機械帝国 2
廊下を走っていれば誰かに会えると思っていたが、まるで人がいなかった。みんな避難しているのは知ってたけど、どこかしこにレジスタンスとやらのメンバーがいると思ったのに。
それより、鍵乃はどこにいるんだ。避難場所にはいないようだった。前の世界から考えたら、レジスタンスに入っている可能性が高かった。
暗い廊下を駆け抜け、階段を上り下り、建物内を縦横無尽に突き進んでいく。進みながら、思考をめぐらせる。
この世界について、おれは知っていた。
ここは、機械に統治された世界。機械から逃げるようにして暮らし、機械に反抗するために、人間はレジスタンスを結成している。それをおれに話してくれたのは――瑞貴だ。
この世界は、あいつがよく話していた「機械帝国」の世界だ。
架空の世界にいる、というのは不思議なものだった。だが、現にここにおれは存在している。まったく。夢か幻だと言われても、納得してしまいそうだ。
そんなことを考えていたら、三階にたどり着いた。あくまでも、最初におれがいたフロアが一階だったら、の話だが。
「誰かいませ――」
おれの言葉をかき消すように、爆音が鳴り響いたのはその時だ。
「なにごとだっ!」
例の機械か。だったら、そっちに行けば誰かに会えるはずだ。おれは走り出していた。
「なんだよ、これ……」
たどり着いたところに行くと、ロボットが瓦礫に囲まれている。天井には穴が開いていて、炎がロボットの周り一帯に広がっていた。
ロボットがこちらに向いた。人間とはかけ離れた容姿で、むき出しの機械は、ある意味では人体模型を思わせた。不気味だな。
そんなことより、武器がないとまずい。おれはすかさず懐に手を突っ込み、なかに入っているものを取り出した。
「動くな! おれが……って、あれ?」
武器と思って取り出したのに、おれの手にあったのは一本のバナナだった。相手を転ばせて倒せってか? そんな昭和のコントみたいな倒し方、できるわけないだろ。ロボットがバナナで転ぶ瞬間はちょっと見てみたいけどさ。
ロボットがこっちに手を向けてきた。なにする気だ? と思っていると、突如、紅い閃光が視界を覆った。やばっ……ッ!
「危ないっ!」
突然後ろから突き飛ばされ、おれは地面を転がった。倒れつつ後ろを見ると、鍵乃がおれの背中に覆いかぶさって倒れていた。
「鍵乃っ!」
「大丈夫? って、どしてバナナ?」
「おれにも分からん」
鍵乃は首をかしげたが、ロボットが第二射の準備をしているのに気づき、叫んだ。
「とりあえず逃げなきゃ」
死角となる壁にまで逃走し、難を逃れた。レーザーは壁を貫いたが、こちらには届かない。脚部が壊れているのか、移動はしてこなかった。
あいつを倒すにしても、武器がなかった。丸裸だ。戦うことのできない、ただの役立たずじゃないか。
「どうしてこんなところに、のこのこ出てきたりしたの?」
ごもっともだ。戦う意志があったところで、武器がなければなにもできやしない。完全に足手まといになってるからな。
けど、こんなにも怒っている鍵乃は珍しかった。おれの無用心な行動のせいで、怒らせてしまったようだ。
「もし、お父さんの後を追うなんて言ったら、私だって怒るからね」
「……そんな気はないから安心しろ。ただ、戦線復帰しようって思っただけなんだ」
「だったら、まず本部に顔を出さなきゃだよ。武器も用意しなかったら、修弥まで……」
「……すまん。ちょっと、忘れちまったんだ」
素直に謝らなくちゃな。まさか、ここまで鍵乃に悲痛な思いをさせるとは思ってなかった。
「ねぇ。前にも修弥、なにか大事なことを忘れたりしなかった?」
「えっ?」
「……ううん。気のせいだよね。なんでもない。気にしないで」
前の世界でもそうだったが、全部じゃなく、いくつかのエピソードが引き継がれているようだ。というよりも、この世界の「樫井修弥」が経験していることなのか?
