五話 少女と悪意
氷藤が氷の女王として戦闘していた時、文秋は道に迷っていた。
地図はしっかり読めていた。しかし、画面をしばらく触らなかったことでスマホがスリープ状態になってしまい、電源の入れ方すら知らない文秋はどうする事も出来なくなってしまったのだ。
さっきまで地図を頼りに進んでいた為、周りを見ていなかった。そのせいで今現在同じようなビルが立ち並ぶ場所でどこがどこだが分からない。つまり、完全な迷子状態になってしまっていた。
不幸か幸運か、現在時刻は人通りの少ない時間帯で挙動不審な文秋を通報する人はいなかった。
いくら触っても反応しない板に期待することは止め、通行人に道を尋ねるというある意味原始的な方法を取ろうと考えた。
しかし、文秋には複数人で歩いている人に話を聞きに行くコミュニケーション能力はない。
都会を一人で歩いている人を見つけるのはウナギとアナゴを見分ける位難しい。それに今のご時世、一人で散歩をしようなどと外に出る人は少ない。
文秋は何人かに話し掛けたが、急いでいるもしくは相手にしたくないのか素っ気ない反応をされていた。それでもめげずに道を尋ねた。
そんな中、文秋は周りとは浮きたった少女を見つけた。
それは、チェック柄の帽子や動きやすそうな服を完全に無視した大きめの茶色コートを着た時代から切り離されたような服装の少女だった。
「あのすいません。図書館の場所を教えて頂けませんか?」
「図書館? それはどこの図書館かな? ここからなら三つぐらいあるけど」
「ええっと。確か……」
「ちょっと待って」
少女は文秋の言葉を遮るように手を出した。
「君は手にスマホを持っているにも関わらず調べていない。つまり、機械音痴でしょ……ん? でもおかしいなぁ」
少女は首を傾げた。
「普通、機械音痴の人は地図をスマホなんかに頼らず、アナログな紙の地図を持っているはず。でも、君は持っていない様に見える。いや持っていないね。人に尋ねる時に紙の地図を見せながら聞いた方が楽だよね。だって、それならさっきみたいに『どこの図書館』かを迷わないからね。余程のバカかもしれないけど、君は人に聞く時に敬語を使っていたからバカだという線は消えるね。じゃあ、なんで君は道を聞いているのか。――面白いね」
散々悩みが顔で話したあとに急に笑顔になった。
「いいよっ。私が全身全霊をもって君を図書館まで案内してあげるよ。私は榊原由美。ユミでいいよ」
「僕の名前は名無文秋です。よろしくお願いします」
「じゃあ、フッミーってよぶことにするよ。とりあえず、歩きながら話そうよっ」
ユミに服を引っ張られ、文秋も歩き出した。この二人の出会いが氷藤にも影響するなどとは今の二人は知る由もない。
「フッミーってさっ。どこに住んでいるのっ?」
「その。えっと……」
「いいよ。住んでいる場所は個人情報だからねっ。それじゃ、記憶はあるの?」
急に確信に迫る質問をされた。文秋は別に隠している訳ではないにしても言い当てられるとは思わずに内心驚いていた。
「なんで分かったか? って顔をしているね。この位、別に大したことじゃないよ。名探偵を目指しているボクにとってはね!」
「メイタンテイ?」
「そこまで記憶がないんだね。名探偵っていうのは悪いことをした人を捕まえる人のことだよ」
文秋は氷藤から警察とは何かを教えて貰っていたせいで警察と名探偵の違いは分からず、頭を悩ました。
結局の所、記憶がなければどう思考した所で答えには辿りつけない事を悟った文秋は正直に聴いてみる事にした。
「えっと、警察とどう違うのですか?」
「警察は名探偵の下位互換だよ」
即答だった。
ユミは警察を皮肉っていたのに対し、前提の知識のない文秋は名探偵が圧倒的に高い地位にいる程度にしか認識しなかった。
「名探偵ってすごい人なんですね。じゃあ、僕がユミさんと話せるのは貴重な経験なんですね」
「さんは要らないよ……それにしてもフッミーは面白いね! 凡人じゃあそんな考えにはならないよ」
「誉めても何も出ませんよ」
文秋の肩を叩きながらユミは興奮した口調になった。
ユミの機嫌が良くなり、元から明るかった口調が更に明るくなったような水を得た魚と表現すべきほど。文秋にとっては急に近寄られ、困惑するしかなかった。
「ねーねー。フッミーってさっ。この世界をどう思っているの?」
「面白いと思いますよ」
「へえー。即答するんだね。普通の人は質問の意図すら分からずに質問し返すんだけどね。ますます興味が湧いてきたよ」
