十三話 真っ二つ
文秋はユミに半ば強引に転移させられ、昨日泊まった部屋に来ていた。
「あ、あの。それは?」
「ん? これは宇宙の技術ってやつだね。希少で使い捨ての物だから滅多に使えないけど、誰でも使える転移装置だよ」
よく、理解できなかった文秋だったが今はその装置は重要ではない事に気が付いた。
「なんで僕たちの居場所が分かったんですか?」
「あはは。ボクは執行機関の最高幹部だよ。些細な事はどうでもいいよねっ? そんなことより、その黒いカラスはどうしたのかな?」
「えっと。この子は氷藤さんと歩いている時に急に飛びついて来て」
話をすり替えられたが、文秋はその事を意識する前に現在進行形で触っている鳥との出会いをユミに話した。
「へえー。急に現れたんだね。首輪をしているから飼われているかもって思ったけど、何の味もない金属の首輪ってなんか愛を感じないよね。んー。フッミーはこの子をどうしたいの?」
「そうですね……」
「飼いたいんでしょ」
ユミは言い切った。
「さっきから、ずっと触っているもんね。フッミーの体を治すついでにそっちの方も検査しておいたけど病気とかはないから別に飼っても問題はないよ。万が一、元の飼い主が探していてもボクが何とかしておくから大丈夫」
ユミの言う「何とかする」というのは権力や金は勿論、極悪非道な事をするという意味も含まれているのだが、それを文秋は知るよしもない。
「本当にいいんですか?」
「うんうん。全然問題ないよ。それにボクもそろそろペットが欲しいなって思っていたんだ! いい機会だし丁度良かったよ。しかも、カラスは賢そうだから飼いやすそうだしね」
「ありがとうございます」
目を輝かせた文秋は艶のある手触りの良い翼を撫でた。
「あと、傷の治療もありがとうございます。骨が折れていたっぽいので助かりました」
「気にしないでいいよ。あっ、傷のことだけど右手の調子はどうかな?」
「前と変わりない位には動いています。ただ、僕が油断していたせいで氷藤さんに迷惑をかけてしまいましたけど……」
文秋は『豆腐の角殴り』に負傷させられたのは己の油断が原因だと思い込んでいる。実際、油断も一つの原因なのだが、一番の問題は右手を一度失うというショックがあったせいで部分的に能力を使えなくなってしまったことである。
その事を文秋は分かっていなかったが、ユミは何となく理解していた。
「もし、怪我をしてもフッミーの為なら見返り無しで何十、何百回でも治してあげるから少しでも違和感があったら教えてね!」
「ありがとうございます。ユミのお陰で僕も安心して戦えます。それに住む場所も貸してくださってなんとお礼を言えばいいのか」
「こっちこそ、命がけで守ってくれてありがとうね。だからその分はきっちり返さないとね!」
謙虚な文秋に対し、ユミも謙虚に対応することにより意地でも頼りやすい空気を作ろうとした。
昨日までの文秋ならば、ここまでの会話で素直に頼りたいと思っていただろう。しかし、今日の文秋は氷藤の過去を聞き疑う事を覚えていた。
「僕は僕自身の自己欲求を満たしただけです。だから、そこまでして頂く訳にはいかないです」
あくまで自分の為の行動という事にして、ユミが重く考えないようにやんわりと断った。他にも文秋自身がユミの能力に依存しないようにするための言葉でもあった。
「そうかー。自己欲求かー。なら、しょうがないなー。じゃあ、とりあえず、一緒にお風呂に入ろうよ」
「まだ、早い気がしますが」
「ハダカの付き合いってやつだよ。ほら、お互い本音を言い合おうよ!」
普通の男性なら別の事を想像するだろうが、文秋にはそんな邪な考えは一切なかった。本当に「裸の付き合い」という言葉を言われるがままに信じている。
