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十話 脱走犯

 私は朝六時に文秋と待ち合わせをした公園に到着した。


 私よりも先に文秋が先に到着しており、ベンチに座っていた。あっちが私に気づき手を振って来たので私も振り返してながら文秋の所に走った。


「悪い。少し遅れた」

「いや、いいですよ。僕が早く来ただけですから……ッ!?」


 地面から突然人間の腕が生えた。

 ただの腕なら現実改変者ギミッカーによる嫌がらせで済む話だが、その手にはナイフが握られていた。


 これが敵によるものだと分かった時には遅く、文秋がナイフで切られた。


 『虚無な実体』の能力を持つ文秋にナイフが当たる事はなかったが、首を狙われておりもし私に刃が向かっていたら大怪我は確実だ。

 腕は捕らえられる前に地面に沈んで行った。


「文秋!」

「はい。分かっています。これは敵ですね」


 今朝メールで伝わった犯罪者の脱走が関わっているかは分からないが、これは他の組織による犯行ではない。こんな通り魔的な行為をする組織は存在しない。

 なら、相手は単独犯である可能性が高い。


「囮を頼んだ」

「了解です」


 敵は地面から攻撃をしてきた。つまり、地面に触れていなければ攻撃をされる可能性は限りなく低くなるということだ。


 氷で分厚い足場を作り、その上に立つ。これだけで相手は私に不意打ちをすることが出来ない。


 その間に文秋は地面を何度も踏み、音を出していた。地面に潜るタイプの敵は音を聞いて攻撃をしてくると判断して行動しているのだろう。


「氷藤さん! 足元に敵が!」


 文秋の声を聞いてから下を向くとナイフが目の前に迫っていた。咄嗟に氷の盾を作り、ガードをした。金属が氷を削るが、刃は届いていない。攻撃が上手くいっていない事を知ると敵は再び地面の中に戻った。


「氷すら貫通してくるとはな」


 地面に潜むタイプの敵は大抵『地面のみ』を対象にした自己型セルフであるはずだ。しかし、目の前の敵はその効果範囲が氷にも適応されている。

 更に、敵は体の一部分のみを出してから攻撃をする。これがまた敵の能力を複雑化させている。


 体の一部のみを出すという行為はシンプルに見えて工程数が多く下手をすれば体を抉るという犠牲を負う羽目になる。そのため、基本的に地面に潜むタイプは体を全て隠すかすべて出すの二つの方法しか使わないはずだ。


 敵の能力が推測できないせいで弱点が一向に掴めない。


 警戒をしながら構えていると敵が地面から全身を出した。


「バーカ! お前ら二人が何をやっても俺には勝てねえよ!」


 そして、再び地面に戻った。


 こいつただ煽るためだけに姿を現したのか? いや、違う。何か理由があって出さざる負えなかったのだろう。『正体を一切掴ませていない』という有利アドバンテージを自ら捨て、煽るというのはメリットが一切ない。


 能力を使い過ぎた事による体力切れの可能性も考えたが、あの息継ぎの一瞬で回復するようなモノではない。

 ……ちょっと待て。相手の能力が分からなくとも文秋となら敵を倒すのは簡単だ。


「足踏みを止めてその台の上に立ってくれ」

「分かりました」


 文秋のすぐ近くに私のと同じ氷の台を作り、上に立たせた。

 代わりに私の台を消し、地面に降り立つ。そして、今度は私が足踏みをする。


 今回の敵は相当用心深い。そのため、あからさまに罠だと分かっている相手には絶対に近寄らない。逆に意図的に隠れようとする相手を集中的に狙っている。

 なら、敵に『虚無な実体』の能力を持つ文秋を襲わせれば接近戦に持ち込める。


 念の為、私の体の所々に氷の鎧を纏わせナイフの対策をする。


 声を出して作戦を伝えてはいないが文秋は頷く。


 案の状、敵は文秋の方を攻撃した。腕が出現すると同時に文秋が掴み持ち上げた。


「何!? なんで、お前なんだ!」

「ナイフは捨てて貰います」


 手首を捻ると敵はナイフを落とした。


「クソ! 死ね」

「無駄な抵抗ですから止めて下さい」


 抵抗しているが、文秋の『虚無な実体』に掠りもしない。その間に私が徐々に体温を奪い、抵抗する力を削ぐ。このやり方は体力消費が激しくあまりやりたくなかったが、氷が通用しない以上はこうするしかない。


