二話 二つの能力
今の私は少々気分がいい。
現実改変者の仲間が出来たかと思えば、あのバグワームを仕留めるという大金星を挙げてくれた。彼は名無文秋という名前しか覚えておらず、ほとんどの記憶がないらしい。
「あのすいません。ここは?」
「ここは私の所属している組織。第二支部だ」
文秋を第二支部に入れる為にとある雑居ビルの休憩室の中にいる。
「僕はその組織とかいうのもよく分からないので説明をいいですか?」
「あー。そうだな。詳しく教えるとなると時間が掛かるからこの第二支部系の説明をしようか」
「第二支部系?」
「名前から分かる通り支部。ここは法的に認めらた警察的な組織の一つなんだよ」
「警察ってなんですか?」
「え?」
私は記憶喪失について詳しいことは知らないが、一般常識すら残っていないのか? いや、こういうのには個人差があるのかもしれない。一概に決めつけるのは良くない。
「警察っていうのは犯罪者。つまり法を破った人間を捕らえる組織だが……。法は分かるか?」
「すいません。分かりません……」
「いや、いいんだ。記憶喪失して大変なのは理解しているつもりだ。とりあえず、その時その時に聞いてくれ。法はルールみたいなものだな」
文秋は貴重な戦力でもある。分からないことがあれば仲間として教えればいい。
「それにしても、僕なんかが組織に入ってもいいんですかね?」
「気にする必要はない。逆に現実改変者がなんらかの組織に入ってなかったら面倒事になるからな」
既に必要書類は提出している。警察に似た組織と言っても現実改変者自体が珍しく常に人員不足だから条件次第ではいつでも簡単に入れる。
勿論、条件はそこそこ厳しいものが設けられているが今回は問題はない。
少し待つと手元の腕時計が振動した。多分、文秋の登録が完了したのだろう。
「その腕に巻いている物は?」
「これか? これは組織専用の腕時計。うーん。簡単に言えば便利な機能の付いた物だな」
「へえ。そんなに小さくてもいろんなことが出来るんですね」
まるで幼稚園児に教えているみたいで新鮮味がある。実際は一般常識すら怪しいから幼稚園児以下の可能性もあるが……。
「例えば、今やっている様に文秋を組織に登録することが出来る」
「本当にそれだけで僕は組織に入れたのでしょうか?」
「大丈夫。大丈夫。今時、こういう便利な機械を使って色々出来るんだから」
「それならいいですが……」
確かに不安になる気持ちも分かる。私だって、この類のコンピューターを使った時は「本当にこれでいいのか」なんて思ったことがある。
「じゃあ、手始めに自己紹介の動画でも作ろうか」
「自己紹介ですか」
「そうそう。組織内の連携をある程度維持する為に組織限定で見せる紹介映像を作るんだよ」
「それは氷藤さんもやっているんですか?」
「私のか?」
スマホを取り出し、腕時計と連携させる。検索とかをする時はこっちの方が便利だったりする。
「お、あったあった」
動画ファイルを開く。正直、私の自己紹介はかなり猫を被っているので見たくはないが、致し方ない。
画面に私の体が映った。
『どうもこんにちは。第二支部に所属することになりました氷藤です。私の能力は『温度をちょっと下げる』というものです。クーラー代わり程度の能力ですが、第二支部の為に頑張ります。あと、よく女性に間違われますが男です! 男だという事を抑えてくれればそれでいいです。以上です』
恥ずかしい。やっぱり自分の姿を見るというのは良くない。
私の外見は女性と見間違えやすい。だって、自分自身が見てもこれが男だとは到底信じられない。
男にしては長い白髪と女性らしい童顔。更に白く華奢な体。ちょっと女装すれば電車で女性専用車両に乗っていても多分バレない。そのぐらい女性っぽい。
「いいですね。氷藤さんみたいにやればいいですか?」
「私のだけを見て決める必要はない。これを貸すから自由に見ててくれ。操作は……」
「大丈夫です。さっきの操作で大体分かりました」
「理解が早くて助かるよ。じゃあ私は用事があるから少し席を外す」
休憩室に文秋を残したまま外に出る。
そして、ドアを凍らせて開けないようにする。
「いるんだろ? 透明人間」
『いつから気付いていた?』
「男か。そうだな。気づいたのはバグワームを倒した辺りからか」
