九話 バグワーム 二
両手に鉈を持ち殻曳と名乗った男はバグワームに近づいた。余裕を表す為かゆっくり一歩ずつ音を立てている。
「殻曳くんはさ。単純な力があれば僕に勝てるって思っているのかな?」
壁に埋まっていたはずのバグワームは一瞬のノイズを発生させ、脱出していた。
「自己型は近接戦では強いけど、それだけじゃあ僕には勝てないよ」
「それはどうかな」
殻曳は片手に持っていた鉈をバグワームに向かって投げた。それは一般的に投擲と呼べる行為とは遠くかけ離れた速度を持っていた。
高速の鉈は回転しながら、バグワームを貫通し壁にめり込んだ。
「ほら当たらない。――ッ!?」
バグワームの表情が笑顔が消えた。なぜなら、殻曳がもう一本の鉈を横ぶりしている最中だったからだ。さっきまで、ある程度距離があったにも関わらず一瞬でその距離を詰められていた。
咄嗟にバグワームは腕でガードをしたが、威力が桁違いでバグワームがピンボールの様に吹っ飛び地面を転がった。
「そういう慢心が貴様の敗因だ」
「僕はまだ負けてないのに敗因とかそれこそ慢心じゃないのかな」
「そうだな」
殻曳は冷静にそして冷徹に服の裏に隠し持っていたショットガンを片手で数発、撃ち込んだ。倒れ伏していたバグワームは反動で体を数回のけ反らせ、動きを止めた。
数秒、バグワームが動く気配がない事を悟った殻曳は構えていたショットガンを下ろした。
「アハハハ! 僕の負けだよ。じゃあ次と行こうか」
バグワームがノイズの跡に立った状態で一切の傷がない状態になっていた。
「殻曳くんは強い。だから、僕も本気を出すよ」
バグワームはいつも通りの笑顔をすると、和服をノイズで消した。すると、肌着代わりに来ていた真っ白の長袖カッターシャツが露わになる。
そして、バグワームの手にはプラスドライバーが握られていた。
これによって何が変わるかを殻曳は分からなかったが、とにかく攻撃をする事にした。
ショットガンを投げた。当然、先ほどの様にバグワームに当たる事は無かったが視線を逸らした隙にバグワームの懐まで移動し、鉈を振った。
「同じ手が二度通用するのは現実世界だけだよ」
「ッ!」
しかし、殻曳の鉈はバグワームのプラスドライバーによって止められてしまった。
不思議な事に先ほどは圧倒的な筋肉力の差があったのにも関わらず、今回は力は完全に拮抗していた。不気味に感じた殻曳はすぐに身を引いた。
「もう、終わり?」
殻曳は無言で鉈を投げた。
「だから、通用しないって」
バグワームは今度はプラスドライバーで飛んで来た鉈を弾いた。回転が掛かっていた鉈は上空に逆回転をしながら上がり、重力に従って落ちる。
その刹那の瞬間。
「慢心したな」
「へえ、これは意外」
殻曳は空中の鉈を掴み、回転と重力を使いバグワームを両断した。その素早さは人間のそれではない。これまでの戦闘によってバグワームは殻曳が【身体強化】の能力であると確信した。
バグワームを切ってもノイズしか発生せず、ダメージがない事を見た殻曳もまた戦闘を元にバグワームの能力を確信した。
再び距離を取り、鉈の先端をバグワームに向けた。
「お前は斬撃に対して完全に対策をしているが、打撃に対しては完全には対策出来てないな」
これまでの攻撃で効果のあったのは鉈の腹で殴った時のみ。それさえ分かれば攻撃方法は確立されたも同然だった。
殻曳は鉈をバグワームに振った。しかし、その攻撃はプラスドライバーによって簡単に防がれた。
「ざんね……」
「残念だったな。俺の方が近接戦では一枚上だ」
バグワームは殻曳に横腹を蹴られた。意表を突くための体重が乗っていない蹴りにも拘わらずバグワームは宙を舞った。
「ゴホッゴホッ!」
バグワームは吐血した。真っ赤な血が地面に吐き出された。それの血を見たバグワームは目の焦点が合わなかった。
「なんで。僕は打撃にも能力で対策をしていたはずなのに。蹴られても大丈夫だったはずなのに」
腹が苦痛を訴えている。『痛み』。それはバグワームにとって初めての体験だった。自分の血がみんなと同じ赤色である事も初めて知った。能力が効かない例外がいる事を初めて知った。
すべてが未知だった。
人間は未知に恐怖すると言われているが、バグワームは違った。
「今回も僕の負けだ」
苦悶の表情から元の笑顔に戻った。すべての事象は彼にとっては『どうでもいい』のだ。
ノイズがバグワームを包み、晴れた時には無傷の状態になっていた。
「じゃあ、もう一度戦おうか」
プラスドライバーを両手に持ち、先端を殻曳に向ける。
不死身のような耐久力を誇るバグワームに対し、殻曳はため息を吐きつつも鉈を構えた。
「諦めるまで何度も叩き潰す」
