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MAGicaL DayS  作者: 椿楓
8/23

勇者ごっこ 6

 並んだ二人を見て、おれは叫んだ。

「お前らは――オオノ、ワダ!」

「エイマだ!」

「ミズキだよ!」

 二人同時に怒った。肩まで組んじゃって。お二人さん、いつの間にかずいぶんと仲良くなってたのね。

「空気を読めない人たちね。あいつら、おにいちゃんのお友だち?」

「バカ言うなよ」

 ミズキとは親友だと思っていたが、断交されたばかりだからな。

「しかし、おまえら。本当にしつこいな」

「黙れ。……それより、おれの地図を盗んだのは、あんたらだろ」

「それがどうしたよ」

「あれを返してもらおうか」

「あと、ボクの大事なモノも、返してもらえたら嬉しいなって」

「どっちも、もうこの世界にはないぜ。諦めろ」

「そんな……」

「じゃあ、ボクは……」

 二人して床に膝をつき、落胆している。似た者同士だな。

「おれは、あんたを許さない。絶対にな」

 エイマは剣を抜き、雷をまとわせる。この状況で敵が増えるだって? 冗談じゃない。前方にエイマとミズキ。後方にはユウカ。これは、マジで絶望的だな。

「ちょっと、あんたたち。邪魔しないでくれない?」

 ユウカは不機嫌そうに言い放った。

「あんたが魔王だな?」

 魔王はさっきの部屋に倒れてるはずだろ。……まさか、勘違いしてる?

「あんたを殺すのは、このおれだ。だから、黙って引っ込んでろよ」

「引っ込むのは、あんたのほうよ」

 どす黒い焔がエイマを襲う。お、おおっ? なんかよく分からんが、チャンスかも。

 と、その瞬間。おれは腹を殴られた。

 おれの腹を殴ったのは――この威力からして、ミズキしかいない。鳩尾は外れていたから、なんとか踏みとどまることができた。

 すぐに距離を取り、身構える。盗賊らしいが、武器は使ってなかった。空手を使用した戦い方というのも、現実となんらかの関係性があるんだろう。厄介なやつだ。

「おまえ、どうして盗賊なんてやってるんだ?」

「ボクには、ほしいものがあったからね」

「まさか――おれのハート?」

「へ?」

「いやいや、悪いがそれはダメだ。いくらアレを失ったからって、完全に女になったわけじゃないんだからよ」

「いや、ボクにはおち――」

「やめろーっ! そんな下品なことを言うな。おまえは早く足洗って、シスターになれ」

「なに言ってるの? シュウヤ……」

 カギノに白い目で見られてしまった。おれは軽く咳払いし、沈黙を破る。

「よし、フォロー頼むぜ」

 おれは剣を構え、ミズキと相対する。拳が迫る。間一髪かわすと、おれの横を、後ろからなにかが通り過ぎていった。

 それは、ちょうどよくミズキの股間に刺さった。矢だ。矢が、ミズキの股間を再び襲っていた。

 そのまま白目をむいて、ミズキは倒れた。泡も吹いてる。おまえのこと、忘れないからな。

 振り返ると、エイマが構えていた。手からは、見ているだけで感電してしまいそうな量の電撃が、眩い輝きを放っていた。あれを食らったら、確実に死んでしまう。

 ユウカはユウカで、限界まで黒い火焔をためているようだった。この戦い、ただじゃ終わりそうもない。もうおれが手出しできないほど、高度な戦いをしていた。

 エイマが雷を放つと同時に、ユウカも爆焔を発射する。雷と焔。二つの力は拮抗していた。が、やがて競り勝ったのは――エイマの雷だった。

「きゃあぁぁっ!」

 エイマの雷をもろに食らったユウカは、後ろの壁まで吹き飛ばされた。壁は大きくへこみ、くもの巣のような亀裂を作った。床に倒れているユウカは、痙攣を起こしていた。

 雷によって、心停止を起こしているんじゃないか。おれはユウカのもとに駆け寄った。

「ユウカ――」

 この世界で、ユウカは敵だ。

 けど、妹が死にそうになってるのに、そのまま見殺しにできるはずもなかった。親父やミズキにしても、敵として現れるから戦ったが、殺すつもりなんてない。ただ、野望を阻止するだけでいいんだ。

「――死ぬなよ」

 妹が誰かの手によって傷つけられて、兄が平気でいられるわけないよな。おれは、ユウカの唇に、自分の唇を重ねた。心臓マッサージなんてやったことがない。うろ覚えでも、実践するしかなかった。ユウカを助けるために!

「あんた、正気か? 魔王を助けるなんてさ!」

 雷が放たれた。今そんな攻撃を受けたら、ひとたまりもない。

 が、雷はなにもない空間に弾かれ、霧散した。違う。これは、カギノの魔法盾だ。

「カギノ!」

「私、頭が悪いから、シュウヤのしようとしてること、よく分からないよ。けど、今しようとしてることは、意味があるんだよね?」

「……ああ、あるさ。大ありだ!」

「だったら――私は、シュウヤを信じる」

 こんなおれを、信じてくれてありがとう。信じてもらえたなら、やるしかないよな。

 人工呼吸と心臓マッサージをくり返す。頼む、起きてくれ。目を開けてくれ!

