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MAGicaL DayS  作者: 椿楓
2/23

崩壊する現実 2

 公園のベンチに座り、すっかり夕陽の沈んだ空を眺めた。

 もうそろそろ家に変える時間だからか、それとも血に汚れたワイシャツを着ているおれを気味悪がったのか、公園にいた子供たちは一斉に帰っていった。藍色の公園に独り、行き場をなくした捨て犬のように、公園に居座っていた。

 約一時間のなかで、いろいろなことが起きすぎていた。

 彼女に別れを告げられ、親友に殴られ、家族に縁を切られた。それも、すべてが突然に。

 そういったことが、偶然に起こったりするものなのか。シンクロニシティなんて言葉を聞いたことはあったが、今回のこれもそのたぐいなのか。

 もし大掛かりなドッキリであれば、そろそろネタ晴らしがあってもおかしくない。けれど、そう願ったところで、来るわけもないのだろう。拳の重みも、怒鳴り声も、全部本物だったから。

 すべては、あの事件のせいなんじゃないか。あれさえなければ、楽しい学校生活を送れていたはずなんだから。

 陸上部に所属していたおれには、「流星」ともてはやされていた時期があった。

 陸上男子一〇〇メートルで、おれはインターハイに出場した。残念ながら結果は振るわなかったが、将来有望な選手の一人だと、テレビや新聞で紹介されたこともあった。自分自身、一番輝けていた時期だった。

 だからこそ、調子に乗りすぎていたんだろう。

 もうすぐ、高校二年になるという時だ。

 部活からの帰り道、数人の不良に襲われてしまった。抵抗もむなしく、おれは右腕を骨折し、左ひざに致命傷を負った。

 ――全力で走ることは、一生無理でしょう。

 淡々と言ってのけた医者の言葉は、いまだに鮮明に憶えている。その言葉は、おれにとって残酷な宣告で、死刑判決を受けたようなものだった。

 そんな事実を突きつけられ、おれは生きがいを失った。走ることがとにかく好きで、いつかオリンピックや世界記録も目指したい――そんな夢も抱いていた。

 けれど、その夢も、なにもかも失った。

 もう走れないと分かっただけで、おれの周りからは、日に日に人が消えていった。一人、また一人と、おれに見切りをつけた。残ったのは瑞貴くらいだった。

 考えてみれば、連中は「流星」である「樫井修弥」に興味を持っていたのであって、流れ星のように走れない「樫井修弥」には、まるで興味がなかったのだ。

 今でもおれは、陰で「流星」と呼ばれているらしい。「一瞬の輝き」という揶揄を込められて。みんなが離れていったのは、友人としての関係を築こうとしなかった、自分のせいでもあった。

 そんな時期に、こんなおれに、まいは告白してくれた。それが半年前――二年になったばかりのことだ。

 以前なら付き合うこともなかったかもしれないが、人間関係に飢えていたおれには、断る理由がなかった。

 彼女の大人びた雰囲気が、とても魅力的だった。一年の時は同じクラスで、人柄のよさも知っていた。その日から、おれたちの交際ははじまった。

 それも、もう終わった話だが。

 ――ずっと、一緒にいようね。

 あの言葉は嘘だったのか。正直、あんな理由で分かれるなんて想像もしてなかった。

 あの時の事件の前からやり直せたら、どんなにいいか。

 いや……違うな。

 本当にやり直すべきなのは、もっと前だ。今も忘れることのできない、「七年前の忌々しい日(、、、、、、、、、)」からやり直したい。……そんなこと、できるわけないんだけどな。

