七話 最高幹部
仕事が終わり、文秋と合流する為に渡したスマホのGPSで位置情報を確認した。
すでに図書館に着いているだろうと思っていたが、まだ到着していなかった。
なにかトラブルがあったのかもしれないが、文秋の能力ならまず負けることはない。少なくとも己の身は守れるはずだ。
頭では文秋一人なら大丈夫と考えていたが、なんかどうも嫌な予感がする。根拠も何もないがこういう直感はよく当たる。
急いで文秋の所まで行く事にした。
誰も通らない裏通りで能力を使う。
私の能力は知覚した時に使用可能になる。これを応用して、遠くに氷柱とそれに繋がった氷の縄を作った。
そして、地面と靴裏を凍らせて滑りを良くする。
縄を体全体を使って思いっきり引っ張る。それだけで初速の早い簡易的なスケートの完成だ。
常に目の前の地面を凍らせ、後ろの氷は解除すれば一般人にバレることはない。
曲がり角は競輪と同じ要領の坂を作って曲がる。この時に氷柱やら縄などの能力を解除する。
この移動方法は速い代わりに普通に疲れる。地面の小さな窪みに移動を阻害されない為に強めの能力を常に発動させいるせいだ。
疲れると言っても、走る時と体力消費は変わらないから数キロはこれで移動出来る。
数分の内に文秋の場所まで到着した。途中で大きな物が地面に落ちたような音がしたが、文秋は大丈夫だろうか?
能力を解除して徒歩で向かう。敵がいた場合に私の能力が分からない方が戦いやすい。
「文秋! 大丈夫か……」
咄嗟に声の振動を能力で止めた。すぐに身を隠す。
流石の私も男女が抱き合っている場所に飛び出るほど無粋ではない。
しかし、隣で血を流している謎の男らしきものには応急処置として凍らせておいた。
この状況から見て、文秋が倒れている男をやったのだろう。例え、どんな極悪人であっても文秋に殺しをさせる訳にはいかない。
文秋のことだから、あの男は殺されても仕方がない奴なんだろうっていうのは想像がつく。短い付き合いだが、私は文秋の事を信用しているし違っていたとしても私は信じる。
今は重症の男はどうでもいい。それよりも、文秋と謎の少女が抱き合っていることがどうも不安である。
文秋の容姿は悪くはないだろうが、通った人が誰でも振り向くほどかっこいい訳でもない。逆に少女の方は奇抜な服装をしていて変人っぽいが、容姿は世間的に可愛いと言われるであろうことが容易に想像可能なほど優れている。
ここで、文秋の事を知らなければ文秋から抱きしめたのだろうと想像するだろう。だが、文秋が女性に執着する性格ではないはずだ。
なら、少女の方から抱きしめた可能性が高いと考えても変ではない。
それにしても、少女の服装が茶色のインパネスコートと名前は分からないがチェック柄の特有の形の帽子。まるでシャーロックホームズを連想させる格好で町では結構浮く格好をしている。
類は友を呼ぶとでも言おうか、文秋の周りには変な奴が集まるのかもしれない。
二人の会話を盗み聞きしていると聞き捨てならない単語を少女が言った。
『ボクの相棒』
文秋は先に私の相棒になったのに後から奪っていくのは許せない。
二人の世界を壊す様に声を出した。
「いやいや、どういう経緯でこうなったかは知らないが私の相棒を勝手に盗らないでくれ」
いざ、声を出したらいい訳が先行した後に要件を言ってしまった。これでは、何かやましい事でも隠そうとしている様にしか見えない。
文秋が少女から腕を外すと、少女は名残惜しそうな顔をしながら文秋を解放し私の前まで来た。
「君がフッミーの居候先だよね。ちょうど良かった話があるんだ。第二支部の氷藤クン」
「なぜ、私の名前を」
「うーん。ボクはね、第一支部から第六支部まで全部の構成員を覚えているんだ。だからさっ。君の能力から男である事も全部知っているよ。勿論、おうちの事情についてもね。だから話があるんだ」
少女が私に耳打ちをした。なぜ、私の事を知っている? 私が所属する執行機関でも個々人の事情を知っている奴なんて、幹部よりも上である最高幹部かボス位しかいないはず……
いや、真に受けるのは良くない。ハッタリの可能性も十二分に考えられる。
「君とフッミーがチームを組むことは反対しないよ。でもね、ボクはフッミーを家に泊めたいだけなんだよ。一応、迷惑料は払うからさ」
