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爺さんの面

作者: 有宮休一

一也が生まれる前から、座敷の神棚の横にはほこりを被ったお面がかかっていた。

それは、能の翁の面のようで、白ぼけてユーモラスに笑った老人の面であった。

一也がまだ小さい頃、それをおねだりすると、爺さんは、ほこりを払って一也の顔に被せた。

爺さんは、一也がどんな我がままを言っても、悪さをしても、そんな一也を見てただ笑っているだけの人であった。

両親もそんな爺さんと一也を見ても、何も言わなかった。二人とも共働きで、一也の面倒は爺さんに任せており、よく見ていなかったというのが正解であろう。

小学5年にもなると、お面を被ることはなくなったが、その代わり、一也はお面の夢をたまに見るようになった。

それは被ったお面がとれなくなるというもので、夜中に目が覚めて顔を触ると、お面を被っていないことに胸をなでおろすということが、その度ごとにあった。

 一也は、自作のなぞなぞや、駄洒落を言って、周りを感心させたり、なごませるのが好きであった。

しかし、その相手をして笑ってくれる爺さんが、一也が中学に上がると同時に亡くなってからというもの、パタッとなぞなぞも駄洒落も言わなくなった。


 一也は中学でも勉強は出来るほうで、高校は進学校に進んだ。

そして、何の楽しみもない勉強漬けの三年が、あっという間に過ぎようとしていた。

この地方では、大学入試の前の頃になると、五日間、雪まつりが開催される。

一也は小さい頃は爺さんか、両親に連れられて毎年のように出かけたものであったが、お面を被らなくなる頃から、もう何年もまつりには行ったことがなかった。

理由は、一也自身も本当のところはよく分からなかったが、いっしょに行く友達がいなかったことや、毎年同じ風景で変化がなかったこと、人への興味がなかったことが考えられた。

 一也は地元の大学を志望しており、実力試験の偏差値から見て、そこは安全圏だったので余裕を持っていた。


今年の雪まつりは、50回記念という区切りの年で周りは騒がしかった。

その為だろうか、一也は何を思ったか、まつりの三日目、夕飯をさっさと済ませると、街へふらっと出かけることにした。

その前に思いついたように、座敷のお面をつけると、オーバーのフードを深く被った。

8年ぶりくらいに被ったお面は、大きさが丁度顔にフィットするようになっていた。

街までは20分も歩くと、雪像が並んだ公園に着くことができる。

子どもの頃に来たときと比べて、雪像と灯りは増したが、あとは何も変わっていなかった。

通りすがりの人は、お面を被っていることに全く気付いていない人が半分と、あと半分は、驚いた顔で目を点にして通り過ぎ、あとを振り返ったりしていた。

一也は、それが面白くて仕方がなく、翌日も、まつりに出かけた。

客がぞろぞろと歩いている歩道や公園内をぐるっと一周して帰ってくるだけであるが、一也にとっては、今まで感じたことのない愉快な時間であった。


まつりの最後の日は、粉雪が舞っていたが、一也はためらうことなく出かけていった。

そして一時間ほど経って家に戻ったが、お面をとろうとしてもとれない。

顔の表面の皮膚とお面の内側が一体化したような感じである。

『これはたまに見る夢と同じだ。きっと夢に違いない』と一也は思うと、その日は何も考えず早く寝ることにした。

そして夢を見た。それはお面を被ったまま、入試本番に向かうところであった。

時間がないのに、雪道をもがいているところである。

必死で足を進めようとするが、足が重く、しかも雪ですべってなかなか試験会場にたどりつけない。

やっとのことで試験会場に入ると、既に試験が始まっていた。そして問題を必死でやろうとしても、意味不明なものばかりで、解答欄が全然埋まっていかない。

うなされるように目を覚まして時計を見ると、夜明け前であった。

一也はパジャマの上にオーバーを羽織ると、白みかけた雪灯りの道を、まつりの会場のほうに向かってふらふらと歩きだした。

道路には昨日から降り始めた粉雪がひざまで積っていて、用水路まで雪がかぶっている為に堺がよく分からない。

一也がハッと気が付いた時には、用水路に足から滑り込むように呑み込まれていくところだった。

異常な冷たさを感じたあと、急速に意識がなくなっていくその刹那、昔の記憶のままの笑った爺さんが目の前に現れた。


しばらくして引き揚げられた冷たく固まった手には、お面がしっかりとにぎられて、顔は爺さんのように笑っていた。



                                                          <完>


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