 その日(、、、)以来、登校拒否になったおれは、五年になる時に転校した。親父が、環境を変えるべきだと提案したからだ。

 転校先の学校に、瑞貴はいた。友だちなんてできないと思っていたおれをクラスの輪のなかに入れてくれたのも、瑞貴だった。瑞貴がいなかったら、今のおれはない。

 だから、あいつにも感謝していた。瑞貴だけじゃなく、おれが落ち込むたびに立ち直らせてくれたみんなには、感謝しきれないくらい感謝していた。

 ……けど、みんな離れていってしまった。

 携帯電話を取り出し、画面を眺める。

 おれをバカにするやつは多いが、友だちは少なかった。本当に気を許せるのは瑞貴くらいで、それ以外は、ほとんどが友だちの友だちレベルだった。アドレスを交換したきり、一度もメールをしていない、なんてやつもざらにいる。

 それでも一応、瑞貴以外のやつにもメールを送ってみたが、返信はなかった。今となっては、携帯電話もただのガラクタだ。

 しかしながら、そのなかで、ひとつだけ奇妙な発見をした。

「UN KNOWN」という、登録した覚えのない電話帳が、一件登録されているのだ。薄気味悪く、さすがに連絡を取ろうとは思わなかったが。

 それでも、消そうとは思わなかった。

 もしかすると、こんな怪しげな電話帳でも、誰かとつながっていると感じているからかもしれない。だとしたら、とんだ笑い種だ。

 まったく、こんなことで不安になるなんてな。

 まいと付き合いはじめたころ、言われたことがある。

 ――修弥は、とても強い人だと思うんだ。

 そんなことはない。おれは途方もなく弱いんだ。

 人とのつながりを失っただけで、心細くて、寂しいと感じている。頼れるものがなくなっただけで、なにをしていいか分からない。所詮、その程度の人間でしかないんだ。

「誰も、いないんだよな……」

 そう独りごち、ベンチの上で丸くなる。頼れる人間はどこにもいない。すべてを失ったんだ。

 しかし、だったら失った意味はなんだ。周りで起こっている不可思議な変化は、いったいなにをもたらす?

 もしかしたら――。

 可能性としては、ありえないことではない。すべてを失った代わりに、おれの望んだ変化が起きたのかもしれなかった。

 もしそうであれば、ほかの人たちとの関わりなんて、なくなってもいい。

 おれは居ても立ってもいられなくなり、カバンと傘を忘れずに持って、公園を出た。


 病院にたどり着いたのは、午後五時五十分だった。

 面会時間は午後七時までだから、別にそう急ぐこともなかったのだが、早く確かめたいがために、左脚の痛みをこらえて走ってきた。

 市内では一番大きい総合病院で、一階の人の多さには毎度驚嘆させられる。受診の受付時間はとっくに終わってるはずだから、ここにいるのは面会をするために訪れた人なんだろう。

 ワイシャツについた血のことは適当にごまかし、受付を済ませ、病室へと向かった。

 連絡通路を渡った先の、二階にある病室のドアを開くと、冷えた空気が出迎えた。

 病室の棚には、花瓶やらテディベアやらが飾られていた。ほかにも、小学の時にクラスメイト全員で書いた寄せ書き、千羽鶴もある。一面華やかで、しかし、それ以上に空虚な病室だった。

 ベッドの上には、一人の女の子が横になっていた。名前は仁科(にしな)鍵乃(かぎの)。おれの幼馴染だ。

 鍵乃は、七年前の事故のあとから、ずっと眠り続けている。臨床的には、脳死と判定されていた。植物状態ではないから、もう一生目を覚ますことはない。

 呼吸は自発的に行えないが、呼吸器さえあれば、延命は可能だ。鍵乃の父――おじさんも、臓器提供の承諾はしてないから、法的にはまだ脳死と判定されたわけじゃなかった。

 けど、一八歳になっても目が覚めなければ、臓器提供の承諾をするという。そこで法的に脳死と判定されれば、心臓が摘出される。待ち受けているのは、完全なる「死」だ。

 奇跡が起きてくれたら、と願わずにはいられなかった。そんなこと、万に一つも起きないかもしれない。だが、まだ生きているんだ。呼吸だってしてる。鍵乃は死んでなんかないんだ。

