十五話 表と裏の仕事
満員の電車に揺られ数分。吐き出されるようにして駅のホームから出て、少し歩くと新築みたいに綺麗な校舎の学校に着く。ここが私の職場である。
教師ではないのは作業服姿を見ればすぐに分かる。
私の仕事はここ私立葉波高校の用務員だ。そこそこ大きい学校で花壇の整備や木のデザイン維持。つまり、園芸系の作業が主である。
他にも掃除道具の点検や学校周りの警備の仕事もあるが、基本は植物を相手にすることが多い。
執行機関で戦うことは楽しいと感じることはない。だが、この植物に関わる仕事は楽しんでやっている。
今は花壇の草むしりをしているが、これをしないと景観が悪くなるし花にいく栄養が少なくなる。そして、雑草は数日でどんどん生えてくる。だからこうやって定期的に整えないといけない。
この作業を虚無と考えれば、つまらない作業に感じられるが見方を変えて植物の為にやっていると考えるとやりがいを感じるのだ。
給料はお世辞にもいいとは言えないが、やりたいことを仕事に出来ているだけでも幸運である。事情があって、銃やドラッグが売買されている闇の世界について知っているが、あそこにいる人達のほとんどは利益のみを追求し、窮屈そうな表情をしていた。
水やりも含め花壇の手入れに夢中になっていると昼のチャイムが鳴った。時計を見ると既に十二時を回っている。楽しいことはすぐに時間が過ぎてしまう。
休憩も兼ねて、校舎の隅っこの用具入れ辺りで携帯食を食べる。弁当を作りたかったが、昨日は能力の使い過ぎで体力を消費してそんな余裕はなかった。たまには別のものを食べるのも悪くはない。
口元のバサバサする触感をお茶で潤していると校舎の中から女子生徒が出て来た。
「せんせぇー! 一緒に食べましょー」
大声を上げながら、私の所に走ってくる少女は片手に弁当袋を持っていた。ここは校舎内と比べて小さな段差がいくつもある。あんな走り方をすれば……
「うわ、ひゃあっ!」
案の定、足を引っかけて転びそうになっていた。遠くで勝手に転んだのならどうしようも無いが、幸い私の近くなので支えて転ばない様にした。
「福式さん、危ないですよ。ここを注意もせずに走るとさっきみたいになりますから」
「ふむふむ。なるほど。合点承知です!」
彼女の名前は福式 美央。高校二年生で葉波高校の生徒会長である。
元気があるのは大変よろしいのだが、落ち着きも持って欲しい。少なくとも怪我をするようなドジを踏むことはないぐらいには冷静さがあると良い。
「あれ? 先生が持っているのは携帯食ですよね。今日は弁当作ってないんですかー。楽しみだったのになあー」
「なら、友達と食べればいいのでは?」
「えー。そんなこと言わないで下さいよ。ほら。座って下さい」
近くのベンチに座り、隣に座れとジェスチャーでも伝えている。
「ちょっと仕事があるので……」
「駄目です。休憩も労働の内に入っているんですよ!」
逃げようとしても後ろ首を掴まれ、逃げることは叶わなかった。こうなった彼女から逃げ切るのは困難を極める。
仕方なく、ベンチの端っこに座る。
「よいしょ。今日は先生に相談があるんですよ」
「なんですか?」
「実は一年にこの時期珍しい転校生が来たんです。それで、転校生が来たクラスから外で歓迎会を開きたいと申し出がありまして」
今は五月だ。私立学校だから転校も受け入れるのは分かる。時期的に珍しいが特に問題になる事はない。
「最近はあの杉典高校の方も落ち着いて治安は悪くないですが、許可を出してもいいのでしょうか?」
杉典高校。葉波高校に一番近い高校で、不良が多く集まっている学校である。杉典高校の校舎を何度か見たことがあるが窓ガラスがすべて割れて、スプレーで落書きもされていた。
葉波高校をエリートが集まる光だとするならば、正しく杉典高校は真逆の闇と言い比べられている。
それで、問題は杉典高校が安定してきたから外で歓迎会をやっても大丈夫だろうかということである。
一端の用務員である私より、生徒指導部の先生に相談した方がいい気がする。最も、福式さんが自分なりの考えを持っている以上は特に知識もない私に相談する必要はない。
だが、一応意見を求められた以上は答えるぐらいはしておいた方がいいかもしれない。
「止めておいた方がいいかもしれません。皆さんは言ってしまうといいカモです。ですので、私は外での歓迎会はお勧めしません」
「ふむふむ。なるほど。合点承知です! 実は私も同じ事を思っていました。こっからは雑談なんですけど」
脱走犯の事もあるし、安全を考慮してあまり外を出歩かない方がいい。
それにしても、彼女はここで弁当を食べているが、友達がいないのか。いや、いるだろう。じゃないと生徒会長になれるはずがない。なぜ、私の所に来るのかは分からないが何か事情があるのだろうか?
