シングルマザーとして山一証券のレディへ。
静江がシングルマザーになった日。夫が死んだ日です。
2人の子どもと一人の主婦。
『生きる。負けてなるもんか。』
生来の負けん気の強さがそうさせたのでしょう。
夫の働いていた会社に事務員として努めさせてもらうえることに。
その時、35歳。何もかも一から学びながら、給料をもらい、子どもにごはんをあげて過ごす日々。娘とワンルームで暮らす日々。それでも生きていく。
事務員といっても、縁故で入れてもらったようなものですから正社員ではありません。
『あの人、いつまでいるのかしら。図々しい。』
という周りの声もちらほら。
それでも辞めない。働かないと食べて行けないから。
そうして2年が経過しようとしたところ、専務から親戚のおじに辞めさせてほしいとのことを言われた。
静江に直接ではなく、親戚に。
退職金をもらって辞めることになるが、それは親戚のおじが出したものだとういうのはおじが死ぬ間際にしゃべったことだった。
静江36歳。
退職金はそれなりの額があった。また、親戚のつてを頼り、裕福な人の別荘の管理人を2年ほどさせてもらった。その頃の静江は一番、穏やかな生活を送っていた。
ただ、長くは続かない。別荘の管理人も2年で辞めることになった。資産家の人も別荘を手放すことになったからだ。
静江は38歳。日本橋にワンルームアパートを借りて娘2人を育てることにする。仕事はどうしようか。そうだ、証券を売ろう。山一証券のレディとなる。