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第2話 社交界デビュー?

 

 エッセ家の自宅から王城に到着し、馬車を降りて今は石造りの回廊を一人歩く俺。


 サロンには本人しか入れないが、各自に用意された個室の控え室には護衛なり付き人なりを連れて入ることができるのだが、こちとら七歳児ってだけでも子供扱いされるのが目に見えているのに、保護者同伴宜しく共を従えて行けばいい話のネタにされかねない。

 それでなくともエッセ家は酒の肴になっているのだ、できれば今回の社交界デビューで、シャンスが一人の貴人として扱われるくらいは持っていきたいと思う俺であった。


 コツンコツン。


 大理石の廊下にパンプスの音が響く。


「苦しい……」


 思わず俺はその場でうずくまった。


 七歳児にコルセットとかいらないだろうに……


 今更ぼやいても仕方がないが、シャンス付きの侍女であるセリューの意気込みようと言ったら……鬼である。

 どれだけ苦しいと訴えてもコルセットを締める力を緩めてくれ無かった。


「しかしまぁ……42にもなって、まさかパステルピンクのベルラインドレスを切るハメになるとは思いもしなかった……」


 ため息と共に、やるせなさが言葉と共に零れ落ちた。


「うずくまっていても事態は動かない。行くか」


 俺は重い腰を上げて立ち上がると、回廊の側面に広がる庭園に人影が見えた。

 それは一人の少女の後ろ姿。

 金の細いネックレスを付けた白いうなじが、ロイヤルブルーのAラインのドレスに映えてその美しさを際立たせる。

 目の保養とはこのこと……としばらく眺めていると、どうもオロオロとしている様子。状況からしてシャンスと同じ社交界出席者のどこぞの令嬢と思われる。

 少しでもエッセ家の印象アップの為に、ここは人助けと行こうか。


「どうかなさいまして?」


 エッセ家の令嬢らしく声をかければ、振り向いたのは美少女。


 その瞬間、恋のキューピットが射た矢が俺の胸に命中した。


 ダークブラウンの髪に映える雪のように白い肌、ほんのり朱にいろずいた頬。潤んだ碧色の瞳に、形の良い小さな桜色の唇が瑞々しく、今すぐにでも食べてしまいたい。背はシャンスより頭一個分高いくらいで、平均より低く全体的に細くしなやかなボディラインだが、出るところと引っ込むところは理想通りで、たわわな実りからのS字の曲線を滑らかに描いている。


 鼻血でそう……


 俺は理性を総動員させ、シャンス・ド・エッセとして毅然な態度を振る舞うように務めた。


「大丈夫、共は連れておりません。私、一人ですわ」


 周囲にはシャンスと美少女しかいないところを見ると、どうやら彼女も共を連れていない様子。

 もし仮にいたとしても今はおらず、そして彼女は助けを呼ぶ素振りは一切見せていない。

 という事は、彼女は今の現状をできるだけ人目に触れさせずに解決すたいのだと予想がつく。


「あ、あの……お花が綺麗で……」


 シャンスの言いたいことが伝わったのか、美少女はぽつりぽつりと言葉を零す。


「そうね。流石、王城庭園。雄々しい緑の草木も然る事乍ら、美しい花たちも見事に咲き誇っている」


「そう! そうなのです!! なのにリシャールったら見向きもせずに、社交界に来られた御令嬢方々とばかり……」


 どうやら連れがいるらしいが、自分そっちのけで他の御令嬢とばかり楽しんでいると言うことらしい……が、まぁそういう場合、その連れに助けは求めづらいだろうとは思う。


 しかし、リシャールか……男名だな。


「それは、うらや……コホン。勿体ない事ですわね」


「ええ……それでリシャールと別れて、一人で庭園を見入っていましたら……その……」


 ようやく本題である。うっすら涙を浮かべた碧色の美しい瞳が足元へおち、すっとドレスのスカートの裾が持ち上げられる。

 ロイヤルブルーのドレスに純白のピンヒールが良く似合う、スラリとした美しい御御足が眩しい。


「ん?……少し赤く……」


 ふと、足首のあたりが腫れていることに気がつく。


「……その……お恥ずかしい話ですが、美しい花々に見とれて、足場の段差に気付かずにヒールを乗り上げてしまったらしく……」


 美少女でドジっ子属性持ちですか!? 良いですね!!


