表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MAGicaL DayS  作者: 椿楓
PR
22/23

過去と未来の狭間で 8

 必死になって走っても、通行人と同じくらいのスピードしか出せなかった。

 このままじゃ、追いつくことなんてできやしない。鍵乃がまいに殺されて、その死体を発見するのが落ちだ。

「そんなの、嫌だ――ッ!」

 最後の最期まで諦めない。それが、ここ数日でおれが学んだことのひとつだ。

 ぽつり、と頬になにかが当たった。雨だ。雨が降ってきた。

 雨は嫌いだ。

「七年前の忌々しい日」の時も、雨が降っていた。鍵乃のピンチの時に降りだすなんて、なんの因果だろうと思う。

 信号に引っかかり、立ち止まる。一度止まった足は、そうそう動いてくれそうになかった。動け。動くんだ!

 信号が青に変わる。なのにどうして、おれの足は動かない。ちくしょう。こんなところでもたもたしてる場合じゃないのに。ここまで走れたんだから、この先も走れるはずだ。

 足を一歩踏み出した。

 瞬間、よろけて倒れそうになる。

 情けない――そう思った時、肩を支えられ、おれは倒れずに済んだ。誰だ? 誰が、おれを――?

「まだ、おまえには成さなければならないことがあるんだろ?」

「――親父」

 なんだ。頼もしいなと思えば、親父かよ。やっぱり、まだまだ親父の壁は超えられてないってことか。あんなに啖呵を切ったのにな。

 おれは親父に背負われた。これで少し、休むことができる。ありがたかった。

 思えば、おれは助けられてばかりだ。夕夏が来てくれて、瑞貴が守ってくれて、親父が背負ってくれて……。

 鍵乃はどの世界でもおれを助けてくれた、最高の相棒(パートナー)だ。

 それに、「樫井修弥」もまた、ここにいるおれに力を貸してくれている。

 ……まだまだ諦めるわけにはいかない。みんなの想いを受け取ってるんだから。

 おれには魔法も武器もない。力だってあるほうじゃない。とてもちっぽけで、弱い人間だ。

 けど、おれには仲間がいる。

 だからこそ、この一瞬を、「今」という時間を、大切にしたい。できるかぎり、楽しい時間を過ごしたい。そのために、仲間を守るというのは、「勇者」として当然の役目だった。

 ここで変える。ここで変えられなかったら、たぶんおれは、いつまでも失敗し続けるだろう。

「いたぞ! あそこだ!」

 親父が叫んだ。おれも顔を上げる。いた。鍵乃だ。その後ろにはまいがいる。手に包丁は持ってないようだが、それでも追いかけ続けている。二人は左手に曲がり、信号を渡っていた。

「親父……。先回り、頼めるか……」

「任せろ」

 親父は一番近い信号で左手に渡った。もうあと少しだ。あと少しで、鍵乃のもとに行ける。

 先に信号を渡り終わり、国道の前に立つ。

「親父、下ろしてくれ……。あと、タクシーを頼む……」

 タクシーは、空だけでなく地上も走ってるはずだ。じゃなきゃ不便だからな。

 親父の背中から下ろされ、ふらふらと地面に足を乗せた。親父が止めてくれたタクシーに乗り、学校へ帰るんだ。まいを正気に戻すのは、鍵乃を無事なところに避難させたあとだ。

