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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

俺が信じていた仲間は全員、悪徳勇者に送り込まれた刺客だった

作者:瀬戸メグル
「勇気を出して言います……ずっとシオンさんが好きでした。こんな私で良ければ、お付き合いしていただけませんか」

 満月の晩、俺は岩場の陰でパーティメンバーの回復役エミリに告白されていた。

「ちょ、えと、俺はその……いやでも……」

 いい年した男が恥ずかしいほどオドオドとする。この年だし、そりゃ女性に多少の免疫はある。
 動揺する理由は、実は最近同じパーティの魔法使いルナと剣士のラミアにも言い寄られていたからだ。

「俺はエミリのことを大切な仲間だと思ってる。でも、付き合うとかそういう感じでは……」
「わたしは魅力ありませんか?」
「それは絶対ない。清楚で綺麗で、本当に魅力的だよ」
「では、保留ということでお願いします。魔王を倒した暁には……お返事聞かせてくださいねっ」

 可愛らしく破顔して立ち去る彼女に、俺は胸がドキドキする。
 どうすんだ? これで保留案件が三に増えてしまったぞ……。なんて悩みつつも、俺は仮面の下で頬を緩ませた。
 俺のことを好きでいてくれる人が、三人もいるんだ。嬉しくないわけがないんだよな。

  ◇ ◆ ◇

 世界には、勇者が十六人いる。
 それらは『属性勇者』と『神力勇者』の二種に大別される。前者は火や光などの力に長けた勇者。後者は神眼や神速などの特殊能力を身につけた勇者。
 俺が『闇の勇者』になったのは十三年も前のこと。紆余曲折を経て、今のパーティに落ち着いた。

「――シオン、毒スライムよ。あたしに任せて」

 魔王討伐の道中、幾度となく魔物とは戦闘する。今日の一発目は物理攻撃が効かないスライム。
 魔法使いのルナが杖先から火炎を放ち、毒々しい色の液体系魔物スライムを熱した。素晴らしい火力だけど、残念ながら敵は無傷。
 この敵は固体ごとに弱点が変わるからやっかいだ。

「……火が弱点じゃないのね。なら」

 ルナは水、風と自身が使える魔法を試す。しかしどれもヒットしない。
 焦るルナに対して、魔法剣士ラミアが得意げに電撃を剣に纏わせる。

「下がるといいルナ。ここは私がやろう」
「何よ、シオンに良いところ見せるつもりなんでしょ!」
「毒スライムの弱点は火水風土雷のどれか。大抵は雷だ。つまり雷属性がない君では難しい」
「……ふん」

 ルナはむくれ、ラミアは俺にウインクを一つしてからスライムを斬り捨てた。
 いい、これも無効だな。

「……ウッ、まさか土だというのか」

 ラミアが参ったという表情をする。うちには土の適性を持つ者はいないからだ。

「悔しいですが、ここは引きましょう」

 冷静なエミリに、悔しげに頷くルナとラミアだが、俺だけはそうしない。

「いや、ここは俺がやるよ」

 俺は目の前に黒い球体を出す。
 『闇穴』と言われるもので敵の魔法を吸収するスキルだ。
 けどこれの本領は、今まで吸った魔法をストックしておいて、俺の好きな時に発動(跳ね返す)すること。

 ゴゴゴゴ……

 スライムの両脇から土が隆起。
 そのままサンドして即死へと誘った。

「す、すごいわ」
「さすがだな、シオンは……」
「お見事でした」
「運が良かっただけだよ。今日も四人で、一日頑張ろうな」

 昔は勇者の旅が嫌でしょうがなかったが、三年前にこのメンバーが揃ってからは毎日が楽しい。

 昼になると、街道の途中で休む。
 その時、ルナが暗い表情で呟いた。

「あたし達って……何なのかしら。仲間なのに、シオンが強すぎて何もできていないわ」

 ラミアとエミリも辛そうに言う。

「私も、剣でも魔法でもシオンには遠く及ばない。戦いで助けたことなんて一度もない」
「わたしもシオンさんを回復したこと、一度しかありません。それだって擦り傷……」

 臍を噬む。自分で言うのも何だが俺は戦闘能力が高い。でも仲間なのだから、もっと彼女達を頼るべきだった……。

「待ってくれ、大勢と闘う時は十分助けられてるよ。それに戦いだけじゃない。メンタル的にも救われている」

 勇者は賞賛もされるが嫌なことも多い。魔物に襲われた村を救いに行っても「もっと早くこいよ馬鹿! 親父が死んじゃったじゃないか!」と怒鳴られることも……。
 また、俺を利用しようとするゲスも多い。
 人が嫌で嫌で、俺はいつしか仮面を被り素顔を隠すようになったほどだ。
 でも彼女達の温かい言葉や態度に何度も助けられていた。

「俺は、君達がいなかったとっくに勇者辞めていたよ。だから、そんな顔しないでくれ……」
「ご、ごめんシオン。ちょっとナーバスになっちゃったわ」
「私もだ。もっと修行して、役に立ってみせる」
「一緒に、また頑張っていきましょうねっ」
「ありがとう、まだまだ旅を続けよう!」

 この四人なら艱難辛苦を乗り越えられる。
 信じている。

「それはそうと、ここから別行動しない? 夜に近くの村の宿に来て」
「え、俺だけ別行動?」
「悪いな。なぜなら、私たちは準備があるのだ」
「ふふ、準備です。――シオンさんを祝うための!」