「普通……ですか」
「世界を世界として見る人なんてそうそう居ないからね。あっ。ここを通った方が近道だけど、どうする?」
「近いならこっちでもいいと思いますよ」
ユミが指さしたのは建物と建物の間を暗い通り道でそこだけは人通りは一切なさそうだった。
警戒心を持っていない文秋は何も考えずに提案に乗った。
結果、二人は人がほとんど通らない裏路地を進むことになった。
「ここ、前から通ってみたかったんだよね。ボク一人じゃ怖いけど、男の子一人いるだけで安心感があるね」
「前から?」
「あちゃあー。バレちゃったか。まあいいや。ボクはね、健康の為に毎日この時間には散歩しているんだよ。表通りは既に歩いたから、後はここだけだったんだよね。フッミーを勝手に利用する形になったのは謝るよ」
「いえ、僕もユミさんを道案内に利用したんですからお互い様ですよ……あれは誰ですかね」
二人は前に誰かいるのに気付いた。
「俺たちは今からお前たちを襲う」
その影は深くまで帽子を被り顔を隠したが、声から男だという事は分かった。
「隠れて!」
文秋はユミを助けることだけを考えた。それは己の能力である『虚無な実体』ならば、どんな相手でも自分一人は絶対に安全だと確信していたからこそできる思考だった。
しかし、裏路地に隠れる場所はなかった。
通って来た道にもいつの間にか男たちがおり、逃げることすら叶いそうにない。
咄嗟に文秋はユミを引っ張り壁際に隠した。
自分が『虚無な実体』を常に発動させ、盾になればユミが逃げれる可能性があるかもしれないという希望的観測だった。
男たちが一斉に文秋に拳を向けた。
「ただでは殴られませんよ」
近くの男の腕を掴み、振り回した。その普通ぐらいの体格からは予想も出来ないような力で振り回し男たちをなぎ倒した。
しかし、拳のすべてを防ぐことは出来ず数十にも及ぶ拳が文秋に当たった。
「ッ!」
男たちの拳はメリケンサックでも付けているかの様に硬く、一撃だけでも文秋は相当のダメージを負った。それを数十発。
歯を食いしばり意識を持っていかれることだけは避けた。
「オ。ラッ!」
掴んでいた男をぶん投げた。
しかし、それは通りを塞いでいた男たちはそれを躱された。……それこそが文秋の狙いだった。
「目を瞑って下さい!」
ユミが文秋の指示に従い目を閉じた。
文秋は覚悟した。
誰かを守るために己を犠牲にする覚悟を。
文秋は右手を壁にめり込ませた。……そして、能力を使った。
壁に埋まった腕が実体となり、壁の中に消えていった。
「うッ!」
うめき声が漏れた。文秋は自分の手を犠牲に大量の血を出した。
止めるのを忘れた蛇口の様に流れ出る血を攻撃を避けた男たちに向かって撒き散らした。
人の血が目に入り、男たちは目を抑えた。
文秋はユミを左腕のみで担ぎ、唯一の穴を走った。一部の男たちは文秋を止めようと手を伸ばしたが、文秋に届くことは無かった。
大勢いた仲間が邪魔となったのだ。
走り続ける文秋には腕の痛みの事はどうでも良かった。それよりも、自分のせいで巻き込んでしまったユミに申し訳なさを感じていた。
襲撃者が見えなくなった事を確認し文秋はユミを下ろした。
「目を開けて下さい。すいません。僕が居ながら怖い思いをさせてしまいました」
「……」
「まだ追っ手が来るかもしれないので僕はここに残ります。大丈夫です。僕は強いですから。ユミさんが逃げる時間は稼ぎます!」
文秋は未だに出血する右腕を抑えながら、後ろを振り向いた。
「僕のせいです。もし、僕にもっと力があればこんな状況になりませんでした。せめて守らせて下さい。それに…………可愛い少女の為に死力を尽くせる僕は幸運なんです」
出血の止まらない右腕を更に強く抑える。
「『逃げろ』。なんて他人行儀な事は言わないでッ!」
「すいません。僕の力じゃあ守り切ることは出来ません。だから、お願いします。逃げて下さい」
「あぁ! もういい。ボクも一緒に戦う!」
文秋には理解できなかった。記憶を失っていても人は自分の命が一番大切だという事は理解していた。だからこそ、安全に逃がすことが文秋の目標だった。
自ら守られる立場を捨てられる人間なんていない。そう思い込んでいた。
全く不思議な人ですね。そう心に思いつつ、今にも貧血で倒れそうな体のバランスを取った。
「みんなには内緒だからね」
ユミが文秋の出血している右腕を強く握った。
唐突な行動に文秋は苦悶の表情をしたが、痛みが来ることはなかった。
