10年1位のセールスレディ~第二の人生がはじまり
38歳の山一証券の証券レディ。セールスおばちゃん。
そんな、おばちゃんはシングルマザーとなり、さほど美人でもなく、負けん気の強さは人一倍の女性でした。
女性が意見を言うのはまだまだと言う時代、言いたいことを言いたいことだけいう女性は珍しく、周りから恨まれも、うとまれもし、その中でもセールスで給料を稼ぐぞいう勢いがありました。
日本橋という都心で2児を育てる静江。娘二人のお弁当は近くのお寿司のかっぱ巻きや娘達で作ったおにぎりです。ただ、娘はその頃、貧乏だと感じたことはなかったと言います。それと言うのも部屋はせまいですが、給料が歩合制のセールスレディは証券を買ってもらってなんぼの世界です。
静江にはそれが得意だったのです。意外なところに商才があること、セールスレディになって3年後、なんと山一証券の全国1位の証券レディとなります。その後、10年、1位の座を守り続け会社から優勝カップのような大きなカップをもらいました。それは後にも先にも静江だけということでした。
静江は普通の会社員より給料はよかったとききます。それでも会社内ではやっかみの声や女の癖にそんなに稼ぎやがって、どうせいろんなずるい事をしているのだろうという噂さえたちました。結局のところ、話をきいて、お金持ちの方の坊ちゃんとお嬢さんをお見合いさせることなどをしていたそうです。そういうお礼に証券を買ってもらえていたりしたとのこと。それ以上の極意は伝わっていません。
そんな噂を聞きつけた新聞社が10年1位のセールスレディがいるぞ!これは、記事になるとみにきました。きっとキャリアウーマンのさきがけを想像していたのでしょう。
小太りの普通のおばちゃんとわかった瞬間、記事はなくなったとのことです。なんだ、あのおばちゃんかという感じだったのでしょう。現代では逆にそういう外見でそんな売上っていう記事になりそうですが。
静江は気付けば48歳になっていました。二人の娘も成人まであと少しです。精一杯働き、二人の娘を成人に送り出しました。
長女の綾は高校卒業し就職。それは、大学に行けなかった経済事情ではなく頭の方が悪かったと言っておりました。
次女のみきは勉強が好きで早稲田大学の特待生となりました。
静江は50代半ば。証券レディだけ続けていくのも、そろそろ疲れてきていました。自分の人生をまたスタートさせたい。静江の第二の人生がはじまります。それにはいろいろな反対がまちうけていました。