表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MAGicaL DayS  作者: 椿楓
4/23

勇者ごっこ 2

 鍵乃の父親と対面し、おれは息を呑んだ。

 まさか死後の世界で、おじさんと対面することになろうとは。おじさんの三白眼を見つめ、おれは歯を食いしばり、覚悟を決めた。

「お父さんを連れてきたよ。勇者さま、具合悪いところとかある?」

「いや、だから。おれは具合が悪いわけじゃないんだって」

 おれはおじさんへの警戒を解かずに答えた。おじさんは険しい表情を浮かべているが、殴りかかろうとする素振りは見せてない。……気を抜いてもいいのか?

 事故のあと、カギノの病室の前でおじさんと鉢合わせた。おじさんは持っていた花を落とし、おれを殴った。

 余裕でかわせる拳のはずだった。けど、おれは動けなかった。あれほどまでに強烈な悪意をぶつけられたのは、初めてだったからだ。

 以来、見舞いに行く時はおじさんを避けるようにしていた。純粋に怖かったからだ。

 おじさんは、カギノが事故に遭う一年前に、奥さんを病気で亡くしている。だから、カギノの事故はおじさんをも壊した。その原因も、おれにあった。

「……さま! 勇者さま、大丈夫?」

「……あ、ああ」

 昔のことを思い返していたら、少しぼうっとしていたらしい。その間にも殴られたりしなかったし、死後の世界では憎まれてないようだ。

「顔色が悪いようだ。どこか具合が悪いなら、僕に言ってくれ。尽力する」

「そそ。お父さんはお医者さんだから、なんだって治せるよ」

「医者、なんですか……?」

 おそるおそる訊ねてみた。おじさんは確か、工場で働いていたはずだ。

「前にも言った気がするが、まさか本当に錯乱しているわけではないだろうね」

「おれは平気です。錯乱なんかしてません」

「それならいいんだが……。もっと我々を頼ってくれてもいいんだからね。君の頑張りはよく知っている。君は、我々の生命の恩人なんだから」

「生命の、恩人?」

 なに言ってるんだ? おれがカギノの人生を壊してしまったのに。おじさんの生活をめちゃくちゃにしてしまったのに。

「それも、忘れちゃったんだね……」

 少しだけ哀しそうな笑顔を浮かべたカギノを見て、申し訳ない気持ちになった。

「ごめん」

「いいのいいの。だって勇者さまは勇者さまだもん。ずっと、私の勇者さまだから……」

 カギノは遠い過去を思い出すように、天井を見上げて言った。カギノの肩に手を置き、おじさんが話を継いだ。

「我々が住んでいた村は、魔王によって滅ぼされた。僕はね、医者であり研究者だったから、やつらに連れて行かれそうになったんだ。目の前で死んでいく友人たちを、僕は助けられなかった。……大切な一人の娘さえ、守り通すことはできなかった」

「え……?」

「でもね。そんな時に君が、カギノを助けてくれた。僕のことも、魔王の手下どもから助けてくれたんだ。君には、感謝してもしきれないんだ」

「そう、だったんですか……」

 なんなんだ、この世界は。死後の世界には、変な設定や出来事、歴史まで作られてるのか? おかしい。本当におれは、記憶喪失でもしてしまったんじゃないか?

「……たぶん、当然のことをしただけだと思います。目の前で困ってる人がいたから手を差し伸べた。きっと、それだけのことですよ」

「……君は、あの時もそう言ってくれたね」

 そう言っておじさんは微笑んだ。

 嬉しいような、気恥ずかしいような。それでいて、不気味にも感じていた。

 おれには、おじさんの言う「あの時」を知らない。ここが死後の世界だとして、何故、おれが来る前から「シュウヤ」が存在してたんだ。それだけが腑に落ちなかった。

「あの、いつから医者になったんですか?」

 この世界について、もう少し詳しく知っておきたい。もしかしたら、この世界は……。

「お父さんは、私が生まれる前からお医者さんだったんだよね」

「ああ、そうだ。昔、僕は大事な人を救えなかった。その時はまだ医者じゃなくてね。それで、己の無力さを思い知らされた。だから、医者になれば、誰かにとって大切な人を、救って上げられるかもしれない、って思ったんだ」