「ボクは『他人を癒す』っていう能力を持っているの。欠損を治すのは時間が掛るけど、止血ぐらいならこうやってすぐにできるよ」
「これでしばらく持ちそうです」
「ボクも戦うよ。だって、名探偵は追い詰めた犯人を捕まえるまでが仕事だからね」
ユミが軽くジャンプをし準備を始めた。
「確かにさっきは突然の事で慌ててたけど、今は大丈夫。フッミーのそんな姿見せられて決心はついたから」
「でも……」
「大丈夫だよ。これは私がやりたくてやっているんだからフッミーは責任なんて感じなくてもいいんだよ」
戦う事を止めようとしたが、文秋にそんな時間は無かった。男たちが追い付いたのだ。
「俺たちはお前たちを襲う」
その声に人間らしい感情は無かった。まるでプログラミング通りにしか動けないロボットの様な声だった。
「じゃあ、行くよ!」
男たちは適当な体の動かし方で拳を振るう。
非合理的な殴り方だが、いかんせん数が多く躱すのは困難。
文秋は自分を対象にした攻撃はすべて能力を使い躱し、ユミに向く拳のみを掴み落とした。それでも、いくつかの拳は落とされずユミに迫った。
複数の拳を躱すのは素人には不可能に近い。
ユミは一つ一つの拳を的確に見切り、軽やかな身のこなしで躱した。そして、袖から出した虫眼鏡の枠の部分で男たちの顎に強烈なアッパーをした。
体格的に力の差があったのだが、腕を伸ばしきり無防備だった事と道具を使ったことにより当たった男たちは気絶した。
気絶した男たちは存在がゆっくりと消える様に居なくなった。
男たちは警戒するように後ろに下がった。
「あーあ。バレちゃったか。ならいい。俺の能力は『召喚士を召喚する召喚士を召喚する召喚士を召喚する召喚士を召喚する……』ってやつだ。まあ、つまり雑魚をいくらでも作れる」
男たちの一人が声を出した。場所は分からなかったもののユミはそれだけで本体の場所や弱点までを一瞬で予測した。
「君の能力は召喚する度にその召喚士の九割位の能力ほどに弱体化する召喚士しか召喚出来ないっぽいね。それを補う為に知能を低くして身体能力を上げているね。それに召喚士Aが召喚したのをBとすれば、Aが倒れればBも勝手に消えるね。だから、君自身が倒れればこの能力は水の泡になる。なら君は一番後ろに隠れているね」
図星だったのか本体らしき男は舌打ちをした。
「フッミー。一番後ろに居る奴が本体だよ。君の【透過】を使えば行けるよ」
「そうしたらユミさんが」
「大丈夫。私は強いからね。あと、さんは要らないよ」
文秋が走り出そうとした瞬間。
「俺たちはお前たちを襲う」
ユミの後ろに男が落ちて来て、ユミを突き飛ばした。
地面に頭からぶつかり、ユミは血を流した。
「馬鹿め! 低能で生み出した代わりに身体能力を高く設定していた奴を上に忍ばせている事も知らずに別れようとするなんてな」
男がどこかで笑った。
「お前も男なら、なんか言ってみろよ! まあ、いい。お前も終わりだからな」
文秋に向かって男たちが走って来た。しかし、文秋は倒れたユミを見たまま動こうとしなかった。
「死ねえッー!」
男たちが文秋を何度も殴った。一撃一撃が重たい。それでも、文秋は血を吐きながらも立っていた。
能力を使って躱さないのは自分が終われば、次はユミが攻撃されると分かっていたからだ。
倒れ伏しているユミを見て、文秋は後悔をした。
もし、僕に力があれば誰も傷つけさせずに守れるのに。もし、僕が人に道を聞いていなければ。もし、ユミが戦うと言った時に僕がもっと強く止めていれば。もし、もし、もし、もし…………。
文秋は仮定するのを止めた。
その妄想に何の価値もないことに気づいたからだ。
考えすぎた結果、すべてが怒りへと変換された。
――心の奥底に眠っていた怒りのマグマが今、噴火した。
殴り続けていた男たちが、一斉に爆発した。
「……調子に乗るなよ。……クズが」
そこには血の様な真っ赤な髪になった文秋の姿があった。
名前 榊原由美
所属 ???
能力 ??型『他人を癒す』
解説 名探偵に憧れており、シャーロックのコスプレをしている。好奇心が強く、普通ではない人を見つけるとすぐに観察を始める。能力は『他人を癒す』と本人は語っている。その名の通り傷を癒す能力なのだが、欠損レベルになるとすぐには治せない。出会ったばかりの文秋に強い興味を示し、その己の犠牲をい問わない戦いを見て一緒に戦う事を決意している。しかし、彼女は情報を隠しており、戦闘をするのもその為でもある。