現実改変者にとって信頼している仲間以外に自分の能力を完全に知られるのは非常に危険である。能力を完全に知られるという事は弱点を知られると同義だ。
逆に相手の能力を知ることは勝利への近道の為、血眼で探りを入れてくる。
つまり、透明人間の男は他の組織が派遣して来たのだろう。
『元はバグワームの能力を知るためにやって来たが、お前たちも危険分子になりえる』
「じゃあ、さっきの紹介映像は見てたってことでいいか?」
『お前は温度を少し下げる能力らしいな』
本当は『温度を下げる』という能力だが、クーラー程度にしか使えないと思い込ませようとした。どうやらその作戦は成功しているらしい。
そもそも、文秋に見せたあの動画はダミー専用で、もし他の組織に捕まった時に渡す全員が嘘の自己紹介をしているものしかないものだ。
「どうする? ここで私を襲うか? それとも大人しく引いてくれるか? 個人的には後者の方が嬉しいけどな」
『お前にはもう用は無いが、あの少年。文秋といったな。奴の能力が判明していない』
文秋の能力は【透過】に近い。あくまで近いといっても種類が多く判別は厳しい。しかし、もし【透過】であったとしてそれが知られてしまったらあっさり攻略されてしまう。
だからこそ、ここで行動不能にさせる必要がある。
「知っているか? 植物は年間平均温度がマイナス五度を下回るとほとんどの種が駄目になるってことを」
『マイナス五度? そんな温度を出せる現実改変者はこの世にいない』
この世で確認されている現実改変者の中には『氷を生成する』というものがある。これが温度を下げるという方向性の最頂点とも言われている。
よって、現実改変者によってゼロ度を下回る事は決して出来ないと考えられた。
「私の話はこのぐらいにしておいて、お前は一体どこにいるのか?」
『これ以上話す事はない』
「音から大体の場所は分かるかなと思ってたが全く持って分からなかった。一筋縄じゃあ行かないか。しょうがない。こっちも本気で……」
――能力を使って周りを全て凍らせる。
「駄目じゃないか! 氷藤ちゃん。こんな雑魚に対して能力つかっちゃ」
「バグワーム。囚われたはずなのに……」
廊下に突然現れた和服姿の男。バグワームに驚き一歩後ずさった。
「華麗に脱獄……なんて、つまんないことはしないよ。僕はただのコピーだよ。あと数時間すればきれいさっぱり。本体は今頃鎖に繋がれていると思うけど。そ・ん・な。ことより、僕は君の敵だよ。僕ってばやる事はきっちりやるんだよね」
バグワームがどこかから気絶した男を出した。まるで召喚でもしたかのように一瞬で。
「こんな雑魚相手じゃ。苦労も出来ないでしょ? 文秋くんが言っていたけど苦労はするものだよ。だから、こうしてみようか」
気絶していた男。いや、元透明人間の体がノイズのようなもので包まれた。
ノイズが晴れるとそこには……
「氷漬けの完成。三分も掛かってない。拍手をーパチパチ……まあ、こんな茶番はどうでもいいよ」
玩具に飽きた子供の様に透明な氷に包まれた男を放り投げた。
「これをそのままお相手の組織にお返しすれば面白い事になるよねえ。それにしてもさっきから『一切動かず』『喋ろうとも』『能力を使うことも』しないね」
さっきから動こうとしている。いや動いている。しかし、一歩を踏み出すごとに視界をアナログ的な砂嵐が覆い尽くし、次の瞬間には元の場所に戻されている。
喋ろうと口を動かしても、能力を使おうとしても妨害される。
これが、最強だと言われているバグワームの力という訳だ。
「僕は君の敵だ」
「でも、本体じゃないから今回は見逃してあげよう」
「……とでも言うと思った?」
こいつは狂っている。社会の規範とか法とか正義とかそんなものじゃ測れない。本心で『僕は君の敵だ』と口走っている。
ここまで単純明快で狂気的な目標を掲げている奴がいる。こんなのに勝てるはずがない。
「そんな、悲観しなくてもいいじゃないか。救世主はこういう時に来るんだ」
喋ろうにも行動する前に戻されるせいで何も出来ない。
「あ、すり抜けられた。ドアの立て付けが悪いんですかね……。ってあの変な服の人」
「さっきぶりだね文秋くん」
逃げろ。という言葉すら妨害されて何一つ言葉を発せられなかった。
どんな能力の現実改変者であってもバグワームには勝てない。私にはそれが分かる。奴の能力は最強と言われても過言ではない。
