機械帝国 4
「機械城に乗り込むぞ」
そう宣言した瞬間、鍵乃と夕夏が素っ頓狂な声を上げた。
「ダメだよ。だって、第一隊が全滅したばかりなんだよ?」
「おにいちゃん、そんなの無理に決まってるよ!」
無理なのは百も承知だ。でも、機械に勝たなければ、この世界は変わらない。みんなを守るためには、すぐにでも行くしかないんだ。
あのロボットを倒したあと、おれたちは本部に顔を出し、一階の図書室に行った。この世界について調べるためだ。
本当なら、鍵乃に訊けば手っ取り早い。
けど、記憶については、この世界では過敏に反応される。だから自分で調べることにした。もともと「機械帝国」については瑞貴に話も聞いてたし、内容を照らし合わせるだけだからそう時間はかからなかった。
機械の反乱によって、人口が半分以下になってしまった人類は、反撃のためにレジスタンスを結成している。ロボットとの共存はまず不可能だろうな。
ただ、こういう記述もあった。
機械の統治を望む人間は、襲われない。現に降伏してる人間もいるらしい。だが、彼らは人間らしい扱いを受けておらず、機械に監視されながら暮らしているという。だとしたら、いくらか不便でも、この場所で暮らしているほうがいいはずだ。
ほかにも、機械城の地図や、ロボットの弱点なども書かれていた。この資料を書いたのは、機械城から生還した兵士――「樫井修弥」となっていた。
ちなみに、この施設に偶然たどり着いてしまったロボットが、機械城に通信でこの場所を教えたりしないよう、妨害電波を流すことを提案したのも「おれ」だという。
機械は各々ネットワークを構築していて、情報や記録の交換・上書きが可能らしい。だが、機械の「王」を中心としたネットワークのため、「王」を倒せば統制も取れなくなるという。
……さっきから「らしい」と「という」ばかりで、曖昧な情報しかないが、瑞貴もそんなことを言っていたから、たぶん信じていいのだろう。たぶん。
「おれは、一度機械城から生還している。今度こそ、やつらを倒してやる。機械に、おれたち人間の底力を、見せつけてやるんだ!」
「いきなり、そんな……。お父さんの敵を討つつもりなの?」
「別に、そんなんじゃないさ。でも、行かなくちゃいけないんだ。おれが、この世界を変える。変える必要がある」
――すべてを、守るために。
「鍵乃。機械城への行き方を教えてくれ」
鍵乃は目を閉じ、考え込んでいた。もしここでダメだと言われても、おれは行くつもりだ。そうなったら、仕方ないが、一人で行くしかないだろう。
やがて鍵乃は、溜息をついて口を開いた。
「……分かった。でも、その代わり、私も付いて行く」
「心強いぜ。鍵乃がいれば、おれは絶対に死なずに済む」
鍵乃のことを一番に考えるなら、一人で行くべきなんだろう。けど、信頼できるパートナーは、鍵乃だけだ。一緒に来てくれるなら、精神的な支えにもなる。
「じゃあ、あたしも行く!」
夕夏が立ち上がり、手を挙げた。けど、おれは首を横に振る。
「ダメだ。夕夏はここに残ってほしい。夕夏には戦わせられない。危険な場所に、連れて行けない」
「私はいいの?」
「鍵乃は強いからな。それに、おれがダメって言っても、戦うつもりだろ?」
「まあ……確かにね」
鍵乃は苦笑し、頷いた。
夕夏はまだ俯いていた。だが、すぐに顔を上げて言った。
「絶対に、生きて帰ってきてね。約束だよ!」
「それも約束だな。おれに任せろ」
拳を握り、立ち上がる。世界を変えるために。みんなを守るために。
「ここが、機械城……」
おれたちは、機械城の前に立っていた。城の外観を見て、おれは納得した。
目の前にある城は、間違いなく魔王城と同じだった。そして、雰囲気が違うから気づかなかったが、この城は、鍵乃の入院している総合病院から引き継がれてる。
レジスタンスで使っている施設は、たぶん開仁高校だ。それぞれ、違う点もあるが、似た部分もあった。まさかそういう点まで引き継がれてるとはな。
ここまでは飛空艇でやって来た。運転をしてくれたのはおじさんだ。この世界でも生きていてくれて安心した。おじさんは衛生班でもあり、通信装置を持って艇内で待機中だ。
飛空艇は光学迷彩で透明化されているし、いざという時には防護壁がある。機械と戦うのに、機械を使う人間というのも皮肉な話だ。
で、いつツッコミを入れたものか迷ってたけど、もう我慢できない。隣にいる鍵乃は、給弾ベルトを身体に巻きつけ、その小柄な体躯に似合わないM60を抱えていた。
これは……心のなかだけでツッコんで終わらせるべきなんだよな? 戦闘の際には頼りになるんだろうし。「おれ」は以前から使っていたという、S&W M19だ。
「よし、行くか」
一応の警戒を怠らず、城へと侵入する。
「さて、親玉のいる部屋はどこかな」