動こうとした寸前で咄嗟に何かを思い出したかの様な表情を見せた。
「あ! 氷藤さんが言っていたんですけど、一緒にお風呂に入る事は変な事ですか?」
「んー。まあ、文化的には可笑しいかもしれないね」
このまま間違った方法を教えるという手もあったが、後に信用を失うよりはいいと考えた末に正直に話す事にした。
「一般的には男女が一緒にお風呂に入る事はないよ。でもさ、それは普通の人の考え方で別にボクたちが普通に拘る必要はないよね」
「普通?」
「ああ、普通っていうのはね――」
「いや、普通の意味は分かります。僕が気になったのは……」
「少し邪魔する」
文秋の言葉を遮るように男が現れた。
「あ、殻曳くん。急にどうしたの?」
ユミはその男が自分と同じ執行機関の最高幹部の殻曳だという事を知っていた。殻曳の事を知らないであろう文秋に紹介しようとした。
「さっきの人じゃないですか。あの時は助けて下さりありがとうございました」
「君はさっき倒れていた少年か」
「ちょっと待って! ボクの分からない所で話を進めないで!」
まさか、文秋と殻曳が面識があると思いもしなかったユミは強引に二人を止めた。
「榊原は知らないだろうが、俺が彼ともう一人の女性が『グンマの怪物』に襲われそうになっていた所を救った。たったそれだけだ」
「ふーん。そういうことなんだね。っで、その捕まえた『グンマの怪物』は何処にいるのかな? 牢屋に入った記録はないけど」
「奴なら故郷の星に返した。大した知能を持っていないだけで裁かれるのは理不尽だからな。地球外の生物を野性に戻すことは法に触れないはずだが」
「法が無ければいいってもんじゃないよ。ボクたちは組織なんだよ。だから、最低限の報告はするべきだと思うよ。勝手すぎる行動をしたら殻曳くんが尊敬しているボスにも迷惑が掛かるんだよ。そこの所をしっかりやるべきだと思うよ。最高幹部だからって戦闘だけじゃあただの二流だよ。それに最近は……」
急に説教が始まり、一番困惑したのは文秋だった。その場に居づらくなったため鳥を抱きかかえ、こっそり部屋の外に出た。
「殻曳さんも悪い人じゃなさそうだから、二人だけにしても問題はないですよね」
カラスに対して話しかけているが、勿論通じるはずはない。それなのにカラスは肯定する様に首を振った。その行動を見て文秋は賢いですねと思った。
「そういえば、自己紹介すらまだでしたね。僕の名前は名無文秋です。これからよろしくお願いしますね」
カラスは喋る事は出来なかったが、文秋の言葉を理解しているのか、じゃれつく様にして突いた。
「待て!」
怒鳴りにも近い声が突如上げられ、反射的に声の方を振り向いた。
「すぐに逃げるんだ。そいつはやばい。さっきの『グンマの怪物』なんて比にならない」
「誰のことですか?」
「その鳥の見た目をしている奴だ。説明は後だ。とにかく離れろ! 死にたくなければな」
じゃれついてくる鳥を文秋は持ち上げた。いくら、一度助けてくれた人が言っているとはいえこんな賢いカラスが人を殺すとは到底思えなかった。
「悪いが、何かをする前に強制送還させて貰う」
殻曳が目にも止まらぬ速さで近づく。
あまりの速さと事が急すぎるせいで文秋は戸惑ったが、触れられてしまったら謎の道具を使われてどっかに連れていかれる可能性を考えた。
姿を捕らえることは不可能だったが、相手の狙いが分かっている以上防御の仕方はあった。
抱きかかえ、体全体を使って守る。これなら、仮に連れ去られても文秋も一緒に移動するだろうと踏んでいたのだ。
「少しの怪我はあいつに治して貰え」
殻曳は文秋を引き離す為に文秋に触れ、思いっきり振り払った。
「なっ!?」
その光景を見て殻曳は自然と驚愕の声が漏れていた。
「え? フッミー!」