 俺はニヤついてしまう。今日は俺の誕生日なのだ。去年のように、盛大に祝ってくれるのかな。

「じゃあ暇潰しでもして、夜にいくよ!」
「夕飯は食べないでくるのよ! じゃあ後で」

 後で! と俺はテンション高く三人の背中を見送った。

「今日で二十五だぞ、そんなハシャぐなよ俺~」

 弾んだ気分で、街道を走り抜ける。夜が楽しみで楽しみでしょうがない!
 途中、大型のゴブリンに苦戦しているパーティを発見したので声をかける。

「助けが必要ですか?」
「誰か知らないけど頼む! 強すぎるこいつ」

 大型ゴブリンは体長五メートルを超え、横にもデカイ。肥満ゴブリンなどという二つ名もあるほどだ。
 俺は背中の『冥剣・アルスバイト』を抜くと一振りした。
 ブシュ――
 無数の斬撃が飛び、肥満ゴブリンの肉体が八つ裂きとなった。
 ハ? と口の形を固定させて驚く冒険者達。

「それでは、これで失礼しますね」
「まま待って!? あんた、もしかしてシオン様じゃないですか!?」
「……ええと」
「その仮面、漆黒の衣装、イケメンボイス。絶対にそうですよね」
「……です、ね」
「俺達ファンなんです! あなたに憧れて戦いの道に入ったんです!」

 なぜか、俺は勇者の中でも結構人気がある。顔を隠してるのが謎を呼んで噂になるのかも。
 全員と握手してから、俺は再び街道を駆け抜けた。

  ◇ ◆ ◇

 ふう、ドキドキする……。
 夜の七時、俺は村の宿を訪ねた。
 主人が営業スマイルでやってきてお辞儀をする。

「いらっしゃいませ、シオン様ですね?」
「は、はい」
「本日は貸し切りです。今エミリ様達も参りますので、お待ちください」

 一階にはテーブルがあるので俺は仮面を外して待つ。そわそわする……。
 三人はどこにいるんだろう? と思ってたら階段を降りてくる美女達が。

「お待たせ~!」
「うわぁ、三人とも、綺麗だなぁ」

 肩口の出たドレスを着て、三人ともめかし込んでいた。元々美人なのに着飾るのだから感激のため息が漏れる。

「喜んでもらえて嬉しいわ。でも今日の主役は貴方よ」
「誕生日おめでとうシオン!」
「おめでとうございます!」

 祝言と一緒に三人ともプレゼントを贈ってくる。手編みの手袋、仮面拭き、剣鞘。三人の笑顔を前にすると俺は目頭が熱くなった。

「やだ、泣かないでよシオン……」
「なっ、泣いてるわけじゃ」
「ふっ、可愛いなシオンは。でも、誕生日にその格好はないぞ。預かるよ」
「あぁ」

 俺は背中の冥剣をラミアに渡す。
 すると、エミリが細い指を俺の手に絡ませてきてドキリとした。

「この指輪も全部、今日は外しませんか? 誕生日くらい、勇者であることを忘れましょう」

 複数の指輪には強力な効果を発揮するものもある。でも一番大事なのは王に下賜された『証の指輪』だ。
 勇者の証でもあるこれも預ける。

「ちょっと、まだあるでしょ~」
「おっと、これもか」

 ルナに指摘され、俺はピアスを外す。拘束攻撃の一切を無効にするものだ。

「ねえシオン。今からサプライズするから目を閉じてくれない」

 珍しく猫撫で声で話すルナに、俺は従った。去年は薄ら目を開けちゃったんだよなー。
 今回はしっかり……ん、何だ、力が急に抜ける……。
 目を開け――息を呑む。
 三人が、正面と左右から『拘束の杖』を俺に使っていたからだ。杖先から線状の光が伸び、俺の体に巻き付いている。
 普段なら効かないが、今はピアスを外していた。

「何、を……」

 三人とも無言。代わりに奥から別の三人がやってきて答えた。

「カカカ、ようやく引っかかったか。長かったぜー」
「……お前は……火の勇者……」

 それに風の女勇者と土の勇者もいる。何度か接触はあるけど、好きじゃない奴らだ。なぜここに?
 混乱する俺を見て、奴らは高笑いする。

「教えてやるよ! これは壮大な計画だったんだ。三年もかけたなぁ」
「そうよ。アンタを失墜させるため、アタシ達は手を組んだの」
「貴方が信頼してた仲間は、全て僕らの息の
かかった者でした〜」
「う……そ、だ。そんなの、嘘、だ……」

 ルナもラミアもエミリも、顔を背けていた。火の勇者がまたカカカと耳障りに笑う。

「お前甘っちょろいなぁ。でもそのおかげで成功したけどよ」
「なぜだ、こんなこと」
「お前が最強過ぎるからだ。誰も勝てねえ。魔王だってビビって隠れちまった」
「嫉妬なのは認めるわ。アンタは強い。おまけに勇者一の人気者ときたわ」
「属性勇者を小馬鹿にする神力勇者達も、貴方だけは舐めませんからね」

