夢の世界編:9話~12話ダイジェスト
気が付くとカケルは教室の自分の机に座っていた。戻ってこれたのだ。何から? なんだったかは思い出せないがとにかくカケルには何か恐ろしい夢から覚醒できたという実感があった。
心を満たす安堵。続々とやってくる同級生たち。その中には幼なじみのXやYもいる。いつも通りの風景だ。チャイムが鳴るとカマキリ頭の担任がやってきていつも通り授業をするのだ。とても心が安らぐ。
「カケル、ここの答えは何だ?」
答えることができなかったカケル。それもそのはずだ。さっきまで寝ていたのだから。周囲の友達からくすくす笑われるカケル。
「まったく先週やってこいと言ったじゃないか。不出来な生徒は首を刈り取らないとな」
命を刈り取る形に変化した両手を引きずりながら近づいてくる担任。笑いながらそれを待つカケルの頭の中に警鐘がなる。ここに居てはいけない。ここに居たら恐ろしいことが起きる。笑顔がどんどん引きつり顔になりようやくカケルはここがまだ夢の世界であることを自覚する。
しかし体が動かない。逃げようと思っても一ミリ足りとこ体を動かせないのだ。不快な金属音が近づき頭の中のアラームがけたたましく鳴り響く。
いや、鳴っているのは頭の中だけではなかった。カケルのカバンの中から聞き覚えのあるアラート音が鳴っていたのだ。
「テディを作るんだァァァアアアアアアアア!」
アラート音を聞いて激昂したカマキリ担任が襲い掛かる。何とか上半身だけでも動かしカバンの中を探るカケル。あと一歩で切られるという所で携帯を取り出し画面を開く。画面には懐かしさすら感じる二つのDが並んでいた。
『Run the Compulsory Evacuation Device』
またしても携帯から光が放たれ、カケルは再び暗い摩天楼へと戻ってきた。
「もっと早く助けてほしかった」
『カケルの現在地の探索、脱出方法の解析、経路の探索を瞬時に行ったのです。私の制止も聞かずにうかつに近づいたあなたに文句を言われる筋合いはありません』
DDの解析によるとこの夢現の扉は夢への執着を持っているが近づくと夢の世界へ飛ばしてしまう。だが逆に現実に対する強い思いを持つことができれば現実の世界へ戻してくれるとDDは語った。
カケルは夢の世界への執着を捨てるため、今一度現実の自分のことを思い出していく。家族、友人、学校、授業、休み、遊ぶ約束、プログラミング、宿題、テスト、受験、進路。楽しいことも嫌なことも全部思い出し強く心に刻み込む。
最後にDDは自分がインストールされた携帯を捨てろという。一緒に帰れなくなると拒否するカケルを諭すDD。DDはそもそも現実に存在しないAIである。DDはカケルが将来作りたいと思っていた理想のAIであり、カケルの夢であった。だからこそ夢の世界のものでありながらカケルの味方だったのだ。
『私はあなたの夢。もうあなたは夢から覚めて現実へと戻らなければなりません』
長い葛藤の末、カケルは携帯をそっと地面に置いた。
「分かった、君は存在しない。だけど絶対に君をあきらめない。今は無理でもいつか、必ず君を作って見せる」
固く決心し扉に近づくカケル。扉は光ることなく屹立していた。カケルが扉を押し、中へ一歩踏み出す。すると視界が歪み、カケルは意識を失った。
カケルはコンピュータ室で目を覚ました。どのパソコンも真っ暗のままで赤く光ることはない。まだ夢の世界ではないかと恐る恐るコンピュータ室を出るとカマキリ頭ではない普通の人間の顔をしたいつもの担任を見つけた。
安堵するのもつかの間、カケルは担任にとんでもない勢いで抱き着かれた。状況が呑み込めないカケルだったが担任によるとカケルは半年以上失踪していたらしい。夢の世界でどれくらいの時間がたったかなどもう全く覚えていないがまさかそれほど時間が経過していたとは思いもよらなかった。
家族に泣きつかれたり警察にお世話になったり迷惑かけた人たちに頭を下げに行ったり友達におかえりパーティをしてもらったりしてしばらくは慌ただしく過ごした。大事な受験シーズンに失踪してしまったからこれから勉強も大変だろう。
夢の世界のことは言わなかった。きっと頭のおかしい奴だと思われるだろうしあれは夢だったのだ。自分の心の中にしまっておこう。
いつまでもフラフラと夢を見ていてはいけない。夢を現実にするためには、一歩ずつしっかり地に足つけて歩んでいかなければならないのだ。
そう携帯を見ながら心を新たにしたカケルは受験勉強を再開するのだった。