καλλίστῃ
「ねぇ、ちょっとアンタ。」
放課後、夕方、誰も居ない教室。
窓の外は桃色の靄に染まっていた。
「ねぇ、アンタのことを言ってんの!無視してんなよ。」
「うるっさいなぁ。ウチに気安く話しかけないでもらえる?」
「……けっ、ちょーっと男にちやほやされるからってお高く止まってんねぇ、アンタは。」
そう言ってボブカットにジャージの汗をかいた女――戦場 智恵は、机に腰掛けた制服を着崩しているギャルを睨みつける。
「そっちこそ、文武両道頑張ってる優等生アピールいちいちシャバすぎ。ガチ死ぬんだけど。」
泡原 愛美は、手に持ったスマホから視線を外し、反撃をするように悪態をついた。
「……あはっ、アンタ、何だっけ。毎週末はその厚化粧引っさげておじさんと仲良ししてんだっけ?」
「はぁ?読モですー、読モ。馬鹿言わないでくれる?てか、そんな下品なこと言っちゃって、真面目ちゃんの癖に、いけないんだー。」
「アンタが不真面目すぎんの。アタシはあくまでも普通にやってっから。」
「”普通”ねぇ。テストの順位は毎回1位、体力テストも判定はA。柄にもなく頑張っちゃってんじゃないの?教師なんて、特に男のやつは、適当に色目使っときゃ贔屓してくれるもんなんに。あ、そんなんじゃ無理か。色気のろの字もない。」
「どこ取ってんだよ馬鹿。結局やってることはアタシの言ったことみたいなもんじゃんか。告白されてんだか何だか知らないけど、男を取っ替え引っ替えしてさぁ。もう、なんか、恥ずかしくないわけ?」
「いやぁ、人気者は辛いよねぇ。なんてったって、女子高生ミスコン1位ですから?てか別に、取っ替え引っ替えしてねぇし。全部丁重にお断りしてます〜。」
「調子乗りやがって。」
「こんな青春が羨ましいかな、智恵ちゃん?」
「……くそっ。」
「言葉が悪いですよ、戦場さん、泡原さんも。」
「うぅっわ、来たんだけど、だる。」
現れたのは、黒髪おさげにメガネをつけた、いかにも生徒の模範そうな女――王供 結紘だった。
「そうそう、ダルいし五月蝿いんだよアンタも。所詮、親の七光りのくせに。」
「確かに私の母はPTA会長ですが、私も私で、”自力”で、生徒会長をやらせていただいております。無礼な口ぶりは慎んだ方がよろしいかと。」
「権力の前にひれ伏せ、ってか。それもまた親の権力ありきなのに、よく言うわ。」
「そーだそーだぁ、言ってやれ言ってやれー。」
「黙れノッてくんな、顔だけ女。」
「うわーんひどーい。ひどいと思わなーい、結紘ちゃーん?」
「気安く名前を呼ばないでほしいですね。」
「へへ、ぶっちゃけウチもてめぇとは喋りたくなーい。」
空の色が濃く映ったのか、教室の3人の間には真っ赤な雰囲気の雲が漂っており、またその雲によってなのか、小さな電流がお互いの視線から視線へ張り巡らされているようだった。
要は彼女たち3人は、互いに仲が酷く悪いのである。
「で、最初にウチに話しかけてきたのは何の用だったん?用件あるなら早めに済ましてくれん?、めんどいから。」
「……別に。話しかけて後悔してるわ。」
「は、なにそれ。ムカつくんですけど。はっきりしてくんない?」
「……アンタなら恋愛のこと、何か知ってるかなとか思ったアタシが馬鹿だった!」
「……は、ぶっははは、何?青春?青春なの?あっはははは、良かったでちゅねぇ〜〜。」
「可愛いところもあるもんですね。おかしい。」
「……あぁあああ、もういい!帰る!」
「へいへーい、帰れ帰れー。ばいばーい。」
「ご苦労様でした。」
「ふんっ。」
戦場はずかずかと足早に教室を出て行った。
「なんか、追っても面白そうですけどね。」
「……はっ。」
靄の中に3人の女子高生がいた。
1人携帯と睨めっこをしながら歩くボブカットと、その後ろから、対象にもお互いにも距離をとりながら後を尾ける2人の女がいた。
彼女たちは進んでいく。
進むごとに、靄は強くなる。
辺りが完全に桃色に埋まり、風景が一切見えなくなった次の瞬間、気づけば彼女たちは、知らない世界にいた。
「……は?ここどこ?」
「え、やば。マジだるいんですけど。」
「厄介なことになりましたね。」
「てめぇの提案だろ、ばーか。」
「……は?アンタらなんで付いてきてんの!?キモいんですけど!!」
「ウチじゃありませーん、この人が企画人でーす。」
「はて、なんのことやら。」
「いやどっちにしろキメェから。」
「てか、ここどこなん、マジで。早く帰りたいんですけど。」
「人を探しましょうか。」
その時、一面雲の世界の、ここから少し遠くの方に、一人の金髪の男が立っている後ろ姿が見えた。
羽根が生えているようだった。
「あの、ここがどこかお聞きしたいのですが。」
3人は付かず離れきらずの距離でまとまっている。
男は驚いたような顔をして、口を開いた。
「うわぁーーー、すげぇーー。ここから人間入ってくることってマジであるんだ。」
「はぁ?ちょ、ウチら場所聞いてんだけど。」
「ちょっ、アンタ、失礼だよ。」
「あぁ、そうね、場所ね。えーとねぇ、ここはねぇ、まあ平たく言えば、”天国”だねぇ。」
「「「……天国?」」」
「そ。天国。あ、とは言えね、キミらは死んでないよ。安心してね。」
「え、は?どういう事?天国?死んでないのに天国?」
「うん。死んでないね。」
