勇者ごっこ 4
無駄に豪勢な内装をしつらえた城の廊下を、おれたちは歩いていた。
廊下に並ぶ扉の数を見るに、部屋数も多いようだ。終わりの見えない廊下には、心もとないロウソクの灯が点々と続いているだけ。それが余計に不気味さを演出していた。
「なんか、怖いね」
「確かにな。魔王も趣味が悪い」
おれは指先から小さな焔を発した。さっきの戦いで、焔の扱いにも慣れた気がする。感情だけでなく、自分の意思でも制御は可能だ。
それでもまだ使い慣れてないはずなのに、こうして扱えるのは、この世界での「シュウヤ」がもともと使っていたからなんだろうな。剣術にしてもそうだ。
この世界にもともといた「シュウヤ」には感謝しないとな。だけど、そうすると「シュウヤ」はいったいどこに行ってしまったんだろう。もしかして消えてしまったのか。だとしたら、おれのせいなんじゃないか?
「ねえ、地図を照らしてもらってもいい?」
先ほど手に入れたばかりの地図を、カギノは早速広げていた。焔を近づけて照らし、おれも横からのぞき込んだ。
詳細な部分まで丁寧に描かれた精緻な地図だ。作り手の几帳面な性格が如実に表れている。一目見れば、今、おれたちがどこに立っているのかもすぐに分かった。
「で、魔王のいる場所への道は、なんて書いてある?」
カギノは得意げな顔で地図を一通り眺め、うんうん、としきりに頷いていた。
「うん、だいたい分かったかも。今がここだから――次はこっち!」
「地図を読むのが得意なんだな」
「別に、得意ってわけじゃないよ。でも、好きなんだよね」
こちらに向けた笑顔が、とてもかわいかった。不安はあるけど、任せてしまって大丈夫だろう。こちらの世界に長くいるのはカギノだったし、おれは方向音痴だ。
「こっちこっち!」
カギノが指をさした。おれは、カギノの指示に従うことにした。
――右の扉を蹴破り、机をすべて壁側へと寄せて移動させ、矢で窓を割る。そして暖炉に火をつけて、床に描かれた紋様の上で、三度飛び跳ねる。すると――
「すると、どうなるんだ?」
二度目の着地をしたおれは、机側に立っているカギノに訊いた。こういった手順を踏むのも、RPGの醍醐味だよな、なんて思う。こんな時にあれだが、なんだか楽しくなってきた。
「えーと……あ! 間違えた!」
「なんか忘れちまったのか?」
おれはその場でジャンプする。
「これをすると、落とし穴に落ちるみたい!」
「へ?」
三度目の跳躍を終えて、紋様の上に着地する。
瞬間、大音を立てて、床に大きな穴が現れた。
「う、うわああぁぁぁぁッ!」
身体が宙に投げ出された! どこに? てか死ぬんじゃないか? 最悪ゲームオーバー? いやいや、これはゲームじゃないんだぞ!
