十六話 暗部
「おめえじゃねえんだよ!」
追跡者が怒声を上げる。
「いや、君たちが求めているのは誰かは分かっているよ。彼女についての話があるんだ」
「さっさと話せや!」
「ああ、物を壊さないでぇ」
「そんな慌てなくてもいいじゃないか。まあ、単刀直入に言うと氷の女王は暗部を抜けた」
その発言を合図に他の三人はそれぞれが武器を男に向けていた。
「もういっぺん言ってみろ。幹部のお前でも俺たちは殺すぞ」
「殺す」
「嘘ですよね。もし本当なら僕たちが執行機関を潰しますよ」
「冗談にもほどがありますね。そんな重要な事を妹分である私に言わないはずがありません」
さっきまで半泣きだった逆向時計ですら怒りを表に出している。三人から殺気を向けられたまらず、幹部の男は両腕を上げた。
「本当だよ。彼女自身がメールで辞めたい意を伝えて来たんだ。その中には『表の方で活動します』とも書いてあったよ」
「チッ! そのことは後でじっくり聞かせて貰うぜ。襲撃だ」
急に追跡者の前に現れた画面を見て、指示を出し始めた。
「逆向時計と一撃の殺意は窓から来る二人! 万能装備は扉からの三人にそれぞれ対処しろ! 幹部の野郎は適当に隠れてろ!」
三人は武器を引き、その表口の裏口の二か所に着いた。
窓と扉が爆発で破壊される。
裏口の襲撃者の一人が【テレポート】を使い、逆向時計の後ろに現れた。その手にはバールが握られており、確実に殺すために振りかぶっていた。
「【テレポート】は大抵後ろに来ること位は分かっている」
後ろを振り向くことすらなく、武器であるイヤホンの先端を刺した。
「止まれ《一人の停止時計》」
刺しているのとは別の手でイヤホンコードを押すと敵の動きが振る寸前の状態で止まった。
「おい、どうした?」
窓から侵入してきたもう一人が声を出して止まった仲間に声を掛けたが反応することはなかった。止まったのが逆向時計の能力によるものだと確信したころには助けに行くために走ろうとしていた。
「あなたの相手は僕ですよ」
「邪魔をするな!」
「空中に浮く刃物ですか」
襲撃者は鋏やカッターやカミソリを空中に浮かし、自由に操る能力だった。一撃の殺意に飛んで来た刃物は頬に掠り、一筋の傷を付けた。
血が重力に従って滴り落ちる。
「一撃です。一撃であなたを殺します」
一撃の殺意は拳を作り、走った。無防備で向かって来ても襲撃者は容赦せずに刃物を飛ばした。体の至る所に切り傷を作りながらも走り続ける。
「自己型か。なら、近寄らなければいい」
襲撃者は能力を予測し、攻撃をしながらも後ろに下がる。
「はあはあ」
「血と体力を失っているな。これでお前はお終い……ッ!?」
後ろの下がっていた襲撃者は壊れた机の破片で足の擦り傷が付いた。ほんのちょっとしか痛みはなく、傷も一撃の殺意の傷に比べれば、小さな怪我だった。
「あなたは僕の事を自己型だと予想しました。不正解です。本当は対人型です」
「ぶ、ブフゥ!?」
「あなたはこれでお終いです」
あえて、言われた言葉を返す事によって皮肉を込めていた。
「万能装備さんの方は膠着してますね」
一方、万能装備の方は襲撃者が一人も扉から出て来てすらいない。
すると、突如銃のみが向けられ撃たれた。
「その程度の鉛玉は無意味ですよ」
銃口の向きとは全く別の方向に弾丸が流される。万能装備の能力の効果である。
効かないと知った襲撃者は今度は火炎瓶を投げ込んだ。
炎が万能装備を包む。しかし、コートが火を纏うのみでダメージはなさそうに見える。
「おい! 動くな! こいつがどうなってもいいのか!?」
「【透明化】ですか」
男が幹部の首元にナイフを突きつけ降伏を要求する。
「触ったな」
次の瞬間。脅しをしていた襲撃者の体が内側から膨張し、爆発した。
血の雨が部屋に降り注ぐ。
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。もう既に捕虜はいますね。なら、あちらの方々はもう不要ですね。《炎帝》」
真っ青な炎が壁を貫通し、壁ごと襲撃者を炭化させた。
これを最後に襲撃者が捕縛または死亡した。
不意打ちの襲撃者五人をほぼ一瞬で片付けたのだ。
「うぇー。服が汚れたよぉ」
逆向時計が泣きそうな顔になり、悲痛の声を上げた。
「うっせえぞ! さっさと隠蔽しろ!」
「ひどいよぉ。この規模を戻すのすっごい疲れるんだよ!」
「そいつは俺の能力で固定する。だから、早く戻せ! じゃねえと氷の女王の話が出来ねえだろうが!」
氷の女王の名前を出されると逆向時計は泣き言を言わずに地面に手を付け能力を発動させた。
破壊された窓と扉が元に戻る。そして、爆発し周りに飛び散っていた血も一点に集まる。それは徐々に形を作り人型に戻った。
「次に尋問もとい拷問する。さっさとその先を脳天に端ぶっ刺せ!」
逆向時計は動けない男の頭にイヤホンの先端を刺した。
「どこの組織の差し金だ? 部隊は?」
「《黒き翼》の暗部」
「あいつらか。目的は?」
「敵対組織の暗部の殺害」
第三者から見れば、追跡者と逆向時計の会話のように見える光景を暗部の他のメンバーは静かに見ていた。
「どっから情報を得た?」
「分からない」
