勇者ごっこ 6
並んだ二人を見て、おれは叫んだ。
「お前らは――オオノ、ワダ!」
「エイマだ!」
「ミズキだよ!」
二人同時に怒った。肩まで組んじゃって。お二人さん、いつの間にかずいぶんと仲良くなってたのね。
「空気を読めない人たちね。あいつら、おにいちゃんのお友だち?」
「バカ言うなよ」
ミズキとは親友だと思っていたが、断交されたばかりだからな。
「しかし、おまえら。本当にしつこいな」
「黙れ。……それより、おれの地図を盗んだのは、あんたらだろ」
「それがどうしたよ」
「あれを返してもらおうか」
「あと、ボクの大事なモノも、返してもらえたら嬉しいなって」
「どっちも、もうこの世界にはないぜ。諦めろ」
「そんな……」
「じゃあ、ボクは……」
二人して床に膝をつき、落胆している。似た者同士だな。
「おれは、あんたを許さない。絶対にな」
エイマは剣を抜き、雷をまとわせる。この状況で敵が増えるだって? 冗談じゃない。前方にエイマとミズキ。後方にはユウカ。これは、マジで絶望的だな。
「ちょっと、あんたたち。邪魔しないでくれない?」
ユウカは不機嫌そうに言い放った。
「あんたが魔王だな?」
魔王はさっきの部屋に倒れてるはずだろ。……まさか、勘違いしてる?
「あんたを殺すのは、このおれだ。だから、黙って引っ込んでろよ」
「引っ込むのは、あんたのほうよ」
どす黒い焔がエイマを襲う。お、おおっ? なんかよく分からんが、チャンスかも。
と、その瞬間。おれは腹を殴られた。
おれの腹を殴ったのは――この威力からして、ミズキしかいない。鳩尾は外れていたから、なんとか踏みとどまることができた。
すぐに距離を取り、身構える。盗賊らしいが、武器は使ってなかった。空手を使用した戦い方というのも、現実となんらかの関係性があるんだろう。厄介なやつだ。
「おまえ、どうして盗賊なんてやってるんだ?」
「ボクには、ほしいものがあったからね」
「まさか――おれのハート?」
「へ?」
「いやいや、悪いがそれはダメだ。いくらアレを失ったからって、完全に女になったわけじゃないんだからよ」
「いや、ボクにはおち――」
「やめろーっ! そんな下品なことを言うな。おまえは早く足洗って、シスターになれ」
「なに言ってるの? シュウヤ……」
カギノに白い目で見られてしまった。おれは軽く咳払いし、沈黙を破る。
「よし、フォロー頼むぜ」
おれは剣を構え、ミズキと相対する。拳が迫る。間一髪かわすと、おれの横を、後ろからなにかが通り過ぎていった。
それは、ちょうどよくミズキの股間に刺さった。矢だ。矢が、ミズキの股間を再び襲っていた。
そのまま白目をむいて、ミズキは倒れた。泡も吹いてる。おまえのこと、忘れないからな。
振り返ると、エイマが構えていた。手からは、見ているだけで感電してしまいそうな量の電撃が、眩い輝きを放っていた。あれを食らったら、確実に死んでしまう。
ユウカはユウカで、限界まで黒い火焔をためているようだった。この戦い、ただじゃ終わりそうもない。もうおれが手出しできないほど、高度な戦いをしていた。
エイマが雷を放つと同時に、ユウカも爆焔を発射する。雷と焔。二つの力は拮抗していた。が、やがて競り勝ったのは――エイマの雷だった。
「きゃあぁぁっ!」
エイマの雷をもろに食らったユウカは、後ろの壁まで吹き飛ばされた。壁は大きくへこみ、くもの巣のような亀裂を作った。床に倒れているユウカは、痙攣を起こしていた。
雷によって、心停止を起こしているんじゃないか。おれはユウカのもとに駆け寄った。
「ユウカ――」
この世界で、ユウカは敵だ。
けど、妹が死にそうになってるのに、そのまま見殺しにできるはずもなかった。親父やミズキにしても、敵として現れるから戦ったが、殺すつもりなんてない。ただ、野望を阻止するだけでいいんだ。
「――死ぬなよ」
妹が誰かの手によって傷つけられて、兄が平気でいられるわけないよな。おれは、ユウカの唇に、自分の唇を重ねた。心臓マッサージなんてやったことがない。うろ覚えでも、実践するしかなかった。ユウカを助けるために!
「あんた、正気か? 魔王を助けるなんてさ!」
雷が放たれた。今そんな攻撃を受けたら、ひとたまりもない。
が、雷はなにもない空間に弾かれ、霧散した。違う。これは、カギノの魔法盾だ。
「カギノ!」
「私、頭が悪いから、シュウヤのしようとしてること、よく分からないよ。けど、今しようとしてることは、意味があるんだよね?」
「……ああ、あるさ。大ありだ!」
「だったら――私は、シュウヤを信じる」
こんなおれを、信じてくれてありがとう。信じてもらえたなら、やるしかないよな。
人工呼吸と心臓マッサージをくり返す。頼む、起きてくれ。目を開けてくれ!
