の方だ。
「ぐうああああああああ!!」
《神殺しの槍》は、神様を消滅させようとしていた。
「どけ」
俺は告げる。
すると、苦悶の声を上げていた神様は、急に冷めた表情になって、消滅しようとしているのも構わず、語りかけてきた。
「いいだろう。
どいてやる。
ただ、これはお前が期待するような結末じゃない。
この世界をどけたところで……」
言い終わらないうちに、神様は消滅した。
それに伴って、世界も消滅を始める。
俺はどうなるのだろうか。
ふと、俺だけは消えないのだという事がわかった。
わかっていくのはそれだけじゃない。
「お、俺が、次になる、ってのか」
俺は、神様になろうとしていた。
次々と今までに無い感覚と、能力と、そして欲求までもが溢れてくる。
塗り替えられていってる。
俺だったものが、次々に注ぎ込まれる別の何かに沈んでいく。
確かに俺は神様だったものをどかした。
だが、気付けば俺という器からどかされようとしているのは俺の方だ。
俺は復讐に失敗した。
こんな、安易な方法じゃダメだったんだ。
畜生、せめて、俺の代わりを、選ばないと……。
俺の代わりに、世界に、復讐してくれる、誰かを……。
――俺は、負けてしまった。
もう指一本さえ動かせない。
薄れていく意識の中、祈る。
――復讐を、復讐を果たしてくれ。
*****
「はい!というわけでね!
今から皆さんには殺し合いをしてもらいます!」
最後までお読み頂きありがとうございます。
ブクマ、評価、感想等頂けると嬉しいです。
この作品と全然方向性が違いますが、連載している作品の方も良ければ見てやって下さい。