十八話 グンマ―
一瞬、形容しがたい歪んだ光景が映った後に荒廃した都市の様な場所に移動していた。
「あの文秋さんという少年とはどんな関係なんですか?」
「詳しくは言えないが、大切な仲間なんだ」
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。事情は大方想像つきました。次の質問ですが、私は何をすればいいのでしょうか?」
「邪魔してくる奴を倒せ。ただそれだけだ」
敵味方が分からない以上は邪魔してくる奴らを全員倒すしかない。
「なーんだ。そんな単なる殺しの仕事なんですね。私としては氷の女王と一緒に仕事出来るだけで楽しいのですけどね」
「とりあえず、あの城らしき所に行く」
荒廃した都市の真ん中にあるという事とそのデザインによって、魔王城のように凶悪そうな城を指さした。
「それはいいのですが、あちらの方には人が多くいますよ」
人を目視するなんて不可能な距離だが、彼女は何かを感じているのだろう。
「人避けをしておきますね」
そういうと彼女の来ている緑色のコートが赤い火を纏った。そして、、頭の周りを何個かの火の玉が浮いている。
万能装備の能力は召喚型だという事は知っているが、能力の詳細はよく分からない。
彼女は狙いを定めるように右手を伸ばした。すると、次の瞬間。コートも火の玉も青く染まる。
「行け。《炎帝》」
複数の火の玉が城に向かって目にも止まらぬ速さで飛んだ。通過点にあった倒れたビルは一瞬で溶解され、炎を邪魔する物はなかった。
「完了です」
城まで一直線の道が作られていた。群衆らしき物が見えるが、突如地面が燃えた事に慌てふためき別の場所に逃げている。
なんていうパワーだろうか。見ていないうちに驚くべきほど成長している。
「どうでしょうか? もう少し燃やしますか?」
「いやこれだけでいい」
「じゃあ、次は移動ですね」
コートの火が消え、また緑色のコートに戻った。今度は風が吹き荒れ、私の体を持ち上げた。
彼女は安定して浮いているが私はバランスを崩し掛けてしまった。
「力を抜いて下さい。調整します」
言われた通りに力を抜くときっちり体勢を立て直せた。
すると、高速で移動を始めた。
自分でコントロールできない移動は肝を冷やしたが、私の移動方法よりは確実に早かった。
あっという間に城の前に到着した。しかし、すんなり城の中に入れることはなかった。
他の場所に移動していた群衆が元の場所に戻っていた。
殻曳という男が言っていたのは本当らしく、一人一人が地球人では考えられない程身体能力が高い。
高速で移動していたはずなのにきちんと目で捉えられている。
群衆の中の一人が飛びついて来た。
「邪魔ですね」
彼女は相手の首をレイピアの様な細長い剣で突き刺した。それでも、喉を貫通することはなく少し傷を付ける程度しか当たらなかった。
「《一撃の殺意》」
次の瞬間、飛び掛かった奴がもがき苦しんだ。
「ギュルウウ」
恨むような目をこちらに向けて、言葉らしきものを言ってくる。何を言っているか分からない。
そもそも、別の星だから言語は違う。さっきから群衆が言っていることが言語の違いで意味不明だ。
「一回逃げましょう。この人達は強いです。《一撃の殺意》がここまで効果がないとは驚きですね」
言葉を言いつつ、行動は既にされていた。風で来た道を戻ろうとしている。
私も一応攻撃をしている。だが、氷で固定してもすぐに割られてしまう。人間を遥かに超越した筋力だ。
襲ったにも関わらず、相手は追ってくることは無かった。あの城の中にいる存在の方が今は大切なのだろう。
「どうしますか? 私の覚醒能力なら数十秒は稼げますよ」
「いや、それでは君が死んでしまう。二手に分かれよう。君は逃げながら遠距離攻撃を。私はその隙をついてあの中に潜入する」
「ふむふむ。なるほど。合点承知です」
再びコートに火を纏わせている。
「行くぞ」
私は氷の鎧を作る。今からする移動方法は地球じゃあ被害が甚大になるせいで使えなかったが、ここなら破壊しても問題はない。
鎧は護身用で動かすことは出来ない。だから、背中にダイバーが背負うようなガスボンベを作った。
空気は気体だ。物体の状態変化の中で気体は一番体積が大きい。なら、温度を下げて状態を変化させれば体積は小さくなる。
ボンベの中に凍らせた気体を詰める。簡単に言っているがこの作業は本来かなりのエネルギーを必要とする。だが、私の能力に掛れば問題なく実行できる。
青く輝く炎がまっすぐ飛んでいく。それに合わせて私が別方向から侵入を試みる。
能力を解除し、ボンベの空気が勢いよく穴から出ていく。それを推進力にして、前に進む。作った氷を自由に動かすことは出来ない。だから、行く方向を正確に決めるのは難しい。鎧の厚さを分厚くして攻撃を防ぐので精一杯だ。