 しかし、結局変化なし、か……。

 鍵乃は今日も目を覚まさず、眠り続けている。鍵乃が目を覚ましたのなら、今までの人間関係なんてなくなってもいいと思っていたが、期待しすぎたようだ。世の中そんなに甘くない。

 ベッドの横にある椅子に腰掛け、鍵乃の穏やかな寝顔を眺める。

 栄養といえば高カロリー輸液しか行われていないので、顔はげっそりとやせこけ、目は落ち窪んでいた。

 白い肌は、触れれば壊れてしまいそうだ。死んだわけじゃないから、身体は成長している。けれど七年間眠ったままだから、肉体はかなり衰えていた。腕はか細く、やつれている。見ていて痛々しいほどに、壊れていた。

 鍵乃を壊してしまったのは、おれのせいだ。

「七年前の忌々しい日」、おれと鍵乃は、勇者ごっこをして遊んでいた。親父が持っていたRPGゲームに影響を受けてのことだった。

 勇者がおれ。そして魔王に囚われた姫を鍵乃にやってもらおうと思ったが、彼女は頑なに首を振った。戦士をやりたい、と鍵乃は言った。理由はシンプルなものだった。

 ――戦士になれば、もし勇者さまがピンチになっても、助けることができるから!

 この言葉が、まさかあんな事故につながるなんて、おれは思ってもいなかった。

 その日、突然の大雨に見舞われ、おれたちは大急ぎで帰った。家が隣同士だったから、帰り道は同じだ。

 道幅が広く、交通量の多い国道。普通に通れば、なんの問題もない横断歩道。

 おれたちがそこに着いた時、ちょうどよく信号も青になった。だから、あまり左右を確認せずに渡った。

 勇者ごっこの延長で、「早く渡らないと階段が崩れる」とか、「別の勇者に先を越されちゃう」とはしゃぎながら、信号を渡っていた。

 横断歩道を、半分以上渡りきった時だ。

 おれたちに気づかなかったのか、曲がってきたトラックが、目の前に現れた。死ぬと思った。なにも考えられず、恐怖するばかりだった。

 立ちすくむおれとは違い、鍵乃は勇敢だった。おれは鍵乃に突き飛ばされ、地面を転がった。鍵乃と目が合った。最後に見た鍵乃は、笑っていた。

 そんな時まで、勇者を助ける戦士じゃなくてもよかったのに。

 おれなんか、姫や仲間を助けられない、勇者でもない、ただの腰抜けだったのに。

 なのにどうして、おれが助かってしまったんだよ。

 鍵乃が目を覚ましたら、まず最初に「ごめん」と謝らなくちゃいけないはずだ。人生をめちゃくちゃにしてしまったんだから。

 ……今、再びピンチの真っ只中に、おれはいる。

 生命をなげうってまで助けてくれた鍵乃のことを考えたら、絶対に死ぬなんてできなかった。正直、家を追い出されたあと、そういう考えが脳裏をよぎっていた。

 けど、こういう時にこそ戦士の力が借りたい、なんて思っているおれは、あの日からなにも変わってない。申し訳ないなんて思いながら、助けを請おうとしているんだから。

 情けないことに、また涙を流していた。ベッドのシーツを、汚い涙で濡らしてしまっていた。

「また、来るからな」

 そう別れを告げて、椅子から立ち上がる。病室を出る時、再度鍵乃の顔を見た。

 鍵乃も頑張っているんだ。ここで「勇者」のおれが、くじけるわけにはいかないよな。これからも生きてやる。独りになってしまっても、だ。

 廊下に出て、階段に向かって歩いていく。ふと、背後に視線を感じ、振り返った。けれど、そこには誰もいなかった。

 以前にもそういうことがあった。たぶん、ここに来ると、神経が過敏になりすぎているんだろう。おれは前に向き直り、歩き出した。

 一階の混雑に辟易していると、とある人物を見つけてしまい、息を呑んだ。人混みのなかに、おじさんがいたのだ。おれは慌てて人混みに紛れ、やり過ごした。

 鍵乃の事故以来、おれはおじさんを避けていた。当然かもしれないが、おれは嫌われている――いや、憎まれているからだ。