「確かね……」
「ちょっと待った」
嫌な予感しかしない。もう二度と、地下に落ちたりするものか。
「正確な場所を知ってるわけじゃないんだよな」
「うん。地図で見ただけだからね」
「おれが忘れてるくらいだぜ? 曖昧な感じで進むのはよくないって。一から探そうぜ」
おれは無理やり話を切り上げ、先に歩き出した。鍵乃に道案内を任せたら、絶対に失敗する。もう痛い目に遭うのはこりごりだ。怒りの脱出になる。
病院だと分かれば、道も簡単であった。そして、魔王のいた部屋がどこかも、記憶と照らし合わせたらすぐに分かった。鍵乃の部屋だ。そこを目指せば、王もいるに違いない。
廊下を曲がろうとした瞬間、目の前にロボットの軍勢が現れた。
「ハイジョ、ハイジョ」
ロボットの目が紅く光り、警報音を鳴らす。まずいぞ。これじゃあ敵が増える一方だ。おれたちは急いで、手当たり次第にロボットを倒していった。予備弾倉はあるが、ミスは許されなかった。
「ハイジョ、ハイジョ」
「こいつら、なんか気持ち悪ぃな」
「まるで……、ええと、あれは……そう! いや違うね。んと、あれは、まるで――」
「たとえが思いつかないなら無理すんなよ」
「ハイジョ、ハイジョ」
「うるせー! それしか言えねえのか、このガラクタっ!」
「オッパイ、オッパ――」
「この変態機械があぁぁぁっ!」
瑞貴は変態だった。ゆえに、「機械帝国」にも、瑞貴は嬉々としてエロ要素をぶち込んでいた。まさか、そんなくだらんことまで、世界に反映されるとは。やつは生粋の変態だ。
と次の瞬間。
耳をつんざくような轟音が、すぐ近くで鳴り響いた。
「うわあっ」
隣を見ると、鍵乃がM60を構え、周りにいるロボットの大群に連射していた。すげぇとかそういうレベルを超えてやがる。鍵乃のタフさを今一度思い知らされたよ……。
「ふぅ、一掃完了っと」
「お、おつかれ……」
とんでもなく怖いものを見せてもらった。背中にびっしょりとかいた冷や汗がまだ止まらない。実際の銃を握るだけでも緊張はあるのに、鍵乃はやはりすごい。
「一気に駆け抜けるぞ!」
「う――」
急に鍵乃の声が途絶えたので、振り向いた。
「な……」
巨大なロボットが、鍵乃を捕らえて鎮座していた。なんだよ、あいつ……。
「た、たふけてぇぇ……っ」
「な……ッ!」
そのロボットは、機械の触手を数十本蠢かしていた。鍵乃を捕らえているのもそれだ。その触手は、鍵乃の服の内側に入り込み、まさぐっているようだ。って、冷静に見てる場合じゃないだろ!
「あの変態め……」
このロボットの弱点は――乳首だった。
ロボットには男性タイプと女性タイプがある。今目の前にいるのは女性タイプであり、ふたつの乳首を同時に攻撃しなければ倒せない。
と、おれは今一度冷静さを取り戻す。
女性タイプが鍵乃を襲っているということは、つまり百合展開ではなかろうか。キマシタワーなんじゃないのか。
とか言ってる場合でもなかった。冷静に何考えてるんだか。
変態男の娘を恨みつつ、鍵乃から預かっているベレッタM92Fを抜き、同時撃ちで倒した。鍵乃を連れて、急いで逃げる。
やれやれ。嬉しいような、嬉しいような、複雑な気分だよ。本当に嬉しいよ。ふぅ。
鍵乃は恥ずかしそうに顔を赤くし服を着なおしていた。服が破れでもしてたら、大変なことになっていた。……主に、理性を抑えることが。
「じゃあ、気を取り直して進むぞ」
ロボットに気づかれないように小声で言った。が、どこからか声が聞こえてくる。女の人の声だ。それが聞こえたのか、鍵乃も首をかしげていた。
それは、どうやらすぐ近くの扉の内側から聞こえてきているようだった。
恐る恐る、扉に近づく。部屋の名前は――「人間工場」。
「おいおい、まさかな……」
これも、瑞貴から聞いたし、資料でも読んだ。だが、まさかこの部屋も反映されてるのかよ。扉を開けて確かめたい。でも、それをしたら、いろいろとまずいよな。
とりあえず、耳を澄ましてみよう。
「ああっ、あん、あっ、んあ、は、あっ、んんっ、いいっ…………」
アウトー! 声だけで刺激が強すぎるよ! とてもじゃないけど鍵乃に見せられん。スルーだよスルー。
人間工場とは、健康な人間の男女に「あんなこと」や「こんなこと」をして、強制的に子供を作る部屋らしい。どうして、あんな男の娘からそんなエロ設定が出てくるんだよ。
「なんか、チハルちゃんの声に似てる気がする」
「えっ! ……って誰?」
どっかで聞いたような名前だけど、誰だ? ま、そんなことはどうだっていい。
「入らないの?」
「ちょっと、ここで待ってろ」
前かがみになって部屋へ入り、機械を破壊して脱出。視覚的にやばいことは当然だったが、嗅覚的にもやばかった。……ま、これで一安心かな。