「かはっ、はぁ……ッ」

 ユウカは目を開き、おれの顔を見た。ここで急に攻撃されたら死ぬな、と思った。それもいいさ。そうなったらなったで、仕方ない。

「おにい、ちゃん……?」

「大丈夫か? 苦しくないか?」

「あたしを、助けてくれたの……?」

 おれは無言で頷いた。

「なんで? あたしは、おにいちゃんに、たくさんひどいことしたのに。なのにどうして助けてくれたの?」

「兄貴が妹を助けるのは、当たり前のことだろ」

 ユウカは顔をゆがめ、泣き出してしまった。戦意はなし、と。おれはユウカをその場に残し、立ち上がる。残る敵は、エイマだけだ。

 振り返ると、エイマがカギノの首を絞めていた。おれの怒りが、頂点を迎えた。

 気がつけば、おれの右拳がエイマの顔面をとらえていた。拳をめり込ませたまま、おれは加速をやめない。

 流星剣舞と、度重なる階段の上り下りにより、すでに足の疲労はピークに達していた。これ以上足を酷使するのは、あまりいいことじゃなかった。が、そんな甘ったるいことを言えるほど、今のおれは優しくない。

 今、こいつをぶっ飛ばさなくちゃ、気が済まない。

「うおぉぉぉぉぉっ!」

 拳からも焔を出し、そのまま壁にエイマをぶつけた。壁が砕け、そのまま突き抜けていった。さすがに、もう立ち上がったりできないだろう。

 安堵し、おれはその場に腰を下ろした。もう走りたくない。そう思うほど、たくさん走った。駆け抜けたんだ。

 まだ、ユウカもカギノも立ち上がらなかった。きっと疲れているんだ。もうしばらく、ここで休んでいこう。

 そう思った時だ。

 扉のほうから、黒い影が現れた。ふらふらと歩いていたと思えば、急にスピードを出した。カギノのほうに向かっているようだった。あれは――。

「――マイ?」

 影の正体は、マイだ。今まで、マイが現れていないことを、すっかり忘れてた。まだ彼女が、敵として現れてなかった。

「なにを、する気だ……?」

 マイの手には短剣が握られていた。少なくとも味方じゃない。まさかカギノを殺そうとしてるんじゃないよな。

 そんなこと、絶対にさせてたまるか。

 おれは立ち上がり、駆けた。歯を食いしばり、必死で駆けた。カギノは、おれが守る!

 ぐさり、と音が鳴った。おれにはそう聞こえた。

「あ、あっ……」

 マイは驚きに目を見開いていた。それはそうだ。突然おれが目の前に現れたんだから。驚くに、決まってる。

「え……?」

「だい、じょうぶ、か……?」

 おれの右わき腹から、短剣が抜き取られた。血が滴り、地面を赤く濡らす。それでもおれは、倒れるわけにはいかなかった。

「マイ……。カギノは、殺させ、ないぞ……」

「そんな、私は、そんなつもりなかったのに……。全部、そこの女が悪いのに……ッ!」

 短剣を投げ捨てて、マイは走り去っていった。彼女がなにに動揺してるのか、分からなかったが、カギノが殺されずに済んでよかった。

 そう思ったら、途端に力が抜けた。そのまま仰向けに倒れた。

「シュウヤ!」

「おにいちゃん!」

 いつの間にか、二人が駆け寄ってきていた。

「悪い……。なんだか、眠いんだ……」

 ちょうど、視線の先に、空が見えた。月明かりが眩しい。きれいな星空だ。こんな月夜の下で死ねるなら、それもいいかもしれない。

 きらり、となにかが光った。

 流星だった。ひとつ、またひとつと、流れ星が光り、そして消えてゆく。たった一瞬の輝き。しかし、無数の輝きは、尽きることがなく、そして美しかった。

「はは……。きれい、だな……」

 カギノに言わなくちゃいけないことがあった。でも、怖くて言えなかった。許してもらえるか分からなかったから。「ごめん」と言うことを、恐れていた。

 果たして、おれが言うべきことは、その言葉なのか?

 違うだろ。今言わなくちゃいけないのは、そんな言葉じゃない。おれが言わなくちゃいけないのは――。

「――ありがとう」

「……うん。分かった。分かってるから……」

 やっと言えた。あの時助けてくれたから、今のおれがある。カギノは犠牲になったんじゃない。おれを助けてくれたんだ。だからこそ、この世界でカギノを助けられたんだ。

 すべてはつながっている。円環のように。

 自然とまぶたが落ちていく。同じだ。歩道橋から落ちた時と、同じ感覚。

「どこにも行っちゃ嫌だよ!」

「おにいちゃん、死なないでー!」

 そうは言ってもな……。おれだって、死にたくない。せっかく助けられたんだから、一緒に過ごしたかった。でも、力がまったく入らなかった。

 視界が薄れてゆく。そして、暗く、染まってゆく。

 意識が――、


    暗黒へと――、


       深闇へと――、


           呑まれて――、


               消えてゆく――――。


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