「さ、寒い」


 男が呟きながら意識を落とした。流石に殺すわけにはいかないので、このあたりで能力を止める。常温で放置しておいても目覚めるのは数時間後だろう。

 回収班を呼び、ここに来るまでに文秋に話しておかなければならないことを話す。


「こいつかどうかは分からないが、昨日に脱獄が発生した」

「知ってますよ。殺人や強盗をした人たちが主に逃げ出したって聞きました」

「なら、話は早い。今からそいつらについて決めておきたいことがある」


 執行機関の最高幹部である榊原からある程度聞いているのだろう。


「まず、脱走した奴らは強い。一人を捕まえるだけで何人の犠牲が出たか分からない程だ。だからこそ、()()()()が高い」

「ポイントって本部に昇格するために必要な物ですよね」

「ああ。ポイントがあれば、給料も上がる。だから私はこの脱走犯を捕まえたい。だが、文秋が危険な目に合うかもしれない」

「全然、いいですよ。僕だって生きる上で働いた方がいいですし」


 危険な仕事になるかもしれないが、文秋と共なら達成できる気がする。私一人では勝てない相手にも二人なら勝てる可能性が上がる。


「よし、こいつを回収させたら早速見回りに行くぞ」


 丁度いいタイミングで宅配服姿をした回収班の女性が現れた。


「お、昨日の二人組だね。今日は……『アースダイバー』!? 早速捕まえたんだ。脱走犯の一人だよ」

「アースダイバー?」

「うんうん。リア充の目の前に現れて凶器を振り回す危険人物」


 まさか、この男が脱走犯だったとは。


「じゃあ、回収するよ」

「「あっ」」


 アースダイバーが回収される寸前で地面に潜った。


「プハァー! 死ぬかと思ったぜ。今回はこの辺にしてやる」


 地面から出て来たと思えばすぐに戻り逃げて行った。


「えっと……ごめんなさいいぃー。私が早く回収していれば」

「いや、拘束が甘かったのが悪いです」

「そうだよね。私悪くないよね!?」


 必死に責任転嫁されていらっしゃるがあの低温状態で能力を発動させる精神力が高かっただけで誰にも問題はない。その辺は文秋も理解している。


「仕方がないです。これから他の人達も含めて捕まえるまでです」

「お姉さんはいい意気込みだと思うよ。だから、ポイントはあげられないけど情報はあげるよ」


 腕時計が振動する。


「今回脱走した人達の能力とある程度の過去(動機)を纏めてあるから有効活用してね」


 敵の情報を知れるのはありがたいのだが、一端の回収班がこんな貴重な情報を持っているのには違和感がある。


 能力を知るという事は相手の弱点を知っていることと同じだ。犯罪者を捕まえる上で役に立ち、情報を持っていても不思議ではない。

 だが、ここでの問題は敵の『過去』まで載っているという点である。


「こんな個人情報は本部の上層部しか持っていないはずなのに、なぜただの回収班であるあなたがこんな情報を持っているんだ?」

「このことは内緒だよ」


 イタズラをした子供の様な顔と口止めの指が妙につやっぽさを感じてしまった。

 私が一瞬たじろいた隙に回収班の女性は逃げる様に消えた。


「氷藤さん。早速その情報を見てみましょうよ」

「そ、そうだな」


 腕時計とスマホを繋げ、画面に『アースダイバー』の情報を文秋と見る。


『本名 空木からき 潜途せんと

 能力『液体を浮き沈みする』 覚醒済『固定物体の中を泳ぐ』

 犯行動機 能力を生かし海でライフセーバーをしていた空木はある日救った女性と交際。しかし、女性が二股をしていた事を知り、能力が覚醒。二人を殺し、それ以降は交際をしている男女を狙い犯行に及んだ。

 捕縛方法 自己型セルフの能力者が意図的に足音を出し、近づいた所を捕縛

 補遺 収容中に反省の色は一切見えず、現状では解放するべきではありません』


 ――なんなんだこの情報は?


 かなり詳細な事が書かれているし、なにより《覚醒》についても書いている。

 そもそも、《覚醒》を知っている現実改変者ギミッカーはほんの少ししかいない。執行機関であっても幹部レベルしか認知していないはずだ。


 こんな情報を回収班の一人でしかない人が持っているのはあまりにも不自然すぎる。


「この人も二つの能力がありますね。あと、僕たちがやろうとした作戦は既に他の人がやっていたんですね」

「対策は同じだったな」

「僕たちの前に姿を現したのは息継ぎが必要だったからなんですね。こんなに情報があれば戦いが安定します」


 文秋の言う通り、この情報があれば戦うことは安定するだろう。下手に疑ってしまう癖さえなければ情報をくれた人を素直に感謝できるのだが、どうしても疑問を抱いてしまう。


「この情報を信じすぎるな。常に例外を頭のすみに置いておけ」

「それもそうですね。あと話は変わりますがベンチの上にこんな()が置いてありました」


 紙を渡されたので二人で見る。


『やあ、僕はバグワーム。君たちにも苦労して貰いたくて空木くんを送らせて貰ったよ。あっ。安心して僕は脱走してないから。それでどうだった? 苦労した? ねえねえねえ…………ってここまで冷静に読めている時点で大して苦労してないみたいだね。でも、大丈夫だよ。僕の()()()()()進めば君たちは必ず苦労する運命にあるからね』