 そんなくだらない理由でこんな真似を……。だからお前達は嫌いなんだ……。

「お喋りはここまで。早く奪うぞ」
「ええ、シオンならすぐに抜けるでしょうし」
「恨まないでくださいよ」

 勇者達は『魔奪石』を持ち、それぞれ俺の体に押し当てる。急激に力が奪われていく。
 石が数個に砕けた。許容限界をむかえたのだ。

「九割は吸ったんじゃねえか」
「三つでも全部吸えないのに驚きよ」
「風の勇者、あとはこれを」
「ええ」

 女勇者は小石をかき集めると外に出て、少ししてから戻ってくる。

「風の力で世界中に散らばらせたわ。頑張って集めたらいいんじゃない?」

 お次は、土勇者が『転移の杖』を出して俺に向けた。

「勇者も魔王も近寄らない、暗黒の森に飛ばします」

 危険度Sランクの森だが、どうでもいい。
 俺は仲間……元仲間の三人に訊く。

「……ルナ、俺が落ち込んだ時にかけてくれていたあの言葉も全部、嘘だったのか?」
「……」
「……ラミア、俺と剣の練習をしてる時が楽しいって笑ったアレも、全部作り笑いなのか?」
「……」
「……エミリ、俺達には絆があるって口癖だったよな。少しでも、そう思ってくれてたのか?」
「……」
「――――応えてくれよおおおッ!」

 心の奥から噴出する激情。怒りなのか悲しみなのか。あるいはそのどちらもか。
 俺は力尽くで拘束を解いた。

「ハア!? 何でっ、力奪っただろうが!?」
「何なのこいつ……やっぱヤバイ、早く転移!」
「ちょ、ちょっとお待ちを」

 お前達なんて最早どうでも良い。
 俺はずっと俯いている三人に叫ぶ。

「応えろよルナ!」
「あ、あたしはただ命令で……そのだから……本当は」
「ラミア!」
「私は……私も、そうだ。真のパーティは他に」
「エミリ!」
「……ごめんなさい、わたしは命令通り動いた、だけ、です……」

 こんなにもアッサリ答えが出た。
 俺は項垂れ、側にあった仮面を被る。

「早く撃て、撃てって」
「喰らいなさい!」

 杖から放たれた転移魔法。かわすこともできた。
 けど、どうでも良かった。あれが即死魔法だったとしても俺は動かなかっただろう。
 消えゆく前、最後に三人の顔を確認しようとして――やめた。
 そんなことをして、何になるっていうんだ。

  ◇ ◆ ◇

 暗く、じめりとした森の中が俺の視界を占領する。周囲を確認することもなく、俺は地べたに座り込む。
 ただただ、虚しい。

「いっつも、こうだよな……」

 誰かを愛しては先立たれ、誰かを信じては裏切られてきた。強くなって世界を救えば、何かが変わると信じて必死だった。
 でも、心の奥でギリギリ保っていた一本の糸は完璧に切れてしまった。
 闇勇者を印象付けていた仮面を、俺は地面に置く。指輪を失った俺はもう勇者ではない。

「ううう゛ぅ……あぁぁ……」

 仲間との記憶が脳裏によぎる。
 三年の旅――四人で笑っていたシーンばかりが甦る。
 楽しかった……。あれが演技なら、俺はもう人を信じることなどできやしない。 
 慟哭が止まらない。
 子供のように、俺は大泣きする。
 暗い森は、裏切られた勇者にはお似合いだった。

  ◇ ◆ ◇

 気分が落ち着くと、力なく立ち上がる。泣きわめいたら少し、スッキリした。
 武器も装備品もないまま森の中を歩き回る。本当に暗黒の森ならここは別大陸だ。

「広がれ『黒翼』」

 漆黒の両翼が生える技も、今は片翼だけだ。力を奪われたせいだな。
 空は飛べないが戦闘には使える、か。
 五分も歩くと前方にオーガを発見する。それも上位種のハイオーガだ。

「む、さらに強個体なのか」

 ボサボサの白毛に赤毛が少し混じるのが目印だ。さすが暗黒の森、と言うべきか。
 ダッダッダ――
 獰猛に襲いかかってきた。迫力がある。でも馬鹿正直過ぎるな。
 俺は黒き片翼を羽ばたかせ、漆黒羽を飛ばす。

「アグゥッ……」

 羽先がハイオーガに刺さると、その箇所を素早く腐らせていく。一、二箇所なら耐えれても十を超えては死に至る。俺に到達することなくハイオーガは腐敗した。
 こいつじゃダメだ。
 品性の欠片もない魔物で生涯を閉じるのは情けない。

「ブルルルゥ」

 前方に三つ目の闘牛を発見。見たことがないタイプだった。
 ハイオーガのように猛進するので漆黒羽をお見舞いする――が、当たる直前で全て弾かれた。

「物理障壁だと……?」

 そんな知能があるとは意外だ。しかし障壁を張ったまま突進する気か? ならば自慢の二本角は何がためにある?
 疑問が解ける。ぶつかる直前で障壁を解除したのだ。

「離れるとまた正面に障壁か。頭がキレるな。とはいえ」

 俺は己の影の中に沈み、相手の影から浮かびあがる。『影縫い』と言う。
 こちらを見失った魔物の頭をぶん殴る。一撃死だ。
 移動速度が遅いし、パンチ力もない。相当弱くなっている。
 これなら、全力で闘っても敗北できるかもな。

 そんな俺の予想は大当たり。
 闘牛戦から数時間、のそりと現れた白狐の魔物に本能が反応した。
 ……負けるな。
 闘う前からわかる勝負もある。今回はそれだ。本調子なら勝てるが一割程度しかない今は無理だろう。
 並の狐などよりはずっと大きく、美しい。白雪のような色のフサフサした毛に覆われ、顔は知的な印象すら受ける。