私の疑問は他所に十万円を握らせてきた。まさか、こいつは本当に私の事情を知っているのか。ここまで情報が漏れている以上、対立するのは得策ではない。
それに、文秋の住む場所はどこでもいい。私と文秋がチームであることが変わらないのであれば何も問題はない。
「い、いやまあ。文秋が泊まる場所は自由だからな。チームが組めれば私は問題ない」
「ありがとねっ」
決してお金に屈した訳ではない。ただ、こっちは妹もいるし男を泊めるのは少し不安な所があったのだ。それに少女の提案は私にデメリットは何一つない。
断じて、お金に屈した訳ではないのだ。
少女が私から離れた。
「ボクは執行機関の最高幹部の一人、榊原だよ。以後よろしくね」
執行機関の最高幹部。確かに少女はそう言った。
それに榊原はどっかで聞いた事があると思い、記憶を探ってみるとすぐに思い出せた。
榊原グループ。近年は世界に事業を展開し、年商は兆を超えているとかニュースでやっていた。
更に風の噂によると、トップの一人娘は現実改変者であり執行機関の最高幹部の一人と聞いた事がある。私の様な庶民からすれば正に雲の上の人ということだ。
さっきまで敬語とか一切使ってなかったが、もしかして怒っていないだろうか?
今から土下座しても間に合うか?
「そんなに緊張しなくてもいいよ。ボクは別に気にしてないから。あと、この男は文秋の功績にしておくよ。回収はこっちでやらせて貰うけどね」
榊原が腕時計を使って回収班を呼んだ。
すると、ほぼ同時にリクルートスーツを着こなしたイケメンの男が出現した。流石、最高幹部の要請なら一瞬で回収班が来るのか。私たちとは対応が大違いだ。
「お嬢様。こちらのゴミの回収でよろしいでしょうか?」
「うん。倒したのはフッミーだから、加点はこの子に付与しといて」
「承知致しました」
死にかけの男と共に消えて行った。
「じゃあ、ボクたちは行くよ。あとでフッミーにスマホの使い方を教えるから詳しい話はそっちでしてね」
「氷藤さん。それでは後で」
お嬢様は文秋と腕を組み、笑顔で歩いて行った。
女性に密接に触れられて耐性がないのか文秋は困ったかの表情をしていた。
結局、私は文秋と榊原がイチャイチャしている所を見せつけられただけなのではと内心思った。
――――――
あの後、文秋から電話が掛かって来た。
『もしもし、氷藤さんですか?』
「お、文秋か」
『合っているようですね』
「そっちはどうなんだ?」
お嬢様の住んでいる家がどうなのか気になったので質問してみた。
『凄い高い場所で、最上階を含めて上三階はユミの家です。夜景がすっごい綺麗です。ビル自体が彼女の所有物らしいですよ』
「凄いな」
『特に食べ物が凄かったですよ。専属の料理人さんがお肉を焼いてくれたり目の前で料理してくれました。どれも、美味しかったですね』
文秋が楽しそうに話している。楽しい話ばかりでは私が面白くない。
「困ったことはあったか?」
『お風呂ですね。僕は記憶喪失でお風呂の入り方が分からなかったんですよ』
「それは大変だったな」
『いや、その時にユミが一緒に入ろうって。その、なんというか迷惑をかけて申し訳なかったという気持ちが強くて……』
惚気話を聞かされても私は全然楽しくない。いっその事スマホを地面に叩きつけたい程。羨ましいとかそういうものではない。
ただ、自慢話を聞いている気分だ。
『あと、氷藤さんに言わないといけないことがあるんです』
「なんだ?」
『僕はこの世界の人間じゃありません』
「は?」
『記憶が少し戻りまして、真っ暗な世界から来たという事を思い出しました』
真っ暗な世界? それは記憶が戻ってないってことではないのだろうか? いや、文秋の事だから何か意味があるのだろう。
『まだ少ししか思い出せていないので、詳しいことは伝えられないのですが僕はこの世界の人間ではないという事だけは明確です』
「べ、別の世界か。もし、それが本当だとして文秋はそこに戻りたいのか?」
『いや、逆に絶対戻りたくないです』
そりゃあ、真っ暗な世界に戻りたい人間なんてなかなかいない。それに今の文秋は楽しそうにしている。それだけでこの世界に居たいという理由がある