「とりあえず、これ使って」
渡された拳銃は、ベレッタM92Fだ。ガンマニアの瑞貴のせいで、妙に詳しくなってしまったな。まあ、詳しいといってもにわかだけどさ。
バナナを懐にしまい、拳銃を受け取る。このバナナも、前の世界から引き継がれてしまったものなんだろう。腹が減った時にでも食べよう。……腐ってなきゃいいけど。
「鍵乃の武器は?」
「それは自害用。機械に脳をいじられそうになったら使え――って渡されたほう。私は、最初から使うつもりなんてないんだけどね」
「どうして?」
「だって、修弥を信頼してるから」
「――そうだよな。おれも、鍵乃を信頼してる。お互いに、助け合うんだもんな」
危うく泣いてしまうところだった。鍵乃は、どこの世界に行っても鍵乃だった。
「一緒に生き残ろうね」
「ああ、もちろんだ」
死ぬつもりなんてない。鍵乃と一緒に、生き抜いてやる。
「けど、鍵乃以外、誰も来てないのか?」
廊下を見回してみても、誰かがいる気配はない」
「第一隊は――全滅しちゃった」
言葉を返すことができなかった。第一隊にどれだけの人数がいたのかは知らない。けれど、多くの人間の生命が失われたのだということは、言葉の雰囲気から感じ取れた。
改めて、この世界の敵に畏怖の念を抱いた。間違いなく、強い。
だが、負けるわけにはいかない。おれがやれることを、全力でやる。それだけだ。
「自殺用だから、弾は一発しか入ってないから。ホロ―ポイントのね」
「フォロー、ポイント?」
日本語でお願いしたい。意識高くないし。
「まあとりあえず、やつに最高のプレゼントをぶちかませばいいんだろ」
拳銃を握り締め、ロボット目がけて走り出した。相手は一機。勝てない戦いじゃない。左ひざの調子は良好。「勇者ごっこ世界」で戦いに慣れた感もある。――やれる!
再度、紅い閃光と相対した。しかし、それは一直線の攻撃でしかない。前の世界での、やつの雷に比べたら、余裕にかわせるものだった。
でもきっと、前の世界で戦いを経験してなかったら、あっけなく死んでただろうな。
それにしても、本気で走っているのに、ずいぶんと遅く感じてしまうな。前の世界で、あんなに速く走ってたからだろう。魔法を使っての走法は、残念ながらこの世界では使えない。
おれは素早くロボットの目の前に立ち、レーザー射出口目がけて撃つ。弾丸が命中し、ロボットは機能を停止した。片手で撃ったからか、右手がすごく痺れる。
しかし、この世界の「樫井修弥」のおかげで、その痺れを、銃の扱いを、身体が記憶していた。だからそこまでひどいというわけじゃない。
銃での戦い方は分からない。けど、考えないで感じた結果、とりあえず倒すことには成功した。
いける。いけるぞ。
弱点についても、瑞貴から聞いて知っていた。ロボットのレーザー射出口であり弱点――それは、人間でいうところの股間だ。……って、なんでそんなところが弱点なんだよ。
戦いについても少しは自信がついた。この世界では、機械に対して大きなアドバンテージを取れそうだ。
「もう、早速無茶して」
口ぶりからして、この世界にいたおれも、以前から無茶な戦いをしていたようだ。ま、結局おれはおれでしかないということだ。
「でも、これで復活だね。流星の勇者も」
「ちょっと待て。なんだ、その聞き捨てならねぇ二つ名みたいなのは」
「みたい、じゃなくて、修弥の二つ名でしょ?」
うわぁ、誰だよ、そんな恥ずかしい二つ名つけたの。マジでやめてくれよ。
「かっこいいよね。メテオ――」
「頼む。やめてっやめてください、お願いしますから」
ぐわーっ! まさか必殺技の名前まで引き継がれるなんてーっ! そんなもん、引き継がんでいいだろ!
「顔真っ赤だけど、どうしたの?」
「いいんだ。おれが、バカなだけだったんだ……」
これからは絶対に必殺技名なんて叫ぶものか、と心に深く刻み込んだ。