次に声を出したのはユミだった。彼女はその惨状を見てすぐに文秋の元に駆け寄り能力を使った。
「いや、そんなつもりは……」
「消えて!」
「すまなかった」
赤く染まった床を見ながら殻曳は事情をどう説明しようか悩んだ。結果、目的さえ果たせれば誤解を生んだまま終わらせてもいいと考えた。
「その鳥の姿をしている奴は危険だ。せめて、連れて帰らせてくれ」
――パンッパンッ
回答は二発の発砲音によって代弁された。
弾丸は確かに殻曳の腹部に命中したが、殻曳は苦悶の表情を浮かべるのみで血は一切出なかった。地面に二発の潰れた弾が転がり、金属音を出す。
そして、この返答で殻曳は榊原が本気で怒っている事を知った。相手が違えば力づくでも任務を執行する殻曳だったが、今回は相手が悪かった。
榊原の能力は単純に『傷を癒す』だけではない。実はもっと凶悪な能力が隠されている。その能力は殻曳の【無効化】でもただでは済まない力がある。
能力を知っている殻曳は分が悪いと思い手を引いくことにした。
「フッミー大丈夫!? 生きてる?」
文秋の体を揺らし意識を確認しようとする。脈は非常に弱くなっているが、まだ生きている。後は意識さえ戻れば能力でどうにかなる。
「ど、どうしましたか。すいません。腹部が痛むので冷たい物を持って来てくれませんか?」
「フッミー!」
「ちょっと痛いです」
「さっきまで、上半身と下半身が分かれてたんだよ! 死んじゃうかと思ったよ」
先ほどの殻曳の攻撃で文秋の体は両断されていたのだ。出血により床は真っ赤に染まり、そこは殺人現場さながらの惨状になっていた。
「冷たい物だね。すぐ取って来るよ」
ユミが走って氷を取りに行った。
カラスは文秋に頬同士を擦りつけるように触れる。
「すいません。僕が弱いばっかりに怖い思いをさせてしまいました」
「……」
さきほどから羽ばたくことすらしない鳥から文秋は何か感謝の様な言葉を伝えられた気がした。
「氷を持って来たよ!」
市販の氷の中に水を入れ、解放口にクリップをした簡易的な氷嚢を複数持っていた。
それを文秋の傷口があったであろう服の切れ目の場所に置く。
氷で冷やしているはずなのに文秋の痛みは治まる事は無かった。しかし、それを言うときっとユミの手を煩わせてしまう。そんなわがままを言えるほど文秋は図々しい心を持っていなかった。
「足りないんだね。……ちょっと待ってて」
「いや、大丈夫で」
文秋の表情から察していた。文秋が言葉を言い切る前に走って別の部屋に行った。
声が届かないであろう場所に行ったユミは携帯を取り出した。それは、文秋が持っていたスマホだった。
「もしもーし。氷藤くん聞こえてる? 悪いけど今すぐに来てもらえるかな。七分以内に来ないとフッミーに君が氷の女王としてあの部隊に所属していた事をバラすよ。もし、来なかったらあの部隊に氷藤実樹としての情報をあの部隊に伝えるからね!」
『ちょっとま……』
電話を切って氷藤にビルのパスワードを送り、すぐに文秋の元に戻った。
「ん? 急ぎ過ぎて変なものが見えるんだけど」
ユミは一度自分の目が可笑しくなったのかを疑った。
なぜなら、さっき居なくなったはずの殻曳をカラスが口で引きずって文秋の元に持ってきていたからだ。
殻曳の状態は一言で言えばボロボロだった。彼の武器である鉈も根本から折られており、清掃員の様な服は布切れに変わり果てていた。
カラスは殻曳を文秋の前に投げると次の瞬間。
その爪で殻曳の胴体を真っ二つに切り裂いた。
名前 ???
所属 無し
能力 ???
説明 文秋に懐いているカラス。喋ることはしないが、人の言葉を理解しているかのように振る舞う。謎はあるが、弾丸ですら貫けない殻曳の体を一撃で真っ二つにする実力を持つ。