「言語が、通じるか?」
「通じます」
「発音滑らかだな」
「森に入った人間と戯れたことがあります」
「俺を、食べるのだろう?」
「食べません」

 敵愾心がまるでない。困ったな。
 しばし沈黙が舞い降りる。
 俺が口を開くのと、狐がそうするのはほぼ同時だった。

「――俺を殺してくれないか?」
「――私を殺してくれませんか?」

 きょとん、と白狐はするが俺も似た顔をしているだろう。

「殺してくれ、と言ったのか?」
「言いました。そちらも……」
「言ったよ」
「奇遇ですねえ」
「プッ」

 言い方が昔隣に住んでいたお爺ちゃんに似ていたもので、不意に吹き出す。

「あーっ、何で笑いました?」
「いや、ごめんよ。何だか、君は人間に似ているな。頭も良さそうだし」
「照れます、よ? 狐だって」

 尻尾をぱたぱたと左右に振る仕草がやけに愛らしい。性質は狐より犬に近いのかなぁ。

「少し、話がしたい。いいかな?」
「こちらこそ。とりあえず、あれは燃やしておきますね」

 穏やかに言った直後、白狐の目が見開く。背後から汚い悲鳴。超小型のゴブリンがいたらしい。

「気を取られていて、気づかなかった……」
「チビリンは背後を取るのが上手い奴なんです」
「チビリン」
「さ、落ち着ける場所に行きましょう。ご案内しますよ」

 尻尾を向ける白狐。本気で殺されても良いと考えているのか。
 お互い様だ。俺も警戒心なく狐の後を追うのだから。

 比較的見通しの良い場所に移動した。
 白狐はお座りの格好で話す。

「私、ハクコと言います。ハクとでも呼んでいただければ」
「シオンだ。元勇者、で通じるかな」
「通じますよ~。人間の知識も多少はあります。こう見えて三百年以上生きてますので」

 存外明るい性格なのな。
 余計、なぜ死にたいのか気になる。

「私から身の上話、してもよろしいですか?」
「聞かせて欲しい」
「私はかつて家族とあちこち移動しながら、この森に落ち着きました。しばらくは平和に過ごしていたのですが……両親はやがて死に。愛した白狐も死に。子供まで死に。最終的には孫まで死にました」
「魔物に、やられた?」
「いえ寿命です。私は、強個体なのです」

 強個体は、寿命も長いことが多い。

「白狐の平均寿命は五十年ほどです。でも私は三百年生きて、なおピンピン。もう、孤独は嫌なんです。愛した人が死んでいくのはアレ? なぜ泣いているのですかシオンさん?」
「クッ、グッ、泣いて、ない、よ」
「いえとんでもなく泣いてるじゃないですか!? 涙溢れまくってますよ!」
「塩、水……ッ」
「ウエーーッ、そんなこと言う人初めて見ましタ~~」

 大の大人が一日に何度泣くんだよ。自分でも呆れる。けど、どうしても感情移入してしまった。

「気持ち、わかるんだ。俺も家族亡くしたし、愛した人を……」
「あぁ、そうだったのですね。今度は、シオンさんのお話が聞きたいです」
「どこから、話そう――」

 闇勇者になる前のこと。なった後のこと。そして今日に至るまで。全て話した。
 ハクは号泣した。というか幼少期の話の時点で泣いてたんだけど。

「幼少期、どこが悲しかった?」
「私に口調が似てる隣のお爺ちゃんが、死んじゃったとこです!」
「なるほど」
「しかしまぁ、シオンさんもお辛かったですね。酷い勇者もいたものです。……復讐しないんですか?」

 当然の質問に、俺は首を横に振る。

「もういいさ。生きる気力がなくなった」
「そうですか。では一緒に……死にます?」
「そちらが良ければ」
「大歓迎ですよ。一人で死ぬより二人がいいですからね。ま、私は人じゃないですけど! ししし」
「変な笑い方だなぁ」

 けれど、ハクのキャラは癒やされる。思えば、ここまで過去をすんなり話せたのは初めてだ。

「それでは、そろそろ死にますか?」
「俺は、いつでも準備できてるよ」

 俺達は立ち上がり、向かい合った。
 息を深く吸っては吐いて、心を落ち着ける。
 こういった終わり方は想像もしなかったな。 案外、悪くないものだ――

  ◇ ◆ ◇

 バクバクバク、バクバクバクバク。
 狐火によってこんがり焼かれた魔物の肉。
 かなりの量があったのに凄まじい勢いで消えていく。ハクの胃の中に。

「食事量半端ないな……」
「どうもスミマセーン。私って、こう見えて結構食べるんですよ~」
「いや見た目から食べそうなサイズだけども」
「デブってことですか!? 結構スマートな方ですヨ!」
「あの、口から肉落ちまくってるが……」
「あぁーっ。シオンさんが変なこと言うからー」

 ――結局
 俺達はまだ生きている。
 技を発動する直前、ハクの腹が豪快に鳴ったからだ。

「やっぱり死ぬ前に何か食べません?」

 というハクの誘いに乗って食事をとっていた。

「私、生肉あまり好きじゃないので焼くんです。ケプッ……おっと失礼致しました」
「白狐はゲップするのか。知らないことが多いな、世界は」

 ハハハ、と笑うとハクが恥ずかしそうに尻尾で頬を掻いていた。
 腹も膨れた。和みもあった。じゃあ、次こそ終わろうかと言ったらハクが乗ってこない。 

「あの~、シオンさんはやり残したことないんですか? 私は長く生き過ぎましたが、貴方は違うでしょう」
「特には、ないよ」
「本当の本当に? 会いたい人や謝りたい人、いません?」
「謝りたい、人……」