 おじさんにとって、大事な人――。

 それは、カギノのことじゃないのか。いや、この世界では生きてるんだから違うか。ますます理解できん。頭がこんがらがってきた。

 ここは死後の世界……なんだよな。頭が痛い。なんだか、おかしい。

「大丈夫? ねえ、勇者さま。頭が痛いの?」

「平気なんだ。それよりも、おれを『勇者』って呼ぶのはやめてくれ。シュウヤでいい」

 不思議そうに首をかしげたが、やがてカギノは言った。

「……分かった。シュウヤ、なにかあったなら、私たちに話して」

「我々でよかったら、話してみてくれないか。君の力になりたい」

 少し迷ったが、答えを得るためには、躊躇してる場合じゃなかった。

「驚かないで聞いてほしい。先に断っておくけど、おれは別に錯乱なんか起こしてない。それだけは信じてもらえるか」

 二人が頷くのを見て、おれは話すことにした。

 自分が死んだこと。生前の世界でカギノは事故で寝たきりだということ。『勇者ごっこ』のこと、突然日常が崩壊したこと……。それらを淡々と語った。自分の感情はそこに含めないよう努めたから、説明にさほど時間はかからなかった。

「興味深い話だね」

 おれが話し終えると、おじさんは顎に手を当てて頷いた。

「うーん……。でも、信じられないよ」

「突然こんなこと言っても、信じてもらえるわけないよな」

 おれだって、話される立場だったら信じたりしないだろう。頭でも打ったんじゃないかと疑うに決まってる。

 それに、自分がどこか違うところで事故に遭い、寝たきりになってるなんてことを聞かされて、信じろというほうが無理だ。

「でも……信じるよ」

「え?」

「私、信じる。シュウヤは私のそばにずっといてくれたんでしょ? 私も、シュウヤに助けられた。ずっと一緒に冒険してきた。だから、だから……」

「――ありがとう。嬉しいよ」

 おれが頭をなでると、カギノは嬉しそうに表情を緩めた。状況にまだ馴染めてないが、その笑顔にとても癒された。

「私が医者を志した理由も、もしかするとそこにあるのだと、君は考えているんだね」

「全部、臆測でしかありません。けど、なにか関係性はあるのかもしれません」

「まあ、結論はすぐに出すべきではないだろう。なにも、早急に解決すべき問題というわけでもないからね」

 それもそうだ。慌てて結論を出したところで、それが正解とはかぎらないのだ。

 けど、なんとなくこの世界の仕組みについて、分かってきた。ここは死後の世界じゃなく、なにか別の世界なんじゃないか。

 おれがいた「現実世界」と、この異世界は、なにかしらの関わりを持っている。

 たとえば、ミズキは敵として現れた。現実でもそうだった。さっき確かめたことだが、この世界でも、おじさんは奥さんを病気で亡くしている。

 カギノが死んでないこと、おじさんが医者になってること、おじさんに恨まれてないこと、左ひざに痛みがないことは、違う点だ。

 なによりも、この世界は、おれとカギノが最後に遊んだ「勇者ごっこ」に似ている。おれのピンチに駆けつけてくれた戦士という関係性。おれが勇者という役割。RPGゲームに影響を受けた世界などが、だ。

 とりあえず、この世界を《勇者ごっこ世界》と仮定しよう。

 だとすると、この世界では敵だらけなんじゃないだろうか。現実世界で、おれの周りからは人が離れていった。ミズキが敵として表れ、ほかのやつらも同じなら……。そう思うと、ぞっとした。