「かはっ、はぁ……ッ」
ユウカは目を開き、おれの顔を見た。ここで急に攻撃されたら死ぬな、と思った。それもいいさ。そうなったらなったで、仕方ない。
「おにい、ちゃん……?」
「大丈夫か? 苦しくないか?」
「あたしを、助けてくれたの……?」
おれは無言で頷いた。
「なんで? あたしは、おにいちゃんに、たくさんひどいことしたのに。なのにどうして助けてくれたの?」
「兄貴が妹を助けるのは、当たり前のことだろ」
ユウカは顔をゆがめ、泣き出してしまった。戦意はなし、と。おれはユウカをその場に残し、立ち上がる。残る敵は、エイマだけだ。
振り返ると、エイマがカギノの首を絞めていた。おれの怒りが、頂点を迎えた。
気がつけば、おれの右拳がエイマの顔面をとらえていた。拳をめり込ませたまま、おれは加速をやめない。
流星剣舞と、度重なる階段の上り下りにより、すでに足の疲労はピークに達していた。これ以上足を酷使するのは、あまりいいことじゃなかった。が、そんな甘ったるいことを言えるほど、今のおれは優しくない。
今、こいつをぶっ飛ばさなくちゃ、気が済まない。
「うおぉぉぉぉぉっ!」
拳からも焔を出し、そのまま壁にエイマをぶつけた。壁が砕け、そのまま突き抜けていった。さすがに、もう立ち上がったりできないだろう。
安堵し、おれはその場に腰を下ろした。もう走りたくない。そう思うほど、たくさん走った。駆け抜けたんだ。
まだ、ユウカもカギノも立ち上がらなかった。きっと疲れているんだ。もうしばらく、ここで休んでいこう。
そう思った時だ。
扉のほうから、黒い影が現れた。ふらふらと歩いていたと思えば、急にスピードを出した。カギノのほうに向かっているようだった。あれは――。
「――マイ?」
影の正体は、マイだ。今まで、マイが現れていないことを、すっかり忘れてた。まだ彼女が、敵として現れてなかった。
「なにを、する気だ……?」
マイの手には短剣が握られていた。少なくとも味方じゃない。まさかカギノを殺そうとしてるんじゃないよな。
そんなこと、絶対にさせてたまるか。
おれは立ち上がり、駆けた。歯を食いしばり、必死で駆けた。カギノは、おれが守る!
ぐさり、と音が鳴った。おれにはそう聞こえた。
「あ、あっ……」
マイは驚きに目を見開いていた。それはそうだ。突然おれが目の前に現れたんだから。驚くに、決まってる。
「え……?」
「だい、じょうぶ、か……?」
おれの右わき腹から、短剣が抜き取られた。血が滴り、地面を赤く濡らす。それでもおれは、倒れるわけにはいかなかった。
「マイ……。カギノは、殺させ、ないぞ……」
「そんな、私は、そんなつもりなかったのに……。全部、そこの女が悪いのに……ッ!」
短剣を投げ捨てて、マイは走り去っていった。彼女がなにに動揺してるのか、分からなかったが、カギノが殺されずに済んでよかった。
そう思ったら、途端に力が抜けた。そのまま仰向けに倒れた。
「シュウヤ!」
「おにいちゃん!」
いつの間にか、二人が駆け寄ってきていた。
「悪い……。なんだか、眠いんだ……」
ちょうど、視線の先に、空が見えた。月明かりが眩しい。きれいな星空だ。こんな月夜の下で死ねるなら、それもいいかもしれない。
きらり、となにかが光った。
流星だった。ひとつ、またひとつと、流れ星が光り、そして消えてゆく。たった一瞬の輝き。しかし、無数の輝きは、尽きることがなく、そして美しかった。
「はは……。きれい、だな……」
カギノに言わなくちゃいけないことがあった。でも、怖くて言えなかった。許してもらえるか分からなかったから。「ごめん」と言うことを、恐れていた。
果たして、おれが言うべきことは、その言葉なのか?
違うだろ。今言わなくちゃいけないのは、そんな言葉じゃない。おれが言わなくちゃいけないのは――。
「――ありがとう」
「……うん。分かった。分かってるから……」
やっと言えた。あの時助けてくれたから、今のおれがある。カギノは犠牲になったんじゃない。おれを助けてくれたんだ。だからこそ、この世界でカギノを助けられたんだ。
すべてはつながっている。円環のように。
自然とまぶたが落ちていく。同じだ。歩道橋から落ちた時と、同じ感覚。
「どこにも行っちゃ嫌だよ!」
「おにいちゃん、死なないでー!」
そうは言ってもな……。おれだって、死にたくない。せっかく助けられたんだから、一緒に過ごしたかった。でも、力がまったく入らなかった。
視界が薄れてゆく。そして、暗く、染まってゆく。
意識が――、
暗黒へと――、
深闇へと――、
呑まれて――、
消えてゆく――――。