「え、じゃあなんでアタシたちはここに入ってきちゃったんですか?」
「……んー、わかんないねぇ。たまたまじゃないかなぁ。」
「たまたまって……、」
「私たちが、偶然開いた天国への門を偶然通ってしまった、と?」
「そゆことだね。ちなみにボクは天使ね。そこそこ偉いんだよ?」
「はぁ!?マジで意味わっかんないんですけど!!どうすれば戻れんのよ!!」
「ちょっとアンタ、いちいち騒がないで!」
「だって、だって!結局どこにいるにしろ、元々居た場所じゃないんだったら死んだも同然じゃん!ウチまだやりたいこといっぱいあったのに!戻れなかったらどうしろっての!?」
「アンタねぇ……、」
「なんでそんな落ち着いてんのさ!!そっか、そうだよね。どうせそっちみたいな真面目ちゃん人生にはやり残したことなんて到底ないでしょうね!!つまんない終わり方でもいい人生なんだも
「うるせえぇ!!……さっきアンタに言っただろ!!アタシにも好きな人くらいいるんだよ!!!、こんなところで死んでたまるかっての!!!アタシまで取り乱したら収拾つかなくなるでしょ、だから静かにしてたの。」
「……なんか、ごめん。」
「あ、いや、うん……珍し。」
「――終わりました?、天使さん待ってますよ?」
「仲良いねぇ、あははは。」
「「「仲は良くないです。」」」
「それはもう仲良いよねぇ。」
「とりあえず、下界に戻るには、アムブロシアーを食べないといけないね。」
「アムブロシアー、というのは?」
「それ、聞いたことあります。神酒ネクターと並ぶ、食べると不老不死になれるものですよね。」
「うん、まあ、そんな感じ。フワフワの果物なんだよね。」
「え、でもそれじゃあウチら不老不死になっちゃうじゃん。」
「あー、そのね、最近天国にアップデートがあってね。不老不死になれるのは神か神に成ることがもう決まっている者だけ、ということになって、死んでいない人間が万が一食べた場合は下界に戻れる、ということに変わったんだよね。ヘラクレスとか、色々微妙なラインの奴らはいたけどね、それらって全部その都度特例でやってきたからね。この際だから定めようね、って話になったんだよね。」
「なんかゲームみたいですね。」
「ゲームはやったことないから分からないですが、そうなんですか。」
「アタシより真面目ちゃんじゃない?」
「それで、そのアンブなんとかはどこにあんのさ。ウチは一刻も早く帰りたい。」
「この先をずーっと真っ直ぐ行った先に、丘みたいなのがいきなりあるんだけどね、それね、神殿なんだよね。だから、そこだね。」
「え……神殿……?、それ入って大丈夫なの?」
「うん。まぁ、基本結界のせいで入れないんだけどね。でも、どこだか忘れたけど、一箇所結界が壊れてる裂け目があってね。そこからなら入れると思うから、登山がてら探すと良いと思うんだよね。」
その後が長かった。
なんとかあって、なんとか着いて、涙あり、笑いあり、なんとか侵入して、食べて……、気がついたら、帰ってきていた。
食べたのは、あの男の言っていた通りフワフワな、――まるで天使に口づけされたような味覚を伴った果実だった。
その日は特に会話もせず解散した。
次の日。
放課後、夕方、今日も誰も居ない教室。
窓もまた桃色の日暮れに染まっていた。
これをどうやら、ヴィーナスベルトというらしい。
「ねぇ……、ちょっと、愛美。」
「……何。何か用?」
「あのー、その、例の、私の好きな人のこと。」
「例の、って。全然知らんっての。」
「そっか、確かに。ちゃんとは言ってないか。」
「……ねぇ、智恵。今度ウチに勉強教えてね。」
戦場は一瞬驚いた顔をして、
「……いいけど。代わりに私にもメイク教えて。詳しいんでしょ?アタシも、もっと見せれる顔になりたい、っていうか……。」
「充分見せれるっしょ。」
「まぁ、さらに、っていうか?」
「ミスコンの前でよく言うよ。」
「褒めてる?」
「別に。」
「くそーっ、ムカつくーっ。」
「戦場さん、泡原さん。」
「「結紘。」」
「お疲れ様です。」
「荷物多くね?」
「それな、死んじゃうよ?」
「舐めてもらっちゃ困りますね。伊達に生徒会やってませんから。」
「筋肉痛とかなんないの?」
「それはなりますね。その後10日くらいは響きます。」
「……ねぇ、結紘。なんかあったらアタシたちも手伝うから言ってね。」
「そーだそーだぁ。ウチら暇なんだぁ。」
「アタシ別に暇じゃないけどな。」
「……なんか、2人していきなり優しくなりましたよね。」
「え、キモい?」
「言われてるぞ智恵ぇ。」
「アンタもでしょう。」
「……ま、それくらいの方が良いと思いますよ。取っつきやすくて。」
「本来権力差的に取っつきにくいのはアンタの方なんだけど。」
「確かに。」
「認めんの草。」
そこに3人の女子高生がいた。
1人のボブカットと、その隣の椅子に座るギャルと、大量の書類を持ったおさげ髪がいた。
彼女たちは進んでいく。
三つ巴は、雲のように、夕暮れの光のように、少し混ざり合って、ともに進んでいく。
それは、とても美しかった。
「いやぁ、呼び込むのも上手くいくもんだねぇ。神話ってのはこうでなくっちゃねぇ。我ながら有り余るアムブロシアーを使ったこのアクティビティは名案だね。今後ともこの大天使権限は使っていかないとねぇ。」
雑とか言わないでよね
今テスト前日なんだから