 おれに気づかず、おじさんは二階への階段を上っていった。入り口付近で、その後ろ姿を見送る。

 もう帰ろう。そう思っていたが、なんだか今日は、名残惜しい気分で、すぐに立ち去れなかった。

 もしかすると、鍵乃もまた、おれに会いたくないと思っているかもしれない。眠りながら、おれのことを恨んでいるのかもしれない。

「……じゃあな」

 人混みにかき消されてしまうような、誰にも聞き取れないほど小さな声でそっと呟き、おれは病院をあとにした。


 誰とも連絡が取れないため、どこにも行くあてがなかった。

 先ほどの公園にでも行って休むしかないだろう。今日から晴れてホームレスだな。

 夜の歩道橋の上、欄干にもたれながらそんなことを考えていた。

 さっきコンビニで買ったばかりのレッドブルを口に含む。これから頑張ろうという時には、必ずといっていいほどレッドブルを飲んでいた。これでエネルギーは満タンだ。

 欄干の上に空き缶を置き、さほどきれいでもない夜景を眺めた。

 往来する自動車。遠のくテールランプ。明滅する街灯。……明日から、本当にどうしようか。

 財布を取り出し、所持金を確認する。千円札が二枚と小銭が少々。千円分の図書券が一枚あるから、金券屋にでも持っていけば、買い取ってもらえるだろう。残念ながら、ぜいたくはできそうもない。レッドブルとポカリをブレンドすることもできそうもないな。

 病院の受付やコンビニで確かめたが、他人には避けられるということもないようだ。だったら、バイトだってできるはず。

 見通しは決して明るくない。けど、やってやれないことはない。やってやる。頼りになるのは己のみ。陸上でだって、結局最後に信じるのは、自分一人だけだった。

 空を見上げると、重たそうな雲が空を覆っていた。月も見えない。また雨が降り出しそうだった。あの時、傘を忘れずによかった。

 もし雨が降ったら、屋根のある場所で休もう。そういや、わが開仁(かいじん)高校の中庭にある生物小屋という手もある。あそこは今、なにも飼われてないし、天井もある。鍵を壊せば、中で休むこともできそうだ。

 だいたいの方針が決まったので、おれは早速行動に移すことにした。

 おれは階段を一段飛ばしで駆け下りる。

 だが、おれは忘れていた。

 左ひざに痛みを抱えているという、単純なことを。もう少し早く思い出していれば、一段飛ばしなんて無謀なことはしなかったはずだ。

 左足を地面につけた瞬間。

 左ひざに全体重がかかり、まともに立っていられなかった。

 おれはそのまま倒れ、下まで転げ落ちてしまった。視界が急転し、激痛が全身を襲う。意識が遠のく。血があふれる。強烈な寒さを感じる。

 さっきまでは、あれほど生きようと考えていたのに、今はもうどうでもよくなっていた。いや、本当は最初からどうでもよかったんだ。ただ、やけくそだっただけだ。

 この世界には、もう居場所がない。どこか違う世界にでも行ってしまいたいくらいだ。

 徐々に「死」が近づいてくるのを感じた。

「死」とは眠るような感覚に似ている。甘美な夢に誘われるような気分だ。いくらレッドブルでカフェインを摂取していようが、翼を授かろうが、「死」からは逃れられそうにない。

 手を動かすと、やけどしてしまいそうなほど熱い液体に触れた。これはいったい、なんだろう。分からない、分からない。

 薄れゆく視界のなかで、自分の身体が消失していくように見えた。なるほど、本格的におれの存在が抹消されていくようだ。おれはゆっくりと目を閉じた。終わりになった。

 意識が――、


    深く――、


      深く――、


        淵底へと――、


            沈んでゆく――――。


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