「やっぱり、君はいいよ! さっきから僕の能力を完全に無視している。初めてだよ君みたいな人は!」
「あなたに攻撃されてから僕の能力が何かを思い出しました」
文秋はバグワームに近づいて行く。私は未だに指一本も動かせない。
「僕は能力で作り出したコピーだよ。どんな攻撃でもやってみるといいよ」
「じゃあ、遠慮なく行かせて貰います」
二人の距離がお互い手の届く位の近距離にまで迫った。
文秋が左腕をバグワームの肩に置いた。
「消えろ」
その一言によってバグワームの体が一瞬で消滅した。まるで水に溶けるかの様にあっさり消えて行った。これが、文秋の能力か。推測だが、触れた相手を消すみたいな能力なのだろう。
ひとまず、バグワームが消えた事により動けるようになった。
「この人はどうしますか?」
「そいつは密偵だから、このままにするっていう手でもいいがそれではそいつが所属する組織に喧嘩を売るようなものだ」
「じゃあ、僕が戻しておきます」
文秋が再びその左腕で男に触れると氷が消えた。
「じゃあ、場所を変えて能力について聞かせてくれ」
「分かりました」
三つ隣りの休憩室を使う。幸いこのあたりの休憩所を使う人は本日はおらずすぐに使えた。
ちなみに透明人間はあの場に放置している。しばらく気絶させたままにしておいても、問題はない。向こうもこちらの組織と対立する気はないはずだから、放っておいても勝手に帰って行くだろう。
椅子に座ると文秋は語りだした。
「僕の能力は『虚無な実体』と『消滅』です」
「ええっとつまりは……」
「僕はこの世に存在しないんですよ。でも、能力で実体を得ています。そしてもう一つの能力がどんなものであっても消す。そんな危険極まりない能力です」
『虚無な実体』については【透過】と同じものと考えてもいいだろう。しかし、『消滅』についてはシンプルながらもその特異性が強すぎてよく分からない。
「あの、一ついいですか?」
「なんだ?」
「二つ能力があることって変ですかね?」
「それなら、《覚醒》という現象があるから問題はない。私だって二つあるからな」
《覚醒》すれば、元の能力に適した新たな能力を後天的に会得することが出来る。ほんの一握りの現実改変者しか《覚醒》してないし、存在そのもの自体を知っている者も稀である。
「そうだ。私の能力を説明し忘れていたな」
「温度を少し下げる能力では?」
「まあ、大体はそれであっている」
私の本当の能力を話すのはこれで初めてだから説明が上手く行くか少し不安だ。
「私の能力は『温度を限界無く下げる』と『外気との温度のやり取りの一切を禁止させる』の二つだ」
「説明お願いします」
「まず、『温度を限界無く下げる』というのはその名の通り温度を下げるだけならいくらでも下げれる。文秋と初めて会った時に男たちが止まったかと思うが、それは生命活動を完全に止めるまでの温度を一瞬で下げることによってあのような事になった」
この能力の凄い所は血液や脳の活動を含めすべてを止めるので相手が死ぬ事はない。能力を解除すれば今まで通りの生活に戻せる。
もし、体の一部でも範囲から外れてしまったら範囲外の部分は数分で腐る。実際やったことが無いのでそうなるとは確定してないが、血液が止まる以上は腐るのが関の山だろう。
「そして、『外気とのやり取りを一切を禁止させる』は実際に見て貰った方が早いか」
能力を発動させ、氷を作る。その氷を文秋に渡す。
「冷たくないですね」
「これが、二つ目。これのメリットはまたいつか話す。別に戦っている最中に役に立つことはないから」
これでお互いの能力の確認が終わった。でも、文秋は私以外の現実改変者についてはほとんど無知なはずだ。なら、説明ついでに教えた方がいいかもしれない。
「現実改変者の分類について少し話をする」
名前 氷藤実樹
所属 執行機関
能力 『温度を限界無く下げる』覚醒『外気とのやり取りの一切を禁止させる』
解説 氷結系の能力で氷を発生させる現実改変者。シンプルながらも攻防に長けている能力を使いこなす。生物のすべてを凍らせて動きを完全に止める事も可能で能力の名前の通り『限界』はない。更に『知覚した』範囲に能力が届く。視界に留まらず広範囲で能力を使える。しかし、バグワームの様な温度の影響を受けない相手の前ではなす術はなく、他にも弱点が多い能力である。