「痛みましょう。肩を貸しますわ。さ……」


 そう言ってシャンスは彼女の怪我した足の隣に立ち、手を彼女の細い腰に回して身体を支える。

 彼女もまたシャンスの方に手を回し、体を寄り添わせてくる。


 あ、いい匂い……


 ヤバイ、天昇しそう……


 オレは自制心にしがみつきながら、彼女を連れ王宮内へと重い足取りで向かった。


 護衛兵に怪我人がいると伝え医療室へと案内させれば、彼女は女医に軽い捻挫だと判断され、魔法薬で治療の末に彼女の痛みは引き騒ぎになること無く、事なきを得る……


「シャンスうぅぅぅううう!! 王城に来たのなら何故、私の所へ真っ先に顔を出さぬかぁああああ!!」


 ……はずだったのだが、どうやらそうは問屋がおろしてはくれない様子に、俺は頭を抱えたい衝動にかられた。


 王城内だと言うのに容赦なく大声を出し、医療室の扉を盛大に開いて現れたのは、何を隠そう軍事国家スプランドゥール王国第一王女にして時期国王である光の勇者の婚約者であるシャルロット・ドゥ・スプランドゥール王女殿下その人であった。


 絵に描いたような金髪碧眼の美女は、それは見事なサンシャインイエローのプリンセスラインドレスを着こなし、真紅の唇を隠すこと無く仁王立ちで優雅に微笑んだ。


「王女殿下……何故こちらに……」


 聞きたくないが聞かなくては事態は悪化する一方である。

 ちなみに女医と美少女はあまりのことに、言葉無く固まってしまっているが、今はそれがありがたい。


「ふふふふふ……何故? 何故だと聞いたな?」


 あ、しまった……と自分の言葉に少々悔やむ俺と対照的に、含み笑いにタメを入れる王女殿下はご機嫌である。


 だが、王女殿下が機嫌がよければ良いほど、仕える側の俺としては面倒臭いことこの上ない。ここは図に乗らせないためにも先制攻撃あるのみである。


「社交界への顔出しが終わったあとお伺いすると、事前に連絡してあったと思いますが?」


「う」


「それにこの時間だと、本日の御公務はまだ終わていないのでは?」


「うう……」


 所詮は蝶よ花よと甘やかされて育てられたお姫様である。出鼻をくじけばこっちもの、あとはそれらしい正論を言っとけばいいだろう。他に誰もいないからと言って、医療室でこれ以上騒ぎを起こすのもはばかられるし、なにより固まったままの美少女と女医に戻ってきてもらわなければならない。