「残念だけど僕が勝つまでやるよ」
高速でお互いの得物をぶつける。パワーは殻曳の方が上であった。
バグワームは力負けし、顔で鉈の一閃を受けた。
刃物で傷つけられたのにも関わらず、バグワームの体から出るのはノイズの様なモノだけでありダメージは一切ない。
それを見た殻曳は鉈を服の中に仕舞い素手になった。
武器を持っていない殻曳にバグワームは両手のドライバーを突き立てた。
しかし、そのドライバーは体に当たる前に止まった。
殻曳が指と指の間にドライバーを通し、バグワームの手を掴んでいた。
「捕らえた」
瞬間、殻曳の頭突きがバグワームの脳天にヒットした。頭突きは一度ではなく、何度も行われた。バグワームが殻曳を足で引き離すまで頭突きは続けられた。
「アァー。痛かったよ。もう出し惜しみは止めた方がいいかもしれない。だから、これだね」
自分の頭を撫でながらバグワームが新たな武器を取り出した。
「銃か」
「ザッツライト。これさえあれば殻曳くんを完封できるよね」
バグワームは何の躊躇いもなく引き金を引いた。乾いた破裂音と共に弾丸が高速で射出される。
一般人には到底目視不可能の速度の弾を殻曳は服の鉈を取り出し、弾いた。
「ただの銃を目視することは容易い」
「同じ人間とは思えない力だね」
バグワームが何度撃っても、殻曳は軽く弾く。
「宇宙人とか言われた方が納得するよ」
「その通り、俺はGNM。お前にも分かりやすく言えばグンマ人だ」
「え!? あの秘境グンマー? 殻曳くんの身体能力はそれなら納得がいくよ。だって、殻曳くんの能力は『能力の無効化』みたいなモノだからね。《覚醒》も考えてたけど、【無効化】は《覚醒》しないから、他の能力は考えにくかったけどこれで全てが繋がったよ」
納得顔になったバグワームは銃をノイズで消し、新たに指と指との間にプラスドライバーを出した。両手で合計八本のドライバーを一度に持った。
「殻曳くんがどうでもいい事を語ってくれた分、僕もどうでもいいことを語らせて貰うよ。僕の武器はこの通り、プラスドライバーだ。いつも、プラスドライバーって不憫って思うよ。だって、マイナスドライバーでプラスの螺子も外せるからね。それでも存在を消されないプラスドライバーは僕の憧れなんだ。そして、憧れていると同時に憎いんだよ。だからこそこうやって用途とは全く違う方法で使っているんだよね」
バグワームは三回投擲した。数は三、三、二であり、最後の二つを除くプラスドライバーは弾丸よりも速かった。最後の二つは見当違いの方向に向かってゆっくり飛んだ。
最初に放った六本は殻曳の鉈によって防がれた。
「同じ手だと思った? 残念、特殊ドライバーだよ」
――キュイィーン
金属と金属が擦れる時に発生する火花と特有の高音が階層に響き渡った。
殻曳は咄嗟に持っている鉈を強く握る。ドライバーが金属性の鉈に刺さり先端をドリルの様に回転させており、少しでも気を抜けば鉈がどっかに飛んでいく程の力が掛かっていた。
「チェックメイト。もう終わり」
あらぬ方向に跳んで行った二つのドライバーは糸によって繋がれており、殻曳の足に引っかかった。一方がもう片方よりも早いことにより軌道が変わり、殻曳の足に巻き付いた。
暴れる鉈と足を固定する糸にバランスを奪われ、殻曳は転んだ。
暴れる鉈を手放すという手段もあったが、もし鉈が自分の首に当たったらと考えると確実性は一切なく力で抑えるしかなかった。
「俺の負けだ」
「いやいや、僕は二回も負けたんだ。一回勝っても精々引き分けだよ」
「違うな。お前はここで俺を殺すだろう。なら、俺の完敗だ。命がない方が弱かっただけの事」
一本のプラスドライバーを構えたバグワームは首を傾げた。
「相手を殺したっていうのはただのボーナスポイントの一つだよ。負け越していたら、それで引き分けになる位の大きいのやら小さいのやら分からない点数なんだ。だから、『引き分け』でいいよ」
「ハハハッ。そうだな」
突如笑い出した殻曳に対し、バグワームは心臓に向かって無言でプラスドライバーを突き立てた。
「じゃあ、次行こうガハァッ!」
殻曳から離れたバグワームの足元から剣山が出現した。大量の剣はバグワームの脳まで伸び貫いた。
ノイズを全身から出したバグワームは不気味な笑顔に戻り、何事も無かったかの様に剣山を抜けた。
「『五キロの範囲を自由に改変する』。やっとボスが出て来たね」
バグワームの能力は『バグワームかバグワームを認識した相手を見ている人』まで効果が及ぶ、つまりこの時点で剣山を出した現実改変者は何らかの方法でバグワームを見ているという事を晒した事になる。
