勇者ごっこ 5
二階の長い廊下を進んだ先に、大きな扉を発見した。
魔王の作成した罠の地図なんてなくても、こうしてたどり着くことくらいできたんだ。あんな大変な思いまでしたのにな。バカみたいだ。
「この奥に、魔王が……」
「長かったろ」
おれには数十時間の旅にしか感じないが、カギノからすれば大変な道のりだったろう。
「うん。前にこの城にたどり着いた時には、魔王の幻で、くじけずに……前進しろ? みたいな言葉が空から聞こえてきて、急に最初の村まで戻されちゃったし」
「それはそれは……。さぞかし長かったな」
魔王を倒す前に最初の村に戻されるとは……。難度高すぎるだろ。あと鎧の下にパンツしか穿いてないカギノの姿を想像してしまって色々とヤバい……って、そんなことはどうだっていい。今は魔王との戦いに集中しないと。
「――行くぞ」
重厚な扉を開くと、眩い光がおれたちを出迎えた。ゆっくりと目を開くと、そこには……。
「おまえが、魔王……ッ!」
「おお、侵入者がいると思えば――」
偉そうにふんぞり返り、玉座にどっしりと腰を下ろしている男。いかにも悪そうな風貌で、肘掛に頬杖をついている。その男は、紛れもなく――。
「よく戻ってきたな、わが息子よ」
「親父……ッ!」
年甲斐もなく魔王のコスプレとか、似合ってないからやめてくれよ。これが実の父親とか、超恥ずかしい。……おれも大概だけどな。
「どうした。感動の再会といこうではないか。ん?」
いやいや、そんな格好の親父と感動の再会とかできないから。悪い冗談はやめてくれ。
「親父、勘違いしてるようだから言っておく。おれは、親父のちっぽけでくだらない野望とやらを、打ち砕きに来ただけだ」
「……そうか。やはり、貴様と私とでは、どうあっても相容れないようだな」
おれは剣を抜いた。親父との距離は、目測で約一〇〇メートル。もう何度も走った距離だ。左ひざの痛みはない。この世界だからこそ可能になる、おれの全速力を見せてやる。
「貴様は、私を倒せるとでも思っているのか?」
「倒せるさ。昔から、父親を超えるのは息子だって相場で決まってんだよ」
抑えていた感情を爆発させるように、おれは焔を全身から放出した。
「ま、待て。貴様にひとつ、提案がある」
「……一応、聞いてやる」
「もし私の味方になれば、世界の半分を――」
「いいえ」
「まだ最後まで――」
「聞かんでも分かる」
ここは「勇者ごっこ世界」じゃなくて、「親父のレトロゲームコレクション世界」なんじゃないだろうか。
「話は終わりだな? だったら――行くぜ」
剣を構え、地面を蹴る。たぎる想いを、カギノを守りたいという気持ちを、すべて出し切る!