「王女殿下ももう二十一。子供ではないのですから、公私混同はお控え下さい」


 年齢以前に王女殿下なのだから、もう少し思慮ある行動をして頂きたいのだが、あまり言いすぎるとへそを曲げてしまうので、今回は保留にする。

 口をへの字にして眉をひそめても、美人というのは変わらないのだから本物は違う。

 何はともあれ、これ以上の騒ぎは起こすつもりは無いのか、王女殿下は大人しく寝台に腰掛け、夕陽色の羽の扇を優雅に広げている。

 俺は王女殿下に一礼してから、美少女と女医の肩を揺らした。

 二人はハッと我に返れば、慌ただしくも王女殿下に対し、深々と頭を下げ礼をとった。


「良い。此度はお忍び故、そのようにな」


 ニッコリ微笑んで二人に釘を刺す王女殿下。

 そしてその言葉に否を言える二人ではなく、事は俺にとってあまり喜ばしいこととは言いきれない方向へと流れていく。


「何が“そのような”ですか。とっとと公務にお戻りください」


「ふふふ、それはできん相談というもの。というかこれは公務ぞ」


「は?」


 王女殿下の言葉に俺は素で目を丸くした。

 そんな俺に対ししてやったりと王女殿下の碧眼が、猫のように嗤う。


「本日行われる社交界のホストであるユー・レイからの依頼故、私はこうしてここにいて、これから社交界のサロンへ赴くのだ」


「はあ!?」


 俺は驚きを通り越して呆れた。


「む、何故喜ばないシャンス。そなたの力になるためにこうして策を練って来たというのに……」


「策を練ったのは王女殿下ではないでしょう」


「う……」


 意気揚々と言い切るくせに、突っ込まれると弱い王女殿下。そんな所が可愛いといえば可愛いのだが、国政を司る公務の妖怪共相手には不安しか無い。


「ユー……レイ……」


 今まで沈黙していた美少女の声に、王女殿下と俺の視線が向く。


「あ、勝手な発言をした事、平にご容赦くださいませ」


 どうやら美少女は無意識に発言していたらしく、慌てて謝罪の意を示した。


「ユー・レイ? 聞かぬ名ですね」


 俺は首をかしげる。

 例えエッセ家が王室剣術指南役であったとしても、全ての情報が入ってくる訳では無い。


「であろう。であろう。故に私はあえてユー・レイの策に乗ったのだ」


「どうせ、碌でもないこよですよね」


「酷っ、酷っ!!」


 口をとがらせて涙目で睨んでくる王女殿下も悪くは無いが、今は美少女が優先である。


「ユー・レイという方をご存知で?」


「え……あ、はい。 そのユー・レイと言う御方は『マドウキカイ』なるモノを国王陛下へ献上され、三日前に王令により客分として王室に迎え入れられたと聞き及んでおります」


 三日前……お父様と口を聞かなかったたった三日か……

 しかし、たった三日で国王陛下にそ技法を認めさせ、王室客分になるというのは生半可なことではできない。

 それこそ大魔王を倒した光の勇者くらいでないと、重臣たちが納得しないであろうし、精霊の加護に影響もでかねなのだから。


「しかし、魔動機械とは……」


「やはりシャンスは何か知っているのだな!?」


 全くこの王女殿下は……とはいえ、何も知らぬまま社交界の場で、そのユー・レイとやらと鉢合わせる災難を回避できたことは、感謝しなくてはならない。

 ただ、それすらも相手の手の内である可能性も否定出来ないのだが……

 もし王女殿下を使って何かしら企んでいるとするならば、エッセ家の令嬢としてただ眺めているわけにはいかないのだが、今回はフィエルテ家の令嬢との対面もあり、かなり厳しい状況と言える。


「そのユー・レイという方の言うマドウキカイが、自分の言う魔動機械なのか……それが問題です」


「うむ。私も実際に目にした訳では無いが、魔術を用いたカラクリだと聞いた」


「わたくしは『魔を導く源の枷』なのだと聞き及びました」


 俺の質問に王女殿下と美少女が情報を提供してくれた。


「魔術と魔を導く、で『魔導』……カラクリ……源……枷……」


 カラクリだけなら機械でいいが、この異世界で現代で言う科学は“発動しない”事は既に立証済みである。

 その答えは簡単だった。この異世界の海水は現代と同じく塩っぱいが、海水を蒸発させても塩は得られなかったり、太陽の暖かい日差しは大地に降り注ぐが、レンズで太陽光を集めても熱で紙は燃えなかった。

 現代と同じように見えて全く法則が異なる異世界。

 魔法の原理とされる四大元素の火水風地と光と闇は、確かにあるようだが、それもこの世界の人間が自分たちの理解が及ぶ範囲での魔法の原理であって、世界の真理という訳では無いらしい。

 精霊も人類以外の自然界の生物が持つ、生命力の余剰が集約して意思を持た存在だと言うのだから、精霊というのは決して世界を存続させるためにある力ある存在では無いというのが事実なのだが、この事は誰にも話してはいない。精霊の加護を受けし光の勇者万歳の人間社会で、精霊の存在を頂点に考えない発言をするほど俺は馬鹿ではない。


「断言はできない。もう少し時間が必要になります。申し訳ございませんが御三方、ここで聞いた話は……」


 俺は王女殿下、美少女、女医へと笑顔を向けた。


「勿論『私は何も知らない』わ」


 優雅に言ってみせるのは、流石の王女殿下。


「わ、わたくしも……その、よくわかりませんでしたし、大丈夫です」


 別の意味でちょっと心配な発言だが、美少女だから許す。


「私……私は……知りません。何も知りません!!」


 今回、最大の被害者。巻き添えもいいところである女医……うわ言のように呟くその姿はいたたまれないが、ま、これも仕事の一環ということで宜しく願おう。


 しかし、ひょんなことからエラい事態になってしまったが、シャンス・ド・エッセの社交界デビュー……まだ幕も上がっていないのに今からこんなで大丈夫であろうか? 






第2話です。

最初に書いた没分とは全く別物になりました。

それが良いか悪いかは今でもわかりません。

次話更新予定は未定です。

悪しからず御容赦ください。

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