「文秋が異世界から来たのは分かった」
『あとついでですが、僕は右手を一回失っているので上手く動かせません』
「ちょっと待て、右手を失ったって」
『はい。壁の中で能力を使ったので無くなりました』
「じゃあ、右手はもう……」
なんの為にそんな行為をしたのかは分からないが、なんらかの目的があったのだろう。
右手を失えば生活は厳しいものになるだろう。それに戦闘だって相手を掴みにくくなる。
『大丈夫です。とある事情で右手はあります。ただ、さっきも言った通り上手く動かせませんが……』
「とある事情?」
『すいません。こればっかりは氷藤さんでも話せません』
気になるが、きっと事情があるのだろう。それに、他人の能力を軽く話す方が信用できない。
「その辺はいいとして、戦えるのか?」
『悩ましい所ですね。少し支障は出るかもしれませんが、戦えない事はないです』
「それならいいんだ。じゃあ、明日からは……」
明日からの集合場所を確認し、電話を切った。
――――――
薄暗く湿っぽい部屋で男は目を覚ました。
「こ、ここはどこだ?」
その男は文秋たちを襲っていた召喚型の能力を持つ男だった。
豆電球が天井から吊り下げられており、目に悪い光を男に映していた。そして――
「動けねえ」
両手足に鎖が繋がれており、立ち上がる事すら出来ない状態にされていた。
男はここが執行機関にあると言われている監獄かと考えたが、こんな海外の人権を無視した劣悪な牢屋みたいな場所が日本にあるはずがないとさっきの考えを否定した。
「やっと目覚めた?」
「誰だ!」
女の声が聞こえ、男は一瞬体を震わした。
「ボクは君が襲った人の一人だよ。あの時は痛かったよ。うん。だから一発」
突如、乾いた音が部屋に響いた。
「い、いてえええー!」
男が叫び、鎖が音を立てる。太もも辺りに焼き石でも乗っけられたかの様な衝撃が走ったからだ。そう、銃で足を撃たれたのだ。
痛みで視界が白くなり気を失いそうだったが、一瞬で意識が回復し光が目に入った。
「死ねないから安心してね。いやー。これだから常に銃を持ち歩いて良かったと思えるよ」
「く、狂ってやがる」
「まあ、ボクは普通じゃないからね。じゃあ、答えなくてもいいけど質問をするよ。捕まる前に飲んだ薬はどこから入手したの?」
「それは……、いってええ!」
答える前に発砲された。男は叫ぶが音が薄暗い部屋から出ていくことは無かった。
「なんで、あそこで襲撃をしていたの?」
「戦うと強くなれるって聞いたから……あぁ! いてええ!」
「そうなんだね。次に『この世界をどう思う?』」
「どういうことだ? なんの意味で言っているんだ?」
再び銃を構えられ、また痛みを味わうかと思い男の思考は混乱していた。そして、質問を質問で返してしまった。
「君は普通の人なんだね。もういいや」
銃を収めた。さっきから無暗やたらに撃っていたのに急にしまった事に疑問はあったものの男はもう撃たれずに済むと思い込んだ。
しかし、そんな思考は一瞬で止まった。
銃口を頭に向けられた。黒い銃によって光が目に入って来ない。
「さっきまでのは拷問ではないよ。ただのうっぷん晴らし。あとは拷問する人がやってくれるから。楽しめれば楽しんだらいいよ」
女が消えた後、清掃員の様な服の男が代わりに部屋に入って来た。
「ここからは俺が拷問する」
「話す! すべて話すから痛めつけるのは止めてくれぇ!」
泣きながら懇願した。さっきので痛みに恐怖を覚えてしまっていたのだ。
部屋の外では女。榊原由美が銃を握りしめ笑顔をしていた。
「フッミー待っててね。絶対にボクのものにしてあげるから」
狂気にも満ちた目がしっかりと前を向いていた。
名前 榊原由美
所属 執行機関(最高幹部)
能力 ??型『他人を癒す』
解説 常に銃を持ち歩き、動けない相手に容赦なく打ち込むサイコパス。世界への考え方が特殊で同じようにこの世界に対する独特の価値観を持つ者を『普通ではない人』と特定し、異常な執着を見せる。文秋を『普通ではない人』だと知り、家に招きいろんな事を教えている。文秋の事を特別に考えており、相手が男だと知っておきながら一緒に風呂に入ったりと無防備な姿を見せている。何が目的かは彼女のみが知ることである。