 言われてみれば、一人だけいる。

「いるんですね! 行きましょうよ、会いに。死ぬのはそれからだって遅くないです」
「しかし」
「しかしもおかしもありません! さっ、乗ってくださいませ」

 伏せの体勢をとり、尻尾で背中を指すハク。俺はおもむろに、乗らせてもらった。

「その方の場所は?」
「この地方にある、カルー村だよ」
「知ってますよそこ! 昔、お世話になったことありますし」

 目的地が定まってからのハクは超速い。
 俺の前髪が逆立つ速度で森を駆ける。
 ……運命、なのかもな。
 この大陸に飛ばされたのは、神が最後に墓参りをしろと命じているのかもしれない。ならば俺は、受け入れるだけだ。

 目的のカルー村には三日で着いた。
 ハクの底なしの体力には驚かされたよ。

「あんまり変わってませんね~」

 長閑な農村を眺めてハクが言う。

「ハクのエピソードを教えてくれ」
「たまたま寄った時、村がオーガに襲われていたので助けたんです。もう当時の人は残っていないでしょうね」

 なんて会話をしていたら、村人が絶叫する。

「あなたっ、シオン様ではないですか!?」
「ど、どうも。お久しぶりです」
「みんなーーっ、みんな、シオン様がいらしたぞーー!!」
「なんだってえええ!?」

 村人達がドドドドと地面を揺らす勢いで駆けつけて、俺を取り囲む。
 中には感極まって泣きそうな人までいた。

「また来てくれて、ありがとうシオン様。俺達、ずっと貴方を待っていたんだよ」
「……リンは、いますか?」
「リンなら今出かけています。すぐに戻るかと」
「でしたら、まずはマリーのお墓参りをさせてください」

 村の奥には死者を埋葬した墓石が並ぶ。俺はハクとそこへ向かう。

「いやぁ、すっっっごい人気ですねー。狐の魔物が完全スルーされてますから」
「昔、一時ここでお世話になってたんだ」

 思い出すと胸が痛い。俺は今は亡き、マリーの墓前で手を合わせる。

「俺の愛した人で……俺のせいで亡くなった人でもある」
「そうでしたか……。私はハクコと言います、シオンさんの友人でございます」

 ハクはお座りをすると、俺に倣って前脚を合わせる。気の利くハクは、何も訊いてこない。
 抜ける蒼穹を見上げながら、マリーの笑顔を心に思い浮かべた。今でもまだ、俺は彼女を愛している。
 そんな感傷に浸る俺の肩に、わずかな痛みが走る。じゃがいも? ぶつけられたようだ。

「何しに、来たのよ」

 ストレートヘアの若い女性が俺を睨みつける。当時はまだ十代だった彼女は、すっかり大人の女性に成長していた。

「リン。久しぶり、だな」
「もう二度と、ここへは来ないでって言ったじゃない!」
「……ごめん」

 リンの反応は当然だ。彼女はマリーの妹で、当時マリーを守れなかった俺を恨んでいる。

「お墓参りなら、もう用は済んだでしょ。さっさと帰って」
「馬鹿者、その言い方はないだろう!」

 キレたのは俺でもハクでもない。近くまできていた村長だ。

「マリーのことはシオン様のせいではない! それどころかシオン様がいたおかげで、この村はどれだけ救われたことか。謝りなさいっ」
「何よ、皆して……シオンの味方なんだから。もういいわよ!」

 興奮してリンが走り出す。俺は呼び止めたが振り向いてはくれなかった。

「シオン様、リンに代わって謝罪致します」
「やめてください村長。リンの態度は当然なんです。あまりリンにキツく言わないで欲しいです、お願いします」

 俺は軽く頭を下げると、少し一人にしてもらえないかと頼んだ。
 一人になると、もう一度マリーの墓前へ。

「久しぶりだねマリー。あれから色々あってさ……、俺は勇者をやめることになったよ」

 ――俺とマリーはここで出会い、恋に落ちた。三年付き合った。結婚の約束もした。
 でもある日、俺が近くの都市に仕事に行ってる間、村がワイバーンに襲われマリーは死んだ。
 その頃、村の上空でワイバーンがよく目撃されていた。俺が都市に出ず、残っていればマリーは死ぬことはなかっただろう。
 全ては俺の選択ミスなのだ。

 墓参りを終えると、俺はリンの家の戸を叩いた。

「まだ、何か用なの」
「少しだけ話したいんだ」
「何?」
「俺、勇者をやめることになったんだ。それで、何かできることがあれば。……罪滅ぼしかな」
「それなら、黄金蛇捕まえてきてよ」
「黄金蛇、か」

 珍しい蛇で滅多にお目にかかれない。
 俺が思考しているとリンの目つきが冷たくなる。

「あの日、あたしは頼んだよね? 嫌な予感がするから行かないでって。でもシオンは」
「すまない……心から、反省している」
「無理に蛇を持ってこなくてもいいわ。その代わり、二度と私の前に現れないで」

 ピシャ、と引き戸が閉まる。少し辛いが、受け入れなくてはいけない。リンにとってマリーは唯一の肉親だった。それが俺と関わったばかりに……。

「シオンさん、用は済みました?」
「ハクか、ちょうど良かった。これから山に黄金蛇を探しに行きたいんだ」
「それまた貴重な」
「行くかい、それとも残るかい?」
「行きますとも! 正直、村長の相手は私の体力をだいぶ減らしました……」