「鍵乃っ!」

 おれの声に気づいた鍵乃が、表情を崩す。安心したような顔で、おれのほうへ向かって走っていた。あと一〇〇メートル。もう少しだぞ、鍵乃。

 まいは、信号の手前で止まっていた。信号は青なのに、どうして追いかけてこない。意味深な笑みを浮かべ、なにかを見ている。

 おれは横を見た。トラックが、鍵乃を跳ね飛ばすつもりか知らないが、猛スピードで走っていた。それも、反対車線を、である。どう見ても、赤信号で止まりそうもなかった。

 鍵乃はまだトラックに気づいてない。あのままじゃ、鍵乃が轢かれてしまう。

 そんなこと、させるか。

 おれは地面を蹴った。

 左ひざから血が噴き出る。意識が吹っ飛びそうになる。ひざを曲げるたびに、衝撃が全身を駆け巡る。

 それでも、おれは足を止めない。

 鍵乃を助けるまで、足を止めるわけにはいかないんだ。

 こんな左ひざならくれてやる。

 それで鍵乃を救えるなら安いもんだ。

 あの日鍵乃が感じた痛みは、こんなもんじゃなかったはずだ。

 走れなくなったっていい。

 一瞬の輝きでもいい。

 鍵乃を助けることができるなら、その瞬間だけでも、輝いてみせる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 鍵乃を抱きしめ、おれはそのまま地面を転がった。背後で、タイヤのこすれる音がし、電柱にぶつかってトラックは止まった。

 助かった。

 おお、と歓声が起こった。おれは周りを見回した。拍手まで起こっている。指笛を吹く人までいた。

「し、修弥……?」

「怪我は、ないか?」

「うん。でも、わた、し……つ……」

 鍵乃は気を失い、目を閉じた。おれもそのまま一緒に眠ってしまいたかったけど、そうも言っていられない。

 顔を上げると、まいがこちらに近づいている。一難去ってまた一難とはこのことだ。

「あなたさえ、いなければ……」

 まいはそう呟きながら、怨嗟の視線をこちらに向けて、歩いてきた。

 倒れた鍵乃を抱えたまま、おれは彼女を見上げる。さすがにもう、動けないぞ。逃げられそうにない。

「やめるんだー!」

 足音が聞こえたと思えば、横から人影が現れ、まいを抱きしめた。永真だった。

「永ちゃん……?」

「まい、もうやめていいんだ。おれが――僕が、全部間違っていたんだ。だから、だから――」

 永真は涙を流していた。まいは、そんな永真の頭をなでて微笑んだ。

「永ちゃんは、泣き虫だなぁ」


 おれは開いた口が塞がらなかった。まったく状況が飲み込めない。一難は去ってくれたのか?