バグワームは一瞬で攻撃した相手の場所に移動した。そして、初手でプラスドライバーで突いた。
「外れた。でも、ほんのちょっと掠ったね」
黒い影を纏った人物は手を抑えバグワームから離れた。
「その影。邪魔だよね。もしかして、執行機関のボスだから正体を隠そうとしているの? まあなんでもいいや。あ、逃げても無駄だよ。僕は君を認識しているし、君は嫌でも僕を認識せざる負えないよね」
会話をしつつバグワームはドライバーを数本投げた。
しかし、そのどれもがボスの目の前で消え去った。
「ふーん。僕と全く同じ威力のドライバーを作って相殺したね。いや、それ以外にも二つが衝突する瞬間のほんの刹那だけ、中間にブラックホールでも作っているね」
「……もういいや。君には失望した。僕にとっては殻曳くんの方が強かったし、それ以前に君の組織には最高幹部以外は双葉ちゃん以下しかいないんだね」
「僕は君とは戦わないよ。そこには『勝ち』も『負け』も『引き分け』もない無価値しかない。じゃあ僕はこれにて失礼」
バグワームは己の心臓にプラスドライバーを突き立てた。
次の瞬間、建物全体にノイズが広まった。
「あ、そうそう。丁寧に解説すると僕が脱走したことが無かったことになる」
「つまり、僕と【無効化】の殻曳くん以外は体の傷や記憶までもが元に戻る」
「……僕が治したのは除こうか」
最期の言葉はあまりにも小さく誰も聞いていなかった。
――――――
――――――
この日に執行機関に捕らえられていた現実改変者が一斉に脱走した。
脱走した多くは殺人や強盗などの凶悪犯罪に手を染め、捕まった現実改変者だっただけにこのニュースは執行機関内の全支部に速やかに伝達された。
脱走犯の中にバグワームの名前は一切書かれず、関与は勿論疑いすら向けられなかった。
――ある一人を除いては。
『おい、バグワーム。これは一体どうなっているんだ。俺以外がお前が脱走した事を覚えていない』
殻曳である。彼はバグワームと死闘をし、敗北から殺されたはずなのに生きていた。
「うーん。教えてもいいんだけど。それ相応の対価がないと教える気にはならないよね」
『分かった。お前の言うことは出来る範囲で聞く』
「じゃあ、殻曳くんの権限を使って双葉ちゃんが僕とお話できない様にしてくれるかな? 僕の要求はこれだけさ。それだけで殻曳くんの質問には何でも答えてあげよう」
バグワームは不気味な笑みを浮かべ、ベットの上で声を出す。
『その要求なら許容する。次は俺の質問だ。なぜ、俺は生きている? なぜ、誰もお前の脱走を知らない? なぜ、他の犯罪者を逃がした……』
「一気に質問して一気に答えてくれると思った? 聖徳太子じゃないんだからさ。答えてあげるよ」
支離滅裂な発言をしつつもバグワームは殻曳の質問に答え始めた。
「そもそも、僕は殻曳くんを殺してはいない。能力をそのままドライバーの形をさせてたせいで【無効化】に阻まれて刺せなかったね。まあ、元々僕は誰も殺してはいないけどね」
「僕の脱走を覚えてないのは『バグ』でいろいろ改変したから。多分、殻曳くん以外は能力の対象だったね」
「他の犯罪者を逃がした理由は単に『面白そう』だから。これだけだよ」
「他に質問はあるかい?」
バグワームは戦闘で誰一人殺していない。心臓に刺したプラスドライバーは刺さる寸前に能力を解除し、刺さった様に見せるだけだったのだ。
『いやもういい。どうせ、お前の事なら俺の納得する答えを出してはくれないだろうな』
「そうだね。僕は専門家でもないから誰かを納得させてやる必要は皆無だよね」
『最後に一つだけ。お前を捕まえた奴はどんな奴だった?』
最後の問に関してバグワームは深く考え込み、答えを言うまでに数分かかった。
「僕と同類の子で、この世に存在するはずではないヒトだよ」
『お前に聞いた俺がバカだった』
殻曳が通信を切り、無音の部屋に一人バグワームのみが残された。
「文秋くんと氷藤ちゃん。僕も苦労したんだから君たちも苦労してよね」
黒い笑みを天井に向け、バグワームは微笑んだ。
名前 殻曳
所属 執行機関(最高幹部)
能力 『無効化』
解説 彼はグンマ人。つまり宇宙人である。その身体能力は地球人を遥かに超越し、鉈やショットガン等を使った近接戦を得意としている。能力の『無効化』によって現実改変者の能力を触れる瞬間に分解させる。圧倒的な身体能力に対抗して能力を使っても『無効化』で当たらない。戦闘に関して言えば殻曳は最強と言われる部類に入る。しかし、彼にも弱点はある。それは、完成した能力を分解できないというもの。例えば、氷藤に直接凍らされることはないものの作った氷を『無効化』で消すことはできない。