 バグワームから送られて来たというだけで寒気がする。とにかくこいつが今回の脱走の首謀者だという事は十二分によく分かった。


「やってやろうじゃないか、お前が逃がした奴を一人残らず元の場所に戻してやる!」


 紙を握り潰す。すると、紙にノイズが走り自壊していった。今の私はこの程度では驚きもしない。


「行きましょう。僕たちが捕まえてバグワームをぎゃふんと言わせてやりましょう!」


 文秋もやる気になっている。

 そうだ。二人なら苦労するまでもなく倒せるはずだ。計画だかなんだか知らないが、私たちは乗り越える。


「兎にも角にも見回りをするぞ」

「はい!……あっ」


 公園から出ようとすると文秋に渡していたスマホが鳴った。


「ちょっとすいません」


 一言断ってから電話をし始めた。こういう礼儀とかは榊原が教えたのだろうか?


「こちら名無です。……はい、分かりました。ありがとうございます。それでは」


 記憶喪失してから一日で大した交友関係はないはずだが、相手は一体誰だろうか? 大方予想はつくが気になってしまう。


「えっと、ユミが今回の脱走犯を四人ほど見つけたらしいです。写真が送られてきました」

「ここまで来るとなんか凄いな」


 榊原という少女はなんの為に文秋に協力するのかは分からないが、文秋が信じるのなら私も信用するしかない。


「この人達です」

「こいつらは知っている。『炎帝』『グンマの怪物』『豆腐の角殴り』『後追ストーカー』か」

「どれから行きますか?」

「そうだな。私としては『炎帝』とは戦いたくない。残念ながら奴の能力は私の弱点になるからな。そして、一番楽なのが戦闘力のない『後追ストーカー』。だが、こいつは一番ポイントが少ないし逃げ足が速い。だから、『グンマの怪物』か『豆腐の角殴り』の二択だな」


 『グンマの怪物』は私一人では勝てない。負ける事も無いが圧倒的な身体能力の差があり、攻撃が当たらない。文秋と二人なら勝ち目はまだあるかもしれない。

 だが、いくら文秋が強くても私たちは初めてのチーム行動。連携が上手く取れないかもしれないし、文秋は右手が上手く動かないらしいからここはリスクを考えて行動した方がいいだろう。


「『豆腐の角殴り』にしましょう。ほら、僕たちはチームで動くのは初めてじゃないですか。だから、怪物とか物騒な名前が付く相手は後にしませんか?」

「そうだな。私も今しがた同じことを考えていた」

「じゃあ、早速相手の能力をみましょうか」


 スマホで『豆腐の角殴り』の貰った情報を調べる。


『本名 樹犠(きぎ) 陽馬ようま

 能力『物質硬化』 覚醒未

 犯行動機 金銭トラブルがきっかけで友人を殺す。その時の凶器が豆腐であり警察は犯人を掴めなかった。その事に味を占めた樹々は何かある度に殺人を犯し続けた。

 捕縛方法 最高幹部が捕縛

 補遺 複数人を殺しているため、裁判では死刑を言い渡されている』


 覚醒無しで死刑囚か。


「捕縛方法がないですけどこれは?」

「執行機関の最高幹部様が捕らえた事以外は教える気がないんだろう。まあ、そこら辺は複雑な事情があるんだろう。それよりも重要なのが、()()()ってことだ。つまり、こいつのポイントは高い」

「死刑?」

「凶悪犯中の凶悪犯。更生の見込みがない奴らを殺す刑罰だ」


 死刑囚クラスなら、例え弱かった所で捕まえた時のポイントはかなり大きいはずだ。


「その死刑についてはいろいろ納得いかない所はありますが、早く行きましょう。場所が分からなくなります」

「そうだな、この写真の場所から離れられると追えなくなる」


 脱走してすぐならまだ犯罪に手を染めてないかもしれない。新たな被害者が出る前に捕まえに行かなくては。



名前 ???

所属 執行機関(回収班)

能力 『テレポート』


解説 回収班のお姉さん。宅配業者の様な服を着ており、仕事が分かりやすい。基本的に気さくな人だが時々、大人っぽい一面を見せることもある。幹部でも知りえない情報を持っており、ミステリアスな部分も兼ね備えている。


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