そんなことを考えている間にも、どんどん落下していく。延々と、深淵へと、どこまでも…………。
「はぁ、はぁ……。し、死ぬかと思った……」
その実、マジで死ぬところだった。
推定地下一〇〇階まで落ちたものの、焔でなんとか着地の衝撃を和らげ、死を防ぐところまではよかった。
が、針山地獄に水攻め、毒矢に巨大岩石と、明らかに殺傷を目的とした、極悪非道なトラップのオンパレードに、何度死にかけただろう。
武器が吹き飛ばされて取りに戻ったり、幻術をかけられてしまったり、魔法が使えなくなったり……。挙句の果てには、落とし穴でワンフロア下に落とされたりもした。
数時間かけて、カギノの待つ一階にまで戻ってこられた。よく戻れたなと自分を褒めてやりたい。もう疲れた。燃え尽きたよ、真っ白に。ここで寝てしまいたかった。
「ごめんね、シュウヤ……」
「ま、そんなこともあるって。とりあえず、次は間違えないでくれよ」
「うん……」
カギノはたいそう落ち込んでいるようだった。けど、反しておれは、ホッとしていた。あの苦行をカギノに味あわせずに済んだからだ。あのデストラップから守りきる自信はない。
それに、得たものもある。地下に行って得たもの――それは、使えそうもない金貨だ。これでどうしろって言うんだ。あれか? 銭投げみたいに武器にすればいいのか? さすがに無理があるだろ。
ま、地下に行って得たものは、もうひとつあるんだけどな。
カギノは地図を熱心に読み込んでいる。さっきみたいな突拍子もないミスを、そう何度もするはずがない。カギノを信じよう。
――廊下の角を曲がった挙句、まっすぐ進むふりをしながら、一回転半し、左を見ながら右へ進むと――
「……進むと?」
「魔王の像にぶつかります」
「んなことだろうと思ったよ! 指令からしておかしすぎんだろ!」
まず、読む前に気づいてくれよ。そんな指示を真面目に読んでる横で、おれはどんな顔してればいいんだ。どこかに頭でも打ったんじゃないかと心配になったぞ。
おれは右へ進まずに立ち止まっていたので、当たり前だが、魔王の像にぶつかったりしなかった。こんなバカみたいな罠に引っかかってたまるか。
右には魔王の像がある。さて、魔王の顔でも拝見させてもらおうか。手のひらに乗っている焔を上に近づけていく。どんな顔をしてるんだ――?
と思えば、急に銅像が揺れはじめた。――違う、倒れてきやがった!
「はぅあっ!」
銅像に押しつぶされた。
「――あと、ぶつかる直前に停止し、灯した火で顔を確かめようとすると、倒れてくるので注意が必要、だって」
「あ、そう……。それより、たすけ、て……」
助けると誓った相手にまたしても助けられてしまった。自信なくなってきた。無論、守ると決めた以上、途中で放棄するつもりはない。でも、できるかぎり守られないようにしたい。
魔王の銅像は砕け、顔を見ることは叶わなかった。骨折り損のなんとやら、だ。いや、またひとつ収穫はある。
「おれに考えがある」
「なに?」
「その地図を使うのは、もうやめよう」
「ええー? もったいなくないかな」
「知ってるか? おれの生命は一個しかないんだぜ」
「うーん。それもそだね。じゃ、あと一回だけ」
次で死ぬかもしれないな、おれ。二度あることは三度あるとも言うし。三度目の正直という言葉もあるけど。
「とりあえず、今度はおれも一緒に選ぶ」
自分の死に様くらい選ばせてくれ。でないと、死んでも死にきれん。
地図を受け取り、一通り眺めてみる。なになに? 廊下のロウソクを全部消すと――真っ暗になります。城を燃やすと――灰になります。……なにこれ。バカにしてんのか?
「おっ、これはなんだろう」
おれの言葉に反応して、カギノが横から覗き込んできた。
「最後のほう、読めなくなっちゃってるね」
またどうせ危険な指示なんだろう。見るかぎり、行動内容はまともだ。もしかすると、正解のルートなのかもしれない。
「どう思う?」
「私も、最初からこれが怪しいな、って思ってたんだよね」
だったら最初からこれを選んでくれ。
「……やってみるか」
おれは溜息をつき、指示に従って行動をはじめた。
――城の東側にある廊下を南方向へと進み、その先にある階段を下る。最下層の牢獄にある骸骨の頭部を持ち、一階まで戻る。それから、魔王の銅像の下にあるスイッチを押すと、地下二〇階の部屋に隠し扉が現れる。その部屋の真ん中にある台座に、骸骨の頭部を乗せると――
「さあ、どうなる!」
本当に頼むぞ。そう願ってたら、骸骨が光り出した。これは、なにかが起こる……。
『えらいっ』
………………ん?
「今、なんて言ったんだ?」
「『えらいっ』って聞こえたよね」
「やっぱり、そう聞こえたか」
なにが偉いって言うんだ? さっぱり分からん。だが、骸骨は依然として光り輝いている。まだなにか起こるに違いない。
しばらく待っていると、輝きがさらに大きくなった。そら来た。あのまま帰ったらダメだったんだ。
『こんな ちずに まじに なっちゃって どうするの』
「ふっざけんなあぁぁぁぁっ!」
焔をまとわせた剣で骸骨をぶっ壊した。
「うわわわっ! シュウヤ、なにしてるの!」
「ロウソク全部消して、この城を灰にしてやる! 魔王をびっくりさせるんだよ!」
「もう言ってることめちゃくちゃだよ」
地図に作成者の名前が入ってないか確認する。誰だ、こんなふざけた地図を作ったやつは。エイマか?