馬鹿みたいな力で止められているせいで衝撃が強く体全体が痛むが、空気の推進力の方が強く何とか城の中に入ることが出来た。
群衆は城には入ろうとしない。理由は分からないがこっちの方が好都合だ。
「これは案内板か」
城の内部には観光地にあるような案内板の様な物が置かれていた。文字は読めなかったが、ピクトグラムが随所に描かれており、視覚的にどこで何をしているか大体分かった。
「二階の一番端っこの丸底フラスコは研究室だな」
どこに機会が置いてあるかは分からないが、研究室に行けば何かしら重要な物があるだろう。
城を巡回している人型の奴らにばれない様に能力を使いながら、目的地へと移動する。音も匂いは冷やせば漏れないし、姿も鏡のような氷を作り隠せる。
私の能力はこうやって潜入する方が得意だったりする。
研修室らしき場所に着いた。ここの近くだけワイヤートラップや赤外線センサーの様なもので厳重に警戒されており、ますますここが重要な場所だと確信した。
扉を開けると学校にあった理科室みたいな清潔な雰囲気を醸し出ている研究室があった。
誰もいないようなので能力を解除し、部屋を調べる。
相変わらず文字は読めないが、危険物にはきちんとドクロのマークで危険を示しているのでそれ以外は触っても大丈夫そうだ。
「一体どれがなんの機械なんだ?」
地球では考えられないような機械ばっかりで目的の機械が見つからない。
「バウッババウッ」
よれよれの白衣を着ている女性の様な奴が寝ていたのか立ち上がった。言葉は分からないが、いきなり攻撃を仕掛けていることは無い気がする。
「バウッ? ……バウッ」
机の下にあったのか段ボールを引きずり出し、何かを探し始めた。
一応、攻撃される可能性はあるからいつでも防御出来るように氷を展開する準備はしておく。
「あ。あー。言っていることは分かる? あなたは地球人だよね。翻訳機を使っているから通じていると思うけど」
「お前は誰だ?」
「よし。聞こえているね。まあ、そんなに警戒しないでよ。危害を加えるつもりは一切ないから。っで質問に答えるよ。僕はドックス帝国の唯一の国家研究員。名前は水挽。ついでに答えるとここは僕専用の研究室。ほとんど、僕が開発しているよ」
女の名前は水挽というらしい。ここまで教えてくれるという事は敵意は本当になさそうだ。
「君の名前は?」
「私は氷藤だ。ここにどんな傷でも治せるとかいう機械があると聞いて来た」
「こおりふじ。うん。分かった。氷藤はあの機械が欲しんだね。分かった。条件を満たしてくれればあげてもいいよ」
条件? もし、無理難題を吹っかけてくるようなら脅してでも奪い取る。
「その条件はね。氷藤の生殖細胞を僕に提供すること。これだけだよ。氷藤みたいな不思議な力が気になっていてね。研究したいんだ」
生殖細胞ということは私にとっては精子のことだろう。
「分かった。生殖細胞を差し出せばいいんだな」
「よし、交渉成立だね。じゃあ、早速始めようか」
「おい。ちょっと待て。なんで服を抜いている?」
「ん? 何を言っているのかな。生殖細胞って生殖行動をしないと出ないよね」
どうする。この水挽という女にその必要はないと言えば解決するだろうか? だが、その説得をする時間は果たして必要なのか? この間にも文秋は死んでしまうかもしれない。
いや、冷静に考えろ。そう頭を冷やしてよーく考えるんだ。会話の無駄を省いてしまえば、それは時短になる。だが、この場合は誤解を解いた方が時間は短く済むはずだ。
「いや、その必要はない。一人で大丈夫だ」
「え!? うーん。体の造りが違うからあり得るね」
服を脱ぐのを止めた。
「じゃあ、これに出して」
ペトリ皿を差し出された。これで、さっさと出せば終わりだ。
「ほら、どうぞ」
「分かった」
「ちょっと。僕の目の前でやってね。自分の目で見て確定したデーターじゃないと認めたくないからね」
こいつは根っからの研究者だ。これを説得するのは不可能だ。もし説得できるとしてもそれは相当時間が掛る。その間に文秋の体は限界を迎える。
「やってやるよ。こんな羞恥なんて文秋の命に比べればなんて事はない!」
私は覚悟を決め、服を脱いだ。
名前 水挽
所属 ドックス帝国 国家研究員
能力 無し
解説 城の研修室に籠っているサイエンティスト。工学、生物学、物理学と知識は多岐に渡り、一つの国に新たな技術を数多く産んだ発明家でもある。三度の飯よりも研究が好きな研究バカで、研究の為なら体を躊躇いなく差し出す。
彼女から治療機材を貰えば、氷藤の目的は達成できるががどうなるのか……