外伝 僕は気づいている。
小田急線車内に次の停車駅が下北沢だというアナウンスが流れる。
洸一は電車に慣れたものでアナウンスなど耳にしていない。
(シモキタか、古着とか見に行きたいな、、。
今日学校終わり寄って帰ろうかな。)
仲間洸一。昨日から晴れて大学生になった。埼玉県の実家暮らしで、三歳年上の美人の姉がいる。高校までは男子校だった為に大学で可愛い女の子と話すのがすごく楽しみで、男にはもったいないその大きな目を輝かせていた。
埼京線とまではいかないが、小田急線車内も朝の通勤ラッシュとあってそこそこ混んでおり、洸一は座らずに窓際の背もたれに寄りかかっている。
洸一は男にしては小柄で、中学生にもみられることが稀にあった。その反発の気持ちで、高校の卒業式を終えた足で開けにいったピアスが未だに馴染まない。しかし、洸一自身はこれで満足しているらしいから両親は何も言わない。顔は世間的にはイケメンと呼ばれるだろう。しかし当の本人はそれより身長が欲しいのが事実。格好良さには非常に敏感で頑張ってファッションも勉強してるし、モテ要素は結構知っている。
(昨日の入学式女の子いっぱいいたなー。となりの学部なんてほとんど女の子ばっかりだったじゃないか。僕もそっち受験すればよかった、、!)
そのうち電車が進行をゆるりと止め、シモキタでドアを左右に開いた。
降りる人、乗る人、サラリーマンと学生半々くらいだろうか。足音がドタバタと聞こえる。向かいのホームにも電車が入って来た。
各々座るなり、つり革に捕まるなりしている中でただ1人、洸一の向かい側に乗って来た。
一瞬男なのか女なのかわからなくなるような容姿をしているが、身長と無骨な服装からみて男だろう。
(同い年かな。それにしても綺麗な肌だな。歳下か?)
地下にいたはずの電車は、いつのまにか地上に出ていて颯爽と春の日差しを車窓から人々に届ける。
(ここから大学みえるかな。)
そんなことを考えながら洸一が窓の向こうを見ているとやたらと視線を感じた。
ガン見というやつだ。
視線の先など見なくてもわかる。さっき入ってきた男が洸一をガン見している。洸一より身長が高いせいで圧迫感がある。
(なんだよこいつ。僕をバカにしてるのか!?)
焦りからおでこは少し汗ばんできたが、洸一も思い切って男の方をみてみるとやはり目がばっちりと合った。
男は驚いた顔をみせたが、すぐに視線をそらした。洸一はそのまま男の全身を拝んでやった。鼻先まで伸びた前髪、襟足は割と短い。私服であるからおそらく大学生だろう。正直おしゃれとは言えないその格好から同い年だと洸一は判断した。負けず嫌いな性格の洸一はこの男よりも良い大学生活を送ってやると心に決め、ふんっと鼻を鳴らした。鳴らしてしまった。
(しまった、、!)
(聞こえちゃったかな。)
視線を男の顔に戻すが、男は外へ目を向けたままだった。
表情は儚げを装いたいのだろうが、やはりすこしムッとしている。しかし、その姿さえ白く透き通った肌が陽の光が反射して美しく仕立てる。
(聞こえちゃったなぁ。
でもまぁいっか!二度と会うことなんてないだろうし。)
しばらくして大学の最寄り駅に電車が到着し、洸一が降りようとしたよりもはやく、先ほどの男はドアの直前で降りる雰囲気を出していた。
一瞬同じ大学なのかと少しヒヤヒヤした洸一だったが、男は電車をでるなり足早に改札へ向かい、洸一が向かう方向とは逆の方向に歩いていった。
(ふぅ、よかった。たぶん違う大学だよね。)
男の背中を横目で追いながら洸一は大学へと足をすすめた。
ここら辺では変わった暗黙のルールがあるらしく、歩行者は右ではなく左側を歩く。おそらくちらほらと右側を歩いている人は一年生だろう。右側と左側で人数比が明らかに違うと察し、右側を歩いていた人達がキョロキョロと周りをみてから左側にうつってくる。洸一はこの人間観察のおかげですぐに左側を歩くものだと悟った。
ーーーーーー
「洸ちゃん昼飯食べにいこうぜ〜」
太陽がちょうど昇りきった頃、大学で洸一と最初に友達になった同じ学科の新汰が斜め後ろの席から声をかけた。
洸一は明るい笑顔で返事する。机の上に広げていた筆記用具をベージュのトートバッグにしまい、それを肩にかけ席を立った。
学内の北側に位置する学食へと向かう。実家暮らしの洸一と新汰は家から弁当さえ持って来れば節約ができるのだが敢えてそんなことはせず、大学生らしい生活を求めていた。
扉に吸い込まれるように生徒たちが学食の中へと入っていく。
食堂には木目調の長テーブルが綺麗にならんでおり、学生が好きなように座って雑談を楽しんでいる。中には一人で黙々と食事を済ませている者もいるが洸一はわざわざ目は止めない。
しかしほんの一瞬、洸一の目の動きが止まった。決してその場にいた人全員がかならず目を止めることはない。洸一だけの目が止まったのだ。以前電車で見かけたあの男がいるではないか。遠くからでもわかる綺麗な肌とあの髪型、あのダサい服装。完全にあの時の男だ。
(大学同じだったのかよ、、!でもこの前逆方向に行ったの見たよな、、?)
