六話 真っ赤な怒り
「……調子に乗るな。……クズが」
いつの間にか髪を真っ赤に染めた文秋が立っていた。
「な、なんなんだ?」
男は動揺した。自分の駒である召喚士の半分を一瞬で殺された。知能は低かったが身体能力だけなら常人を遥かに超える召喚士たちを一瞬で肉片に変えたのだ。
『触れた相手を爆弾に変える』なんて能力も一瞬考えたが、それほどの能力を使わずに手を失うなんて判断をするはずがない。
なら、さっきまで劣勢だった男に何が起こった?
男は考えたが何がなんだか分からなかった。しかし、己の直感が危険信号を発信していること無視することは無かった。
――奥の手を出すしかない。
「チッ! これだけは使いなくなかったが」
カプセル状の薬を男は服用した。
「さあ、『一日帝国』の開国だァ!」
男の能力によって召喚される召喚士は男の能力に依存する。なら、男が薬によって大幅にドーピングしたらどうなるか。結果は単純、強い召喚士が召喚される。
しかし、デメリットは大きい。男が飲んだ薬は現実改変者によって作られた一度の服用だけでも人体滅ぼす薬である。
一日しか体は持たず、効力が切れた瞬間、男の『一日帝国』は完全に消滅する。
「身体能力マックス。知能ゼロを召喚」
男が地面に手を付けると地面から男が生えた。
召喚された男の体躯は山の様な筋肉の塊だった。知能はなく、口から息を吐き今にも暴れそうだ。
更に山の様な男が少し小さい男を召喚し、更にその男が男を召喚し……繰り返す事十数回。あっという間に十九人の精鋭が召喚された。
一番弱い召喚士でも、ヘビー級の選手よりも大きく力強い。
これらを召喚するまでに前に召喚していた男たちは全滅していた。
「俺の読みは正しかったな。お前は強い。だから俺も命を捨てる覚悟をした!」
文秋は赤い目を男に向けた。
「……クズが命の覚悟をした所で。何も変わらない」
その冷たい目に男は青筋を立てたが、冷静に召喚士たちに指示をした。
まずは、捨てゴマとして一番弱い奴を文秋に仕向ける。
召喚士は一瞬で文秋にストレートを撃った。弾丸をも優に超える速さの拳。
その拳は文秋の右手によって軽くキャッチされた。
「……死ね」
一切の予備動作もなく、召喚士は高速で吹っ飛ばされた。召喚士は地面に当たる前に消えて行った。
次に男は一番最初に召喚した召喚士以外に攻撃させた。
連携は一切なかったが、逆に複数の拳が時間差込みで文秋に向かって進み読みにくい軌道になっていた。
「……子蠅にも満たないクズが」
今度は召喚士が蒸発した。
男は召喚士たちがやられたのを確認した後に最初に召喚した山の様な体の召喚士に自分を担がせ逃げた。勝ちが見えず逃げる事を選択したのだ。
その判断は半分正しい。
今の文秋に勝つことは不可能。それは正しい。
しかし、逃げる事。いや他のすべては不正解だった。
「……逃がすと思ったか?」
回り込まれていた。もう逃げることすら叶わないのだ。
巨大な召喚士が文秋を殴った。しかし、無防備な文秋にダメージ所か動かす事すら叶わなかった。
文秋は軽い蹴りを一撃入れた。その見た目に反し、自分の何倍もある男を吹っ飛ばした。
それでも召喚士は消えず、立ち上がった。
「……死んどけ。クズ」
召喚士が真っ二つに割れた。あの蹴りの一瞬で切られていたのだ。
残った男は薬が体に馴染み切っていないのと心からの恐怖によって歩くことはおろか立ち上がる事も出来なかった。
「し、死にたくない」
地面を這い始め、顔は涙や鼻水で汚れていた。
腕を前に伸ばした瞬間、上から足が落ち手の甲をバキバキと音を鳴らしながら砕いた。
「アッ! いてぇッ!」
「……クズ如きが叫ぶな」
その足は勿論、文秋の物だった。
文秋は男の頭を掴みある場所まで運び、地面に叩きつけた。
「ユミさんに謝れ」
要求はそれだけだった。男はすぐに言葉を発そうとした。
しかし、文秋は男を再び持ち上げ地面に叩きつけた。そして、また持ち上げた。
「謝れ」
言葉を発することすら許さず、地面に叩きつけた。
「謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。謝れ。あやまれ、あやまれ、あやまれあやまれあやまれあやまれ……」
何度も何度も地面に叩きつけた。
男の鼻は折れ、前歯は折れ。生生しい音は誰もいない裏路地に響いた。白目を剥いて気絶しているお陰で痛覚は無かったが、これは後遺症が確実に残るラインを超えている。
人が人を痛めつけるのにはそれ相応の覚悟がいる。いくらムカつく人間がいたとしてもその人間に金属バッドをフルスイングできる人間は稀である。
