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MAGicaL DayS  作者: 椿楓
23/23

再生する現実

「ここは……」

 目を開くと、夕方の教室だった。時刻は午後四時。携帯電話で確認したが、西暦も日付も、現実に戻っていた。

 ――戻ってきたのか?

 まさか、夢だったとかないよな。こんなリアリティのある夢、見たことも聞いたこともない。

 しかし、なんだこの携帯電話は。見たことのないデザインだ。もしかしたら、瑞貴に渡してしまったから、違うものになってしまったのか。「ALTA」とかのアプリは消え、電話帳は復活していた。

 一階に下り、廊下を歩く。ふと、中庭が気になって窓からのぞいてみた。中庭には、まいと永真がベンチに座っていた。

「まい、永真……」

 回文だ。ってそんなことはどうだっていい。けど、二人の姿は、以前と違っていた。

 永真のほうは、「勇者ごっこ世界」で見た好青年っぽい感じだ。まいは、入学当初の、清純そうな雰囲気に戻っていた。

 二人はこちらに気づくと、手を振ってきた。二人とも、最高の笑顔だった。おれは手を振り返し、玄関へと向かった。

 右腕は復活していたが、左足の怪我は治らずじまいだった。走ることはできそうもない。それでも、急ぎ足で歩を進めた。

 前方に、瑞貴の後ろ姿を見つけた。後ろから見ても確信できる。しっかり男に――男の娘に戻っている。スカートをはいてるわけでもない。それにサルじゃない!

「おーい、瑞貴ー!」

 瑞貴が振り返り、微笑んだ。やっぱりかわいい。このかわいさは、男の娘だからこそ生えるんだよ。誰だ、女の子になってほしいって言ったやつ。あと、おれは断じてホモじゃない。

「どしたの? そんなに急いで」

「いや、おまえを見つけたからさ」

「え? ボクを見つけたから、追いかけてきてくれたの?」

 おいおい。いちいち顔を赤くするな、顔を。

「おまえに言わなくちゃいけないことがある」

「え? な、なに?」

「『機械帝国』の話だけどよ、結構面白いから好きだぜ」

「好きって……」

 だから、そういうところだけ切り取ったりするなよ。ほら、周りの女子がざわめいてるじゃないか。一部興奮してるやつらもいるけど。

「嬉しいよ。じゃあ、もっと考えてくるねっ!」

「おう、ほどほどにな」

 おれは拳を突き出した。瑞貴もまた拳を出し、ぶつける。

「ねぇ修弥。なにか変わった?」

「いや、なんも変わってなんかない」

「やっぱり変わったよ。詳しくは分からないけど……よかった」

「んだよ、よかったって。言うほどなんか変わったかよ」

「うん。だって前の修弥は、楽しそうだったけど、暗かったもん」

「え……?」

「まいさんと付き合って、楽しそうに遊んでたけど、でもつまらなさそうだったよ。いつか言ってあげなくちゃ、って思ってたけど……よかった」

 まさか、瑞貴にまで心配されていたとはな。

 そう言われてみれば、確かに変わったかもな。左ひざを怪我し、走れなくなったのは変わらない。でも、心の持ちようが変わった。

 まず、絶望していない。

 陸上部を辞めたとしても、違う世界が待っていると気づけたから。つらいこともあるけど、楽しいことも待っていてくれる。おれが輝ける世界は、陸上だけじゃないはずだ。

 そう思うことができたのは、言うまでもなく世界漂流のおかげだ。

「……ありがとな」

「いいんだよ。結局ボクは、なにもしてないんだし」

「言いたかっただけだから、気にすんな」

 おまえも、おれを助けてくれた大切な仲間だ。これからも、喧嘩とか衝突とかあると思う。けど、それでもおまえとは、親友でいたい。

 おれはなんの考えもなしに、瑞貴と一緒に同じ電車に乗り込んだ。そういえば、おれはどこに住んでるんだ? 鍵乃が生きていたら、おれは転校する理由なんてないんじゃないだろうか?

 けど、もし瑞貴と小学校の時に会ってなかったら、その当時の想い出はどうなってしまったのか。

「なあ、小学校の時さ……」

「なに?」

「おれって、いつくらいに転校したんだっけ」

「五年の時に、ボクの学校に来たよね」

 転校してることに間違いはなかった。じゃあ鍵乃は? あのあと事故で死んでしまったわけじゃないよな。打ちどころが悪かったとか。そうだとしたら、おれはなんのために……。

「修弥は人見知りで、最初は馴染めなかったんだよね。でも、ボクは修弥と仲良くなりたいなって思って、すぐに友だちになれたよね」

 想い出が完全になくなったわけじゃなかった。でも、少し改変されているみたいだ。

「憶えてる?」

「ああ、もちろんだ」

「確か、こうしてグミをあげたんだよね」

 瑞貴はカバンからグミの袋を取り出し、グレープをかたどったグミを一粒出した。それを受け取り、口に入れる。甘いグレープの味が美味しい。

「おまえは、小学校の時からグミが好きだったよな。最初に話したのは、確か放課後で、その時にこれをくれたんだ」

 正直、さっき思い出したばかりだけどな。その出会いを、瑞貴はいつまでも憶えていてくれたんだな。

「特別グミが好きだったわけじゃないけど、妙に美味しかった。毎日もらって、一緒に遊んで……。おれも瑞貴ともっと仲良くなりたいって思ってたんだ」

 そのころは本気で女子だと思ってたんだけどね!