気になる所はあるが、私の仕事は生徒の心に寄り添うことではない。面倒な事に手を突っ込むのは避けるべきだ。
「転校生の名前が榊さんと名無くんって言うらしいです。それで、榊さんはとっても可愛いらしくて凄い人気なんですよね。名無くんは容姿はそこそこですらしいですけど、紳士的な態度らしくて噂がいろいろ立っていますね」
名無。珍しい名前だからちゃんと覚えている。その転校生は文秋である可能性が高い。榊原辺りが手引きしたのだろう。
「私としては、二人の人気者に生徒会長の座が取られないか心配です」
「大丈夫です。あなたは去年からの下積みがあります。ぽっと出の彼らにはその座は取れませんよ」
「そうですか!? そうですよね。私は一年前から先生に応援されて頑張ってますからね」
実は去年から福式さんとは面識がある。今思い返せば、あの時はただの臆病な子だったのによくここまで成長したものだと感心している。
「じゃあ、昼休みも終わるので私は帰ります。また相談に乗って下さいね!」
彼女は去って行った。今度は段差に足を取られることはなく、校舎に戻った。
まさか、文秋が学校に来るとは思わなかった。私は仲間であって保護者ではないから学校に来たことを非難するつもりはない。むしろ、文秋が学校に行って社会を知るのは私にとってもメリットになる。
一つ疑問なのが榊原はなんで文秋に執着しているのだろうか。
この学校は裏口の入学方法が一応ある。だから、戸籍がない文秋ですら入学は出来るがその条件は厳しい。例え、命を救って貰った相手であっても家に泊めるならまだしも学校に通わせるのは変な執着がない限りはしないはずだ。
文秋の事が好きなら、自然と支配欲が生まれて家に閉じ込めておく気がする。嫌いなら私の所に送りつける。どちらでも無ければ、まず学校に通わせようとは思わない。
上流階級サマの考えることは私には理解が出来ないのかもしれない。
考えるのを止めて業務に戻ろうとすると上の階から人が落ちて来た。
落ちた人は受け身も取らずに地面に叩きつけられ、砂埃が舞った。
「だ、大丈夫ですか?」
男子の制服だったことは分かった。私の目の前で怪我をされると後処理に時間が掛ってしまう。そうなったとしても、早く処理をしないと植物の世話をする時間が減ってしまう。
「はあはあ。大丈夫……です」
息を荒くしながらも、立ち上がりとっつけたような敬語で答えた。
そして、さっさと校舎に戻って行った。真面目そうな印象を受けたのだが、どうして上から落ちて来たのだろうか?
上を見てみると人影の様な物が見えた。まさか、突き落とされたのか? もし、そうならいじめの域を超えている。そうだとしても、私は生徒同士の問題に手を出したりはしない。教師でない私が手を出していい領域ではないのだ。
とりあえず、大きな怪我をしてないようで良かった。
この後は特に何事もなく作業を進めて、部活をしていない学生が帰るのとほぼ同じ時間に片づけをして家に帰った。文秋に会いに行こうとも考えたが、プライベートな部分にまで関わらない方がお互い安全だと思い会うのは止めた。
――――――
二一時。日が沈み、周りが暗くなり居酒屋などの夜の店が明かりを点ける。
真っ暗な裏路地で高校生らしき少女が息を潜めていた。彼女は顔を隠す為に仮面を着けており、表を歩けば警察に職質をされることは明らかなほど怪しい姿をしていた。
それに、仮面以外の特徴に季節外れの膝先まである大きいサイズの緑コートを着ている。
少女はどこから出したのか杖を持った。そして、歩きながら意図的に杖で地面を着いた。
少し歩くと地面からナイフを持った腕が生えた。その刃は少女に向けられている。
「残念ながら、私にはそんな玩具は効きません」
ナイフは少女のコートに当たった瞬間に弾かれるようにして反対の方向を向いた。
次の瞬間少女が持っていた杖が細長いレイピアに変わる。
「《一撃の殺意》」
その剣で腕を突く。すると、注射痕にも満たない大きさの傷が腕に出来る。
小さな小さな傷にも関わらず、腕はナイフを落とし腕を振るわせた。
腕の持ち主らしき男が地面から浮いてくる。その体は即効性の毒でも飲んだかのように痙攣させ、口からは白い泡を出していた。
少女はスマホを取り出し、何処かに連絡する。
「アースダイバーを確保致しました」
アースダイバー。この男は脱走した犯罪者の一人である。
スマホを切り、少女は別の場所に行こうとしていた。すると、突然真っ赤な炎が少女の体を包んだ。
「この世界での油断は死を意味する。お前の事は知っている。氷の女王の妹分を名乗っている万能装備だな。恨むなら奴と関わっている自分を恨め」
