第5話 仲良い友達
...寝不足だ。
朝の通勤ラッシュで電車の中は人でひしめき合っていた。俺はおじさんたちに押しつぶされながら、口を開けないようにあくびをした。
昨日俺は下北沢で電車を乗り換えたが、あれから仲間くんと交換したばかりのLINEでやりとりが続いた。
....
「なんで俺のこと知ってるって最初に言わなかったんだよ!?」
「だって雪貴くんが覚えてないっぽい感じだったからさ。僕だけ覚えてたって言ったら気持ち悪いじゃん??」
「結局言ったじゃないか。」
「雪貴くんみてたら言いたくなっちゃって(笑)」
「性格わるっ。」
「気づいてたのに知らないふりしてた雪貴くんも僕と同類だよ!」
「そんな!一緒にするなよ!」
「たしかに。一緒ではないか。僕は雪貴くんほど私服ダサくない(爆笑)」
「てめぇ!!!!」
.......
こんなくだらないことのために3時までLINEなんてするんじゃなかった。
あくびがとまらない。
「渋谷ー渋谷ー、お降りの際は足元にご注意ください。」
車内アナウンス。
ドアが開くのと同時に一気に人が降りる。空気が澄んでいくのがわかる。
しかし、渋谷の匂いはそもそもそこまで良いものじゃない。
岡本太郎の大きな絵を横目に井の頭線のホームへまっすぐ歩いた。
急行列車でも下北沢に止まることはわかっていたが、各駅停車の列車に乗った。
なぜかって。それは教えない。
下北沢の小田急線に向かうエスカレーターは今日も長い。人も多い。
しばらくして、ホームに来た電車に乗りこんだ。
普段はこんなことしないのだが、車内を見渡してみた。
いない。
別に期待していたわけじゃないけど、仲間くんはいなかった。
いつも同じ時間に乗ってるわけじゃないのかな。
ーーーーーー
駅から大学へは歩いて15分くらいかかる。
商店街のような賑やかな通りを抜け、住宅街にはいる。しばらくいくとおしゃれな小学校がみえてくる。
ここには芸能人の子供がたくさん通っているらしい。この前のサークルで石川先輩が教えてくれた。
ママチャリの前後に子供を乗せた、いかにもお金がありそうな奥様達が順に小学校に入っていく。
「どーもぉ」「あら〇〇さん」なんて会話の内容だけは田舎も都会もかわらないな。
「雪貴くんっ!」
この人は本当にいつも突然あらわれる。
「仲間くん。おはよう。」
朝の日差しを跳ね返すような明るい笑顔で彼が目の前にあらわれた。
寝不足ということもあってあまりテンションを合わせるつもりはない。が内心上がっている。
「昨日は楽しかったね。」
「そうだね。」
「もしかしてまだ怒ってる?」
「別に。」
「じゃあなんてこっち向いてくれないの?」
「前向かないと危ないから。」
スタスタと歩みを進める俺に仲間くんも何食わぬ顔で付いてくる。
「そっか。ところで僕今日あんまり寝てないんだ〜。あ、雪貴くんも一緒か(笑)雪貴くんとLINEしてたんだもんね(笑)雪貴くんは眠くない?」
目をこすりながら斜め下から仲間くんが俺の顔を覗き込んできた。
思わず斜め上を向いて顔を背けるが上には太陽があり、眩しくて目をつむる。
「ね、眠い。」
「ははっそうだよね。ところで今日は雪貴くんは授業何限まで?」
「2限までだよ。仲間くんは?」
「僕は4限まで。でも3限がなくて時間空いちゃうんだよね。そうだ!よかったらお昼ご飯一緒に食べようよ!」
またなにを言ってるんだこの人は。
「学科の友達と食べなくていいの?昨日いた子達とかさ。」
急に声色が変わった。
「あー。正直、僕そこまであの子達と仲良くないんだよね。はは」
仲間くんが少し暗い表情になったのがわかった。
この言動に動揺したわけじゃないが俺はそれ以上聞かず、
「わかった。行こうか。2限終わったら連絡するよ。」
と返し教室の前で仲間くんとは別れた。
ーーーーーー
1限と2限があっという間に終わった。
内容なんてまったく覚えてない。
何を話そうとか何を食べに行こうとか朝あのタイミングで会うってことは一本後の電車だったのか?とかばかり考えてしまっていた。
「雪貴くんお待たせ!」
仲間くんが小走りで近づいてきた。
俺たちは大学内にあるコンビニの前で待ち合わせをした。
「お疲れ様。じゃあどこにいこうか。仲間くんは食べたいものある?」
「僕はなんでもいいよ!雪貴くんが食べたいものに合わせるよ」
「じゃあ海鮮丼。」
「海鮮丼!?海鮮丼、、、じゃあシモキタにいこう!シモキタに500円で食べれるところあるんだよ!」
「それはいいけど、それだと仲間くんが授業受けるために往復することになっちゃうよ?」
「僕は全然平気だよ!さ!行こう」
思いがけない優しさにまた心が揺れた。
本当に嫌な時と優しい時の温度差が激しい。風邪引いちゃう。
ーーーーーー
俺たちはシモキタでランチセットの海鮮丼と赤味噌の味噌汁を食べた。
満足。すごく満足。これでワンコインなんて、また来よう。
「雪貴くんは彼女いるの?」
「なんだよ唐突に。今はいないよ。そういう仲間くんは?」
「僕高校まで男子校だったからさ。彼女いたことないんだ、、、。」
と、少しうつむき肩をすくめながらそう言った彼が、俺にはすごく残念そうに見えた。
「そうなんだ。イケメンなのにもったいない。」
「そんなことないよ!僕なんかより雪貴くんの方がカッコいいよ。私服は別として(笑)」
「こらこら」
この私服いじりは定番ネタになってしまったのか。
「じゃあどっちが先に可愛い女の子と付き合えるか勝負だね!」
負けるわ。
こんなイケメンに俺が勝てるわけないだろうよ。
もちろん俺にも高校の時は彼女がちゃんといて、ちゃんとした恋愛をしていた。
もちろんしばらくして別れはしたがいい思い出だ。
「....雪貴?」
「え?」
また、考え事でぼーっとしてしまっていた。
それに急に呼び捨てかよ。
「これから呼び捨てにしていい?もう仲良い友達なんだし。」
仲良い友達。さっき学科の人とは仲良くないと言っていたこともありその言葉に重みを感じた。
「わかった。じゃあ俺も洸一って呼ぶよ。」
「うん!」
ーーーーーー
その後、洸一は4限を受けるために大学に戻っていった。
電車の中で俺はひとり、さっきの"仲良い友達"と言われたことの余韻に浸っていた。
俺にもついに大学の仲良い友達ができた。
ふふっ。