「分かった。もういい。窓から落としとけ。全滅よりもこっちの方が牽制になる」
言われるままに窓から襲撃者を落とした。
「《黒き翼》なら問題はない。いつもの事だ。じゃあ、本題に移る。まずはてめえがどう責任を取るかだなぁ!」
さっきまで冷静に見えたが、再び怒り出し机を殴った。
「俺たちは幹部に従っている訳じゃあねえんだよ! 氷の女王に従ってるんだ! このままじゃあ、解散だってあるぞ! オイ!」
「知っているよ。君たちは暗部じゃなくて『氷の女王ファンクラブ』って名乗った方がしっくりくるよ」
「ふざけてんのか!?」
「いやいや、定例会議って二一時にみんな集合しているのに彼女だけには二二時にって伝えてたよね。その理由が適当に不調和を装って、氷の女王が来た時に静かになって座るとなんか闇組織のボスみたいでかっこいいとかやってるレベルだもんね」
追跡者は反論することが出来なかった。
「それを非難するつもりはないさ。君たちがまだ弱い時に彼女に救って貰って強くなっているんだからね。リスペクトするのは分かる。でも、僕らは殺しをする仕事だ。私情なんて捨ててただ殺せばいい。違う?」
「それで、かっこいい事を言った気ですか?」
今度は一撃の殺意が考えを言い始めた。
「さっき、彼も言いましたが僕たちを動かすのは氷の女王です。彼女の命令なら殺しでも拷問でも何でも遂行します。何度も言いますが、僕たちはあなたの命令では動きません」
「言うねえ。なら、組織に逆らえばどうなるか論理的に考えられる君ならよーくわかっているんじゃないかな?」
「うっ」
「信念がない殺しはただの殺人だよ」
バトンタッチをするように今度は逆向時計が意見を言う。
「私が能力を使って働けているのは氷の女王のお陰です。それに、彼女の為に人を殺すのは絶対的な正義で罪悪感がないです。逆にあなたの命令で人を殺すのは罪の意識が大きくなってしまいます」
「そうだね。ただの感情論だけどいい理由だ。だからこそ、僕は君みたいな心理状態は『依存性のヤンデレ』と言うと思うよ。ストレートに言うけど、君は彼女と夜を過ごしたいんじゃないかな? それで、ずっと一緒になって永遠に同じ時間を過ごしたいんだよね」
「んん。そこまで言わなくてもぉ」
本心を見抜かれ泣き出しそうになっている。
これまでのやり取りを見た万能装備はレイピアを幹部の男に向けた。
「あなたは誰ですか?」
「誰って?」
「あなたは私が知っている幹部の人ではないです。戦闘方法を模倣したのは評価します。しかし、少なくともこんな一人ひとりを言論でねじ伏せるような芸当はあの人には出来ませんよ」
幹部の男にノイズが走った。
「あーあー。バレちゃったか。正解。僕は君の敵だよ」
和服を着て気味の悪い笑顔を浮かべる。暗部の人間でもそいつの名前を知っていた。
「「「バグワーム」」」
声が被る。それと同時に三人が一気に攻撃を仕掛けていた。
それぞれの攻撃がバグワームを貫通し、ノイズのみが走った。
「無駄だよ。時間も惜しいから目的とか喋るけど。氷の女王が暗部を抜けるのは本当だよ。この定例会議に来ないのもそのためだね。僕はね。残された三人が可哀そうだなあって思ったからこうやって声を掛けたんだ。ヒントをあげるよ」
三人は攻撃が効かない事に気づき、これが分身か何かだと予想して攻撃を辞めた。
「そろそろ、あるチームのポイントが上がる。これがヒントだ。今は信じても信じなくてもいいよ。あと、僕の変装していた幹部の人は今頃居酒屋で泥酔でもしているんじゃないかな? それじゃあ。短い間だったけどじゃあねー!」
バグワームが消えて行った。
「あの野郎の言葉を信じたくはねえが、氷の女王がここに来ていないっていうことは本当なんだろうな」
「その様だね。でも、ヒントは本当か限らないよ」
「どうすんだよ。オイ! 手掛かりを元に探すか!?」
「私は探したいなぁ。それで、出来ればまた一緒に仕事をしたいなぁって」
三人はそれぞれの意見を持っていたが目的は一緒だった。
「じゃあ、俺たちは各自のやり方で氷の女王を探して連れ戻す! これでいいな!」
「僕もそれでいいです」
「私も!」
彼らにとって氷の女王は暗部にいなくてはならない存在らしく、絶対に連れ戻す。この一点に収束していた。
「私は遠慮しておきます。それでは」
一人、万能装備だけは小さな声で捜索を拒否し、三人が言い合っている時にこっそり外に出ていた。
少女は仮面を外す。
「先生。どうすればいいでしょうか?」
その独り言は誰にも聞こえていなかった。
名前 逆向時計
所属 執行機関 暗部
能力 召喚型『固定イヤホン』覚醒 自然型『逆向時計』
説明 イヤホンを常に付けている女性。顔は隠していない。定例会議では追跡者が怒って壊した物を弱音を言いながら能力で直す役割をしている。基本的には弱きな性格をしており、泣きべそをかくことが多い。しかし、氷の女王の事になると血相が変わり少ない口数で暴言を吐く。どっちが本来の彼女の性格かは本人しか知らない。最もその二つの性格に本物がない可能性もある。
能力は時間に関連するものであり、相手の防御を無視する。生命ですら止める『固定イヤホン』や触れた生物以外の時間を戻し直す『逆向時計』。暗部の一員だけはあり、人の『死』に躊躇いはない。