死んだ目をした男が手から火を出していた。彼女を焼いたのは彼である。
「……私もあなたの事を知ってますよ」
「な!? 炎の中だぞ!」
「《炎帝》。氷の女王にその腕を取られ惨敗したと聞いています」
万能装備と呼ばれる少女は確かに炎を浴びた。千度を超える炎。周りのコンクリートすらも溶かす程の温度だ。人間が耐えられるレベルをはるかに超えている。しかし、万能装備は生きていた。
「油断をすれば死ぬと言っておられますが、私は一切の油断をしておりません」
炎が万能装備に留まる。緑のコートに炎を纏った。
それに対し《炎帝》はひたすら炎を出し続け、攻撃を続けていた。
「実はですね。今宵、この場所にいたのはあなたを捕まえるためです。さっき倒したアースダイバーはただの餌に過ぎません」
「千度以上は出している。お前は本当に人間か? もしくはグンマか?」
「生まれも育ちもこの地球ですよ。私からしてみれば、炎を無条件で出すあなたの方が同じ人間とは思えませんね」
殺し合いをしているのにも関わらず、万能装備の方は会話をする余裕があった。逆に《炎帝》の方は必死になって炎を出し続けていた。
「もういいでしょう。《風纏》と《炎帝》」
指を鳴らすと、万能装備が纏っていた炎が青色に変化した。そして、持っていたレイピアが燃え盛る青玉になり、後頭部に浮く。
「な、なんだ?」
「簡単ですよ。炎は酸素の量次第で温度を上昇させます。たったそれだけです」
「違う。なぜ炎を操っているんだ?」
《炎帝》の納得する内容では無かったが、答えずに万能装備は腕を彼の方に向けていた。
「行け」
青い炎は高速で《炎帝》の肩に当たり、弾けた。命中箇所は焼き爛れ出血すら許されていなかった。
「あ、あ……」
叫ぶ前に別の玉が《炎帝》の首を吹っ飛ばした。
「あなたは殺処分と指示を受けておりますので」
未だにもがき苦しむアースダイバーと頭部のない死体が裏路地に放置された。
「ふむふむ。なるほど。合点承知です。これは威力を制御しないと周りに被害が出ますね」
代わりに戦った場所とは少し離れた店に青い炎の流れ弾が飛んでいき大炎上を引き起こした。その事件は翌朝には死んだ犯罪者二人の犯行になった。
「それにしても、氷の女王が脱走犯をほとんど捕まえてしまいましたね。お陰で今日の仕事は楽に終わりました。そろそろ、定例会議の時間ですね」
万能装備はとある雑居ビルの一室に来ていた。
扉を開ける。
「オイオイ! どうなってやがるッ!? 数学の教師を殺せってどういう事だって聞いてんだよ! ぶっ殺すぞ!」
「落ち着いてください。金さえあれば殺すのが僕たちの仕事ですよ」
「そんなことは分かってる! だがよ。依頼理由を見ろよ。提出課題が終わらないからって。俺たちを何だと思っていやがる! ふざけんなよ! ぶっ殺すぞ! クソ! クソ!」
「ああ、会議室のテーブルを壊さないでよぉ。これ戻すの大変なんだよ」
扉を開けると男二人と女一人が煩く言い争っていた。
「オイ! 万能装備! てめえはどう思う!?」
「追跡者さん。落ち着いて下さい。物を壊されて逆向時計ちゃんが泣いてますよ」
逆向時計が半泣きになりながらも壊れた机を触ると、物の時が戻ったかのように修復された。
「俺が質問しただろ! それに答えろよ日本語分かってんのか!?」
「殴らないでください。痛い目に合いますよ」
「クソ! 風纏を着ていやがるな。ああ! ムカつく!」
「壁にやつあたりしないでぇー」
再び、追跡者が物を壊し、逆向時計が直す。これが繰り返される。
「はあ、これだから毎週集まるのは嫌なんですよ。万能装備さんもそう思いませんか?」
「そうですかね? こうやって親睦を深めるのも悪くないと思いますよ。一撃の殺意さんはどうして嫌なのですか?」
「どうして? どうしてかって聞かれても答えなんて無いですよッ」
唐突に一撃の殺意の拳が万能装備に向かった。
「あなたの攻撃は洒落になりませんよ」
「残念だなあ。あと一撃で殺せたのに」
「やっぱり、私もこの集会は嫌いです。ある一点を除けばですけど」
扉が開かれると同時に騒いでいた場が静かになった。
「今から執行機関。暗部の定例集会を行う」
「おめえじゃねえよ!」
名前 ??????
所属 執行機関 暗部
能力 召喚型『万能装備』覚醒 『?????』
説明 万能装備という名前で活動している暗部の構成員。仮面で顔を隠しており、素顔は分からないが高校の制服の様な服を着ており、女子高校生だと予測が出来る。能力『万能装備』は防具の服と武器の二つセットになっており、それぞれ特殊能力を有している。『ふむふむ。なるほど。合点承知です』が口癖で基本敬語を使って丁寧に話している。