「流星――剣舞!」
刹那、おれは親父を斬っていた。
あまりに一瞬の出来事で、おれには感慨もなにもなかった。ああ、倒した。そんな程度だ。けど、脚が痛いな。おれが止まれたのは、倒れた親父のはるか後方だった。
「シュウヤ……、今のは?」
「おれの新必殺技、流星剣舞だ」
この世界だからこそ可能になる走り――それは、魔法を利用した走法だ。
地下に落下した時のことだ。
落下の衝撃を和らげるために、両足から焔を出すというアイディアを閃いた。手から出せるなら、足からも出せるという発想である。
爆発的な焔を足先から噴射した結果、落下のスピードが相殺され、五点着地により致命傷を負わずに済んだ。その時に、これを戦いに利用できないか、と思っていたんだ。
足の裏から、ジェット噴射のごとく、勢いよく焔を噴射。これにより、スターティングブロックを使ったクラウチングスタート以上の、スタートダッシュが切れた。
焔による加速は、後半に入っても衰えない。というよりも、止まることを度外視とした超加速をも可能とした。一〇〇メートルを三秒という、人類最速記録の誕生だ。
――いわば、今のおれは流星。
惜しむらくはブーツだったということか。スパイクであれば、もっと速く走れていたはず。……いや、それは言い訳か。スパイク云々の前に、足腰の筋肉を鍛えなおさないと。
止まる時は、足裏の焔を消し、剣にまとわせていた焔を前側に一気に放出すれば止まれた。斬ってすぐにブレーキをかけたのに、止まったのはかなり後ろだった。それに、あのスピードから急に止まったものだから、全身に――特に足腰に――負荷が掛かっていた。
「流星剣舞……。うん、いい名前だね」
「だろ?」
つい童心に返って必殺技の名前なぞ叫んでしまったが、いい響きだと思う。
「これで、平和になったんだよね……?」
「そうだ。もう、安心しても大丈夫だぜ」
おれは横たわってる親父の姿を見下ろす。悪いな、親父。おれはカギノを守ると決めてたんだ。だから、親父を倒さなくちゃ、世界は平和にならないんだ。
……それに、あの地図のせいでどれだけ苦労させられたことか。
ま、これで終わりだ。おあいこ、ということにしよう。確認すれば、親父は気絶してるだけだしな。カギノも無事に守ることができた。これから先も、ずっと守り続けよう。
「んじゃ、帰るか」
「ま、て……」
王の間を出ようとした時、倒れている親父が、呻くように言った。のろのろと手を動かしているが、起き上がれそうには見えなかった。
「ま、だ……終わりでは、ない……。ユウカが、ユウ、カ――」
「ユウカがどうしたって言うんだよ!」
急いで駆け寄ったが、親父はすでに気を失っていて、返事はなかった。
ユウカがまだ現れていないことは知っている。けど、戦わなくて済むならそれでいいと思っていた。それでもやはり、戦わなくちゃならないということか。
おれの横には、カギノが立っていた。カギノの瞳には、世界を平和にしたいという、力強い意思が込められていた。
……やっぱり、おれの仲間は、最強の戦士しかありえないな。
「行こうぜ。この世界を、おれたちで平和にしてやるんだ!」
世界を平和にすると意気込んだものの、この王の間には、おれたちが入ってきた扉以外に出入口はなかった。やはり、隠し通路があるに違いない。
廊下に並ぶ扉をしらみつぶしに調べるのは、さすがに無理だ。足の疲労が半端じゃないし、カギノだって、くじいた足が完全に治っているわけじゃなかった。赤の扉でもあれば、せっかくだし選ばないこともないが。
よく考えろ。この世界で出入口があるとしたら――あそこしかないじゃないか。
おれは迷わず玉座の裏に行き、床を叩いた。ほかの床も叩き、音の違いを比べてみる。ビンゴ。間違いなくここだ。わずかではあるが、風も感じる。
火球で床を破壊すると、地下へと通じる階段が現れた。「なんだこの階段はぁ!」と驚くべきか否か。それはともかく、この先にユウカはいるはずだ。
「つか、また地下かよ……。ったく、世界を乗っ取ろうとか考えるやつは、高いところと地下にしか興味がないのかよ」
「私は、高いところ好きだよ」
「……まあ、いかにも高いところ好きそうだもんな」
「えへへっ。よく分かったねー」
いや、分かるよ。というより、皮肉だって気づいてくれよ。