 あぁ、村長は話長いからなぁ。
 そうと決まれば、村近くの山に急いだ。
 何年かぶりに入ったけど景観は変わっていない。

「この山にいるんですね?」
「いる。ただ運が良くて数日、下手したら一ヶ月は野宿だな」
「暗黒の森に比べたらマシでしょう?」
「全くだよ」

 ワハハハ、と気楽な気分で俺はハクと山を探索した。
 名の通り、黄金色の蛇で警戒心が非常に強い。人前にはまず現れないので積極的に探しにいく。


一日目
「ハク、いたかー?」
「ヤマカガシならいましたー!」
「こっちから手を出さなきゃ噛むことはないな」
「噛まれました~!」
「強い毒あるぞ!?」
「あうぅぅぅぅ、苦し、いっ」

 派手に倒れ込むハク。俺が駆け寄ると呼吸を荒くして、別れの言葉を告げる。はて? そこまで即効性あるっけか。

「シオンさんと、出会えて、良かった。さよう、なら……(ガクッ)」
「…………演技下手すぎだと思う人」

 はい、と自分で手を挙げてみる。
 途端、ハクはガバッと起き上がってその場で嬉しそうにくるくる回り出す。

「ししし、ごめんなさい」
「悪戯好きだよなぁ」
「家族がいた頃は、毎日こうでした。思い出しますねえ……」
「思い出もいいが探索もな」
「もちろろんでございますー!」


二日目
「なかなか見つかりませんね」
「根気よくいこう」
「……マリーさんやリンさんのこと、聞きました。あ、村長が勝手に話したというか」
「そっか」
「私、シオンさんは悪くないと思います」
「ありがとう。……何だか、少し腹が減ったな」
「今獲ってきます!」

 一時間後、俺の目の前には魔物の山が築かれていた。

「狩りすぎじゃない?」
「私の腹の音が狩れ、と……」
「ははっ、じゃあ食べよう」
「はい!」

 この日も黄金蛇は見つからないが、なぜか楽しかった。


三日目
「シオンさん、黄金蛇のサイズってどんなものでしたっけ? なにぶん記憶が古くて。あ、決してボケてるわけじゃないですよ?」
「形はマムシと似てる。表面は深みのある黄色って感じだ」
「例えばあんな感じですかね?」

 ハクは尻尾の先で、木々の間を這う一匹の蛇を指す。

「そうそう、あんな色合い」
「へえー、高く売れそうですね」
「……………………」
「……………………あれじゃないんですか?」
「あれだーっ!」

 弾かれたように俺達は動き出す。

「ハク、右からいけ」
「ガッテン承知しましたっ」

 俺は左反対につく。俺、蛇、ハクの順で並走する。まずハクが爪で地面を穿つ。外した、ってことだ。

「あらら、速いですよこの蛇」
「できれば生け捕りにしたい」
「ではこちらで」

 ハクからピンと伸びた体毛が何本も飛び、その内の一本が黄金蛇に命中。目に見えて蛇が緩慢になり、やがて動かなくなる。

「毛針と言います。硬度を変えたり、睡眠か麻痺するよう変質させられます」
「今のは睡眠?」
「はい。あれ……目が開いてますね」
「蛇は瞼ないから」
「三百年生きてて初めて知りました……」

 結構ショックだったらしく、項垂れている。頭をポンポンと撫でたらすぐに絶好調に戻ったけれど。

  ◇ ◆ ◇

 黄金蛇の生け捕りに成功したので、カルー村に戻ろう。
 ハクに乗って山を下っていく。途中、狼の魔物三体がいきなり襲いかかってきた。

「私がやりますね」

 ガブガブガブッ――、電光石火の噛みつきで三体を返り討ちにする。

「さすが、強いな」
「いえいえ。獣らしく爪牙は一応ありますので」
「狐火、も使えるんだっけ」
「ある範囲内で、相手が燃えやすければ。効かない相手もいますけれどね」

 お互いの情報交換しているとカルー村に到着した。ホッと肩の荷をおろしたのも……束の間。

「様子が、変ですよね?」
「……奥に行ってみよう」

 大瓶が割れていたり、鍬が落ちていたり。広場まで急ぐと、村人達が大勢集まっていた。

「村長、何があったんですか!?」
「おぉぉ、シオン様っ。つい一時間ほど前、賊がいきなり襲ってきたのです」
「何てことだ……」

 よく見れば負傷者で溢れている。
 中には致命傷を受けたらしき人も。くそっ。

「村では用心棒を雇っていますよね?」
「全員殺されてしまいました……。頭の男が、信じられぬほどの使い手で……」
「リンがいませんが、まさか連れ去られましたか?」
「そのまさかです。若い女子供は全て持っていかれました」
「方角は?」
「南です。お力を貸していただけますか」
「そんなこと聞かないでください。ここはマリーが育った村です。命に代えても、救います」

 俺は亡くなった用心棒に歩み寄り、回向する。

「この武器、お借りします」

 質の良い剣を背中に装備すると、待機していたハクに訊く。

「力を貸してくれるかい?」
「シオンさんも、そんなこと聞かないでください。お供しますよ、例えそこが地獄でも」

 俺は深く頷くと、ハクの背中にまたがる。

「必ず助け出すぞ!」
「キュォオオオオーーン」

 ハクは甲高く遠吠えし、ものの数秒でトップスピードに入った。俺はしっかりと白毛を掴み、振り落とされないようにした。

 世界では、毎日この村のような惨事が発生している。魔王だけが、魔族だけが、悪ではない。むしろ真の悪は人の心に宿る。
 人間同士、貴族と平民、骨肉の争い。時には勇者を味方につけてまで戦争を行う。
 俺はもう、そんな世界はウンザリだった。
 俺の家族も旅の途中で皆殺しにされた。
 勇者に選ばれた時、世界を変えると神に誓ったものだ。
 だが現実は厳しかった。強さだけでは変えがたい世界がある。人の欲望や欲心は、簡単に消し去れはしない。世の中は変わらない。
 それでも俺は――