 溜息と同時に、「ぐぅ」と空腹を訴える音が鳴った。緊張感のかけらもなく、少し恥ずかしい。けど、空腹は待ってくれず、二度、三度と続いてお腹が鳴った。

「ほら、バナナでも食べなさい」

 おじさんにバナナを手渡される。やや緑色が残る、まだ新鮮そうなバナナだった。二人も食べるようで、皮をむいて一緒に食べはじめた。

「このバナナ、私が採ってきたんだよー」

「そっか。だから美味しいんだな。さすがカギノだな」

 心なしか、美味しく感じられた。

「そうだ。この世界のこと、それからこの世界にいた『シュウヤ』について、教えるね」

「お願いできるか?」

「シュウヤはね、勇者さまなんだよ」

「そうだろうな。そう呼ばれてたし、……この服装だし」

 別にこのコスプレに慣れたわけじゃない。着替えられそうにないから諦めただけだ。

「この世界は、魔王に支配されそうになってるの。それを阻止するために、シュウヤは旅をしてて、私も付いて行ってたんだよ」

「じゃあ、その魔王とやらを倒せばいいんだな」

「魔王を倒そうとしているのは、なにも君だけではない。ある者は栄誉と名声を求め、ある者は復讐を誓い、勇者を名乗って旅をしている。まだ、誰も倒してないんだけどね」

 おじさんの言葉を聞き、おれは戦う意味を考えてみた。

 おれは、この世界にいつまで留まることになるのか分からない。現実に戻れるのか、それとも死後の世界に向かうのか。一生この世界にいることになるという可能性もある。

 おれは確かに勇者に間違いない。けど、果たして本当に、戦う必要はあるのか?

 魔王と戦えば、おれは死んでしまうかもしれない。だったら、戦わない、という選択肢もあるはずだ。この世界の「おれ」がどうだったかは関係ない。今、ここにいるおれが、選択すべきことだ。

「ねぇ、シュウヤ――」

 ふいに、カギノがおれの袖をつかんだ。上目づかいでおれを見ていた。

「――私たちを、助けて」

 おれは、バカだ。

 戦う理由なんて、はじめから決まっていた。カギノが目の前に現れた時点で、気づくべきだった。ここに、カギノがいるということに。

 カギノの存在は、おれにとって光だった。小学生の時のおれは泣き虫で、カギノに守ってもらってばかりだった。だから、とても頼もしかった。

 もうあれから、七年も経った。

 だというのに、久々にカギノに会って、また甘えてしまいそうになった。

 まったく成長してないじゃないか。

 おれはもう、甘えるわけにいかない。カギノを助けられなかったことを悔いているのなら、この世界で守り通すんだ。助けてみせる。ここがどんな世界であれ、カギノを守らなければならないことには変わりない。

「おれが、もし『嫌だ』と言ったら、どうするつもりだったんだ」

「その時は……、私一人でも行くしかないかな?」

「そんなこと、させられるかよ。おれが守ってやる。全部、おれに任せろ」

「シュウヤ……」

 嬉しそうに笑うカギノを見て、おれは肚をくくった。是が非でも、魔王を倒す。カギノを守るために、負けるわけにはいかない。

「……でも、シュウヤは戦い方も忘れちゃったんだよね?」

「忘れた。けど、また最初から憶えてやる」

 剣を使った戦いなんてしたことないが、戦うと決めた以上、憶えるだけだ。左ひざの痛みもない。やれるだけやってやる。

「ところで、魔王がどこにいるのか、分かっているのか」

 テーブルの上にあるバナナをもらいうけ、懐にしまいつつ訊いてみた。

「もちろん。シュウヤは忘れちゃったかもしれないけど、今日にも魔王の居城に向かうところだったんだよ」

「え、マジで?」

 まだ剣術とかマスターしてないんだけど? 時間をかけるつもりはなかったが、予想以上に時間がないな。レベル一に戻された勇者がおれで、本当に大丈夫なのか? もう少し経験値くらい上げたほうがよくない?

「ま、頑張るしかないよな」

「うん。私もしっかりフォローするから、一緒にがんばろー!」

「お、おー……」

 このうえなく不安だ。

 それでも、行かなければはじまらない。この世界を平和にしなかったら、カギノも守り通せない。

 おれは、カギノの望みを叶えてやる。絶対に。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