隅々まで見たが、どこにもそれらしき記述はない。そういや、こういう地図には隠された文字があるものだ。……たとえば、炙り文字とか。
「シュウヤ……。目が怖いよ」
おれは微弱な焔で地図を炙ってみる。すると、隠された文字が浮かび上がってきた。
『By魔王』
「魔王かよ!」
おれはすぐに冷静になった。この地図を作ったのは、この城の主である魔王。それって、つまり――。
「これは罠かっ!」
『フハハハハハッ。今さら気づいたか、愚か者どもめ。罠に決まっているだろう』
どこからか声が聞こえてきて、部屋に響き渡る。同時に、がたがた、と地下室が揺れはじめた。ここにいたらまずい。さっさと地上に戻らないと。
もう何百段上り下りしたか分からないけど、とにかく階段を駆け上がっていった。もう地下には行きたくないな。
下を見ると、階段が崩れはじめていた! こりゃあ、早く逃げないとヤバいぞ。
「きゃぁっ」
と、前を走っていたカギノが、階段でつまずき、転んでしまった。
「立てるか」
「大丈夫! だから、先に逃げて!」
カギノは足首を押さえていた。くじいてしまったんだろう。なのに、先に行けと、カギノは言った。
またかよ。また、そうやっておれを助けようとして、自分を犠牲にするのかよ。
「置いて逃げられるか。おれは、守るって決めたんだ!」
カギノの手を引き、強引に背負った。この程度、重たいうちなんか入らない。
「全速力で行くから、落ちないようつかまってろよ」
「う、うん……」
戸惑い気味のカギノの返事を聞き、おれは一段飛ばしで階段を上っていった。
崩れる階段から逃れるように、とにかく全速力で駆け抜けていく。さっき乗せたばかりの段差が崩れ、奈落の底へと消えていった。怖っ。一周回って冷静になったくらいだ。
地上に着いた――そう思った時だ。
足元の地面が、崩れ落ちてしまった。なんてこった。ここまで来て、終わりかよ。
――まだだ。まだ諦めない。
すでに段差から落石となったものを踏み台とし、壁を蹴り、残された床をつかんだ。待ち望んでいた地上だ。崩れたのが地下へと通じる階段までで、本当によかった。
カギノを先に上らせ、おれも一階の床を踏みしめた。安定した床ってのはいいもんだ。
「危なかったな」
「ごめん、シュウヤ……」
カギノの顔を見ると、泣いていた。なんだよ。助かったって言うのに、むしろ哀しそうじゃないか。
「気にすんなよ。おれがピンチだった時、助けてくれただろ?」
「でも、私のせいで――」
「おれも納得して選んだ道だったじゃねえか。だから、気にしなくていい」
「でも――」
「これからも、頼りにしていいか?」
こんなことを言うのは、情けないことかもしれない。けど、この世界で気づけたんだ。
味方のいない世界で、カギノの存在はとても心強い。おれは守らなくちゃいけないという気持ちでいっぱいだったが、そもそも守らなくても強かったんだ。
だから、おれもカギノを頼る。そして、カギノに頼ってもらえるように頑張るんだ。
「……うん!」
「そっか。……ありがとな!」
甘えるわけじゃない。頼りっぱなしにするわけでもない。
お互いに、信頼するんだ。ともに戦い、ともに守る。今までのおれには、それが足りてなかった。一方的に他者に甘えるだけだったんだから、信頼されるわけもなかった。
「それじゃ、行くか」
おれはカギノを背負った。
「あ、待ってよ。降ろし――」
「ダメダメ。足を怪我してんだから、背中で休んでろって」
背中に感じる温もりを、心に響く優しい気分を、おれはまだ味わっていたかった。なによりも、今の自分の顔を、カギノに見せたくなかった。
だから、おれはしばらく、カギノを背負ったまま廊下を歩いていった。