「いましたよ! あの集団で間違いなしですっ」
「――俺は、心まで捨てた覚えはない!」

 前方を走る数十の馬と、複数の馬車。
 騎乗しているのは武装した盗賊集団だ。

「リーダー! 追っ手ですっ、魔物使いですぜきっと」
「全員止まれ」

 敵はざっと三十人ほどか。武具の質が良すぎるのは妙だな……。
 俺はハクから下り、馬車の荷台に視線を送る。殴られたのか、村の女性達の顔が腫れている。そしてリンが倒れたまま、苦しそうに喘いでいた。

「女性達に暴力を振るったのか?」

 かしららしきスキンヘッドの男を俺は睥睨する。

「気が強いのが多くてな、黙らせるためだ」
「だとしてもやり過ぎだ」
「倒れてるのは抵抗が激しくてな。まだ死んじゃいねえよ」

 慈悲は不要。俺は剣を抜き、構えた。

「なぜ村を狙った? 本当に盗賊なのか?」
「鋭いねえ。どうせ殺すから教えてやるがオレらは傭兵団だ。女の調達を命令されててな」
「依頼主は誰だ?」
「それは不義理ってもんだ。――お前ら、全員でそっちのデカい犬をやれ」
「失敬な、私は狐ですってば!」

 ハクが盗賊に体当たりして数人まとめて吹き飛ばす。ただ相手も怯むことなく、一人がハクの体に剣を突き立てた。

「大丈夫か!?」
「ご安心をシオンさん。毛を硬質にしてあります。雑魚は私にお任せを〜」

 俺から離れたところでハクは盗賊達を相手取る。こちらは頭とサシで勝負となった。

「手下を全部、化け物にやった理由がわかるかよ?」
「ハクの方が強いからだろう」
「まるで違う。格下の味方と闘うと、足手纏いになるからだ」

 なら初めから、個人で行動すればいいじゃないか。

「アンタも強いな。だがオレには絶対に勝てねえ。なぜならオレの力は――――勇者直伝だからだ!」

 両手に三本ずつ、握ったナイフを投擲するかしら
 バラバラの軌道を描きながらも俺を正確に狙ってくる。剣で全て弾く。なるほど、珍しい技ではある。が、これが勇者直伝?

「考え事はいけないぜ」

 唸る金属音。俺に噛みつこうとするサーベルを剣で受けたのだ。
 腕力は大したことないな。余裕で押し返し、袈裟斬りに移る。これで決まるか。

「何っ……」
「ひょお、あっぶねー」

 刃は擦っただけに終わる。この男、今俺が行動に移す前に先んじたような……。
 再び、剣戟を重ねていく。五回目に剣がぶつかったところで、こちらの刃が折れた。

「サーベルは破壊系の魔道具だよ。これで皆やられる、とどめだ」

 サーベルが俺の心臓を穿つ直前、『影縫い』で沈む。奴の影は背後に位置する。俺はそこから登場すると、後頭部を殴りにかかる。

「っぶね!?」
「また、か」

 先ほどと同じ。反応して避けたわけじゃない。もっと速い。まるで訪れる未来がわかっていたみたいだ。

「ふーふーっ、今の闇魔法かよ?」
「お前の方は、眼だな。気配察知系ではない」
「た、たったあれだけで、そこまでわかるのかよ……」
「勇者発言と組み合わせると、神眼の勇者に未来でも視る力をもらったな」

 かしらは瞠目し、生唾を呑み込む。正解らしい。勇者に限らず、世の中には自分の力の一部を分け与えられる者がいる。

「となると、依頼主も勇者か」
「そいつは違うぜ。つか、まるで動じないのな。オレは攻撃を喰らわない上、アンタは剣がないんだぞ」

 剣ならあるさ。

「闇よ、剣を象り顕現せよ『冥黒五失剣』」

 剣の形を取った闇を俺は握る。俺にだけ出せ、俺だけが握れる武器だ。
 間髪入れず、これを無造作に振る。

「全部視えてるっつの!」
「関係ないんだよ、視えていても」
「はっ……?」

 黒剣は、ガードに使われたサーベルを通り抜けてかしらを斬った。
 まあ斬る、と言っても傷をつけることはできない。代わりに――

「エッ、ハッ、ナンデ? 昼間なのに急に暗く、なった……」
「視力が失われたようだな」
「眼を斬られたわけじゃねえぞ!?」
「黒剣は本来、一度斬ると五感全てを奪う。今の俺では、感覚一つしか奪えないようだが」

 それもランダムらしい。もっとも、頭相手にはこれで十分だった。

「これ以上は無駄じゃないか? 大人しくしてくれ」
「……おう大人しくするよ」

 頭は観念の息を吐き、サーベルを逆手に持つ。

「待てっ――、…………遅かったか」

 己の心臓を貫き自害したのだ。何度か目にしたことがある。拷問を恐れてこうするのだ。
 俺は胸に一抹の虚無感を抱き、しかしすぐに背後を確認した。

「こちらは終わりましたよー」
「さすがだよハク。あとは」

 荷台に上り、俺は倒れているリンを抱き起こす。顔に黒血が溜まっている。腹なども相当痛めつけられていた。

「ぁ、ぁ、シオン……」
「喋らなくていい」

『闇袋』は……使えるな。魔法の一種で、別空間に物を保存できる。
 すぐに最高級のポーションを取り出す。
 闇袋にはこれ一本しかない。旅で得た物はほとんど仲間に預けていたからだ。