「それならよかったよ。でもまさか、高校まで一緒になるなんて、あのころは思わなかったね」

「だな」

 人の縁っていうのは不思議なもんだ。ずっと友だちだと思ってたやつとは疎遠になったり、あまり仲良くなかったやつと仲良くなったり。女子だと思ってたやつが男子だったりする。本当に不思議だ。

「ねぇ、知ってる?」

「……ああ、知ってるよ。グミは乳首と同じかたさ、って言いたいんだろ?」

「ううん、そうじゃなくて。このグミ、果汁一〇〇パーセントなんだよ」

「あ、ああ。そう。そうだったんだ」

「もう、修弥は変態さんだなぁ」

 おまえにだけは言われたくない。くそ、とんだ恥かいちまった。


 やや緊張しつつ、家の扉を開けた。鍵は開いていた。これじゃあ防犯にならないだろ。近所で包丁振り回しながら暴れる女の子がいたらどうすんだよ。……普通はいないか。

「ただいまー」

「おかえりーっ!」

「うわっ」

 ドアを開けた瞬間、急に抱きつかれ、後ろに倒れてしまった。後頭部を打ちつつ、ほっとした。こうして家族と、現実で一緒にいられるからだ。

 また、この場所に帰ってきてもいいんだな。

「おにいちゃん、遅いよ!」

「悪かったよ。でも、待っててくれてありがとな」

 夕夏を先に起こし、おれも立ち上がる。

 リビングへ行くと、すでに親父も帰っていた。今は新聞を読んでいた。

「ただいま」

「……おかえり」

 新聞から顔を上げて、親父は返事をした。その一言で、本当にこの家に帰ってきたんだと実感できた。

「親父、夕夏。いつもありがとう」

「どしたの、急に」

「いや、な。こうして帰ってこられる場所があるのって、本当に幸せなことなんだなって思ってよ」

「……なんか、あったのか」

「いろいろな。でも、そのおかげで、この幸せを感じられるんだな、って思えたんだ」

「そうか。おまえは、少し悲観的なきらいがあるからな。物事を前向きにとらえるのは、いいことだ」

「そだね。おにいちゃんは明るいほうがいいよっ」

 おれは頷き、家族に背を向けた。

「……おれ、ちょっと行かなくちゃいけないところがあるんだ。だから、ちょっと行ってくる」

「ええーっ。おにいちゃん、また出かけちゃうのー?」

「ごめんな。なるべく早く帰ってくるから」

「あまり遅くならないうちにな。もし遅くなるようだったら、連絡を入れるんだぞ」

「了解。じゃ」

 おれはそのまま玄関に向かった。なにも、急いでいたから、すぐに背を向けたんじゃない。

 家族の優しさが、あまりに温かすぎたんだ。だからおれは、危うく涙を流しそうになった。まだ終わりじゃない。涙を流すのは、ここじゃないと決めていた。

 だから、今はまだ泣かない。

 おれは涙をこらえて、急いで家を出た。


 病院についたのは、午後六時だった。

 やはり混雑している。人混みをかきわけて、なかに入ろうとした。

 ――じゃあな。

「え?」

 今、誰かの声が聞こえたような……。けど、雑踏に紛れていて、誰が言ったのか分からなかった。そもそも、おれに向けられたものでもないだろう。

 そんなことより、急がないと。鍵乃のいる病室へ行き、安否を確認するんだ。

 鍵乃のいる病室の前に着き、ドアに手をかけた。

 緊張していた。心臓のばくばくという音が、実際に聞こえてくるような気がした。

 ドアを開け、なかに入ると、そこにおじさんがいた。反射的に、身体に力が入ってしまう。またしても殴られる。その既視感に襲われたのだ。

 おじさんは振り返り、おれと目が合った。その目は、とても優しげだった。

「修弥くんか。来てくれたんだね」

「……はい」

「僕も、今来たところなんだ。いやはや、たいした怪我でなくてよかったよ。君が助けてくれたから、大事にならず済んだ。ただ、頭を少し打ってしまってね」

 よかった、生きてるんだ。それに伴い、おじさんとの関係も険悪になってなかった。

「でも、まさか高校が同じになるなんてね。まったく、世間というのは狭いものだね」

「本当に、そうですよね……」

「君が転校した時、鍵乃も『転校したい』と言ってきて、大変だったよ」

 この世界での、自分の転校理由は分からない。けど、鍵乃とまた同じ高校に入り、想い出を作れるのなら、それでいい。

 ベッド横の椅子に座り、鍵乃の手を握った。頬は健康そうな赤みを帯び、腕もか細くない。

「あれ……?」

 ベッドのシーツが濡れていた。

「そういえば、僕が来る前に、誰かが来ていたようなんだ。いったい、誰だったんだろうね」

「誰なんでしょう」

 不思議なものだ。きっと、鍵乃を心配して、駆けつけた人なんだろう。

 鍵乃は頭を打っただけだというのに、目を閉じたまま動かない。このまま眠ったままになってしまうんじゃないよな。起きてくれよ、鍵乃……。

「う、うっ……」

「鍵乃っ!」

 鍵乃は呻いた。

 おれは手を握り締める。弱々しいが、握り返してくる。

 鍵乃は、ゆっくりと目を開いた。

 まだ寝ぼけているのか、目の焦点が合ってない。そんな姿が、またかわいい。

「え……?」

「おはよう、鍵乃」

 おれが笑ってみせると、鍵乃も微笑み返してきた。その笑顔が見れただけで、満足だ。本当によかった。

「……また、一緒に勇者ごっこしような」


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