そんな考えごとをしていたので新汰の歩む方向に大人しくついて行ってた洸一はだんだんと我々がその男に近づいていってることに気がついた。
「ちょ、新汰くんあっちの席空いてるよ!」
車内での後ろめたさが行動に現れたのか、思わず新汰の歩みを止めた。存在に気づいたのがこちらが先でよかった。そもそもというところ、あの男が洸一を認知しているかなどは無関係として洸一はその場からなるべく離れたかった。
結局、豚キムチ、スープと牛肉コロッケ、麦ご飯を食べ、洸一は野菜が大の嫌いだからサラダは食べなかった。
ーーーーーー
洸一は、入会するサークルをすでに決めていた。テニスとバドミントン。テニスは中学の時に、バドミントンは高校の時にやっていたからだ。それにこの大学のバドミントンサークルは遊べるという噂を仕入れていたことが決めてだった。同じ噂を聞き、特に経験はないが新汰も共に入会すると言った。
「サークル楽しみだな。可愛い子いるといいな。」
新汰の鼻の穴が広がっている。それは新汰だけではない。
このサークルに入会することは決めていたが、今日の夕方から体験会があるというので昨日のうちに知り合いを何人か誘って、集合場所である近隣の中学校へ向かって歩いていた。
中学校は大学から歩いて10分ほどのところにあり、この道の突き当たりを右に曲がればあるはずだ。
洸一たちは割と早く着いた方らしく、体育館前にはちらほらと人がいるだけだった。
「よぉ!イケメンくん来てくれてありがとうな!くれぐれも小口に近づくなよ?襲われるぞ。」
冗談まじりに声をかけてきたのは以前会室に話を聞きに行った時にいた、石川先輩だ。
「私のタイプじゃないんだごめん。君はその、小さい。」
長身でスタイルのいい小口先輩は軽く洸一の肩に手を置き、うまく石川先輩の冗談にのっかった。
「イケメンよ。神は君にすべてを与えなかったのだな。はは」
「何一つ良いところ与えられなかったあんたよりはマシよ」
「なんだこの雌型の巨人が!」
2人のスピードのある漫才に洸一はただ口角を上げることしかできなかった。
気づいたころには他にも多くの人が集まっていた。大学生らしい髪色、格好、テンション。洸一からすれば皆が同じに見え、どれもつまらなく思えた。
そこにたった1人、洸一の興味を惹く男が校門から入ってきた。あの男だ。洸一の心はひどく高揚した。あの長い前髪に綺麗な素肌、そしてダサい格好。どこか洸一の心を独り占めしてくる。
体育館に入り、みんなが着替えを済ませる。会長の挨拶の後、練習に入る為のペア決めがすぐに始まった。会長が1人ずつ番号を割り振り、同じ番号の人とペアを組む。洸一はあの男と組みたかった。知り合いになるきっかけが欲しい。そう思い、人の群に隠れあの男は24番ということを聞き出した。それからは簡単である。24番の人に交換してもらえばいいだけだ。容姿端麗な洸一から声をかけられた24番の女子は喜んで交換を快諾してくれた。
「24番」と微妙なボリュームで発しているその男に背後から近づき、
「あ、君も24番ですか?」
少し声が震えた。
振り向いた男は一瞬瞳孔を広げたように見えたがそれはいきなり後ろから声をかけられたことによるものだろう。それからの反応はまるで洸一のことなど知らない素ぶりだった。
自己紹介も済ませ、同い年であることがわかった。改めて近くでみているが肌ツヤが本当に綺麗だ。名前の通り雪のようだ。思ったよりも男らしい声に意外さを感じた。それよりも本当に僕の覚えていないのだろうか。聞こうにもなんと声をかけたらいいのかわからない。いきなり男が「以前もお会いしましたよね?」なんて恋愛ドラマの台詞みたいなことを言うには気持ちが悪すぎる。しかし、こちらはこんなにもモヤモヤとしているのにこの男は呑気に話しかけてくる。悔しい。言ってやりたい。僕たちは以前会っている、電車で出会い学校が同じでサークルまで同じなんてこれは運命的な出会いなんだと。
言うしかない。
洸一はこれまでの人生の中で一番、会話の言葉選びに頭をつかった。
気づいてくれよ。雪貴。