「修弥、これはいったい……」

「おれにも分からん。それより、救急車を二台呼んでくれ。鍵乃と、あの運転手の分を。あと、夕夏に連絡を取らせてくれ」

 おれたちは、親父の手を借りて横断歩道から離れた。あんな場所にいつまでもいたら、邪魔になるだけだからな。

 親父が電話を差し出したので受け取る。すでに夕夏に電話はつながっていた。

〈なに、おにいちゃん〉

「ひとつ頼みがある。夕夏には、頼みごとをしてばかりだな」

〈いいんだよ。おにいちゃんのお願いなら、いくらでも聞いてあげるからね〉

「……ありがとな。じゃあ、頼む」

 おれは夕夏に指示を出した。簡単な指示だ。そこら辺にいるサルを探して、火を持たせておいてくれ、という頼み。

 ある時、機械が言っていた。人間とは、言語と道具を用い、感情を持つ種族だ、と。

 機械や火を扱えて、アプリによって言語を獲得し、誰かを助けようとする感情を持ったサルは、もはや人間だ。それで元に戻らなかったら、また方法を考えるさ。

〈見つけたから、火の棒を渡してあげたよ〉

「サンキュ。これで、たぶん大丈夫だ」

〈でもこのサルくん。携帯でエッチな画像見てるんだけど……〉

 じゃあ絶対に大丈夫だ。あのエロさなら確実に人間に戻れるだろうな。でも、アレを憶えたサルは死ぬまで続けるとか言うよな。ちょっと心配になってきた。

 その後、サルは夕夏のもとを離れ、校外に飛び出していったらしい。困ったサルだ。夕夏はサルを追いかけると言って通話を切った。

 そんな電話をしてる間に、救急車が現れ、鍵乃を運んでいった。おれも来いと医者に言われたが、断った。まだ、やることは残されている。

「親父……。夕夏を見つけて、家に帰してあげてくれ。あいつを、危険な目に遭わせたのは、おれのせいだ、ごめん」

「気にするな。おまえはよくやった。夕夏のことは任せろ。お前も早く、帰ってこい。家で待ってるからな」

 親父は学校のほうへと向かっていった。これで大丈夫だな。

 あとは……。

 永真とまいの二人だ。こいつらを変えられたら、おれはぐっすりと眠ることができる。もう、起きているのがしんどい。

「まい……」

「許されるとは思ってないわ。だから、修弥には、私を殺す権利がある」

「バカ言え。おれは、誰かを殺すとか、そんなことをしたいわけじゃない。ただ、なんだ。もうなにもしないって約束してくれりゃ、それでいい」

「あなたたちにしたことは、謝る。金輪際なにもしない。絶対に」

「まいがなにかしそうになったら、僕が止める。約束するよ」

 二人とも、丸くなっちゃってまあ。そういえば、永真はいつから「おれ」から「僕」に変わったんだ? いや、たぶんこっちが本当の永真なんだろうな。「勇者ごっこ」世界で見た永真こそが、こいつの本性だったんだ。。

「まい、ひとつ訊いてもいいか?」

「なに?」

「小火騒ぎを起こして、生徒を避難させたのは、まいの優しさか?」

「え?」

「ほかの生徒を巻き込んだりしないように、そうしたんだろ?」

「……さあね」

 永真の身体に隠れ、表情はうかがえなかった。

「永ちゃん、ありがとね。私のもとに来てくれて」

「いや……」

「なにか、言いたいことがあったんでしょ?」

 永真はびくりと背筋を伸ばした。なんだ、そのバレバレのリアクションは。

「……ずっと前から、好きだ。だから――付き合ってください!」

「――いいよ」

 そう言ってまいは、永真とキスをした。もちろん、唇同士で。

 …………気まずい! なんでおれ、こんなとこにいるんだろう。帰りたい。

 でも、まいの表情を見て確信した。

 あいつは、あの笑顔の裏に、とんでもないものを隠していやがった。

 最初からなんかおかしいとは思っていた。いくらなんでも、短期間に変わりすぎじゃないのか、と。どの世界でも、彼女は違っていた。まるで別人のように。

 全部、演技だったんだ。

 たぶん、おれを好きと言ったのは本当だ。じゃなきゃ、ほかの世界において、おれや鍵乃を殺そうとする動機がない。

 けど、永真の好意に気づいていたんだ。頭のいい彼女が、永真の計画に乗せられてるわけがなかった。わざと乗っていたんだ。

 なんのために?

 永真自身に、気づかせるために。そして、自分の口から「好き」と言わせるために。そのために、演技をしながら見守っていたんだ。一番、近いところで。

 そして、永真が気づいた時には、その好意に答えるつもりだった――。

 やられたよ。不良に化けたり、狂気の女になってみせたり、真面目な顔を見せたり。どの顔が、おまえの本当の表情なんだろうな。

「――いつまでも、幸せにな」

 今なら、心から言える。幼馴染同士、楽しくやれよ。

「学校の中庭なら、夜景もきれいに見える」

「え、でも……」

「一応行ってみろよ。おれは、もう帰るからさ」

 二人は顔を見合わせ、頷いた。おれは、鍵乃のいる病院にでも向かおう。

 が、反して身体は動かなかった。壁から背中を離した瞬間、すぐに倒れてしまった。結局、ここまでか……。

 でも、変えることはできた。

 それでいいんだ。この世界では、それが目的だったんだから。

 おれは満足して目を閉じた。痛みが薄れてゆく感じがする。


 世界が分解され――細かい点となり――すぐに消えていく…………。


 闇に輝きが現れ――それらが収束し――大きな光となって…………。


 世界が――――、


     すべてが――――、


          再構築される――――――!




――――――――――おめでとう。


――――――――――そして……、


――――――――――ありがとう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