小学生の時も、カギノはジャングルジムとか登り棒、樹の上など、とにかく高いところに上りたがった。煙となんとかは高いところが好き、なんて言葉もあるけど、なるほど、納得できる。カギノの頭脳だけは、まったく頼りにならなかった。
おれの考えなんて露知らず、カギノは満面の笑顔である。ま、それもまたカギノの魅力なんだけどな。
階段を下り、廊下を進んでいくと、またしても大きな扉が待ち受けていた。ここに、ユウカがいるのだろう。カギノと顔を見合わせ、扉を開けた。
扉を開くと、王の間とそっくりの部屋がそこに広がっていた。違うといえば、部屋の真ん中に水晶が浮いていることと、玉座に座っている人物だ。
「ユウカ……」
「来たんだね、おにいちゃん」
黒いローブを羽織っているユウカが、玉座から立ち上がり、手をこちらに向けた。
「カギノ、魔法盾を張れっ!」
ユウカは手のひらから黒焔を放った。おれの魔法と比べるまでもなく、強力で巨大な焔だった。魔法盾はあっさりと破られた。
が、おれは超加速により、カギノを抱いてその場から脱出していた。一瞬の防御だったが、それがあったからこそ逃げ切れた。
左足のブーツが脱げ、その場に残されているはずだった。けど、どこにも落ちてない。灰にならずにそのまま焼失したということなんだろう。
――あのままその場にいたら、おれたちが、ああなるところだった、ということか。
「やるね、おにいちゃん」
「へっ、ユウカこそな」
カギノを下ろし、片方のブーツを脱ぎ捨てる。石の破片が散らばっているが、火力を高めれば、足裏も守られるだろう。あと一発、流星剣舞を見舞ってやる。
「さっきのあの技なら、やめておいたほうがいーよ」
「な……ッ!」
「あんな一直線しか進めない技、来ると分かっていれば、簡単にかわせちゃうもん」
その通りだ。ユウカは、あそこに浮いてる水晶で、おれたちの戦いを見ていたのか。なんにせよ、こちらの手の内はばれている。もう、流星剣舞は使えない。
が、それならそれで、いくらでもやりようはある。おれは全身から焔を発した。
「だーかーらー。それは通じないって言ってるでしょ?」
「あんまり、おれをなめんなよ」
おれは大地を蹴った。スタートする瞬間のみ、最大量の火焔を放出する。これで、ユウカには直線を走ってくると思わせることができるはずだ。
けど、致命的欠陥を残したまま、おれがあの技を使うわけがない。
ユウカは右に避けた。減速しているなか、それを冷静に確認し、右に足を向ける。同時に、再び地面を、力強く蹴った。
「おにいちゃんが、消えた?」
ユウカは明らかに動揺していた。それもそうだ。おれが一瞬にして、ユウカの視界から外れたんだから。まあ、本当に消えたわけじゃないけどな。
今おれは、ユウカの真上にいる。焔を利用としたダッシュができるんだから、それを跳躍に活かさない手はなかった。それももちろん、確認済み。崩れる階段で、カギノを背負って跳んだ時も、この技を使っていた。
火焔をまとわせた剣を、おれは振り下ろす。これで、終わりだ!
「――なーんてね」
ユウカは上を向き、にやりと笑った。気づかれてた? まさか、そんなバカな……。
いや、よく考えてみろ。
視界から突然消えたら、地上か地下を疑うのは当然だ。わざわざ逃げ場のない上空に跳ぶなんてバカじゃないか。戦術を平面的にとらえていたために起こったミスだった。ここじゃカギノの魔法盾も届かないだろう。
ユウカが手をかざすのを見て、身体を空中で半回転させた。足裏から焔を噴射し、空中を移動する。黒焔がおれの横を通り過ぎる。当たってもないのに、おれの肌を焦がした。
けど、なんとか死だけは免れた。
着地して、恐る恐る見上げると、天井にはぽっかりと穴が空いていた。おいおいマジかよ。ここ地下だぞ。なのに、空が見えるってどういうことだよ。
「おにいちゃんこそ、あたしをなめすぎてるんじゃない? その程度で、勝てるわけないじゃん」
雲泥の差とはこのことだ。確かに、妹なら勝てると思っていた。今後、その考えはもう捨てる。それでも、絶対に勝てないとは思わない。なにか勝つ方法が、必ずあるはずだ。
その時だった。
二つの足音がこちらに近づいてきていた。おれとユウカは同時にドアのほうを見た。敵か味方か。この状況で敵が増えたりしたら、間違いなくおれの負けだ。
人影が近づいてくる。おれは息を呑んだ。
「おれも混ぜてもらおうか」
「ボクも、ね……」
二つの人影が、この戦場に足を踏み入れた――。