「エクスポーションだ、飲めば良くなる」
「そ、そんなの、あたしなんかに」
「君だから使うんじゃないか。さあ」

 彼女の口から液体を流し込む。即効性があり、三十秒と立たずにリンは快癒した。

「家十軒、買えるって薬じゃないのよ、それ」
「たった家十軒、安いもんだよ」
「……どうして? あたし、アンタに酷いことばっかり言ってるのに……」
「いいんだよ。今は休んだ方がいい」

 強がっていても怖かったはずだ。
 今も小さく震える肩が、物語っている。
 みんなを落ち着かせて荷台から下りる際、背後から小さく聞こえた一言。
 ごめんなさい。
 俺は振り向いて、笑顔で親指を立てる。

  ◇ ◆ ◇

 翌日、カール村も落ち着いたので、俺は昼前に発つことにした。
 村長や村人達が入り口まで見送りにきてくれて嬉しかったな。

「感謝の言葉もありません。これは、ほんの少しですが」

 村長から宝石やらが詰まった袋を贈呈されそうだったので、俺は遠慮する。

「それは復興に使ってください。というか俺、光物は苦手なので。……元闇勇者だけにね」
「…………」
「ぷぷぷ」

 おかしいな、ハクにしかウケてないぞ。微妙に恥ずかしい。

「ごっ、ごほん。領主様には面識があるので、俺から伝えておきます。捕まえている賊は逃がさないようお願いします」
「何から何まで、誠にありがとうございます」
「リンにも、よろしくお伝えください」
「我々が呼んできますよ!」
「いえ、いいんです。もう出発しますので」

 皆に手を大きく振って、お別れの挨拶とする。
 少し進んだところでハクに止まってもらい、振り返る。

「これで、あの村も見納めか」
「シオンさん。その件についてお話があります」
「俺の方も、少し相談したいことがあってさ」

 内心吐露しようとして、一時中止。俺の名前を叫びながら、近づいてくる女性がいたからだ。

「シオーーン! 待ってえええ!」
「リン!?」

 息を切らしてまで追ってきてくれたことに俺は感動する。

「わざわざ、見送りに?」
「言いたいこと、まだ言えてないから」

 リンは息を整えると、俺の目を見据えた。

「本当はあたし、全部知ってたの。――あの日、お姉ちゃんが仕事に行けって、頼んだんでしょ?」
「だとしても、俺の罪は消えない」
「罪なんかじゃない! そうじゃないのよ! アンタには何の責任もない。いつも村のために、お姉ちゃんのために動いてた。誰かのために立派に勇者やってた!」

 俯く俺の肩に、リンの両手がかかる。

「あたしが子供だったのよ。誰かのせいにしないと悲しくて、やってられなくて……。弱かったの……。でももう、やめるから。もう、そういうのやめるから」
「リン……」
「だから――アンタもこれからは自分のために生きてよ! 勇者やめたんでしょ? じゃあ、これからは自分のために生きて。もう、十分だよ。あんたに救われた人、どれだけいるのよ」
「……」
「辛いことあっても死んじゃダメだよ。ほら、これあげるから」

 渡されたものに俺は驚く。酒漬けにされた黄金蛇だったからだ。

「すごく美味しいのよ。都市に行く途中で、飲んで」
「……ありがたく、いただくよ」
「また村に寄って。待ってるわ」
「また、必ず」

 最後にハグをして、笑顔でリンと別れた。
 心の奥が、温かい。冷たく凍っていた気持ちが、融けていく。
 長く気になっていた胸のモヤモヤが、取り払われるのを強く感じる。

「わーっ、思い出しましたーっ」
「うわっととと」

 ハクが突拍子もなく叫ぶので、危うく背中から転げ落ちそうになる。

「これは失礼。でも大事なことを思い出しました。黄金蛇の酒漬けについてです!」
「聞きたいなそれ」
「二百年くらい前、ある男の逸話を聞きました。人生に疲れ死を選ぼうとした時、その酒を妻に飲まされたそうです。すると男は急に明るくなり、ついには死ぬのを忘れたと言います」

 俺は黄金蛇を見つめる。
 つまり、リンには全てお見通しだった、ってことかな。

「なぁハク、一つ相談したいんだ」
「どうぞどうぞ」
「一緒に死ぬ話だが、もう少し延期してもいいかな?」
「先ほど、私もそれを告げようとしたんです。もう少し、生を楽しむのも悪くないですよねっ」

 ウインクをするハクに、俺は笑顔を返す。

 ぎゅぅぅぐるるるるる
 るるるるるるるるるる
 るるるるるるるるるる

「なあハク、鳴りすぎじゃないかい」
「おっはずかしい限りです~、獲物とってきますねーっ!!」

 尻尾を振りながらどんどん遠くなっていくハクを俺は笑顔で見送る。
 不思議な、気分だ。
 ほんの一週間前までは――
 闇の勇者をやっていた。

 ほんの数日前までは――
 死を望んでいた。

 でも今は――
 また前に歩き出そうとしている。

「第二の人生、ってやつなのかな」

 白狐と歩む放浪の旅か。
 そんなのも、悪くないよね。

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