外伝 戸惑いの日曜日
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「にゃー」
「ん。なんだい?にゃーにゃ。」
入学式から1週間ほどたった日曜の午前10時。
特に予定もない俺は自宅のソファで横になっていた。
ちょうどみぞおちの位置にはふわふわしたグレーの毛をまとった暖かい生き物。猫のにゃーにゃがいる。
居心地がいいのか眠たそうにしている。
俺が呼吸をしてお腹が膨れるたびにゃーにゃの目が少しだけ開く。
折りたたまれた前足が丸々としていて可愛い。
にゃーにゃは俺の猫ってわけではない。
正確には叔父家族の飼い猫だ。
叔父家族もペットショップで買ったわけではなく、もともとはこの家の庭によく遊びに来ていた野良猫だったらしい。
年はもう17、8歳になるのだろうか。
俺が生まれた頃ににゃーにゃがこの家に来たと聞いたことがある。
野良猫あがりとはいえ綺麗な顔立ちをしていて毛並みも滑らかだ。
叔父家族にちゃんと可愛がられていたのだろう。
俺が子供の頃のにゃーにゃは人間が嫌いで人が来るとすぐに叔父のベッドの下に隠れて絶対に出てこないイメージだった。
それが今では家中付いてくる。可愛いやつだ。
にゃーにゃはとても賢い。
外に行きたい時は窓際に座り、こちらを見ながら3回「にゃー」と鳴く。
そして散歩に満足して帰ってくると、窓際に座って今度は鳴きもせずにじっとこちらを見ている。
逆に言えばもし俺がにゃーにゃに気づかなかったらずっと窓際でにゃーにゃは窓を開けてもらえるのを待っていることになる。
俺もそんなことが起きないよう気をつけてはいる。
俺は田舎から大学進学を期に上京してきてこの家で一人暮らしをしている訳だが、にゃーにゃがいるから割と寂しくはない。
まだ2週間くらいしか経ってないけどね。
「にゃーにゃ。ちょっとどいて」
「にゃ」
とんっ。と肉球とフローリングが接触した音がなった。
それに対し、俺からは「よっこいしょ」と色気のない音が出た。
にゃーにゃにご飯をあげなければ。
リビングから移動し、にゃーにゃの部屋に向かう。この豪邸には猫の部屋がある。部屋とは言っても人間のトイレと同じくらいの広さだ。
陶器製の餌皿が、カランカランと乾いた音をならす。
すると後ろからにゃーにゃもトトトトトと近づいてきた。
俺の足元をわざわざS字にくぐり抜け、餌皿の中を覗く。
大きな耳のついた小さな頭が小刻みに動く。
「カリカリカリカリ美味しそうに食べるな。」
「......」
猫が餌を食べているときに話しかけても無駄だ。
この時ばかりは無視される。
カリカリ音を背に俺はリビングにもどる。
明日からまた学校か。
何限からだっけかな。ゼミの教室どこだっけ。
あとで智に聞いてみよう。あ、でもあいつとゼミ違うか。しょうがない、自分で調べるか。
「にゃー」
「もう食べたのか。」
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夕方。
俺の休日はあっという間に終わった。
にゃーにゃに餌をあげてからの記憶がない。
大学生って意外とこんなもんなのか。もっとウェイウェイしてるのかと思った。外に出る気分でもない。それに俺はもともと運動も好きじゃない、めっぽうインドア派だ。
お陰でなで肩にか細い手足、生まれつきの白い肌に無造作な髪型。
子供の頃はよく女の子に間違えられたものだ。
4つ上に、俺とはまったくの正反対で肌はこんがりと焼けていてショートヘアでザ・アウトドアな姉がいる。
運動神経も抜群で体力も化け物だ。
両親からも「あなたたち性別間違えたわね。」とネタにされていた。
俺はこんな見た目のせいで中学生の時から、ときどき同性の友達に告白をされた。
「、、、。俺男だよ。」
「わかってるよ。でも雪貴となら付き合えると思うんだ俺。」
「俺の気持ちはどうなってんだよ。」
「俺も戸惑ってるんだ。今までは女が好きだったのになんか雪貴だけは違うってゆうか...。」
こんな感じで今まで何人かに告白されてはきたが別に俺は恋愛対象としてみれないから断っていた。
....もしあの美しい彼だったら?
「なにを考えているんだ!!!!!」
「っにゃ!」
飛び起きた反動でにゃーにゃも飛び跳ねた。
「ごめんにゃーにゃごめん。」
「ナー」
明日はこの前と同じ時間の電車に乗ってみようかな。