後遺症が残るまでやるのは多少の怒りに酔ったレベルではない。それはもう復讐の域に達している。
文秋はその怒りと復讐の境界線が分からなくなっている。だからこそ、他人の顔を地面に向かって打ち付けられている。
「あやまれあやまれ……?」
文秋による一方的な暴力が急に止まった。男の顔面は既に血だらけで形は人間のそれでは無かった。
周りの音が聞こえなくなるほど怒りに燃えていた文秋の攻撃が止まった。
文秋の足を頭から血を流しているユミが抑えていた。
「や……めて。これ以上は私刑になるから……ね」
文秋は何が何だか分からなくなった。頭は綺麗さっぱり明確なのに自分じゃない別の存在に取り憑かれているような感覚。心の奥底にある燃え盛る復讐の炎。
手に持っている人間かどうか分からなくなった謎の肉片も含め、何もかも分からなくなった。
自分が何のために戦い。こんなに怒ったのかすらも分からない。
「あ……あ。あアァァァァァァァッッッ!」
突如叫び出し、頭を抑え苦しみ出した。
怒りの対象は無くなったはずなのに、怒りは全く収まらない。このまま、暴れればきっと世界を壊してしまう。それじゃあ、クズと同じ。
必死に怒りを抑制する。しかし、抑制すればするほど行き場の無い怒りが込み上げてくる。
負のスパイラルに陥った。
持ち前の正義感と守りたいという気持ちを踏みにじられた事による怒りは文秋にとっては何事にも代えられない最大の怒りを燃やしている。
その炎は滅多なことでは鎮火しない。
怒りを抑えようとするあまり、血管が切れたのか真っ赤な目からは赤い血を流し赤い髪は逆立っている。
内側から爆発しようとしている。いやずっと爆発し続けているモノを必死に抑え込む。
膝をつき体のナニカの制御が効かなくなる寸前。
「――大丈夫。フッミーは強いよ」
ユミが悶えている文秋を抱きしめた。
体は文秋の方が大きいはずなのにこの時だけはユミの方が大きく見えた。
文秋は急な人の温かさに頭は真っ白になった。
更にユミは文秋の頭を抱きしめながら撫でた。
「フッミーは強いよ。名探偵のボクが言うんだからこれは紛れもない『真実』だよ。だから信じて」
文秋は聖母のような温もりを感じた。
地獄の釜の様に煮え切っていた文秋の心は徐々に戻りつつあった。
「フッミーの覚悟は誰にもできないよ。ボクの為に腕を犠牲にしてくれてありがとう」
感謝の言葉で文秋は完全に目覚めた。
「ありがとう。ユミ。お陰で僕は自分が何かが分かりました」
文秋の髪と目は元の黒の色に戻った。
完全に戻ったのにも関わらず、ユミは文秋を抱きしめたままだった。
「もうちょっとこのままでいい?」
「いいですよ」
ユミはしばらくこのままがいいと言うので文秋は腕を回し、お互いが抱き合う形になった。
「怖かったよ。フッミーがどっかに行くかと思ったもん」
「すいません。僕の努力不足でした」
「もう。そうやってすぐに謝るんだから。でもそういう所も含めて好きだよ」
ユミが更に強く文秋を抱きしめる。
しかも、体重をほとんど文秋に乗せているためますます文秋は動けない状況になった。
「フッミーはボクのワトソン君だよ」
「ワトソン君?」
「うん。ボクの相棒っていう意味だよ。これからもずっとよろしくねっ」
こんな状況にも関わらず、文秋は意外に冷静だったりする。相棒という言葉から氷藤を思い出し、氷藤から図書館を思い出した。
そもそも、文秋は図書館に行きたいのだ。しかしこの雰囲気の中で話題を変えるほど文秋は空気が読めない男では無かった。
「よし、図書館なんて止めてボクの家に来なよ。大丈夫。文秋が泊まれる部屋はいっぱいあるから」
「それは嬉しいですけど」
「既に泊めてくれる人はいるみたいだね。でも、泊めたい理由は沢山あるから。その人にはボクから話を通しておくよ」
話が変わり過ぎて、そろそろ文秋の脳がついて行くのを放棄し始めた。それにこの体勢だと頭が空っぽになるというかすべてどうでも良くなってしまっていた。
これは現実改変者の能力ではなく、誰もが持つ人間の温かさという能力の効果である。
「じゃあ、いこっか」
「いやいや、どういう展開でこうなったかは知らないけど私の相棒を盗らないでくれ」
二人の間に割って入ったのは氷藤だった。
名前 ???
所属 ???
能力 召喚型『召喚士を召喚する召喚士を召喚する……』
解説 裏路地で文秋たちを襲った男。能力により、数の暴力による戦闘を基本としている。召喚が可能な数に限りがあるかは分からないが、召喚する度能力が落ちていく。そのため、彼も三十を超えた召喚をしたことがない。用心深く、少しでも強そうな相手に出会えばすぐにドーピングをする。なぜ、あの場所で文秋たちを襲ったかは現在は不明である。




